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88・何が何やら ②

「アズナイル殿下はそれしきのことで気分を害したりはしませんので、どうかもうその辺で許してあげてはもらえませんか? 彼には我々がこちらへ向かう道中、野盗に襲われそうになったところを助けて頂いたという恩もありますから」


 微笑みを浮かべたまま男の耳をつまみ上げている侍女に声をかけたノリスは、彼女も初めて見る顔だと気づく。



 王都のタウンハウスを手放して田舎に帰ったり、引っ越しをするものたちは稀にいるけれど、その場合、使用人たちの殆どは王都で新しい勤め先を紹介されるか、自分で探すのが常なのだが。


 見かけない顔の者が何人も邸の内外にいたところをみると、まさか、王都のタウンハウスで働いていた者たち全員がプラント領にやって来たというのだろうか? 

 とノリスが考えていると、ゴツンと音がした。

漸く耳を解放されたスザークが床に膝を打ち付けた音だ。


「大丈夫ですか」と声をかけようとしたノリスの目に、スザークに駆け寄るサーフィニアの姿が映り込み、スザークどころではなくなったノリスがすぐさまアズナイルに視線を走らせると、すでに周りの空気を淀ませ始めていて……。


 ため息交じりに〈面倒なことにならないといいな〉と囁きかけたエルトナの声に、同じくため息交じりで〈そう願います〉と返す。


 しかし、二人の願いも虚しく、問題発言が飛び出した。


「スザークお兄ちゃん、大丈夫?」

「お嬢様! もちろん大丈夫です。久しぶりにそう呼んで頂けて私は嬉しいですよ? ですが、いい機会です。そろそろ婚約に向けて呼び名を──!」

「黙りなさい!!」


 ドサッと音がした。エレンのグーパンチを受けてスザークが倒れこんだ音だ。

気配を察したスザークは咄嗟に耳をかばったのだが、今度はまさかのグーパンチ。

耳を守る手だけに気を集中させた結果、がら空きボディにエレン渾身の一撃がクリーンヒットしたのだ。


「ちょっ、は、母上! それは反則ですよ!!」

「えっ?」

「は、母上!?」

「ま、まっ、待って! エ、エレンとスザークって親子なの!?」



 スザークがサーフィニアに向けて『婚約』という言葉を発したときから、恐ろしく不穏な空気を漂わせ始めていたアズナイルは、仲良くなろうと思っていたエレンが一瞬で敵とみなした男の母親らしいと分かると、少し冷静になってドス黒いオーラを引っ込めた。

というか、他のことに気を取られたために引っ込んだ。と言ったほうが正しいだろうか。



 エレン殿はスザークとかいう男の母親のようだが……みんな、何をそんなに驚いているんだ? どう見ても女性だから母親だろう?

いや待て。こう見えて、実は男性なのだろうか? 大の男でも泣きが入るあの指の力の強さもそれなら納得がいく。

セバスチャンといい、エレン殿といい、男にしては美しすぎる──、──!……?



 アズナイルにとって《婚約》という単語は今一番のキーワードであるから、冷静になったつもりでも実はそうではなかったらしい。

おかしな思考回路の中ですっかり迷子になっているのだが、プラント家の者たちはそれどころではない。


「エレン? あなたに子供が、それもスザークだなんて──いえ、既婚者だったなんて初耳だと思うのだけど……」

「そっ、そうだ! 初めて聞いたぞ!」

「そんなことよりスザークの父親は誰なんですか! まっ、まさか、クラウド!?」「坊ちゃま、何をそんな寝ぼけた事を。どこからどう見ても私に瓜二つではございませんか」


 スヴァイルが大真面目な顔でそう言った瞬間、ざわついていたダイニングは静かになり、拍子抜けしたような安堵の空気が流れ始めた。


「いやだわ、スヴァイル。あなたがエレンに熱を上げているのは知っていたけれど、歳が離れすぎているでしょう? いくらなんでも、ねぇ?」

「そうだな。そう思い込みたい気持ちは分からんでもないが、これからエレンとはここで一緒に働いてもらうのだから、そういう気持ちは控えてもらわないと」

「全く。スヴァイルとは似ても似つかないスザークも迷惑だよね? まあ、クラウドにも似てないけど年齢的に考えて──ん? スザーク、どうした?」


 とぼけたことを言ったスヴァイルにばかり目がいっていた一同は、アクトゥールの呼びかけにより、青い顔で遠くを見ているスザークにやっと目が向いた。

その一歩後ろでは、エレンが見るからに恐ろしい笑顔を浮かべている。


 誰もが〈そんな……まさか……〉と思い始めた頃、スヴァイルが澄ましに澄ました顔で、一同の思考を完全に停止させる言葉をバラまいた。


「こう見えて私は、その実旦那様とは二つしか違いませんぞ」


 これにはさすがのヴィクトリアも迷子になっていたアズナイルも驚いて、澄まし顔のスヴァイルを凝視しているが〈とうとう真実を語る日がやって来てしまったか。エレンには怒られるだろうが、クラウドなんぞと噂されるくらいなら!〉と腹を括ったスヴァイルの口は止まらない。


「私はエレンに一目惚れした時からどんなにつれなくされても決して諦めず、押して、押しまくって、押し倒したら、めでたくスザークを授かることができタッ! タタタタタァァァ!!」

「お嬢様の前でなんということを! スザーク、あなたもです! 先程の寝言についてもじっくりと真相を聞かせてもらいますからね。そういうわけですので、旦那様、奥様、申し訳ございません。しばらくのあいだ失礼させていただきます」


 最早お約束となってしまった、脱出不可能なエレンの指に捕まって、ズルズルと引きずられながらつまみ出されるスヴァイルとスザークを呆然と見送っていた一同だったが、アマリリスはいち早く席を立つ。


「こうしてはいられませんわ! 今後の為にも詳しい話を聞いておかなくては!」

「わ、私も行くぞ! スヴァイルが私と二つしか違わないなんて信じられない!」

「お、私も行きます! スザークは私の従者なので全てを把握しておかないと!」



 ただの野次馬に見えなくもない三人がバタバタとダイニングを出ていって、取り残された王都組。

その王都組筆頭のヴィクトリアはぽつりとつぶやく。


「わたくしはこれでも《一応》王妃なのだけど」

「母上、ここプラントでは肩書などなんの役にも立ちませんよ」

「そうね……。だけど、わたくしの話はどうなったのかしら?」

「男爵夫人が思い出してくれるのを待ちましょう」

「そう、ね……。そういえば、先ほどブチブチッと何かの音が」

「気の所為です!」

「ねえ、レオン。スザークお兄ちゃんは地面から生まれたの?」

「それも──えっ?」

「エレンが倒れたらスザークお兄ちゃんが」「ああー! ええーっと……そ、それは二、ニアとお、私がもう少しおと、おと、大人になっ」


 なぜか真っ赤になったアズナイルがサーフィニアの目の前からパッと消えて、あとにはニッコリと微笑むセバスが立っていた。


「……セバスチャン。レオンは?」

「アズナイル殿下は訓練に行かれましたよ。お嬢様をお守りするために訓練を怠らない殿下には本当に頭が下がりますね」


 ニコニコ笑顔でそう言いながら、サーフィニアを抱き上げたセバスの鮮やかなブルーの瞳が燃え上がるのを目の当たりにしたネイサンたちは、急いで席を立つ。


「殿下に遅れを取ってしまうとは何たる不覚! 我々も訓練に行くぞ! 王妃様、御前失礼いたします!」

「ほっ!? あーっと……わ、わしはもう一眠りしてこようかの!」


 我先にと競うように扉の向こうへと消えていった男たちに〈昨晩もこんな光景を見たような〉と苦笑いを浮かべる女性陣に、お茶の準備はもう少し後でもよさそうだと考えたマリアベルは声をかける。


「もしよろしければ、これからお嬢様と一緒に裏庭に出られませんか? 魚にご飯をあげる時間なのです」

「あっ、忘れてた! レオンのお母様も一緒に行く?」

「もちろんよ! 何ならわたくしがサーフィニアちゃんを抱っこして行く──のは危ないからやめておくわね。オホ、オホホホホッ……」


 コホンと小さく冷たい咳払いが聞こえて、ヴィクトリアは小さくはない願望を慌てて打ち消す。訓練場や王宮に飛ばされるのだけはごめんだ。



「それでは。お嬢様、参りましょうか」


 差し出された両手に、僅かな戸惑いの表情を浮かべるセバスへ「いってらっしゃい」と、小さくささやき微笑むマリアベル。

瞬間、少しバツの悪そうな顔をしたものの「お願いします」と小声で返すと、セバスもその場から姿を消した。


 消える間際〈ありがとう〉と動いた口元を見逃さなかったマリアベルは、喜びの舞を踏み出そうする足を必死で床に縫い止めた結果、盛大に緩んだ顔面は生ぬるい視線の集中砲火を浴びることになったのだった。 



お読みいただき、ありがとうございました。

またどこかで《ぽっ》と出た時に、お寄り頂ければ嬉しいです。

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