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88・何が何やら ①

大変ご無沙汰しております。

思った以上に時間が取れなくて、こんなはずでは...

と思っている間に三ヶ月も経っていました。

まだまだですが、取り敢えず書き上げた一話を二日に分けてアップします。

 何かがブーツの先を突いている。


 何だよ……。今すごくいい夢をッ!?


 あげたはずのうめき声は、喉の奥を通り過ぎて胃の中に落ちていった。



「おい、起きろ。訓練の時間だ」


 うめき声とともに見開いた視界に映ったのは、チカチカする光の向こうで、腕を組み不機嫌そうな顔で立っているセバスチャン。

ニアの読み聞かせのあと、今度はセバスチャンが《ニアに向けて》読み聞かせを始めたのだが、ニア限定仕様の柔らかなハスキーボイスが耳に心地よく、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。……不覚すぎる。


 というか、向こう脛を蹴るのはやめろ! 目の前で火花が散ったぞ!

すぐに起きなかった俺も悪いが──ん? 訓練? ニアは?

そう思った時にはもう訓練場へと飛ばされていた。


 訓練場では男爵対ネイサン、スヴァイル殿対エルトナ、アクトゥール殿にはノリスとクルスの二人がかりで訓練? が行われていたが、うちの組はすでにもう皆ヘロヘロで。

俺を認めると〈助かった!〉と言わんばかりの視線を投げてきたが、


「アズナイル殿下は私の獲物です」


 と、セバスチャンからバッサリ切り捨てられた瞬間、クルスは派手な音を立てて後ろに倒れ込んだ。ノリスはつい最近の俺のように剣を支えになんとか立っているが、もうあれを振り上げる力は残っていないだろう。

などと呑気に観察している場合ではなかったようだ。


 ……えっ、何ですか? あなた達はもう十分でしょう? 

その獲物、俺にも分けろ的な視線でこっちを見るのはやめてもらえませんか! 

目の前の獲物に集中してください!




 あーー疲れた。


 どういう風の吹き回しか。獲物を独り占めにしたプラント領きっての最強悪鬼が、訓練というか猛烈特訓というか──とにかく実戦的な立ち回りや剣の使い方を文字通り体に叩き込むように攻めてきたので〈他国の戦場にでも放り込むつもりなのか!?〉と思ったけれど、そんなことはあるはずもなく。

俺は今晩も訓練場の冷たい土の上で意識を手放……スゥスゥスゥー。



 アズナイルは薄れゆく意識の中で、プラント領に滞在している間、日中は天国、夜間は地獄というサイクルが続いていくんじゃないかなぁ? とぼんやり思っていたが、それ以外のサイクルなどあるはずもなく、何なら夜間以外のおまけまで付いてしっかりと現実のものとなるのだった。



 ◇◇◇



 甘いお菓子のような香りが鼻先で舞っている。


 小さくて、温かくて、柔らかい何かがペチペチと頬を叩く。


 つかまえて、食グッ!?


 ニアの姿を至近距離で捉えたシアンの目が、うめき声を叩き落とす。


「ほら、殿下も目を覚ましましたよ。良かったですね。さあ、お嬢様も朝の支度を済ませましょうね」

「はーい。おはよう、レオン。またあとでね〜」


 そう言ってからすぐに消えた二人は──えっ? 夢? なわけないか……。



 いッ、たぁぁ! あいつは、本ンンッ当に! 

ニアを抱き上げるついでのように、鳩尾に一発入れられたぞ!


 文句を言いながら寝衣をめくって見ると、そこには拳の後がくっきり。


 ハァもう、何なんだよ。せっかくニアが……


 ニアが起こしに来てくれた。真っ白でふわふわのガウン姿、可愛かったなぁ。

朝の支度前だったんだろう? 前髪に少しだけついた寝癖もすっごく可愛かった!

あーもう。あいつに奪われる前に抱きしめればよか「おい、アズナイル。起きてるか?『朝の訓練に参加するように』って伝言があったぞ」



 …………だろうな。来ると思ってたよ!



 本来はプラント男爵家護衛騎士隊の為の朝練に、予告もなく現れた俺たちに少し驚いた顔をする者もいたが、覚えのある通常訓練は《多分》滞りなく終わり、俺は漸く癒しの天使を手に入れた。



 ◇◇◇



 朝食のあいだ中ずっとソワソワしていた母上が、最後の一口を飲み込んだあと黙って手を上げた。少し緊張しているのが分かる。

こちらはどうだろうと横目でうかがうと、気づかぬふりをしてお茶を飲もうとしていた男爵の肩がわずかに跳ねた。足でも踏まれたのだろうか……。



「あー、王妃様。如何なさいましたか」


 アズナイルの読みどおり、テーブルの下でアマリリスから足を踏まれたサンデールは渋々と、それはもう渋々と、気の進まない様子を隠しもせずに問いかけた。


「あの……昨夜も少し伝えた通り、お二人に大事な話があるのだけれど、このあと時間をいただけるかしら?」

「あー、そのことですか……大変恐縮ですが」「構いませんわ」「リリィ!」

「なぁに? 大きな声を出したりして。あなたは忙しいのなら、わたくしが一人で聞いておきますわよ?」


 分かりきった話を一分一秒でも先延ばしにしたいサンデールは、それが分かっていながら澄ました顔で話を進めようとするアマリリスに恨みがましい目を向けるが、それだけで。

サンデール自身も、もう止めることなどできないと頭では分かっているのだ。


「マリアベル、本邸のリビングにお茶の用意を──そうねぇ……八名分用意しておいてもらおうかしら」

「かしこまりました」


 八名分? 六名は分かるけど、あとの二名とは誰のことだろう? 

 と顔を見合わせる王都組。は放っておいて、マリアベルが準備のため退出しようとダイニングの扉の前まで進んだ時、ノックの音が響いた。



「旦那様、奥様。スザークです。只今到着いたしました」


 〈やった! これで少しは時間が稼げる!〉と思った本当に諦めの悪いサンデールは、声が弾まないように気をつけながらすぐさま入室を許可する。


「失礼します」と入ってきた男を見て「あっ!」と、思わず声を上げる側近三名。

普段なら、王妃もいる席で感情を表に出すことなど滅多にない。しかし……。



 王都からプラント領までは単騎で飛ばしても三日はかかる。

本来なら自分たちも明日の午後到着の予定だったのに、この男は丸一日早く二日で駆けてきた計算になるのだから、驚かずにはいられない。

といっても、そういった意味で驚いているのは《天馬》のことを知らないノリスだけなのだが。



 ノリスのその様子に〈ん、なんだ?〉と──サーフィニアを膝の上に抱いたまま──振り返ったアズナイルとスザークの目があった瞬間、スザークから殺気が放たれた。


「貴様! お嬢様になんて真似を! 今すぐッ、タタタッ!」


 見覚えのありすぎる光景に、アズナイルはスザークの不敬な物言いなど秒で忘れ去った。


「アズナイル殿下、申し訳ありませんでした。この未熟者には後ほど厳重な処罰を与えますので、どうか広い心でお許しくださいませ」


 ……いやいやいや、既にもう厳重な処罰の真っ最中ですよね? 

それ以上やったら耳が千切れませんか!? 

やめてください、ニアの前で流血沙汰なんて!!



 背後からエレンに両耳をグイグイとつまみ上げられているスザークは、凄まじい痛みから逃れようとつま先立ちになっているが、容赦のないエレンの力によってその足先は床から離れてしまいそうになっている。

そこへ、助け舟。ではなく普通の会話が滑り込む。


「スザーク、お疲れ様でした。それにしても早かったわね?」

「いいえ、奥様。遅いくらいでございます。私の監督不行届です。申し訳ございません」


 《スザーク》と呼ばれた男ではなく、スヴァイルが返事をしたことに内心頭をひねるアズナイルだったが、痛すぎて声を出せないのかも知れないと思い直した。


 しかし見ているだけでも耳がジンジンとしてくるので、早く開放してあげてほしいのだが……いったい何者なんだ、この男は。

初めて見る顔だけど、お前たちは知っているのか?


 スヴァイルの『遅い』という言葉に耳を疑っていたノリスだが、アズナイルの視線に気づくとすぐに小さな頷きを返す。

アズナイルもそれに応え、この場は任せることにしたのだが……。



 まさか驚愕の事実を知ることになろうとは、誰もが予想だにしていなかった。








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