84・ご対面
説明を終えたサンデールと、セバスのかわりに目を光らせていたスヴァイルが、ダイニングから本邸のリビングに戻ってきた。
「お疲れ様でした」とねぎらいの言葉をかけるアマリリスに苦笑をこぼしながら、サンデールはソファに腰を下ろす。
「話すことが多岐にわたっていたからね、疲れたといえば疲れたんだが……セバスの《注意事項説明》がよほど効いたのだろうね? 騒ぎ始めるどころか、ハハッ、おしゃべり禁止の変顔大会会場みたいで、笑いを堪えるのが大変だったよ」
「あらイヤだ。それならわたくしも少しだけ見ていればよかったわ」
「フハッ、本当に見せてあげたかったよ。特に王妃様はね、頬を膨らませたまま青くなったり赤くなったりで、こ〜んな風に──あっ、ハハッ……。ン、ンッ。あー、それでスヴァイルはどう思う?」
ヴィクトリアの表情の変化を、顔説付きで披露しようとしたところでアズナイルと目があったサンデールは話題を変える。
「旦那様のお話を聞いているだけでもあの調子でしたので、対面していただくのは非常に危険だと感じました。奥様やお嬢様に万が一のことがあっては大変です」
「そうだな。私もそう思ったよ……。セバス、何かいい策はあるかな?」
「はい。部屋の半分を結界で仕切って、こちらの会話だけがあちら側に聞こえるようにしておくというのはいかがでしょう?」
話題を変えられてしまったが《あの母親》が、顔だけしか騒がせていなかったと聞いたアズナイルは驚いていて『セバスの注意事項説明』とはどのようなものだったのか、非常に気になっていた。
しかしサンデールは『特に』とも言っていたので、そこも引っかかっている。
あのメンバーを思い返してみると、その他の注意事項も守れそうにない者はあと二名しか浮かんでこないので、残る七名が同じ扱いを受けるのは少し可哀想ではないかと思った。
「あの、お話の途中で申し訳ありません。私からも一つ提案させてはいただけないでしょうか」
「勿論、構いませんよ。どのようなことでしょう?」
サンデールはにこやかな表情でそう返す。
アズナイルの膝の上に座っている、更に可愛くなって戻ってきたサーフィニアも一緒になって発言者を見るため、間違っても邪魔くさそうな顔をするわけにはいかないので。
まあ、昨夜の憂さ晴らしが効いていて、かなり機嫌も良いのだが。
「ありがとうございます。あの少なくてもドイル子爵、ネイサン、私の側近二名は大丈夫だと思いますので、最初から半分に仕切るのではなく、騒ぎ出した者から順に仕切っていくというようなことはできないでしょうか」
アズナイルがそう言うと、サンデールの表情はにこやかなものから微妙な愛想笑いへと変わった。
それはそうだろう。アズナイルの側近が三名いることは周知の事実。
それを二名と言ったのだ。
省かれた者が誰であるかは容易に想像がついただろうし、何より王妃である自分の母親の名前をあげなかったのだから。
具体例を上げたほうが分かりやすいだろうと思って名前を出したけれど、逆にマズかったか? と思っていると、膝の上から可愛い声が聞こえてきた。
「できるよ。お行儀の悪い子をカプセルに閉じ込めるんでしょう? できるよね、セバスチャン」
可愛い可愛い幼い天使が結構ヒドいことを言っているのだが、どんな場面でも圧倒的な愛くるしさと可愛らしさが勝利をおさめる。
「勿論ですよ、お嬢様。セバスにお任せください」
「だって! よかったね、レオン。これでレオンは猛獣に襲われないよ!」
「……そうだね、ありがとう」
ちょっと情けない気もするが、嬉しそうなニアの頭を撫でながらお礼を言う。
スヴァイル殿は『奥様やお嬢様に』と言っていたが、ニアの中では俺が猛獣に襲われて大変なことになる草食動物になっていたようなので。
一方で、アズナイルのことなどどうでもいい者たちが思い浮かべる『お行儀の悪い子』改め猛獣にされた者は同じ人物で、確かにあの人を例えるのならそれしかないという思考回路まで一致した結果、失言はニコニコと笑顔で聞き流していた。
勿論、サーフィニアに悪気などはかけらもない。
まだ一度も会ったことがないのだから。
◇◇◇
再びセバスから新たな注意事項説明がなされ──青い顔で大人しく聞いていたヴィクトリア、クラリス、クルスの三名はますます顔色を悪くする。
騒がずにいられる自信が全くないのだ。
だからといって、この場を辞する気などもさらさらないのだが。
みんなの緊張がピークに達した頃、扉の横に控えていたスヴァイルとマリアベルが動き「皆様、くれぐれもお静かに願います」と頭を下げると、ある意味《運命の》ともいえるダイニングの扉が静かに開かれた。
不安と期待に高鳴りすぎる胸がうるさいと怒られないか心配で、できることなら胸を押さえておきたい三人組。しかし、少しでも動いたら一緒に声も出てしまいそうなので、じっとして待つ。
真っ先に姿を現したサンデールの瞳の色が──そういえば、説明はなかったけれど──変わっていたなと、今更ながらに思い出しても騒ぐことはなく、微動だにしなかった。それなのに。
続いてアクトゥールが、そしてアマリリスの姿が見えた瞬間──「ほぉ!ほぉ!」と大きく響いた声が途中から全く聞こえなくなると、自分が発したわけではないのに、恐怖のあまり思わず両手で口を塞いでしまう。
みんなの努力を無駄にしそうな勢いで、アズナイルの予想にも反し真っ先にカプセルインしたのはルーカスで、驚き慌てた彼が目に見えない壁を叩きまくり必死の形相で何事かを申し立てているけれど、もちろん全く聞こえない。
王宮魔術師の役職から退いたとはいえ、今なお王国一の魔術師であるルーカスさえ手も足も出ないその様子に、三名は口を塞いだまま震えだす。
騒げばこうなるという見本を見せてくれたルーカスに心の中でお礼を言いながら、震える呼吸を整えているとアズナイルの姿が見えて、ホッと吐きかけた息が──
「「キャァァー♡」」「ワワワワワァー!!」
──黄色い悲鳴と、驚きの叫び声となり、両手を弾いて大きく飛び出す。
誰も見たことのないような甘い笑顔を、大事そうに抱えた天使の人形に向けていたアズナイルにギョッとしたのはほんの一瞬で、人形のように見えたものが本当に小さくなってしまったサーフィニアだとすぐに気づいたからだ。
ヴィクトリアはアマリリスが入室してきた段階で、その名を叫びながら飛びつきたい衝動を辛うじて抑えていたけれど、今のアマリリスをそのままそっくり小さくしたサーフィニアを見たら、もうダメだった。
それは、サーフィニア至上主義者のクラリスも同じことで。
ルーカスの隣りに座っていたヴィクトリアと、ヴィクトリアの隣りに座っていたクラリスは、あっという間に彼と同じカプセルに仲良く閉じ込められてしまったが、ベルビアンナとノリスの間の席だったクルスは一人ぼっちで──「どうして僕だけ一人なのー!」と叫んでいる。
のだろうけれども……。余計な庇い立てをして同じ穴の狢になりたくない他の者たちは〈注意事項を守らなかったのが悪い〉と、見て見ぬふりを決め込む。
見ようによっては少し危ない人確定のアズナイルの後ろにセバスの姿も見えればなおさらで、みんなお行儀よく座っている。
開けない口のかわりに、目だけは大皿のように見開いて。
サーフィニアのあまりの愛くるしさにエルトナとノリスが危機感を覚える一方で、サーフィニアもまた危機感を覚えていた。
といっても三歳なので、危機感というよりは不安な気持ち、と言ったほうがしっくりくるだろう。
そしてその不安な気持ちは、アズナイルにもしっかりと伝わっていた。
《ひどく》息苦しいくらいに。
「ちょ、ちょっ、ニア! 大丈夫だから、手を、首を、少し緩めて!」
恐らく、今のニアにとっては初めて会う人たちになってしまったローゼンシュタイン嬢やエルトナたちを目にして不安に駆られたのだろうが……いや、違うな。
これは、嫉妬か? 嫉妬だな! それは嬉しいけど、ここで気を失ったりしたら大事なニアをあの猛獣共から守れないんだよ! だっ、誰か、だずげで!!
細い腕がジャストフィットで首に巻き付いて、今までで一番密着した嬉しい状態になっているが、それどころではない。
天使の力の一種かどうかは分からないが、小さな体からは考えられないほどの力がその腕には込められていて、傍から見ていても本気でヤバそうな感じだ。
セバスとスヴァイルはその密着ぶりが気に障っているものの、サーフィニアの望むものを勝手に取り上げるなと怒られたし、彼女が起きている間は大人しくしていろと言われたので手が出せない。
そんなこととはつゆ知らず、二人が何とかするだろうと思って黙って見ていたエルトナだったが、動く気配がないことに痺れを切らして動き出す。
騒ぐわけではないからセーフだろう? と、セバスの顔色を窺いながら。
「サーフィニア嬢、初めまして。私はアズナイル殿下の側近で護衛担当のエルトナ・マンダレーと申します。本日は──あの仕切りの中にいる婚約者と一緒に挨拶に伺いまし」「どっち?」
「えっ? あっ、勿論、煌めくプラチナブロンドの髪が美しく、琥珀色の大きな瞳が綺麗な若い女性の方ですよ」
切れ長のスカイブルーの瞳を幸せそうに細めるエルトナを見たサーフィニアは、ゆっくりと腕の力を抜いていき──アズナイルはなんとか、一命を取り留めた。
しかしそんなことよりも、ここは王国一安全なプラント領で、ローゼンシュタイン家の政敵となる者もいないということを抜きにしても、アズナイルの婚約者候補たちの中でも一番有力視されているクラリスのことを、堂々と自分の婚約者だと言い切ったエルトナにサンデールたちは驚いていた。
しかしそれだけに驚いていたのではない。どちらかというと、ヴィクトリアの前で『若い女性の方』と比較して言ったことに対して、だ。
さすがは王宮騎士団団長の息子。怖いものなどないらしい。
と感心していたが、エルトナは知らない。
向こうの声は聞こえないけれど、こちらの声は筒抜けだということを。
そしてサンデールたちはアズナイルとそんな話をしたので、他の者たちにも話したつもりになっていて──というか、とにかくサーフィニアがいないところでは時間を節約したいセバスが、簡潔に説明しすぎた結果なのだが──
エルトナが窮地に陥ってしまったことになど全く気づいていなかった。
気づけば、初投稿から一年が過ぎていました。拙い物語を読んでくださっている皆様には感謝の気持ちで一杯です。一杯ですが、申し訳ありません。次回の投稿は11月12日になりそうです。牛歩に懲りず、これからもお付き合いいただければ......喜びます! イト




