17・ティータイム
案内されたのは本邸の一階にある、手入れの行き届いた美しい庭を見渡せる、日当たりのよいサロンだった。
カーテンや壁紙はグリーンと白を基調に優しく清々しく整えられていて、壁一面の大きな窓から見える庭と一体感がある。
半円状の大きなテーブルがその窓にくっつけるように配置してあり、五つ並んだ椅子の一つには──テーブルにセットされたカトラリーたちが、窓から差し込む日差しを受けて遊ばせているきらめく光の中、薄いラベンダー色のドレスを纏った妖精が少し恥ずかしそうに、ちょこんと座っていた。
……。画家を呼んでもらえないだろうか? この瞬間を閉じ込めておきたい。
挨拶も瞬きも忘れて見惚れていると、妖精が立ち上がろうとしたので慌てて手で制し、盛大に崩れかかっている顔面に必死で王子様スマイルを貼り付けて近づくと〈お前、わかっているじゃないか〉と偉そうに褒めている視線に気がついた。
セバスチャン、いたのか……。
って、そりゃいるよな、専属護衛騎士で従者なんだから。
キラッキラの妖精にもなれる、ものすごく可愛い天使に釘付けで、まるまる見落としていたが……やっと会えた天使の姿は一つも見落としたくないので、軽く会釈をするとさっさと天使に視線を戻した。
「座ったままで失礼致します。殿下、皆様方、ごきげんよう。ようこそいらっしゃいました」
椅子に腰掛けたままドレスを摘んで、天使がスミレの花の精のように微笑んだ。
その瞬間、頭がクラクラして倒れそうになったけれど、気合で耐える。
「サーフィニア嬢、お招きありがとう」
微笑み返しながら──鼻血が出そうになったので、気をそらす意味も含めて──注意深く、しかし、さり気なく様子をうかがうと、ほんの少しだけだが顔色が悪いように見えた。
先ほどセバスチャンに偉そうに褒められたのは、天使を立ち上がらせなかったからだろう。俺が止めなければ、恐らく彼が止めていたはずだ。
それが不敬だと分かっていても。
昨夜も今朝も、過保護過ぎるのではないかと思っていたが、考えを改めると色々と申し訳ない気持ちになってくる。
このお茶会も、無理をして開いてくれたのではないだろうかと心配になってきたけれど、ニコニコと嬉しそうにしている天使を見て、水を差すようなことを言うのはやめにした。
真ん中の席に俺が座り、左隣はサーフィニア嬢、その隣にクルス。右隣にノリス、エルトナの順で席につく。
思ったよりも──いなくてもいい──みんなの顔もよく見えるし、窓ガラスに映る姿と合わせると、円形テーブルに十人座っているように見えるのも面白い。
もう一つ面白いと思ったのは、お茶菓子のセットだ。
一般的なお茶会では、ティーカップは一人一客ずつ用意されているが、焼き菓子やケーキなどはワゴンに載せられたものが運ばれてくるか、種類ごとに大皿に盛られたものがテーブルに並べられていたりするけれど、何れにしても好きなものを選べるようになっている。
しかし今日は、半円状の珍しいテーブルの並び席で、大皿だと取りにくいということもあるのか、それとも、またまたサーフィニア嬢のお楽しみなのかは分からないが、三種類の菓子が一人分ずつ皿に盛られて、予め各席の前に置いてあった。
小さなカップに入っているのは、下がオレンジで上がレモンのゼリー、それから、ビターチョコレートのブラウニーに……この白いお月様のようなものは、なんだろうか? 見たことのないスイーツが一つ。
形はのっぺりとしていて飾りも何もついていないけれど、間違いなく美味しそうな予感がする。
「サーフィニア嬢、このお月様のようなスイーツは何ですか? 王都では見たことがありませんよ?」
ワクワクしながら聞いてみると、天使は瞳をキラキラと輝かせて〈よくぞ聞いてくれました!〉って顔をしている。
かわいい、まぶしい! まぶしいけど、キラッキラにかわいい!
「これは《カイテンヤキ》です。赤豆を甘く煮込んだものを潰して、小麦粉の生地で包んで焼いたものなんですよ。東の国のスイーツなんですって。ね? セバスチャン!」
……また出たぞ《東の国》──セバスチャンは、その東の国の出身なのか?
いや、今は天使とすごす貴重な時間だ。そんな事はどうでもいい。
「美味しそうだね。では、いただこう──」
「うん。美味いぞ。腹にもたまりそうだし、疲れた体に甘さが染みるぜ」
クルスかと思ったら、エルトナか……珍しい。だけど、俺より先に食べるなよ。
まあ、それだけ疲れているということだよな? 仕方がないから、許してやろう。
では、仕切り直して!
「ほんとだぁ、美味しいね! ここには、王都にない食べ物がたくさんあっていいな〜」
……。もう、何なんだコイツらは! 勝手にしろ!
とかぶりついた《カイテンヤキ》は、期待を裏切らない美味しさだった。
あっ、すみません。おかわりいただけます?
◇◇◇
視線も意識もサーフィニア嬢に固定して、スイーツとお茶を楽しんでいたが〈そういえば、窓にもサーフィニア嬢が映っていたんだよな〉と思い出したので、改めてよく見てみると──おおっ! 天使と妖精が同時に見られるじゃないか!
どちらか一人を連れ帰えっても──ん?
窓に映る妖精の隣で、チラッチラッと天使を盗み見ては胸元に手をやり……また、チラ見を繰り返している怪しい男が一人。
……。やっぱり《アレ》が『あっ! そうだ!』だったか。
嫌な予感は当たったな。念の為、この場に持ってきておいて良かった。
それにしても、気づいてほしいアピールがすごい……なんて、天使から気を逸らすんじゃなかった。
それた俺の視線と、それを追ったサーフィニア嬢の視線が窓の中で絡んだのは一瞬で、天使の瞳は不審な動きを繰り返すクルスを捉えてしまったじゃないか!
「クルス様、それは何ですか? すごく素敵ですね!」
(は──えっ? 素敵!?)
(社交辞令でしょう?)
(お前のことじゃないからな!)
「えっ、あ〜これ? フフッ、素敵だなんて〜、照れるなぁ。実はこれ……僕が作った《願いが叶うブローチ》なんだよ!」
「ええっ!? クルス様が作ったんですか? すごいです!」
(……おいおい『願いが叶うブローチ』だと? 初耳だぞ〜)
(『幼女の霊撃退グッズ』でしたよね?)
(おい、デレデレすんな!)
「そんなぁ、すごくカッコイイなんて〜。まいったなぁ、エヘヘ〜」
(言ってないぞ? カッコイイなんて、ひとっっ言もな)
(まさか、紅茶で酔ったのでしょうか)
(もう一度言うぞ。絶対に、お前のことじゃないからな!)
「そこまで言うなら、サーフィニアちゃんにもあげるよ! はい、どーぞ!」
「わあ、ありがとうございます! ふふふっ、クルス様とお揃い、ですね?」
((あっ……))
(コラーッ!『サーフィニアちゃん』とはなんだ! ちゃんとは──ん? クルスとお揃い!?)
内心でツッコミを入れている場合ではない。慌ててポケットからブローチを取り出す。念の為に持ってきた自分を、盛大に褒め称えながら。
「サーフィニア嬢。ほら、私も持っているんだよ。だから、私ともお揃いだね」
「わあ〜、殿下のブローチも素敵ですね。殿下の瞳と同じ青い石が付いていて、とっても綺麗! 私のは──これ、紫の石なんですよ?」
(紫の石=天使の瞳の色……。えっ? 是非とも交換しませんか?)
「そうだよ! 瞳の色に合わせて作ったんだぁ。だけど、そんなに気に入ったのなら石は違うけど、もう一つあげようか?」
(……とんだ便乗嘘つきがいたもんだ。俺はもう一抜けた)
(わたしも、二抜けます)
「本当ですか! 嬉し〜い、ありがとうございます!」
二つのブローチを並べて、天使はニコニコと嬉しそうにしていたけれど、チラッと後ろを振り返ると、かわいい眉をキュッと寄せて、何かを考えているような顔になった。
どうしたのだろう?
天使を悩ませるものは俺が全て取り除いてあげたい。
そう思って声をかけようとしたが、天使の方が一足早かった。
「……あの、クルス様。とっても図々しいのは分かっているのですけれど、あともう一つだけ頂くことはできませんか」
「あー、ごめんねぇ。もうないん──あっ、そうだ! 殿下、殿下のブローチ、」
出遅れて少しへこんでいるところに、最高に良いことを思いついた! というような顔をこちらに向けてくるクルスへ、アッパーカットをお見舞いしてやりたいが、天使の前なので我慢する。
「クルス。私は、私の瞳の色と同じ石が付いた、このデザインが気に入っているんだよ? これはクルスの手作りだから、二度と同じものは出来ないだろう? だからこれを大事にしたいんだ。それよりも、クルスは自分で作れるんだから、君のをあげたらいいんじゃないかな?」
(冗談じゃないぞ! 天使とお揃いの物を、一時でも手放したりするもんか!)
「でっ、でも──」
「ねえ、クルス。これは最初から《願いが叶うブローチ》だったよね?」
ニッコリ笑って脅しをかける。
「あっ……そそそそーだよ! も、もちろん最初から《願いが叶うブローチ》だよ! だから、サーフィニアちゃんの願いを叶えないとね! はい、どーぞ!」
「えっと……。本当にいいの? 無理には……」
「大丈夫だよ! 僕は帰ったら、またたくさん作るから!」
(((いや、それはやめとけ)))
「クルス様、本当にありがとうございます! じゃあ、はい。マリアベルとセバスチャンに一つずつね!」
(……えっ? 私は、いらないかなぁ〜)(私もですよ……)
おい、天使があげるというものに、何をためらう必要があるんだ!
「マリアベル、セバスチャン……私とお揃いは、イヤ?」
「「ありがとうございます! お嬢様!!」」
そうそう、従者と侍女たるもの、天使に悲しそうな顔をさせるんじゃない。
次やったら許さんぞ!
といった俺の心境など知る由もない三人は、楽しそうに笑いながら──天使からブローチを付けてもらっている……。
その輪に入ることができない悔しさと悲しさに視線をそらすと、大きな窓からオレンジ色に染まり始めた空が見えた。
「お嬢様、そろそろ──」
「………」
「お嬢様」
「分かってるわ……。殿下、皆様方、楽しいティータイムをありがとうございました。私はお先に失礼します。皆様は、ゆっくりしていってくださいね」
眉を下げて少し淋しそうに笑うサーフィニア嬢を、セバスチャンが抱きかかえた。
天使が、天使が行ってしまう!
「サーフィニア嬢! 今晩の」「「アズナイル殿下!!」」
鋭くハモる声に、一瞬固まった。
サーフィニア嬢も目をまんまるにして驚いている。
「ど、どうしたの、二人共? 急に大きな声を出して」
「申し訳ありません、お嬢様。アズナイル殿下が〈殴り飛ばされて〉転びそうになっていたので、注意喚起のためについ大きな声を出してしまいました」
「わたくしも申し訳ありませんでした。アズナイル殿下が〈蹴り飛ばされて〉滑り転けそうになっていたものですから……。つい、ですわ」
……。二人は一体、俺に何をする気だったんだ!?
「殿下、大丈夫ですか? 気を付けてくださいね? それから、お話の途中に申し訳ありませんでした。もう一度、聞かせていただけますか」
(……いや、あの、忘れてください。二人の目がとっても怖いんです。お嬢様が悲しむような質問をするんじゃねーぞ! ア゛? ふざけんなよ! って顔してます。それから、一部は俺だけに思念でも飛ばしたんですかね? 天使には聞こえていないようですが……)
と、頭の中でボソボソとつぶやき、コホンと一つ咳払いをしてから姿勢を正す。
「今日はたくさん体を動かしたので、今晩はみんなぐっすりと眠れそうです。サーフィニア嬢も、しっかり休んでくださいね」
「ふふふ、朝からお疲れさまでした。かなり早いですけど、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
去っていく──セバスチャンの背中を通して──天使を見送り、今晩のディナーにも確実に現れないという事実に、ため息をついた。
だけど、この時はまだ、ぐっすり眠るどころか──眠れぬ夜になるなんて……。
俺たちには知る由もなかったんだ。




