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9・視察前日

「ん、こんなところでしょう。あとは護衛の人数……これは、昼までにザードからリストが届くようになっています。宿泊地は問題ないですが、プラント領に隣接するドイル領だけは延泊の可能性も含めて、再度すり合わせをしておいた方がいいでしょうね。あとでドイル商会に行って確認してきます」


 アズナイルの執務室では、明日からのプラント領視察に向けての最終確認を行っているところなのだが。


「ノリス、わざわざお前が行かなくてもネイサンにでも頼めばいいだろう?」


 報告書を読みながらアズナイルがそう言ったが、ノリスは譲らない。


「いえ、ネイサンも忙しいでしょうし、丁度注文しておいた品も入荷したそうですので私が行ってきます。ああ、受取には注文した本人、つまり私のサインが必要ですので他の誰にも任せるわけにはいかないんですよ」


 先手を打ってきたノリスにアズナイルがチラッと視線を投げると、澄ました顔で微笑んでいる。……まあ、いいか。「なるべく早く戻れよ」「勿論です」



「ハァ……プラント領か〜。あの噂は本当なのかなぁ」

「あの噂ってなんだ、クルス」

「あれっ、エルトナ知らない? プラント領といえば別名《審判の地》だよ。悪しき心を持つ者は入れないっていうから──ププッ、エルトナは無理じゃない?」


 一方、こちらの(仲良し?)二人組は、今日も変わりなくじゃれ合っている。と言っても、じゃれついているのはクルスだけ。


「じゃあ、お前は《迷いの森》から一生出られないかもな」

「迷いの森? 何それ!?」

「……お前は本当にボルトナー家の一員か? プラントの領地をグルリと取り囲む深い森は、お前のような者が入り込んだらな、ただひたすら領地の周りをグルグルと回るだけで領地内に入ることは勿論、もと来た道に戻ることもできなくなるらしいぞ? そうしてるうちにな、ゼファー──隣国の好戦的なあいつらの領地に迷い込んだりして悲惨な目にあう者もいるんだと」


 エルトナは、真顔でクルスをビビらせている。


「えっ、あの森から審判が始まるの!? しかも、ゼファー領って……。えーっと、僕は留守番でいいかなぁ、な〜んて…………ねぇ、ノリス、目から氷点下ビームが出てるよ?」


 とうとう読んでいた報告書から顔を上げたアズナイルも呆れ気味に言った。


「分かってないなクルスは。だから今回の視察には俺達が選ばれたんだろう? 純真な心を持つ子供なら入れるだろうって」

「うわぁ、自分で純真とか言っちゃうの? さ〜すが、アズナイル殿下!…………だから。やめてよノリス! 風邪引きそうだよ、視察前だよ!?──あれ? 風邪引いたら行かなくていいから、ラッキー?」


 クルスは本気で行きたくないのか悩むところだが。


「冗談はさて置き、問題は《米》だったな。新種の作物でプラント領以外では育たないようだが」


 今回アズナイル達がプラント領の視察に行くのは、この《米》が目的だった。


「はい、今までにも農業を営む者が数人、領地を訪れて苗を譲ってもらったそうですが、持ち帰った先──というか、プラント領を出た途端に萎びれはじめて、植え替えても全く育たなかったそうです」

「なんと厄介──繊細な作物だな」


 そうなのだ。繊細かどうかはさておき、持ち出せても育たなければなんの意味もない。ただ、加工品は領地を出ても問題ないということだが、また別の問題がある。


「米の加工品が流通しない原因は、日持ちがしないとのことだから難しいだろうが、粒の段階なら問題ないのだろう?」


 粒のまま出荷できない訳が《あれ》より他になにかあるのか? 


「米はプラント領でしか育たないうえに、今期が二期目なのだそうです。そのためまだ試作段階的なものらしくて。領地で消費する分を除けばまとまった量にならず、流通させるまでには至らないそうです」

「領地で消費する分、か……」

「えーっ、それって、独り占めじゃない! 違った、領地占めだよー!」


 領地には入れない、農作物は出さないってひどくない? と、クルスがワァワァ騒いでいるが、誰も相手にしない。


「勉強不足のクルスは放っておいて──プラント男爵は王都にあまり出てきませんが、温厚で誠実、領民からも慕われています。中途半端に流通させるよりも、多様な作物の育ちにくい北の大地では、まずは領民を飢えさせないこと。そう考えてのことなら、それはある意味領主の鑑ではないでしょうか。独り占めなどあり得ないと思いますが」


「僕だって、本気でそんなこと思ってないよ!」と慌てて反論するクルスを、目を眇めて軽く睨んでおく。

真面目なノリスは、プラント男爵のような人達をリスペクトしているのだ。


「確かにな。領民なんて二の次、三の次、自分達の財布代わりぐらいにしか思っていない領主なんて腐るほどいるからな」

エルトナが心底うんざりした顔で吐き捨てる。


 それに相槌を打ちながらアズナイルは思う。


 いっそ、領主たちを全員プラント領に連れて行って、入れなかった者からは権利を剥奪すればいいのではないか?

いや、領主に限らず、王宮に蔓延っている権力を笠に着た貴族共を──そんな事をしたら王政が滞るな……。

それでなくても、ルシファード王国──王家は……。


「もぉ、難しい話はやめてさ〜、次は、コレコレ!」


 アズナイルが、ルシファード王国の明るそうにない未来に思いを巡らせそうになったところで、クルスのウキウキとした声が耳に入ってきた。

『コレ』と言ってクルスが開いているのは、貴族年鑑のプラント男爵家のページだ。


「ほら、ここ見て《サーフィニア・プラント》十歳だってさ! 僕より二つ下かぁ、どんな子だろうね〜」

「読めないのか? 黒髪にアメジストの瞳と書いてあるぞ。まぁ、お前は留守番らしいから関係ないか」

「……エルトナ〜、いつまでも昔話を持ち出すのは良くないと思うよ?」


 フン! と鼻を鳴らすエルトナに、クルスがジトリとした目を向ける。


 そんな二人を、あいも変わらず安定した仲良しぶりだな。とアズナイルとノリスは生暖かい目で見ていた。


「しかし、サーフィニア嬢ですか……。確かに少し気にはなりますね」

「ええぇーっ、堅物ノリスが珍し〜い! 女の子が気になるなんて!」

「そういう意味ではありませんよ。エルトナ、縛り上げて廊下に出しておいてください。邪魔です」

「お、おち、落ち着きましょう! ノリス様、エルトナも! どこから出したの!? そのぶっとい縄!」



 ハァァ。シリアスとは程遠いこの環境が、俺にはいい息抜きになって──いるのか? 誰か教えて欲しい。


 教えて欲しいといえば、確かにサーフィニア嬢の話は聞いたことがない。

プラント男爵家には、俺より五つ年上の嫡男がいる。

こちらは王立学院に通っているし、男爵が王都に出て来た時には一緒に王宮に来ることもあるから、見かけたことはあるが──サーフィニア嬢。ノリスの言うように気にはなるな。


「でしょう? 殿下も気になるでしょう?」


 俺の頭の中を覗いたのか? クルスはたま〜に怖いことを言う。


「いいですよ、教えてあげましょう!」


 そして、時々──頻繁に、面倒臭い。


「サーフィニア嬢はね?《プラント男爵家の秘された花》って言われてるんだよ。体が弱くて、男爵家に来客があっても挨拶にも出て来られないほどなんだって。男爵領から一歩も外に出た事がないそうだけど……多分、邸からも出たことがないんじゃないかなぁ? だから、見かけたら幸運が訪れるとか、本当はいないんじゃないかとか、本当の本当は小さい頃に亡くなっていて、今は夜な夜な邸の中をさまよっているとか……。いぃぃやぁぁー、怖い、怖すぎる!」


 自分で言っておきながら、ブルブルと震えているクルスに思う事はみな同じ。


 …………お前、やっぱり留守番すれば?…………



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