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14・気になる二人

 もうすぐ七時になる。

ディナーが始まって一時間半ほど経ったところだが……俺は驚きを隠せずにいた。

サーフィニア嬢が、そ〜れはもう食べるのだ。話しながら、笑いながら、スプーンを持つ手が止まらない。全部小皿だと言われればそうなのだけれども。


 いや、それにしたって食べている。

俺の肩に届くか届かないかくらいの身長しかないのに、その小さな体のどこに入るんだ? と不思議でしょうがない。


 しかも、食べるのも速いので、ノリスは見ているだけでお腹いっぱいになったらしく、早くに手が止まってしまっていた。

呆然としていた為、うっかり──「よく食べるね」などと口走った俺に無数の鋭利な視線が突き刺さったが、それどころではない。


 マズい! サーフィニア嬢が手を止めて、気まずそうに視線をさげてしまったぞ!

なんてバカなことを言ってしまったんだ! と後悔しても、もう遅い。

側近三人の俺を見る目も〈お前は馬鹿か?〉と言っている。

焦る俺の耳にポツリと小さな声が届いた。


「たくさん食べる女の子は……嫌い。ですよね……」

「そんなことない! 気取って少ししか食べない令嬢たちよりもずっといい! 見てて気持ちがいいし、何より健康的じゃないか!」


 はぁ? 何を言ってるんだ俺は! 見てて気持ちがいい? 健康的? 全っっ然、フォローになってない!

パニック寸前に陥った俺に追い打ちをかけるように、サーフィニア嬢は一瞬とても悲しそうな顔をした。それは、本当に一瞬だったが、胸が痛くてたまらない。


「……健康的」


 そう言ったきり、サーフィニア嬢は下を向いて動かなくなってしまった。

ああ、早く、早く何か言わなければと思うのに、喉が詰まって言葉が出てこない。

もうダメだ。完全に嫌われた……。



「お嬢様、七時になりましたよ」


 動けなくなった俺たちの背後から、柔らかな優しい声が聞こえてきた。


「セバスチャン!」パッと振り返ったサーフィニア嬢が、セバスチャンに微笑みかける。


 ……俺にはもう、あんな笑顔を向けてはくれないだろうと思うと気が沈んだ。


「おにぎりの時間ね? いま行くわ。ほら、殿下も行きますよ。強制参加だって言ったでしょう?」


 えっ? ニコッと笑って立ち上がったサーフィニア嬢を見上げると、何もなかったような顔をしている。

それでも動けない俺の手を、小さな掌が掴んだ。


「逃げようったって、そうはいきませんからね! ほら、早く行きますよ!」


 引っ張られて、漸く立ち上がる。

「約束したでしょう? ほら、早く早く」とグイグイ引っ張っていく小さな温かい手は──もう気にしていませんから、大丈夫ですよ──と言ってくれているようで……。やっと肩の力を抜くことができた。



 《おにぎりを作ってみよう》のコーナーに着くと、サーフィニアはカランカランとベルを鳴らす。


「みなさ〜ん。美味しく食べていますか〜。今から《おにぎりを作ってみよう》のコーナーをオープンしま〜す。作ったおにぎりは、ここで食べてもいいですし、夜食用にお部屋に持って帰ってもいいですよ〜。参加をお待ちしていま〜す!」


 あのまま泣き出してしまうのではないかと思っていたのに、本当に何事もなかったかのように元気いっぱいのサーフィニア嬢を見て、いつまでも落ち込むのはやめにした。


 ここから挽回だ! カッコいいおにぎりを作ってみせるぞ!

と意気込んだものの、嫌な予感がする。ご馳走が素晴らしすぎて、このコーナーに来る者はあまりいないだろうと思っていたが『夜食』なんて聞いたら……。


 ほら、早速──ザード、一番乗りはやはりお前か。

さては、これを狙ってコーナーに一番近い席に座っていたな? と思っている間にも、わらわらと騎士たちが集まってくる。


「わっ、わぁ〜! 全員参加ですか!? ありがとうございます……」


 本当に遠慮がないな! 天使もちょっと引いてるぞ!


「だけど、えーっと……。どうしよう、セバスチャン」

「大丈夫ですよ、お嬢様。こんな事もあろうかと、人数分のボウルの準備はできております。先にお配りしますね」


 眉を下げて困っていたサーフィニア嬢の顔が、パァァーっと明るくなる。

瞳をキラキラさせて、背伸びをして、セバスチャンの耳に小さく『ありがとう』と言っているのが聞こえた。


 ……なんか。なんだろう? この二人って……。

まさか、婚約者ってことはないよな? と、歳が違いすぎるだろ? 違うよな!


 俺が一人で悶々としている間に、セバスチャンがボウルを、スヴァイルがおしぼりを配っていく。


「みなさん、ボウルを貰いましたか? まだの人はいますか?」

「「「「いませ〜ん」」」」


 いい大人が──子供か! あーダメだ。ここにいるすべての男が敵に見えてきた。

サーフィニア嬢の話を聞かないといけないのに。


「はい、じゃあ始めますよ。先ずはお絞りで、手をよく拭いてくださいね。次にポウルからお米が飛び出さないように気をつけながら、こうやってボウルを振って、お米がボウルの中でまとまるようにしてください」

「えっ、こう? こうし──てわわわわっ! おーっとっとっと! よっ、はっ! ふー、危なかったぁ〜」


 ……。クルス、お前はどんな場面でも安定のおっちょこちょい振りだな。

おかげで少し気が紛れた。


「殿下、上手ですね」


 ふふふっと笑いながら、天使が小さな声で褒めてくれた。

二人の仲が気になって、ぼーっとしていたけれど、耳はしっかり天使の声を拾い、手は無意識に動いてくれていたようだ。


「上手くできてる? ならよかった。サーフィニア嬢の教え方がうまいからだね」


 ニコッと笑ってそう言うと、パッと下を向かれてショックを受けかけたが、耳がほんのりと赤くなっている。

……照れてるだけか。かわいいなぁ。もう、それしか出てこない。


 ずっと見ていたいけれど、そろそろ前方向からの生ぬるい視線が鬱陶しい。

こっそり続きを促すと、慌てて前に向き直って、次の手順を説明しようとしたサーフィニア嬢だったが。


「まとまりましたか〜? そうしたら──ゴホッ……」「お嬢様!」


 サーフィニア嬢が咳き込むやいなや、セバスチャンがサーフィニア嬢の背に手を当てて、緊張した面持ちで顔を覗き込んでいる。

中央のテーブル席、壁際に控える使用人たちにも緊張が走ったように見えた。


 ……何だ?


「ゴホッ、ゴホッ……。だ、大丈夫。今日はちょっと大声を出し過ぎたかも」


 サーフィニア嬢は「エヘヘ」とバツが悪そうに笑っているけれど、セバスチャンは真剣な眼差しで、じっと彼女の顔を見つめている。

やや暫くそうしていたが「本当に大丈夫だから」ともう一度言われて、やっと納得したのか「ハァ」っと短い息を吐いてから頷いていた。


 プラント側の空気が微妙に変わったような気がして、サーフィニア嬢にどういうことなのか聞いてみたいのだが、俺たちの間にセバスチャンが割って入ってきて、それは叶わない。というか、邪魔なんだけど……。


「皆様、ここからは私が引き継がせていただきます。まとめたお米を掌に載せたら、手をこうして、こうこうこう。三回まわせば、おにぎりの出来上がりです」


 ええっ!? ざっつぅー! 邪魔をした挙げ句に、説明も雑に済ませるとは。

呆れたやつだ。


 それでも皆、見よう見まねで、歪ながらもなんとか形を作っていた。

騎士たちのなかには、器用に綺麗な三角形を作っている者もいる。

ノリスとエルトナもうまく出来ていた。クルスも「出来たぁ〜」と喜んでいるが、それは──だ円形だな、うん。


 俺のはと言えば……。ニコニコしてはいるが、セバスチャンの隣で椅子に座ったきり、一言も喋らなくなったサーフィニア嬢が気になって、三角にはなったが厚みがあって、なんだか野暮ったいおにぎりになってしまった。カッコいいには程遠い。


 夜食用にもっと作りたい者はその場に残って、そうでない者は自分の席に戻っていく。

サーフィニア嬢は席に戻るようなので、俺も戻る事にしたが──来る時は引っ張られて来たから、戻りはちゃんとエスコートしようと思っていたのに、セバスチャンが抱きかかえてサッサと行ってしまった。


 それだけでもがっかりだったのに、サーフィニア嬢は両親の間に席が変わっていて、俺の隣はアクトゥール殿になっている。なんでだ!


 こうなったら、料理を取りに行く時が話しかけるチャーンス!

も、やって来なかった。


 サーフィニア嬢がセバスチャンに耳打ちして──そこ! 耳が近い!──セバスチャンが料理を取りに行く。

戻ってくると口の形だけで『ありがとう』と微笑む天使。


 その役、俺でもいいんじゃ──


「殿下はゲストで、ホストではありませんよ」

「仮にホストだったとしてもあり得んがな」

「えっ、なになに? 料理を取ってきてほしいの? 僕が行ってこようか」

「「「…………」」」


 すっかり食欲がなくなってしまったが、せめてサーフィニア嬢と同じ物を食べていたくて、少しずつだが皿に取ってきた。

 そうこうしているうちに、またベルがカランカランと鳴る。

鳴らしているのはスヴァイルだ。


「皆様、八時になりましたので一旦席にお戻りくださいませ。これから、サーフィニアお嬢様がお作りになられた三枚の紙をお配りいたします。皆様が美味しかったと思う料理名を一枚につき一品書いて、こちらの箱に入れてください。三枚全てに同じ料理名を書いても結構です。紙を箱に入れたあとは、本日最後の一皿を選ばれて、時間までごゆっくりお楽しみくださいませ」


 スヴァイル殿が説明している間に紙が配られていた。

サーフィニア嬢が作ったというその紙には、一枚一枚に今日見たばかりの稲穂の絵が描かれている。


 今回、視察で訪れただけの俺たちを過ぎるほどにもてなし、楽しんでもらおうと、こんなにも頑張ってくれていたのかと思うと胸が熱くなった。



 《プラント領から出たことがない》というのは本当なのだろう。

それにしても、少し咳が出たくらいで歩かせないし、話もさせないという過保護すぎる扱いに、思うところはあるが……。


 このプラント領は、言い方は悪くなるが人を選ぶ。勿論、男爵が選んでいる訳ではないが、だからこそ俺たちのように歳の近いものが来ること自体が少ないはずだ。

子供は入れても、大人が入れなければ意味がない。そんな所に子供連れで来る者はまずいないだろう。下手をすれば親の面目丸潰れ──それだけならまだしも、共に森を彷徨うことになったりしたら大変だから。


 先ほどからの過保護な様子を見ていても、もしかしたら領地の子供達とも遊ばせていないのかも知れない。

だとしたら、王都から子供が四人も来ると聞いて、楽しみに待っていてくれたのだろうか。


 ふと、今日の出会いを思い出す。

待ちきれずに木に登り? まだか、まだかと大きな瞳を更に大きく見開いて、道の先を見ていたのかも知れないと思うと、嬉しいやら可笑しいやらで、緩みそうになった顔を上げるとサーフィニア嬢と目があった。


 可愛く小首を傾げているが、その瞳は〈さっきから何を考えているの?〉と問いたげな好奇心に満ちていた。


 そのまま暫く見つめ合っていたが、天使が苦笑しながら紙を取り上げ、これこれ!と指をさしている。


 ああ、そうだった。手元に視線を落とし──この紙に《サーフィニア嬢》と書いたら《あいつ》に怒られるだろうか。なんて考えながら、コソッと視線を向けてみたら、ばっちりと目があった。

……怒られる──どころじゃないな、あの目は! 確実にヤられる!


 二枚の紙に急いで書いて箱に入れに行った。

あとの一枚は、当然お宝として持ち帰る。


 そうして、皆が最後の一皿を食べ終えた頃《お楽しみディナー》はお開きとなった。


 サーフィニア嬢はあのあと、結局最後まで一言も言葉を発することはなかったが、ニコニコとかわいい笑顔で《みなさん、また明日》と《おやすみなさい》と書かれた二本の旗をパタパタと振りながら、あの男に抱きかかえられたまま扉の前で見送ってくれた。


 離れの階段を上り、廊下を歩いていると、本邸の窓にちらりと二人の姿が映る。


「……。あいつ、俺の天使を抱きかかえ過ぎじゃないか」


(((ついに『俺の』って言った!)))


 側近たちが何に反応したのかは分かっていたけれど、はなから返事などは求めていなかったので、乱暴に部屋の扉を開け──最後にもう一度振り返ってみる。


 二人の姿はもうどこにもなかった。










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