1・白い物が食べたい
私は、サーフィニア・プラント 七歳
プラント男爵家の長女で、私を溺愛する優しい両親と、七歳年上の(シスコンの)お兄様の四人家族。
お父様は黒髪にアメジストの瞳、お母様は少し濃い目のプラチナブロンドにパステルブルーの瞳、お兄様は黒髪でパステルブルーの瞳なの。
私は髪の色も瞳の色もお父様と同じで、それは嬉しいことだけど……お母様の色を一つも受け継がなかったのはちょっと残念。
お兄様は両親から一つずつ貰っていて、いいなぁって思ってしまう。
それからね、私の専属護衛騎士兼従者で超過保護なセバスチャンは十七歳。
本職? は騎士だけど何でもできる。本当は、私の願いを何でも叶えてくれる大魔法使いなんだけど……これは二人の秘密。
ものすごーく頼りになるので大好き!
専属の侍女もいるにはいるけど、この四人が私に構うことを奪い合うのでなかなか近づけないの。頑張れ、マリアベル!
最後はね、執事のスヴァイル。私には優しいけど誰に対しても結構ズバズバ言っちゃうから、周りからは怖がられているみたい。
若い頃は護衛騎士達の指導もしていたんだって。
セバスチャンも一目置いている人物なの。
でも、若い頃って言うけど……本当は何歳なのか誰も知らないのよ。私にはお父様より少し上くらいにしか見えないんだけど、本人が年寄のフリをしているから黙っててあげてるの。
◇◇◇
ある朝目が覚めた私は──白い物が食べたい。
突然、そんなことを思った。でも、白い物ってなんだろう?
何かは分からないけど食べたい。食べたい、食べたーい!
そう思った瞬間、視界の端に揺れるものを見つけた。
揺れていたのは、ベッドサイドテーブルの上の水差しに入っている数本の細長い『緑』……の草?
セバスチャン、間違えたのかな。
セバスチャンが私の願いを間違えるなんて珍しいけど、取り敢えず白くはないし──ヒョロッとしていて食べごたえもなさそう。
こんな時は、本人に聞いてみるのが一番ね。
「セバスチャーン」
「おはようございます、お嬢様。……それは、何ですか」
部屋に入ってきたセバスチャンが、水差しを持って立っている私に尋ねる。
「これは──あのね、白い物が食べたいって思ったんだけど、緑の草しかなかったの。これ、白くなるの?」
(白い物……だとすると、これは『あれ』ですね)
「あぁ、申し訳ありません。時間は少し掛かりますが白い物になりますよ。取り敢えず、朝のお支度と朝食を済ませましょう。その後で一緒にそれを植えましょうね」
「はーい」
着替えは、セバスチャンには頼めない。
というか、頼まれても困るだろうし、セバスチャンに命の危機が訪れそうだわ。まぁ、誰よりも強いから負けないだろうけど。
代わりにやって来たのはマリアベル。優しくて可愛くて大好き!
「おはようございます、お嬢様。今日は朝食後、土いじりをされると聞きましたので、こちらのミモレ丈のワンピースに致しましょうか。モカブラウンなので、多少の泥汚れなら目立たないと思いますよ」
流石はマリアベル。よく分かっている。
「うん、それにする。髪も邪魔にならないように高い位置で結んでね」
「そうですね……纏めなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。草を植えるだけだもん」
「分かりました。では、結ぶだけにしておきましょう」
マリアベルが、私の真っ直ぐでサラサラで腰まで届きそうな長い黒髪を丁寧に優しく櫛っていく。そうして一本残らず頭頂付近で一つに纏め上げると、最後の仕上げにワンピースと同色のリボンで結んでくれた。
◇◇◇
ダイニングに行き、お父様・お母様・お兄様──お兄様は王都にある王立学園に通うため、普段は王都にあるタウンハウスで暮らしているのだけど、今は春のお休みで領地に帰って来ているの──に朝の挨拶をしてから席に着く。
「ニア、今日はセバスと一緒に、いね──ったぁぁ!」
「どうしたの、お父様。大丈夫?」
「オホホホホ、いや〜ねあなたったら。よそ見をしているからそんな事になるのですわ」
見ると、お父様の指にフォークが軽く刺さったようだった。
(ウインナーと間違えたのかな?)
「だっ、大丈夫だ。えっと、あっ、何かの『草』を植えるそうだな」
「そうなの。なんかね、白い物になる草なんだって。なんだろうな〜楽しみだなぁ」
「そうか。それは楽しみだな。久し振りに、お──にぃぃ!」
「お父様……気を付けてくださいね」
今度はナイフだ。危な過ぎる。
「あなた? もうお喋りはやめて、お食事に専念しては如何かしら」
「お父様、ニアもそうした方がいいと思います。鬼は生えてこないから安心してね!」
「……そう、だね」
これでもう、怪我はしないだろう。ホッとしたので急いで朝食を済ませて、セバスチャンと庭に出た。何故か、お兄様も付いて来たけど。
◇◇◇
セバスチャンに連れて行かれたのは、裏庭に置かれた古くて大きな盥の前だった。
これは、私が五歳の時に「お庭で水遊びがしたい」と可愛くおねだりして(駄々を捏ねたとも言う)置いてもらった物だ。
セバスチャンは反対していたけど、じゃあ湖で遊ぶ! と言ったら、一人では絶対に遊ばない事を条件に急いで作ってくれた。
「これに植えるの?」
何てこと! 私の水遊び場は今やぎっちりと土が敷かれ、その上には水まで張ってあって……水さえなければまるで花壇だわ。……いやいや、土さえなければ。が正しいのかな。などと一人でグルグルしていると。
「お嬢様は白い物が食べたいのですよね? それでしたら、今の所これ以上に最適な物はございませんよ」
「今の所? うーん、よく分からないけど、セバスチャンがそう言うなら。それに、お兄様が夏のお休みで帰って来た時、また元通りにしてくださるでしょうし。これでいいわ」
「なんで俺が!」
そんな声はきれいにスルーして、セバスチャンがたった数本の草をそこに植えてくれた。
「さて、お嬢様が食べたい白い物は、勿論これっぽっちの草だけでは食べる事ができません」
それはそうだろうな。少な過ぎるし(何度も言うけど)白くない。
だけど、そんな事を言ったら折角用意してくれたセバスチャンに悪いので、分かっていると言うように神妙に頷いた。
人払いがされた裏庭を、ぐるりと見回すセバスチャンを見てピンときた。これは、あれだわ!
「では、お嬢様。今から私が、白い物が食べられますようにとお願いしますので、お嬢様も一緒にお願いしてくれますか?」
やっぱり!
もげそうな位に激しく縦に首を振るサーフィニアの頭の上で、セバスチャンとアクトゥールが目で会話し、頷き合っていたなんて──彼女は知らない。
◇◇◇
(これって、あれだろう? さっき父上が言いかけた、稲の苗だよな)
(そうですね。どうやら『ご飯』が食べたいようです)
(いきなりご飯を出さずに苗を出すあたり、ニアらしいと言うか)
(アクトゥール様に、夏休みの仕事を作ってあげたかったのでしょう)
(なんでっ!)
(さぁ? それにしても、旦那様は危険ですね。先が思いやられます。後で厳しく演技指導をしておきましょう)
(…………)
この件については、一切余計な口を挟まないように気を付けよう。
と、心に誓ったアクトゥールだった。