85・言い切ったもん勝ち
広いダイニングにはオーバル型のダイニングテーブルが一脚。
席は全部で十四席。
そのうちの三席と一席は透明のカプセルで仕切られているので……。
「マンダレー様は、婚約者様と一緒のお席じゃなくていいの?」
サーフィニアの記憶はないはずなのに潜在的な何かが邪魔をするのか、クラリスをカプセルから出してあげるという選択肢はないようで、逆にエルトナをあちらに入れてあげようとしている。
しかし、サーフィニアに言われるまでもなく、やはりそうしてもらおうと思っていたエルトナは、
「ありがとうございます。お手数をお掛けしますが?」
「そうしていただけると有り難いです」と続けようとした言葉を疑問系で止めてしまった。
サーフィニアを膝に抱いているアズナイルが、顎でクイクイとカプセルの方を見るように促してきたからだ。
促されるままに隣を見てみると──腰掛けたまま上半身だけをこちらに向けたクラリスが〈ダメダメやめて!〉と口先をパクパクと動かしていて、膝の上に置いた両手の人差し指は繰り返し小さなバツ印を作っている。
クラリスの後ろには、ニコニコと微笑んでこちらを見ているヴィクトリア。
さらにその後ろではルーカスが中腰で立ち上がり、必死の形相で何度も両腕を大きく交差させていた。
〈来るなってことか? どうして……〉と考えながら、もう一度一つ手前に視線を戻したエルトナは、漸く二人の行動の意味するところを理解する。
ニコニコと微笑んでいると思っていたヴィクトリアの表情は、よくよく見れば目が一ミリも笑っておらず、あっち系の《いい笑顔》だと気づいたのだ。
……おい、ウソだろ? こっちの声は聞こえてるのか!?
そんな話聞いてないぞ!
というか、あんな顔で見られなきゃいけないほどのことを俺は言ったか?
クラリスの美しさを強調しただけだよな? 言葉遣いにだって気をつけたぞ?
とそこまで考えた時、ここにはいない人を思い出した。
陛下、丁寧に喋っていたのに大失敗をすることもあるようなんですけど、こんな時はどうすればいいんですかね?
そもそも王妃様に話しかけたわけでは──あぁ、あれか。勝手にクラリスを──
「お手数をお掛けしますが?」
「あっ……。あー、今日のところは、やはりこのままでお願いします」
考えるのをやめてサーフィニアにそう返したエルトナは、クラリスとルーカスが明らかに安堵の表情を浮かべたのを見逃さなかった。
つまり、二人はエルトナを助けたかったわけではなく、巻き込まれたくなかっただけだったということに気づいてしまったが、そこは追求しない。
ルーカスはどうでもいいが、クラリスを巻き込むのは不本意だから。
ついでに言ってしまえば、いい笑顔のご婦人が小さく舌打ちした様子も見逃してはおらず──人知れず、そっとため息を吐いた。
◇◇◇
ことの成り行きを、息を詰めて見ていたベルビアンナとライラは漸くホッと息を吐き、改めて随分とますます可愛らしくなってしまったサーフィニアを堪能しようと前に向き直り──ギクリと固まる。
クラリスについては一件落着したらしいサーフィニアが、今度は自分たちを交互に見定めていたからだ。
もう本当に嫌な予感しかしない。
取り乱したクラリスに付き添い、体調不良により王都を去ってしまったというサーフィニアを心配してここまでやって来ただけだというのに。
「お姉様たちはどうしてここに来たの?」
アズナイルの膝の上で、彼の腕を両手で抱え込んだまま小首をかしげるサーフィニアはものすごく可愛い。愛くるしい。
しかしその愛くるしい顔に愛想笑いの一つも浮かべず、大きなアメジストの瞳で心の奥底まで覗き込むように見つめられると、冷たい汗しか出てこなくて……。
うまいことが言えそうにないベルビアンナはライラに丸投げした。
丸投げされたライラは嫌な予感を回避すべく、出来の良い頭を回転させようと試みたけれど。
ダメだわ。ドリンク一本くらいじゃエネルギーが足りなさ過ぎて頭が回らない。ディナーはまだかしら? お食事しながらお話しましょうと提案してみよう──
「サーフィニア嬢、ご挨拶が遅くなりまして申し訳ありません。私もアズナイル殿下の側近で、政務補佐担当のノリス・ウェルシータと申します。こちらはライラ・ドイル子爵令嬢で私の婚約者ですよ。よろしくお願いしますね」
ニッコリと微笑んでライラの椅子の背に手を添えるノリスに、アズナイルとサーフィニアを除いた他の者達は、最早なんのためにこうしてテーブルを囲んでいるのか意味が分からなくなってきていた。
サンデールやセバスに至っては、ここが大暴露大会の会場として使われているのなら、サーフィニアのことも正真正銘本物の天使だと、自慢花火を打ち上げてもいいのではないかと思い始めている。
そんな中、今回一番の被害者といってもいいライアンは──初耳爆弾をまともにくらって、剥きそうになった白目を元に戻そうと後頭部をバンバンと叩き、昨日から一緒に修羅場をくぐり抜けてきたネイサンは気の毒そうにそれを見ていた。
皆、お静かにという注意事項はすっかり忘れてしまったらしい。
少しずつざわつき始め、このままでは収拾がつかなくなると判断したアマリリスはパンッ! と大きく手を打ち鳴らし、注目が集まると、みんなと同じようにこちらを見ているサーフィニアにニッコリと笑いかけた。
「ニアは人気者ね? アズナイル殿下の側近の方々がそれぞれの婚約者を連れて、わざわざニアに会いに来てくれるなんて。もう一人のお姉様の婚約者は……ほら、隣の仕切りの中にいるお兄様なのよ。だからニアが心配することなんて何もないの、分かった?」
「はい、母様」
「はい。じゃあそろそろディナーにしましょうね。スヴァイル、マリアベル、運んでもらえる?」
「「かしこまりました」」
えっ? いやいやいやいや、かしこまらないで!?
ちょっと待ってよぉーー!!
心の中で思いっきり叫んでいるベルビアンには誰も構わず、餌切れのため何を言われたのかうまく理解できなかったライラは電池の切れた人形のように動かなくなってしまい、そんな彼女にはエルトナに倣って椅子を近づけたノリスが見守るようにピッタリと寄り添っていた。
◇◇◇
なんとも言えない奇妙な雰囲気の中ディナーの時間は過ぎていき、最後のデザートが運ばれてくる頃、漸く仕切りは取り払われた。
お腹が満たされてだいぶ落ち着いたのか、騒ぎ出す者はいないようだったからなのだが……。
食事中は知恵を回し──二人の仲の良さをアピールするかのように──要領よくちゃっかりとアズナイルに世話を焼いてもらいながらも、小さなプライドからクッションを積み上げた大人用の椅子に座っていたサーフィニアも、仕切りが取り払われるやいなやアズナイルの膝に舞い戻った。
クラリスもベルビアンナも可愛いサーフィニアに釘付けなのだが、そういうふりをして実はアズナイルのことを見ているのではないかと疑っているのだ。
まあ確かに、何につけ二人を牽制しようとしているサーフィニアが可愛くて可愛くて──いつもクールで女性には少し冷たいけれど、眉目秀麗で一番人気の第三王子──の表の顔はどこへやら?
とろとろに蕩けた顔を隠しもしないアズナイルにドン引きの眼差しがチラチラと向けられているので、サーフィニアが気になってしまうのも無理はないというものだ。
ただ一人、漸く何か恐ろしいことを聞いたような気がしてきて、隣に座る存在だけに警戒心をつのらせているライラのことは眼中にないけれど。
一方、仕切りを外してもらってから一息ついたヴィクトリアは、気になっていることを聞いてみることにした。
「あの、リ──アマリリス? もう話をしてもいいのかしら?」
「興奮せずに、落ち着いて話せるのなら構いませんわ」
「ありがとう! あっ……あの、リ──アマリリス。まずは言わなければいけないことがあるのは分かっているのだけれど……それはあとでもいいかしら? 今ここでと言うのなら」「あとで構わないわ」
二十年前のことを謝りたいのだろうと察したアマリリスは、分かっているというように頷いてみせた。
いくら何でも臣下もいるこの部屋で、王妃に許しを請わせる訳にはいかない。
もしも彼女が王妃という立場を忘れ、それを望んだとしても。
アマリリスとしては、元々それほど怒っていたわけでもないし。
「ありがとう! リ──アマリリス」
『ありがとう』の声と顔が弾みすぎていて、早速興奮しているのではないかと心配になったアズナイルだったが、セバスが動く様子はなくひとまずホッとする。
だがまだ油断はできない。先ほどから何度もアマリリスの愛称を口にしそうになっているからだ。
「話というのはサーフィニアちゃんのことなんだけど…………ああ! 本当になんて可愛らしくてリ──アマリリスにそっくりなのかしら! 困っちゃうわ!」
「ハァ……もう、リリィでいいわよ。聞きづらくてかなわないわ。それから、そういう当たり前の話がしたいだけなら明日にして頂戴。ニアをいつまでも起こしておくわけにはいかないのよ?」
「ま、待って、ごめんなさい! 許して! 追い出さないで、お願いよ!」
結局、王妃という立場を忘れて謝り倒すヴィクトリアに王都組とライアンは驚く。
今まで二人に接点があったことも知らなかったのにその会話といったら、誰がどう聞いてもアマリリスの方が立場が上に思える。
「王妃様、立場を」「イヤだわ王妃様だなんて! わたくしのこともヴィ」「レオンのお母様? ニアね、このあとセバスチャンにご本を読んであげる約束をしているの。お話ってなぁに?」
…………;
一番小さなラスボスにダメ出しをされるヴィクトリアは、アマリリスを前にした時に限って言えば、通常運転のクルスといい勝負かも知れない。




