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90・どうにかこうにか、一歩前進

 セバスチャン殿に抱きかかえられたサーフィニア嬢に、柔らかな笑顔で話しかける殿下の横顔を眺めながら、数年前に初めてこの地を訪れたときの記憶をたどれば、出会ってすぐに──サーフィニア嬢が腕の中に落ちてきたあの瞬間にはもう、殿下は心を奪われてしまっていたのだということに思い至る。


 常に冷静沈着で、ある意味セリオス様よりも大人びているアズナイル殿下は、婚約者候補のご令嬢方に対して礼儀正しく接しながらも、どこか一線を引いていらしたのに、それがサーフィニア嬢に対しては全くと言っていいほど見られなかった。


 体調を崩したと聞けば驚くほど取り乱し、常にその姿を目で追い続け、話をされている時なんて──フフッ。そういえば、サーフィニア嬢が王宮に来られたときには邪魔者たちがいる執務室になかなか入ろうとされなくて、団長も困っていたな。


 サーフィニア嬢の言動に一喜一憂するお姿は年相応のもので、身分違いの恋に危機感を覚えながらも、お諌めすることはできずにいたのだが……。

どうやら王妃様は本気で、


「ネイサン? あなたは呼ばれていないと思うのだけど?」


 本邸に向かう一行から少し離れて、静かな思考を巡らせながら一番後ろを歩いていたネイサンは、名前を呼ばれて足を止めた。

しかし声の主に視線を向けても、見えるのは凛とした後ろ姿だけで。


 さすがは王妃様。などと思っている場合ではない。


「申し訳ございません。しかしながら、王妃様とアズナイル殿下をエルトナだけに任せておくわけにも参りませんので、私も一緒に控えさせていただくことをどうかお許し願います──プラント男爵夫人」


 何としても会談の場に同席しておきたいネイサンは、お叱り覚悟でアマリリスに声をかけた。


「なっ!? ひ、控えなさいネイサン! リリィに直談判するなんて、わたくしが許しませんわよ!」


 ヴィクトリアのその言葉に、王妃である自分を差し置いて男爵夫人に許しを請うたことが気に障ったのかと思っていた一同は、改めてプラント領内における最高権力者はアマリリスであると認識した。当然のことと思っているセバスを除いて。



 振り返ったアマリリスは、頭を下げるネイサンを見て少し考える。


 セバスがいるから全く問題はないと思うのだけれど……。

でも、そうねぇ……ヴィーとこの子たち以外にも、事情を知る者が一人くらいは王宮にいた方がいいかしら? 順当からいえばアズナイル殿下の護衛騎士団団長さんなんでしょうけど、ここにはいないし、この人の方が多分まともよね?


「わかりました。これから聞く話を一切口外しないと誓えるのなら、同席を許可しましょう」

「ハッ! ルシファード王国第三騎士団副団長の名にかけて誓います!」

「かけるには少々物足りない肩書ですが。奥様がお許しになられたのですから、その誓い、死ぬ気で守ってくださいね?」


 誓いを破る気など端からないのだが、セバスに念押しされると嫌な汗が流れ出す。

誰もがそうなるので仕方がないのだけれど、誤解されたら命に関わりそうなので、ネイサンは更に深く頭を下げることで誓いに偽りがないことを示してみせた。



 ◇◇◇



 会談の場として整えられたリビングでは、扉に背を向けて並べられている四脚のうちの両端に、サンデールとアクトゥールがぶすくれた顔で座っていて、壁際にはいつものようにマリアベルとスヴァイル──ではなく、スヴァイルの代わりにエレンが控えていた。


 向かいの席には三脚しか用意されていないところを見ると、サーフィニアの席は誰かの膝の上ということで間違いないだろう。それがこのところのお決まりだから。



 ヴィクトリアが奥の席の真ん中に、その両脇にクラリスとエルトナが立つと、ぶすくれ顔の二人も渋々と席を立ち、ヴィクトリアが腰を下ろした後に再び座りなおしたのだが、アズナイルが当然の如く二人の間──セバスから半分奪うような形で取り戻したサーフィニアを抱いてアマリリスの隣──に腰を下ろすと、その表情は凶悪なものへと変貌する。


 目の端でそれを捉えたネイサンは、アズナイルの後方、マリアベルの隣に控えようとしたけれどセバスに鋭く睨まれて、最初の予定通りに奥の窓際へと移動した。



 皆が所定の位置に着くと、アマリリスは何の前置きもなしに話を切り出した。

それはもうズバッとスパッと端的に。


「ニアとアズナイル殿下の婚約は、取り敢えず仮の仮といったところでいいかしら? 今のニアは幼すぎるし、元に戻ったあとで考えが変わるかも知れないもの。それに、殿下の心変わりが無いとも言い切れないでしょう?」


 いたずらっぽく目を細めるアマリリスに、アズナイルはきっぱりと言い返す。


「私の心変わりなどあり得ません。絶対に、です」

「だけどニアはこのままかも知れないわよ? ずーっとね」

「私が学院を卒業してもニアに成長の兆しが見られなかった場合には、王籍を抜けてセバスチャンと同じニアの専属護衛騎士兼従者になります。そしてこの命が尽きるその時まで、ニアのそばを離れずに守り抜くと誓います」


 迷いなき瞳をまっすぐにこちらに向けるアズナイルに、満足そうな笑みを浮かべるアマリリス。

王籍を抜けてまで、自分と同じサーフィニアの専属護衛騎士兼従者になると言い切ったアズナイルに呆れるセバス。

前置きも何もなくいきなり本題に入ったアマリリスに驚いて、待ったをかけそびれていたサンデールとアクトゥールは、いくらなんでも『王籍を抜けて』はマズいだろうと、期待を込めてヴィクトリアに視線を注ぐ。


 すると、思ったとおりに驚いたような顔をしていたのだが……次の瞬間には喜色満面となり「よくぞ言った! さすがはわたくしの息子!」と言わんばかりに、首を縦に振りながら盛大な拍手を送り始めた。

更にはクラリスまで一緒になって手をたたき「ブラボー!」なんて叫んでいる。


 こちらの陣営は二人だけ。そう悟ったサンデールとアクトゥールは、遅ればせながら大きな声を上げた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!! ここは会談の場だろう!?」

「そうですよ! 話し合いもせず勝手に──母上! 乱暴すぎやしませんか!」


 ガタガタッと椅子を鳴らしながら席を立った二人に詰め寄られたアマリリスは、呆れ果てた顔で彼らを一瞥したのち、盛大な溜息をついた。


「一体、いつまでそんな事を言うつもりなの? 今更遅いでしょう? 二人は《運命の星》で結ばれてしまったのだから」

「遅いことなどあるもの────ままま待ってくれ、リリィ! 今、うっ、運命の星と言ったのか!?」


 愕然とするサンデールにアマリリスは首を傾げる。


「あら? あなたまさか……見えていないの?」


 ひらひらと左手を振るアマリリスに対し、これ以上ないくらいまでに目と口を開ききったサンデールは、信じられないというように、ほんの僅かに首を横に振る。


「嘘でしょう? セバス、あなたには見えているのよね?」


 サンデールから縋るような視線を向けられてセバスは困るが、見えているものを見えないとは言えないし、セバスの優先順位はニア→アマリリス→サンデールとなっている。だから、困っても迷っても本当のことを言うしかないのだが──


「……はい。はっきりと、見えております」


 はっきり言って『はっきりと』は余計だった。

膝の力が一瞬で抜けてしまったかのように、ドサリと椅子に座り込んだサンデールを見て、アクトゥールの声はますます大きくなる。


「父上! しっかりしてください! 母上、星が見えるとか見えないとか、何の話ですか? 私にも分かるように説明してください!」


 同志であったはずの父親は、もう当てにならない。

それでも一人抗い続けるアクトゥールに、アマリリスは静かに告げた。


「星は──結ばれた星を無理やり引き離すようなことをしたら……世界は変わってしまうかもしれないわ。そうなったら……」


 そこで言葉を切ったアマリリスだったが、アクトゥールには続く言葉が手に取るようにわかった。


 〈そうなったら……私達は《また》離れ離れになってしまう〉


 世の中が変わってしまうのではなく、家族揃って幸せに暮らしているこの世界そのものが足元から崩れ去り、あの悲しみ、苦しみを再び味わうことになるのかもしれない。と理解したアクトゥールは、大人しく席に戻った。



 一方で、完全に置いてけぼりをくらったヴィクトリアとエルトナはポカ〜ンとしているが、アズナイルはクラリスがほんの一瞬だけ小さく震えたところを目の端で捉え、小さな違和感を覚えていた。


 何か……。今、何か引っかかったんだけど……「……レオン?」


 思考の途中で聞こえてきた、小さく悲しそうな声に慌てて視線を下げれば、潤み始めた大きな瞳にぶつかる。


「ニア、怖い。ニアはレオンと一緒にいちゃいけないの?」


 大人たちのただならぬ雰囲気と、アズナイルの意識がそれていることを敏感に感じ取ったサーフィニアは不安になり、今にも涙が零れそうになっていた。


 しまった!


「ちがっ」「オホホホホ。やあねぇ、いけないはずないでしょう? サーフィニアちゃん。あのね、今はサーフィニアちゃんとアズナイルの婚約についてお話してるのよ? 婚約ってわかるかしら? わたくしたちはみんなね、サーフィニアちゃんが大きくなったら、アズナイルのお嫁さんになってほしいと思っているのよ?」

「……じゃあ、どうして怒っているの?」


 潤んだ瞳で見つめられたサンデールとアクトゥールは、またもや慌てて立ち上がる。


 向けられているのは悲しそうな瞳の他に、呆れや非難、突き刺さるような冷たい視線もあって、それらに押されたから。ということだけでなく、自分たちがこれ以上グズグズしていたら、三百年の時を超え、再び家族として巡り会えた奇跡と幸せが、跡形もなく消え去ってしまうかもしれない──という焦りもあったからだ。


「ニア! ああ、ニア、違うんだよ? 父様は怒っているのではなくて、ほら、あの……そう! 父様も《星》が見たかったんだよ。ニアと殿下を結びつけてくれた運命の星をね? だけど、母様に見えているものが父様には見えないものだからちょっと慌ててしまって。大きな声を出してごめんよ、許しておくれ」

「ニア! 兄様もだよ! 兄様は星の意味がよく分からなくて話を聞きたかっただけなんだけど、そんなことより、もう二度とットットットットッ──ああそうだ! 婚約といえばプロポーズだね? さあ、アズナイル殿下! 早くニアにプロポーズをしてくださいよ!」



 …………え゙っ?



 泣きそうになっていたサーフィニアに焦ったものの、主な原因となった大人たちが一生懸命にとりなそうとする姿を見てホッとした途端に『アズナイルのお嫁さん』と『運命の星』という、とっても素敵な言葉がよみがえり、特に《運命の星》に至っては、


 喉から手が出るほど欲しかった《運命の星》を、まさか気づかぬうちに手に入れていたなんて!


 と、頭の中で様々な喜びのガッツポーズを繰り広げていたアズナイルは『プロポーズ』の言葉に敏感に反応を示したものの、まさかここで名前を呼ばれるとは思ってもいなかった。



 ……いやいや。プロポーズは勿論するさ。

ずっと一緒だと約束はしたけれど、男として、それはきちんと正式な手順を踏んでからな。つまり、今じゃない。まだ婚約指輪も用意できていないのに、ましてやこんなガチャガチャした場所で、人に言われてするものじゃあない。

ですよね?


「まあまあまあ、素敵だわ! ボヤボヤしていたら、三人目の勘違い男が現れるかもしれないものね! サーフィニアちゃん? 今からアズナイルがお願いをするから、サーフィニアちゃんが《はい!》って言ってくれたら、わたくしはとってもとってもとーっても嬉しいわ!」


 はっ? いや、だから、今のアイコンタクトはそうじゃなくて。

今じゃないですよね? っていう確認だったんですけど。

というか、やはりあの時、母上はライリーの言いたいことが分かってたん──ん? 

なんだか……サラッと流せるような雰囲気じゃなくなってきている、な。


 特に真後ろからは〈さあ言え。いま言え。早く言え!〉的な凄まじい圧力が押し寄せてきていて、振り向くこともできないアズナイル。


 おかしい。誰よりも反対していたくせに急に手のひらを──〈早く言え!!〉──

 うわっ!? 



 わわわわぁ〜。ダメだよ? ニア。そんなにかわいい顔で俺を見下ろしちゃ。



 凄まじく、器用な圧力によりピンポイントで弾かれたアズナイルは、座っていた椅子の横で、騎士のように片膝をついた格好でサーフィニアを見上げていた。

その小さな手を握ったまま。


 サーフィニアは小首を傾げ、片膝をつくアズナイルのことを不思議そうな顔で見ていたけれど──プロポーズの意味が分かっているのかいないのか。ただこの状況が、なんとなく恥ずかしいだけなのかどうかは分からないが──次第にその陶器のように滑らかで白い頬を、薄紅色に染め始める。


 そんな姿を見たらもう、全然キメることができないこのシチュエーションも、落ち着きのないギャラリーたちも、アズナイルは全く気にならなくなった。



「ニア──」おっと! 誰が聞いても誤解、勘違いのないようにしないとな。


 いつかの、ヴィクトリアとの一件を思い出す。


「サーフィニア・プラント男爵令嬢。私、アズナイル・レオンリット・ルシファードは──」


 心の中にも、たくさんの伝えたい想いが浮かんだ。


 ニアの笑顔を生涯守り抜くと誓う。

 ニアと、ニアに関わる全てのことを一番近くでずっとずっと見ていたい。

 ニアの隣で、もっともっと幸せになっていく俺を見ていてほしい。

 ニアの為ならもう一度、いや、何度だって結界を超えてみせる。

 例えばこの先に、どんなに苦しいことが待ち受けていようとも、繋いだこの手は絶対に離さない。

 大好き。よりも、もっと──


 次から次に、想いは溢れてくるけれど。


「ニア、大好きだよ。俺は、誰よりも何よりもニアのことが本当に一番大切なんだ。ずっと一緒にいたい。だから学院を卒業したら、俺と結婚してください」


 溢れる想いは取り敢えず飲み込んで、三歳のニアに届くようシンプルにまとめたプロポーズの言葉が言い終わるのと、ニアが腕の中に飛び込んできたのは、多分──

ほぼ同時。


 小さく震える体をキュッと抱きしめて「返事は?」と聞く。

これが返事だと分かってはいるけれど、俺もニアの言葉がほしいから。


「うん。はっ、はい! ニ──わ、私もレオンとじゅっと一緒にいたいでしゅ!」


 ……こ、このパターンは……。

込み上げてくる笑いを堪えて腕の力を抜くと、目に飛び込んできたのは────

小さなニアに重なって見えている十三歳のニアで。


 真っ赤な顔をして〈いやぁ、また噛んだぁ〉と、声まで聞こえたような気がした。



 えーっと。俺はプロポーズをして、ニアはそれを受け入れてくれたんだから……。

うん。次は誓いの、キキキキ、キシュ! だな? うん。


 激しくドキドキしながらニアに顔を近づけた瞬間、俺は椅子にビッタリと張り付けられ、ニアは男爵夫人の膝の上にちょこんと座りキョトンとした顔で俺を見上げ、他の者からは、まるで犯罪者を見るかのような視線を痛いほどに投げつけられてしまったが……。


 アホか! 三歳のニアの唇を奪うような真似なんて、するはずないだろう!

婚約指輪も無いんだから、せめて可愛いおでこに誓いの印を──



 いつもの如く、心の叫びはセバスのアイスソードアイズでスパッと斬り捨てられたけれど……訓練場に投げ捨てられなかっただけでもありがたい。

 と思う、アズナイルであった。


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