12・天使の名前はサーフィニア
俺たちがダイニングに入ると、座っていたプラント一家が立ち上がった。
「殿下、少しはゆっくりお寛ぎ頂けたでしょうか」
「はい、ありがとうございます。聞いていた通り快適に過ごせそうです」
「お気に召して頂けたようで、安心いたしました」
俺が座ってからまた皆が座り、ほんの少し遅めのランチと早めのお茶の時間を兼ねた会食が始まった。
広いダイニングには、男爵の好意で護衛騎士たちの席も用意されている。
騎士たちは警護に差し障るからと着席を固辞していたが「この地は王国一安全で、うちにも騎士はおりますから」と言われたら、迷いの森での実体験があるだけに、最終的には皆が納得して席についた。
「先程はバタバタと、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。挨拶も満足にできませんでしたので、改めまして、プラント領主のサンデール・プラントです。辺鄙な北の大地では十分なおもてなしもできませんが、ご公務の合間にはゆっくりと寛いで頂ければ幸いです。こちらは私の家族で、妻のアマリリス、嫡男のアクトゥール十七歳、長女のサーフィニア十歳です」
(((( えっ!? ))))
アズナイルと側近たちは内心驚いていたが、勿論顔には出さない。
「第三王子アズナイル・ルシファードです。大所帯で数日お世話になります。君たちも挨拶を」
((( きっ、君たちぃ!? )))
三人は吹き出しそうになるのを必死で耐えた。
「では、私から。エルトナ・マンダレーです。側近の中では最年長の十五歳です」
「ノリス・ウェルシータ、十四歳です。よろしくお願いします」
「クルス・ボルトナーです! アズナイル殿下と同じ十二歳です!」
第三王子とその側近達から紹介を受けたプラント男爵夫人は顔を輝かせる。
「まあまあ! 息子が四人も増えたようで嬉しいわ。アクトゥールは学院があるから、普段は王都のタウンハウスにいてなかなか会えないでしょう? 淋しくて」
「母上、殿下に対して失礼ですよ。それに淋しいのは私の方です。ニアがいない王都なんて、中身のないゆで卵のようなものなんですからね?」
「まあ、殿下、聞きまして? 私に会えないからではなくて、妹に会えないからですって。いい加減に妹離れして欲しいものですわ」
「兄様、私も兄様がいなくて淋しいですよ?」
「二ィィアァァ〜」
なんだ、この男は? 天使から淋しがられて、ずるいぞ。
「こ、これ、お前達、殿下の御前だぞ、いい加減にしないか!──だけどなニア? アクトゥールがいなくても、父様がいるから淋しくないだろう? なっ?」
嗜めるんじゃないのか……。だったらもう、俺も混ぜてくれ!
会ったばかりで、まだ話もしていないのに、天使に〈殿下がいなくて淋しい〉と言ってもらいたいアズナイル。
そんな考えを邪魔するかのように、ゴホン! と大きな咳払いが響く。
「旦那様方、もうその辺で。皆様呆れておいでですよ? せっかくのお食事も冷めてしまいます」
スヴァイルの声にハッとして前を向ければ、呆れるというよりも──アズナイル殿下は少し不服そうな顔をしているように見えた。
しまった! 不興を買ってしまったか!? 焦ったサンデールは急いで席を立って頭を下げる。
「申し訳ありません! またもや、お見苦しいところを……」
しまった! 天使と話をしたかったのに邪魔をされたから、つい不機嫌な顔を──マズい……天使のかわいい眉が下がってしまったじゃないか!
アズナイルはコホンと小さく咳払いをしてから、深々と頭を下げるサンデールに向かって──今更ながらの──王子様スマイルを作って見せる。そうして、天使を意識しつつ話題を探して目を走らせると、いいものを見つけた。
「いいえ、ご家族の仲の良さがよく分かりました。ところで、これが噂の《米》ですか」
テーブルに並べられた小さな皿の上には三角形の真っ白で艶々したものが、大きな皿の上には卵を焼いたものと、ウインナーとじゃがいもを炒めたもの、それに小ぶりのボウルに入ったグリーンサラダが一緒に載せてあって、今はスープが供されているところだ。
まさか、来てすぐに出されるとは思っていなかったが、助かった!
そして、助かったのはサンデールも同じ。
良かった、怒られずに済んだ! とホッとして座り直す。
「はい。これが、炊いたお米を握って作った《おにぎり》です。正式なランチのコースの一品として、違う形でお出ししようかとも思ったのですが……。それはディナーのお楽しみに取っておいて、ランチはおにぎりがメインの簡単な田舎の料理でおもてなしを、ということになりました」
男爵にそう言われて、もう一度テーブルに視線を落とす。
確かに正式なコース料理にはほど遠いが、素朴で美味しそうだ。早く米──おにぎりを食べてみたいところだが。
「そう言えば、こちらに来る途中で、おにぎりを手で掴んで食べているところを見たのですが……あれは?」
「ああ、ご覧になりましたか。不思議に思われたでしょうが、うちのセバスが言うには、おにぎりは正式には手に持って食べるものなのだそうです。遠い東の国の食べ方らしいのですが……我々には抵抗がありますでしょう? フォークとナイフをご用意しておりますので、どうぞそちらを使って召し上がってください」
(よし! 今回はスムーズに言えたぞ。あとでリリィに褒めてもらおう!)
以前、ニアの前でやらかしそうになって怒られたサンデールが、昨夜のうちに猛特訓を受けていたことなどは誰も知らない。
一方、アズナイルは《おにぎり》の食べ方が気になっていた。
食べ物を直接手で掴んで食べる……。そんなものがあるだろうか?
焼菓子、パン、ベリー。でも、パンはちぎって食べるしな。手に持ってそのままかぶりつく──あっ、サンドイッチ! そうか、サンドイッチと同じだ。
「東の国でおにぎりを手に持って食べているのは、そうしたほうが、おにぎりをより美味しく味わえるからですね? それなら私も東の国にならって、フォークやナイフは使わずに頂いてみたいです」
サンドイッチだってそうだ。ちまちまカットして食べるより、かぶりついた方が美味い。何より、もともと食べやすくカットしてあるものを更に小さくしようとすると、具材がぐちゃぐちゃになって見栄えも悪くなる。
頭の中で、サンドイッチとおにぎりが、そうだ! そうだ! と連呼し始めたところに、クスクスと小さな笑い声が聴こえてきた。視線を動かすと、今までほとんど喋らなかった天使が楽しそうに笑っている。──かわいい。すごく──。
「ニア……」男爵が天使を窘めようとしたが、なにか思い出したのか、それ以上は何も言わず、困ったように眉を下げただけだった。
「あっ、ごめんなさい。でも……殿下がお母様と同じことを言うから、嬉しくなってしまって」
「プラント男爵夫人と同じ?」
シュンとした控えめな上目遣いにドキドキしながら、なんとか言葉を返す。
よし。このまま天使と楽しくお喋り──とはならない。
二人きりではないのだから。
「ふふふ、そんな事がありましたわね。私も初めておにぎりを食べた時、確かに殿下と同じようなことを言いましたわ。それがおにぎりに対するマナーではないの? だったかしら?」
「ああ! ありましたね。結局、最後まで躊躇(している振りを)していた父上もそうして食べたんですよね」
「そうそう。懐かしいわぁ」
ゴホン、ゴホン! 今度は二つ。
「皆様、お食事をする気がないのならお下げしますが? よろしいですか」
……王族に出したものを遠慮もなしに下げようとするとは。流石は《審判の地》の執事だな。いや、そんなことよりも、下げられてたまるか!
「いただきます!」「「「いただきます!」」」
口元に近づけると、何ともいえない今まで嗅いだことのない、いい香りがした。
てっぺんをパクリと口に含む。……塩をまぶしているのだろうか?
噛めば噛むほど、かすかな甘みと塩加減が絶妙にマッチして。これは──
「うおっ!? 何だこれ、すっげぇー美味いな!」
「だよねぇ! すっげ──すっごく美味しいね! モチモチして、ほんのり甘くて塩味もして、噛めば噛むほど……。ハァ〜うっ、まぁ〜い!!」
うん……。君たち、全部言ってくれてありがとう。だけどさぁ、俺がせっかく『私』してるんだから、少しは合わせてくれないかな?
そんな乱暴で乱れた言葉遣い、天使がびっくり──してないね。嬉しそうに笑ってるね?
「そうでしょう!! こうして食べると、すっごく美味しいの!」
瞳をキラキラさせて、頬を少し紅潮させて──すっごくかわいい──。
「う──」
「サーフィニア嬢!! こんなに美味しいものが毎日食べられるなんて、プラント領はいい所ですね!」
しまった。焦って声が大きくなってしまったじゃないか!
天使を驚かせたのではないかとアズナイルはヒヤヒヤしていたが、それは杞憂に終わる。
「そうなんです! 殿下、プラント領は、とってもとってもいい所なんですよ!」
「そうだね(かわいい天使もいるしね)それにしても、こんなに綺麗な三角形をどんな風にして作るのかな?」
「私が殿下に教えてさしあげます。後で一緒に作りませんか」
「うん、それは是非とも教えて欲しいな。一緒に作ろうね」
ニコニコと小首をかしげる天使に、王子様スマイルを添えて即答した。
フゥゥー、危なかった。天使との初めての会話をクルスにやるわけないだろう?
フッフッフッ。ついでに一緒におにぎりを作る権利も──なんだ? ノリス? その呆れた目は。エルトナ……肩が揺れてるぞ!
クルス……やめろ! 男の涙目なんて見たくない!
涙目にしたのは誰か。なんてものは置いておこう。
それよりも──家族や側近たちととる食事以外で、こんなに賑やかで楽しいのは初めてだ。俺の家族も仲はいいが、そこは王宮で、王族だからな。
最初は恐縮していた騎士たちもすっかり場に馴染んで、ちゃっかりおかわりを頼んでいたが「お楽しみディナーに響くから、おかわりは一人二個までですよ」と、あのツワモノ執事に釘を刺されていた。
スープも初めて食べる味だった。これも東の国の食べ物で《みそしる》というものらしい。おにぎりによく合う。
おかわりをどうするか迷ったが『お楽しみディナー』が気になったので一個だけにしておく。エルトナとクルスは、しっかり二個もらっていた。
◇◇◇
ランチの後は、天使と男爵とアクトゥール殿と一緒に、米の刈り取り作業を見学しながら説明を受けることになっていたが、話がはずんでランチの時間が予定をオーバーしてしまったので、ディナーの準備をしなければならない天使は行けなくなったという。
「視察は、ノリスだけでもいい」「駄目に決まっているでしょう?」
……そんな、いつもクルスに向けているような冷たい目で睨まなくてもいいだろう? ちょっとした冗談なのに。仕方無い、ちゃちゃっと──
「まさか、今回の視察の目的を忘れた訳ではありませんよね?」
クッ、思考を読まれた!
「忘れるわけないだろう。行くぞ!」
天使の笑顔の脳内再生は一旦停止にして、仕事の頭に切りかえた。




