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80・親の因果が子に?

 翌朝、アズナイルはベッドの上で目を覚ました。

疲れ果てて訓練場で眠ってしまった後の記憶はないが、ちゃんと部屋に運んでくれたらしい。ベッドヘッドが足元にあるという地味な嫌がらせはあったけれど。



 ◇◇◇



「お疲れでしょうから朝食はお部屋で気兼ねなく、一人でお召し上がりください」


 とスヴァイル殿が告げに来たけれど──そうはならなかった。

大きな瞳を潤ませたニアが飛び込んできて、俺と一緒でなければ朝食を食べないと脚にしがみついて離れなかったからだ。

追いかけてきた大人たちとスヴァイル殿の目が三角につり上がっているが……見なかったことにする。


 というか、今まではかろうじて──いやかなり怪しかったけど、一応は王族という扱いを受けていたような気もするが、ニアと引き離すことはできないと分かった途端に、招かれざる客扱い。


 一人で食べろと言ったあとに、小さな声で『お帰りならお弁当と馬を用意しますよ』と耳打ちしてきたくらいだ。

剣では敵わなくても、精神力なら負けないからまあいいけどな!


 で、すったもんだした挙げ句、みんなからでろでろに溺愛されていて、更には元々ものすごく可愛かったところへ、子供特有の可愛らしさまで備えたニアに勝てる大人は一人もいなくて。


 結果、離れと本邸をつなぐ迎賓用のダイニングで朝食を済ませ、デザートや食後のお茶をゆっくりと味わっているときだった、マリアベル殿がエイムさんから預かったという手紙を持ってきたのは。



『エイムさん』という名前には聞き覚えがある。確か、男爵が管理している田んぼや畑を手伝っている領民の一人だったはず。

だが、その人がなぜ俺に手紙を? プラントに来ていることはまだ誰も知らない──


「あっ!!」


 全身の血が一気に足元まで落ちていく。


「いかがなさいましたか」

「あ、いえ、あの……その手紙はエイムさんご本人からのものですか」

「いいえ、ドイル邸にお見えになっているご、婦人からお預かりしたものだということにございます」


 ですよね……。ハハハ、やってしまった。内容なんて読まなくても分かる。

俺は終わったということが。

折角ニアと両想いになれたのに。


「アズナイル殿下? そのご、婦人に心当たりがおありなのですか」

「あー、なんというか……あるような、ないような?」

「失礼ですが、手紙を見せていただいてもよろしいでしょうか」


 ここはなんとか誤魔化して、後で母上をこっそり迎えに行きたいのだが、手紙の封を切ろうともしない俺のことを、夫人と男爵が疑惑に満ち満ちた顔でグイグイ攻めてくる。


 どうしようかと巡らせた頭と視線が──ニアと両想いになれたことが嬉しすぎて、その両方から恐ろしいくらいに綺麗さっぱりと抜け落ちていた──ルーカス先生を捉えた。


 ……先生も、忘れていたんだな? 

お代わりしたらしいデザート用のスプーンを口に入れたまま泳がせていた視線を、ガッチリ掴んで離さない。


「見せられないようですから、きっとやましいものに違いありませんわ」

「そうだな。どこかのご──令嬢と密かに会う約束を」「違います!! これは母上からの手紙です!」


 余計なことに気を取られていた俺も悪いが、ひどすぎる誤解に、冗談じゃないと立ち上がる──者がもう一人。男爵夫人だ。


「なんですって? ヴィー、──王妃様が《また》お見えになっているの?」


 また? というか今『ヴィー』って母上の愛称を? 父上にしか呼ばせていないはずなのに。そういえば母上も夫人のことを『リリィ』と呼んでいたな。

いやそれよりも『また』とはどういうことだろうか? プラント領には入れないと聞いていたが。


 などと考えていると、男爵も立ち上がり夫人の肩をそっと抱いている。


「大丈夫だよ、リリィ。セバスの結界に抜かりはないさ」

「だけど今回はアズナイル殿下とお見えになったのでしょう? なにか策を練ってきたのではないかしら?」


 母上……。一体何をしでかしたんですか? すっごく警戒されていますけど!?


「大丈夫だって、いつも言っているだろう?《あれ》がない限り王妃様は君には会えない。それに、あんな紙切れ一枚とっくの昔に失くしているに決まっているのだから、何も心配することはないのだよ」


「そうだといいけれど……」と言いながら、促されて腰を下ろす夫人を見ながら男爵の言葉を反芻する。

『あんな紙切れ一枚』?……胸のポケットにそっと手を滑らせる。

もしかしなくても《これ》のことだよな? 母上の切り札。


 あぁー、失敗した! 今ここでこれを出して見せたりしたら──『絶対に破ったり──』と念を押されたものが──ビリッビリに破り捨てられる光景が目に浮かぶ。

母上に速攻で返却したいが、これだけ警戒されているところで下手を打てば、俺も仲間だと思われるに違いない。


『なにか策を練ってきた』と思っているみたいだし。

それだけは絶対に避けなければ!……じゃあ、どうする?


 例えば《これ》を男爵夫妻に渡す。すると《これ》は破られるか燃やされる。

怒った母上は、地獄の平悪鬼も真っ青の悪鬼番長に変身する。しかし、紙切れを持たない番長はプラント領に入れない。

ということは?


 なんだ。俺はここから出なければ安心安全ということじゃないか。

それどころか、男爵夫人の不安の種となっているこれを差し出せば……俺の株も上がるのでは?


 よし。母上、さようなら。俺はここでニアと幸せに暮らします。

どうかお元気で!



 ◇◇◇



「ハァ……信じられないな。まだこんなものを後生大事に持っていたなんて」

「あなたは王妃様のことを甘く見すぎですわ」


 意外なことに、ただの古ぼけた紙切れ一枚と思っていたものは、正真正銘の《切り札》だったらしい。

破かれも燃やされもせずに──かといって、大切に扱われているわけでもないが。

とにかく、夫人の指先にピンピンと弾かれながらも原型をとどめている。


「アズナイル殿下。やはりあなたもグルだったのですね? こんなものをこっそり持ち込んだりして、王妃様の手下なのでしょう?」


 いえ、息子で──母上からしてみれば恐らく罪人です。という言葉は飲み込んだ。


「いいえ、手下などではありません。私は、こんなに古い紙切れ一枚を『切り札』と呼び、これを盾に無理やりプラント領に立ち入ろうとする母上が恥ずかしくて、その……隙をついて取り上げてきたのです」

「まあぁ! そんなことをしでかして、よくご無事でいらしたわね?」


 母上、あなたという人は本当に……。一体何をやらかせばこんな評価を下されることになるのですか!?

というか、結界まで張られているのに全く諦めていないとは。

まさか、何かとんでもないことをやらかすつもりじゃないでしょうね?


 キリキリと胃が痛くなりそうな気分に参っていると、上着の裾をクイクイと引っ張られた。

見ると今まで大人しくしていたニアがやってきて、真剣な瞳で俺を見上げている。

すぐにデレ〜っと崩れ始める顔を少しだけ引き締めて、言動までもが幼くなっているニアを抱き上げようとして──断られた。


「ニア?」

「レオン……もうニアのこと嫌いになったの? ニアは小さいから、だから、」


 見る間に溢れてきた涙がこぼれ落ちる前に、急いで膝の上に抱き上げる。


「ニア、どうしてそんなことを言うの? 小さくてもニアはニアだよ、私の大好きな。ニアを嫌いになるはずがないって言ったよ? この手は絶対に離さないって。私のこと、信じられない?」

「だって……『どこかのご令嬢』と会うのでしょう?」

「まさか!! 誰がそんなことを──あっ……」


 そんなことを言った人物が確かにいたな? と、じっとりとした視線を向けると、小さく「ウッ!」と呻く声が聞こえた。

それは俺の視線に対してではなく、最愛の娘から涙をたたえた瞳でじぃぃーーっと見つめられたからで。


「あなた……」

「えっ? 私!? 私は、だって……ほら、リリィが」「あなた?」「い、いや……も、元はといえば殿下が」「父様? レオンは悪くないの」


 最愛の二人から咎めるような視線を向けられたサンデールは周りに助けを求めているが、間に入っているサーフィニアから同じような目で見られたくない男たちは視線を合わせようとしない。


 それを見ていたアズナイルはサンデールが気の毒になってきた。

確かに元はといえば、自分が誤魔化そうとしたことがいけなかったと思い直して助けに入る。


「ニア、どこかのご令嬢ではなくてね、私の母上が隣のドイル領まで来ているんだよ? ニアに直接会って謝りたいと言ってね」

「どうして私に謝るの?」

「えっ? だって私の父上が」「マリアベル」


 夫人に呼ばれたマリアベル殿が近づいてきて、ニアに手を差し伸べる。


「お嬢様、そろそろお魚さんたちにも朝ごはんをあげませんと」

「お魚さん!?」

「ええ、そうですよ。昨日ルーカス先生とクラウドがたくさんレインボーフィッシュを釣ってきてくださいましたから、半分ほどはお池に放してあるのです」

「わあ〜! ニア、お魚さんに朝ごはんあげる! レオンも行こう?」


 ああ、そんなキラッキラの瞳で見つめられたら──でも、今はダメだ。


「ニア、ごめんね。先に行っててくれる? 私はもう少しお話しすることがあるんだよ。お話が済んだらすぐに行くから、ねっ?」

「ニア、レオンと行きたい……」


 でた! 上目遣い! ああぁもう、お願いだからこれ以上頭に花を咲かせないで! 


「う〜ん……そうだ! あー、でもできるかなぁ? ニアには難しい」「何が?」

「うん? あのね、私が行くまでに一番大きな魚と一番小さな魚を見つけておいてほしいんだけど……ニアには」「できるもん! 一番大きなのと一番小さいのでしょう? ニア、見つけるから! マリアベル、早く行こう」


 自分を抱っこしていては早く歩けないとでも思っているのか、俺の膝から滑り降りたニアはマリアベル殿の手を両手で引いている。

「はい、はい」と苦笑しているマリアベル殿と連れ立ってダイニングの入口近くまで行っていたニアが、急にピタッと足を止めた。


 そしてくるりと振り返ると、ルーカス先生に目をとめて「おじいちゃんは、父様のお友達?」と言った。

先生は、ただその《言葉》に驚いているように見える。


 そういえば、その存在をすっかり忘れていた俺が言うのもなんだが、先生は今のニアを見ても全く驚いていなかったのではないだろうか。

驚きの声を上げてくれれば俺だって気づいたはず……。ん? どういうことだ?


「ホホッ、そうじゃよぉ、ルーカスじぃじじゃよ。よろしくの〜」

「あっ、お魚の人!? えっと、どうもありがとうございました!」


 ペコリと頭を下げるニアに柔らかく目を細める先生と、目が点になっている俺を置き去りにして、今度こそニアとマリアベル殿はダイニングを出て行った。



 ◇◇◇



「さすがは、ルーカス・スコルピー様ですわね。……お気づきになりましたの?」

「フッフォッフォッ。いやぁ? なんぞ術をかけてあるのは分かるがの?……あの喋り方と動きを見てな、最初は体に負荷がかかりすぎて赤ちゃん返りをしたんかのぉと思ったんじゃが……。今の状況を教えてもらえるのかの?」 


 なるほど。先生には、十二歳のニアの姿のまま変わりなく見えているということだな? セバスチャンの術によって。

それなら今の言動は見かけと合わずにおかしく感じただろう。

しかも初対面の対応をとられたら──ん、ん? 待て待て。


 見た目に合わせるように言動まで幼くなってしまっただけだと思っていたけれど、先生の言う通り、赤ちゃん返りというか記憶までもが三歳の頃まで遡ってしまっているのだとしたら? 


 うん。そうだと仮定して、それでも俺のことは『レオン』として認識している。

ずっと一緒だと約束したことも。

つまり、俺のことだけはどんな事が起こっても、決して記憶の中から消え去ることはないということで……。


 えっ? これってもう、俺たちは出逢うべくして出逢った、運命の恋人同士ってことじゃないのか? 

しかもしかも、ちょっとヤキモチも焼いてたよな? あんなにちっちゃいのに!

くぅぅ……。やっぱり俺もお魚さんに──


「ハァ、わたくしたちはいつまで待たされるのかしら? 聞きたいことがあるのではなかったの?」


 ……はい、そうでした。



「あの、なんと言ったらいいのか……。私の母は何か許されないことをしてしまったのだということは分かりますが、それがどんなことだったのかは分かりません。というか知りません。母がここまで徹底的に嫌われてしまった理由を教えていただけないでしょうか? 場合によっては父に相談して」

「あら? 別に嫌ってはいないわ。ただ、ものすごく鬱陶しくて、しつこくて、うんざりするから会いたくないだけよ?」


 ……それを普通は《嫌っている》というのではないだろうか。


「王妃様は、私たちの婚姻証明書を提出する際に妨害をしようとしていたのです」


 婚姻証明申請を受理、ではなく妨害?──はっ!? な、なんでそんなことを!?


「王妃様は王立学園でリリィと出会ったときから、ご自身が王妃になった暁にはリリィを妹として迎え入れるのだと仰っていましたので、片田舎の男爵家の嫡男である私との婚姻など当然お許しになるはずもなく……」

「あなた、わたくしたちは運命の恋人同士でしょう? 誰の許しも請う必要なんてなかったのよ」

「リリィ〜。そうだね。私たちは何度生まれ変わろうとも、必ず結ばれる運命の星を持っているのだったね」


 母上……あなたのせいだったのですか? 俺がこんなにも苦労している────

えっ? そんなものがあるんですか!? あの、俺も欲しいです! 

『運命の星』は、どこに行けば手に入りますか!!



 目の前でイチャイチャラブラブし始めたサンデールとアマリリスを横目に、セバスはボソリとつぶやく。


「殿下のしつこさは王妃様譲りだったのですね」

「全くですな。ものすごく鬱陶しくてうんざりしますな」


 セバスのつぶやきにスヴァイルも便乗して、未だに《俺たちは認めていない》という態度を崩そうとはしない二人だが──運命の星を手に入れたいアズナイルは、ひとっことも聞いちゃいなかった。




 そして──質問をする〜っと無視された形になっているルーカスは、残っていたデザートを黙々と食べ終えると、二回目のおかわりを貰うためスプーンを片手に、そっとダイニングを出て行った。


取り敢えず今のところ、ヴィクトリアを迎えに行くという選択肢はないようだ。


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