81・誰知らず──ご機嫌なセバス
《運命の星》の話は、はぐらかされたが「可哀想に、ニアはいつまで待たされるのかしら?」とアマリリスがこぼした瞬間にダイニングを飛び出していったアズナイルは、ここ数日間の心身の疲れを思いっきり癒やしていた。
時折「何が王子だ。ただのロリコン野郎のくせに!」とか「チッ。なんだその緩みきった顔は! 鬱陶しい!」だの、アズナイルの耳限定で届いているが、当の本人はちっとも気にしていない。
ロリコンなんかじゃない。ニアだけが、ニアだから可愛いんだよ。
俺はどんなニアでも、可愛くて可愛くてたまらないんだ。
バツイチだろうが、転生者だろうが、ニアがおばあちゃんになったって、それはずっとずっと変わらないと思う。いや、変わらないと断言できる!
というか、お前たちこそ……なんだそれ? 鏡を見てみろ!
デレッデレでユルッユルの締まりのない口から悪態をつくとか、器用だな!
とまあ、心の内外でのツッコミ合いはさておき──アズナイルの投げ出した脚の上にちょこんと座っているサーフィニアがレインボーフィッシュを指さして、あれこれ説明しているさまを遠くの窓から眺めていたルーカスはため息をつく。
サーフィニアに術がかけられている状況を説明してもらいたかったのに、
「何度も話すのは面倒だから、みんなが揃ってからにしますわね」とアマリリスからバッサリと切り捨てられ──ならば、言動が幼くなっているサーフィニアと一緒に楽しく遊んで待っていようと思っていたけれど。
今から王都に戻って王宮とクラリスたちの邸を回り、事情を説明してくるという仕事ができた。
昨日ネイサンの部屋に寄った際、近くにいた者をつかまえて、各家宛に「第三王子と側近たちが付いているから大丈夫」と──事実とは異なることも交えて──言伝を頼んできたが、未成年の子供が家に帰ってこない事を心配しない親はいない。
ここで転移を使える者はルーカスとセバスしかおらず、どちらが王都に行くかヴィクトリアを迎えに行くかで揉めた結果、ルーカスが王都に行くことになったのだ。
ヴィクトリアだけならルーカスが迎えに行ってもよかったのだが、というか、元々そういう約束だった。すーっかり忘れていたけれど。
しかし「みんなが揃わなければ話をしない」とアマリリスが言ったので、こちらに向かっているエルトナたちも迎えに行かなければならなくなった。
となると、倍に増えた人数を転移させるには、ルーカスだと三往復もしなければならない。
それだけならまだしも、彼らは移動中なのでルーカスでは居場所が特定できないということで、必然的に迎えはセバスが行くことになったのだが、こちらはこちらで「私はお嬢様のおそばを離れるわけには」と抵抗を示していた。
ところが、そのお嬢様本人から「セバスチャンがお仕事から帰ってきたら、ニアがお膝の上でご本を読んであげるね?」と可愛い笑顔つきで言われたら──美しく端正な顔を崩すだけ崩して、小さな指と指切りげんまんしたあとすっ飛んで行った。
これに味をしめたサーフィニアは、アクトゥールやスヴァイルには「お客様がたくさん来るから用意が大変そう……。だけどニアは小さいからお手伝いができない」としょんぼりして見せる。
すると二人は「俺たちに任せなさい!」と言わんばかりに競い合いながら邸に戻って行く。
その背に「お仕事頑張ってね〜」と手を振るサーフィニアは、みんなから可愛がられていることを最大限に利用して、アズナイルと二人きりの時間をちゃっかりと手に入れていた。
身長も言動も幼くなってしまったサーフィニア。
しかし、知恵だけは回るようである。
◇◇◇
ローベリーに向かっていたエルトナたちを難なく見つけたセバスは簡単に事情を説明して、ドイル領に転移しようと思っていたのだが「お待ち下さい、セバス様」と、ライリーから声をかけられた。
「私たちはローベリーで一泊する予定でおりましたので、申し訳ありませんが、ドイルに向かう前に一度ローベリーに寄っていただけないでしょうか」
「転移を使うので、わざわざローベリーに寄る必要はないと思うのですが、ライリー様はそこでお仕事ですか」
「いえ、あの、私たちはその、取るものもとりあえず王都を出てきたので着替えも何もないのです。男だけなら構いませんが、ご令嬢方はそういうわけには……」
ライリーにそう言われてちらりと見れば、三人の令嬢は普段の様子を知っているだけに、問題ないだろうとは言えないありさまだ。
男たちは外套を羽織っていたのか服は汚れていないが、乾いてはいるもののブーツは泥だらけ。
それでも早くサーフィニアの元に戻りたいセバスは、どうしたものかと考える。
一方で、大商会の嫡男であるライリーは、セバスが簡単には了承しないことを見越していたので、彼が高い確率でのってくる策を打ち出した。
「セバス様。ローベリーの支店にはオルべから珍しい品物が多数入荷してきております。私たちの準備が整うまで、サーフィニア嬢へのお土産を選んでおられてはいかがでしょう? 甘くて見た目も可愛らしいお菓子や髪飾り──」
『ニアがお膝の上でご本を読んであげるね』
セバスの気を引くためにサーフィニアの名前を出して、更には土産物の提案まで始めたライリーの話の途中で、セバスの脳裏には可愛い笑顔つきの約束が浮かび……僅かに表情がほころぶも、残念ながら傍目には全くわからない。
「絵本もあるだろうか」
お嬢様がご本を読んでくださるのなら、お礼に私も新しい絵本を読んでさしあげよう。私と同じ白金の髪に似合う髪飾りも。
なんてセバスの心の中まではさすがに読めるはずもなく、提案しながら自身もサーフィニアが喜びそうな物を思い浮かべていたライリーは面食らう。
「え、絵本ですか? もちろんありますけど……どなたに」「時間がありません。参りましょう」
「は、はぁ……」
クラリスたちは転移酔いのことを考えて馬車に戻され、ライリーは頭を捻りながら御者台へ、エルトナたちは騎乗したまま馬車の左右と後ろにつく。
白い鳥を手に載せたセバスが、その周りを確認するように一周したあと鳥を放つと、白い鳥は今セバスが歩いた経路上を目にも止まらぬ速さで飛び回り──ローベリーに転移した瞬間起きていられたのは、転移の経験があるエルトナだけだった。
本人はその理由に気づいていなかったが。
◇◇◇
あと二回は転移しなければならないので面倒だからと、馬車の中と御者台、馬上で気を失っている者たちはほったらかしにして、ドイル商会ローベリー支店に買い物へ行こうとするセバスにエルトナが待ったをかける。
「セバスチャン、さん。あの、今日はドリンクを持ってきていないのですか」
「はい。最終目的地はプラントですから、帰り着いてから飲ませれば問題ないでしょう? 私はお嬢様のお土産を買ってきますので、あなたもご自由に。では」
……ハァァ。本当にこの人はサーフィニア嬢のことしか考えてないな。
頭を抱えそうになったエルトナだが、頼りのノリスは気を失っているため、ここは自分が頑張るしかないと気合を入れ直し《なぜローベリーに寄ったのか?》その理由を思い出させようとしていたところに別の声が割って入った。
「セバス様? ご無沙汰しております」
「ああ、ヒューゴ殿。お久しぶりです」
セバスに声をかけたのはドイル本店店長のヒューゴ。
昨日スチュワートから簡単に事情を聞いたヒューゴは、ライアンが戻っていることもあって「ローベリーに早馬を出すなら私が」と名乗りを上げ、自ら馬を駆ってやって来ていたのだ。
本店はヴィクトリアの来店により急遽店仕舞いになったし、ローベリーも新商品の入荷でバタバタしているであろうところに、アズナイルの側近三名と上級貴族のご令嬢二名が着の身着のままで向かっていることを聞けば、応援に行くのは自分しかいないと思ったから。
決してヴィクトリアから逃げたかったわけではない。
そういうわけで、セバスと挨拶を交わしながらエルトナにも軽く会釈をする。
こちらも上級貴族──嫡男ではないけれど侯爵家のご令息だ。男爵家に仕えるセバスよりも格上なのは十分承知しているが、プラント男爵家もセバスも昔からドイル本店の大切なお得意様である。
また、昨日聞いた話には出てこなかったセバスがいること、商会の馬車はあるのにライリーとライラの姿が見えないことなどを総合的に判断して、明らかに店に向かって歩を進めていたセバスを優先することにしたのだ。
セバスは全ての事においてサーフィニアが最優先であることも知っている。
ならば彼女の姿が見えない今、時間を無駄に使わせてはならない。
お得意様ではあるけれど……少し怖いから追い払おう。としているわけではない。
絵本と髪飾りを見せてほしいというセバスをローベリーのスタッフに任せると、改めてエルトナに向き直る。
「マンダレー様、お待たせいたしまして申し訳ございませんでした」
「いえ《私も》助かりました」
ヒューゴもエルトナも、誰を敵に回してはいけないかをよく分かっていたのである。
◇◇◇
エルトナから話を聞いたヒューゴは、各部屋に準備し始めたばかりのドレスや着替えを大急ぎでトランクに詰めるよう指示を出しなおす。
それらを運び込む荷馬車の手配も。
支店長には〈サーフィニア嬢の好みそうなものを、片っ端からセバス様にゆっくりとお見せするように〉と書いたメモをこっそりと渡した。
一方で、本当に『ご自由』になったエルトナはクラリスを起こそうかと思ったけれど、ドリンクがないのならあの気分の悪さを取り去ることはできない。
それは可哀想かと思い直して──思い直して、ノリスとクルスを起こした。
「──という訳でな、少なくともあと一回は転移しなくちゃならんだろ? だからクラリス達を起こすのはドイル邸についてからでいいと思うんだが、どう思う?」
「どう思うも何も、起こして着替えさせて、また倒れるのなら寝かせておいた方がいいに決まっていますが、なぜ我々は起こしたのです?」
「意見を聞こうと思って」
「ぼきゅは、起ごじでほしくながっだよぉ。ウッ、きぼちわるい……」
二人からじっとりとした目を向けられたエルトナは、さすがにマズかったかと思い、すぃ〜っと視線をそらす。特に、ノリスの疑いの眼差しはキケンなもの。
絶対に〈暇だったから〉なんて本音を悟られてはいけない。
「あー、悪かったな。じゃあゆっくり寝ててくれ。俺はクラリスへの贈り物でも見てくるわ。オルべから新商品が入ったって」「私も行きます」
「いや、だってお前は……よく王都の」「新商品でしょう? 行きます」
「ぼきゅも〜」
えぇー、寝てていいのに。まぁ、起こした俺が悪いんだけどな。
って──クラリス達を馬車に残したままで行くのはマズいんじゃないのか?
交代で行くにしても、フラフラのこいつらは役に立たないし……。
ああ、俺にはアレがあるか。
「やっぱ俺は残るわ。馬車の中の宝物が心配だからな。お前らは買い物ついでに、なんかさっぱりするもんでも飲ませてもらってこい」
「えぇー、ぞんなぁ、悪い」「そうですか、では頼みます。クルス、行きますよ」
フラフラと店へ向かう二人を見送って、エルトナは頑張ってくれたエイドたちに水を飲ませる。
「よしよし、よく頑張ってくれたな。エイドもクラリスが大好きだもんな──あっ、おい!……あー、ハハッ、ドイルに着いたらチェーンを買えってことか? そうだな。こんな野暮ったくて重たいもの、クラリスの華奢な首には似合わないからな」
胸元から取り出したチェーンの先には、高く澄みわたった秋の空を背景に──
アクアマリンと琥珀色の石が、仲良く寄り添って揺れていた。




