16・視察? 体験? なんか違う......。
執務室に集まった四人──サンデール、アマリリス、セバス、マリアベル──は、アマリリスから出された提案について話し合い、悩みに悩んだ末に結論を出した。
が、それは、男性陣としては素直に喜べないもの……。特に男親であるサンデールは面白くなさそうな顔をしている。
サーフィニアのことを溺愛しているサンデールは、娘が望むことは全て叶えてあげたいといつも思っている。思っているが、今回ばかりは二つ返事ができなかった。
当たり前だろう?
アズナイル王子殿下は、爵位も高く見目もよい婚約者候補のご令嬢達にも全く興味を示さないと聞いていたから安心していたのに……話が違う!
昨日が初対面だったというのに、あの王子がニアに好意を持ってしまったのは一目瞭然じゃないか!
うちは爵位こそ低いものの、見目のよさから言えばニアがダントツで王国一だ。
親の欲目だけじゃない、あの愛くるしさは国宝級、しかも性格まで可愛い娘なんてニア以外に誰かいるか? まあ、その点に関しては王子の人を見る目は確かだと褒めてやってもいいが、それはそれ、これはこれ。
王族なんて信じられるか! あの顔と口の上手さに騙されて、ニアがうっかり、こ、こ、恋──ああっ、ダメだダメだ! ニアにはまだ早い、早すぎる!!
だけど……愛妻がこんなふうに言うから。
「いつもセバスが一番大変なのは分かっているわ。だけど、どんなに手を尽くしても《あれ》は必ず起こるでしょう? 多くのことを我慢しなければならないあの娘が、あんなにも楽しみにしていたことを奪って……悲しい気持ちのまま《あれ》に耐えさせることなんてしたくないの」
反論なんて、できなかった。
そしてもう一人。両親以上に過保護で、大事なサーフィニアのことをいつでも安全な箱の中に入れておきたいセバスは、当然サンデールと同じ気持ちだったけれど、アマリリスの最後の言葉が心に刺さったセバスも、今回ばかりは反対し続けるということはしなかった。
〈お楽しみは明日以降〉〈第三王子の一行がこの地を去るまで〉……そう思っていたけれど、奥様に相談してみてよかったわ。
逃げ道を塞がれて渋々納得したサンデールとセバスには心の中で謝って、マリアベルはホッと安堵の息を吐いた。
どうしても避けて通れないことがあるから、そうでない時はいつだって笑っていてほしいと思う気持ちは、旦那様方は勿論、この邸で暮らす者なら誰だって持っているもの。
執務室をあとにしながら、目が覚めたときのサーフィニアの驚き喜ぶ顔を思い浮かべると──マリアベルは小さく笑った。
◇◇◇
「お陰さんで脱穀も終わったことだし、きりのいいところでお昼にすんべ」
「んだなぁ、昼にすんべぇ。腹減ったわぁ」
農民たちに「外で一緒に食べましょう」と誘われると、お腹が空きすぎて無口になっていたエルトナは、藁屑を体中にくっつけて「鼻がムズムズするぅ! お腹すいたぁ〜ックション、クシュン」と、一人賑やかなクルスを引っ張ってサッサッと作業小屋を出て行ったが、俺は迷っていた。
一度プラント邸に戻って、サーフィニア嬢と一緒にランチを食べられないか──
「殿下、お疲れさまでした。サーフィニア嬢は、ランチもお部屋で召し上がるそうですよ」
……。それを、何故お前が知っている?
「先程、サーフィニア嬢の侍女に聞きました」
「……そうか。で? お前は今までどこにいたんだ?」
「隣の小屋で籾すりをしておりました。さあ、そんなことより、皆さんと一緒にランチを頂きましょう」
そんなことって──ノリス、お前は単独行動が過ぎないか? それに、俺を差し置いて色々と先取りしすぎだぞ!
俺の不機嫌オーラから逃れるように先を急ぐノリスについて行くと、見せびらかしながら朝食をとっていたところではなく、少しだけ歩いた先にある大きな樹の前で立ち止まった。
見ると木陰のあちらこちらには、これまた大きな布が何枚も敷いてあって、そこでみんなは──おにぎりを食べている。
「おや? 殿下、良かったですね。おにぎりが食べられますよ」
……おい。俺はにっこり笑顔なんかに騙されないぞ。お前は絶対に朝から知っていただろう? 幼馴染みで親友だから忘れているのかも知れないが、お前は側近で、俺は主だぞ?
もともと緩い関係が、ここに来てますます緩くなっている気がする。
「殿下〜、食べないんですかぁ? おにぎりなくなっちゃいますよ〜」
クルス……だからな? 側近なら俺の分は確保しておいてくれよ!
ハァ、なんかもうイラつき疲れたわ。こんなこと今までなかったのに……。
完全に天使不足のせいだと分かっているが、朝食は味わえなかったから、せめてランチは美味しく食べようと頭を切り替えた。
敷布があるとはいえ、地面に座っての食事はあまり経験がない。
だけどこうして、外で皆でワイワイ食べるのも悪くないものだと思った。
食事をしながら、このあとの作業の説明を単独行動犯のノリスから受ける。
「この粒を《籾》と言うそうです。これを石臼でゴリゴリひいて《玄米》にするのが籾すりの作業です。ひく時は数人がかりで行いますが、力が結構いりますのでエルトナ一番の見せ場ですね」
「なら、たくさん食べておかないとな」
……たくさんな。エルトナ、俺は見ていたぞ。そして数えていた。
今食べているので五個目、だよな? で、左手にはしっかり六個目を確保しているくせに、視線は隣のクルスの分を虎視眈々と狙っている。
俺は向かい側に座っているが油断はできない。急いで食べよう!
──って……ああぁ、また味わえないじゃないか!
◇◇◇
籾すりの作業小屋は、脱穀小屋よりもかなり大きくて広い。
中には大きな石臼が三つあって、一つの石臼を四人でひいている。
「ヒャァ、重そ〜う! あれをぐるぐるぐるぐ……ウッ、気持ち悪くなってきた」
「「「………」」」
おいおい、あれくらいのスピードで気分が悪くなるとか、嘘だろう?
と思ったけれど、考えてみたら早朝からの激しい訓練に、慣れない《大量の》脱穀作業などで想像以上に色々と削られているから無理もないことなのかも知れない。
そこへ持ってきてあれだろ?
大量の脱穀作業で出来たあれな、見た限りでは随分減ったように思えるけれども……騙されてはいけない。
あの袋の中には、小さな小さな籾がぎっっっっっしりと詰まっているのだ。
ん? 視察は、どうなった?
確か、視察の《ついでに》体験をさせてもらうって話じゃなかったっけ。
ついでどころか、季節労働者並に働いている気がするのだが……。
いや、知ってたけどね。
今回の《視察》とは名ばかりで、出された課題は既にクリアしている。
《プラント領に立ち入ること》課題はたったこれだけ。
たったこれだけだが、これが単純なようでいて意外と難しいらしく、もしクリアしていなければ、つけて来ていた奴らと仲良く迷いの森を散歩していたことだろう。
立ち入ることができたら、社会勉強も兼ねて《米》についての情報をなるべくたくさん持ち帰ってね。できればその米も。頼んだよ〜。くらいの軽いもの。
そもそも、十二歳の子供にできることなんて、たかが知れている──
「殿下。現実逃避のお時間は、そろそろ終わりにして頂いてよろしいですか」
……クッ、容赦のない奴め。もう少し休ませろ!
と思っていたら、ノリスとは比べ物にならないくらいに優しい農民たちの声が聞こえてきた。
「まあまあ、籾すりは子供にはちーっとばかしきつい作業だべ。何回か回してもらったらあとはおら達がやるだよ」
「んだなぁ。子供には重てぇからよぉ、二人で持ったらいいべぇ。なぁ」
『んだんだ』の声を聞いていたら……ある疑念が一つ頭をよぎった。
「ノリス君? 君はさっき『籾すりをやっていた』と言ったよね?」
一瞬の間をあけてノリスは返す。
「……ええ。籾を投入する係でしたけどね。さあ、そんなことよりも手を動かしましょう」
……って、コラッ! さり気なく楽な内側をとろうとすんな!
◇◇◇
臼を十数周回したあと『ありがとうごぜぇましたぁ。あとはゆっくりしておくんなせぇ』と言われたが、自分たちだけ──騎士たちは残るそうなので──「それでは!」と立ち去るのも何だか気が引けて、どうするべきか迷っているところへ、サーフィニア嬢の侍女がやって来た。
「皆様、お疲れ様でございます」
「あんれまあ、マリアベル様でねぇの」
「こんにちはぁ。お嬢様は元気にしとるかねぇ」
と農民たちが次々に声を掛ける中──
「マリアベル様! どうされました? ここまで来られるなんて珍しいですね」
と、爽やかな笑顔で駆け寄ってきたのは《クラウド》といったか。
プラント男爵家護衛騎士隊の副隊長だと聞いている。
「クラウド様、お疲れ様です。アズナイル殿下へ、お嬢様からの伝言を預かって参りましたの」
何っ! サーフィニア嬢から!?
疲れなど一瞬で吹き飛んだ。
さあ、そこをどきたまえ。しょんぼりと肩を落としているクラウド殿。
「あっ、これは差し入れです。作った物を厨房から持ってきました。お茶の時間に皆さんで召し上がってくださいね」
差し入れと聞くと途端に目を輝かせ、シャキーンと復活したクラウド殿だが……。
マリアベル殿? なかなか微妙な言い回しをしましたね。
作ったのは誰ですか? 厨房から《貰ってきた》の間違いではないのですか?──って、そんなことはどうでもいい!
「マリアベル殿、サーフィニア嬢からの伝言とは……」
「はい『ご公務に差し障りなければ、午後のお茶の時間を一緒に過ごしませんか』とのことにございます」
「はい、楽しみにしておりますとお伝え下さい」危ない、危ない……。
『お茶の時間を一緒に』のくだりで〈はい、喜んでぇぇ〉と叫んでしまうところだった。
「畏まりました。側近の皆様もよろしくお願いします。では、失礼致します」
あ〜、ですよね……。側近の皆様も、来るの? 遠慮してもいいんだぞ?
と思っているのに。
「サーフィニア嬢、元気になったんだね。良かった! ここは食べ物が美味しいから、甘い物も楽しみだなぁ。あっ、そうだ! 僕、先に戻ってるね〜」
「ちょっ、まっ!」
行ってしまった……。
呆然と立ち尽くす俺の肩に、ポンと手が置かれる。
「私たちも戻りましょうか。汗を流して着替えないと」
「……ああ、そうだな。戻ろう」
急いで戻ろう。『あっ、そうだ!』が気になる。嫌な予感しかしない……。




