お菓子で救われる国
竜の眷属としてワイバーンは強力な魔物とされている。目撃例が極端に少なく、その生態や能力は未知数である。王都エデンではワイバーンが姿を見せた事例は無く、この場で一番ワイバーンに詳しいのはベリアルだろうとフリードは考えた。
「それで、あのワイバーンはどれくらいで到着するんだ?」
「結構飛ぶの早いからなぁ。五分くらいじゃね」
五分で千体の魔物を倒す算段を考えなくてはならない。フリードは空を飛ぶ敵と戦う経験が殆ど無く、手段も少なくてどうするものかと頭を抱えた。
「あのワイバーンの群れがジェネラルに何もせず去っていく可能性も考えられるが、十中八九……被害を被るだろう。レオンと国王に伺うとするか……」
フリードの想定では強力な魔物やベリアルの様に強い魔族がオフィキナリスを襲って崩壊させたと考えていた。もしも、ワイバーンの様に強力な魔物に襲われて崩壊したとしたら。敵討ちをしようと考えていた対象が個体では無く……。
フリードは頭の隅に考えを置いて隣の部屋に入りレオンに話しかける。
「まだ距離がある。ワイバーンの群れがこの国に向かってきているぞ」
隣の部屋に聞こえていた罵り合いが終わり、二人は椅子に座って休憩している途中だった。
それどころか、ルミカ酒をレオンはストルス王に振る舞っている始末……国の危機が迫っているにも関わらず宴が始まりそうな雰囲気さえある。
「ワイバーンだぁ? んなばかな」
レオンはフリードの言葉を疑い酒を口に運ぶ。その動きを見てフリードは有無を言わざす後頭部に蹴りを入れた。不意打ちに対処出来ず、レオンはそのまま酒を溢しながら椅子から転げ落ちた。
その様子を見ていたストルス王は過呼吸になるほどに笑みを溢し地獄の様な空間が生まれた。
「うおぃフリードてめぇ……」
「外を見てみろ酔っ払い」
フリードの言葉に渋々レオンは外を眺めた。
「おいおい、うじゃうじゃと何か飛んでんな。あれがワイバーン? 俺様もワイバーンは数回見たことあるけどよぉ……あんな小さく無いぜ? あいつらは意外と大きくて羽を広げたら十メートルくらいあんのよ。んで、フリードよく見ろ。黒い影がうじゃうじゃとしてるだろ? ありゃ虫だ」
酔っ払いの相手を諦めたフリードはストルス王にターゲットを変えた。
「約五分ほどであの群れがジェネラルに到着する。戦える冒険者はどれ程居る?」
「五分じゃ無理だ。冒険者ギルドに連絡する迄に数分掛かるであろう」
困った。フリードは為す術がない。スキル『狂戦士』でどれだけ自身を強化しても一人じゃ、あのワイバーンを倒す事は出来ない。攻撃手段としては槍を投げつけるくらいしか思いつかない。
王都エデンよりも広いジェネラルの末端からワイバーンに襲われ、中心街に被害が到達するまでには迎撃する準備が整うだろう。国民を犠牲に時間を稼ぐ以外の術がフリードには見出だせずに居た。
「さぁレオン」
ストルス王はレオンを挑発する様に身を乗り出し指をさした。
「あの群れがどうやらワイバーンらしいのぉ。国の敵を討つと息巻いたお前が、今はこの国に居る。そして、あと数分後にはあの群れにジェネラルが襲われる……ときた。別にお前の力を借りずとも我々ジェネラルもオフィキナリスを経て対策は講じておる。ドワーフと魔術国家アリシアの技術を取り入れておるからのぉ」
喧嘩は基本的に買うと決めているレオンは声を荒らげた。
「やれるもんならやってみやがれ! この野郎めぇ、俺様の勇者パーティがあんな虫共を蹴散らしてやらぁ」
「ふぉっふぉっふぉ。このジェネラルの力にかなうまい」
ストルス王は魔術国家アリシアの魔石技術を用いて作られた通信アイテムでドワーフ工房に連絡を入れた。アリシアでは魔力と相性の良い鉱物に能力を付加する技術が存在する。スキルにも似た能力を魔術と称し他国とやり取りをしている国で、ジェネラルは炭鉱の開発等に力を入れていた。
その魔術アイテムを使い指示を出すストルス王から段々と……声に元気が無くなり顔が青ざめていく。
「な、ドラン。つまりなんじゃ。準備不足で対城武装が使えないってことか?」
雲行きが怪しいやり取りにレオンは満足そうにしていた。
「はっ。大口叩いたくせにてめぇの方は使えないようだな。おいベリアル! 全部撃ち落としてやれ」
ご指名頂いた魔族のベリアルは興味なさそうに返事をした。
「面倒だ」
こめかみがピクピクと痙攣し始めたレオンは次にアカリへ指示を出した。
「アカリの力で全部焼き払っちまえ」
突然の指示にアカリは慌てながら答える。
「あ、あの。まだ自信が無いです……狙いを定めきれなくて国を焼いたらと考えると……」
フリードはアカリの言いたいことが分かった。今まで力をまともに使ったことが無いからこそ、何処まで影響を与えるのか分からない。魔物を倒そうとして国を焼いたら意味が無い。混沌のエルフがどれ程の強さを持つのか自分の目で見たフリードにはよく分かる。
前はエルフの里から外に向かって攻撃をしたから一面の焼け野原が人間に影響を与えなかった。
今此処で使ったらジェネラルの半分が焼かれてしまうかもしれない。
苦虫を噛んだような厳しい表情のレオンは最後のメンバーに告げる。
「フリード。お前がワイバーンの群れをどうにかしてやれ」
ふっ
フリードは鼻でレオンを笑い言葉を紡ぐ。
「俺には空を飛ぶ敵を攻撃する手段が無い。休憩するために降りてきた奴ならどうにか出来るだろう」
強力な魔物であるミノタウロスでさえ地上を歩く。そういう魔物に対してならフリードでも貢献出来たが、今回は空を自由に飛ぶ魔物だ。拳の届かない距離ではどうしようもない。
自信満々だったレオンも奥歯を噛んだ。
「くっそ。しゃーねーな」
レオンは王の間でスキルを使った。
突然レオンの腕には弓矢が握られ窓を開ける。
蠢く虫だったワイバーン達は距離が近づき全貌が目視出来るようになっていた。
ギャオオオオとワイバーンの叫ぶ声が先程よりも城内に響く。上から見下ろすと国民も異変に気づき小さな混乱が起きていた。
「弓兵テミス。てめぇを信じてるぜ」
ゲルマンで放った幾つかの矢を回収しておりレオンの攻撃回数も限られていた。そして、相手はまだ城外を飛ぶ魔物。
片膝を窓枠にのせて弓を振り絞りレオンはワイバーンを狙った。歴史上、人類最高峰の弓兵が最高の弓と矢を用意していれば当たったかもしれない。レオンのスキルは過去の英雄を自分に再現する力だがあまりにも距離が遠すぎた。
力いっぱい放った矢はワイバーンの手前で風の抵抗を受け……狙いがハズレて落ちていく。
「……」
シーンと城内は静まり返りワイバーンの叫ぶ声だけが響き渡る。
ゲルマンの高台から華麗に魔物を仕留めていたレオンも射程外だと何も出来ない。
初めての魔物に対して唯一、ガイアだけが怯えて縮こまっていた。ソレに気付いたエリザが後ろからぎゅっとガイアを抱きしめる。
人払いで外に出していた王族、貴族の面々も異変に気づいてストルス王を呼ぶ声に力が入りドタドタと王の間に入り込んできた。
遠くの空で魔物が姿を現しました。どうしましょうと混乱が大きくなる中でベリアルがチビすけ――ガイアの元に着て目線を合わせるように身を屈めた。
「どうした?」
魔族のベリアルにとってワイバーンの一体や二体なら怖い生き物では無い。魔族の基準で行けばそこそこな魔物止まりで小さな魔族の子でも対処可能なレベルだった。だからこそ、ガイアが怯える理由に検討が付かないし周りの人間が騒いでいる意味が分からない。
エルフの里で見せた人間の力を考えればワイバーンの千体くらい造作も無いはずだと……でも、この場で焦る人間もいれば怯えるチビすけが目の前に居た。
ベリアルの問に怯えるだけで返事をしないガイアを見て頭を悩ませる。その様子をフリードは見ていた。
「アレ……怖いのか?」
何も言わないガイアにベリアルは更に問を続けた。すると、ガイアはコクンと頷く。
「はーん。見てな」
赤い髪の毛にツリ目のベリアルは威圧感を与えることが多い。そんなベリアルが優しくガイアの頭を撫でて窓枠に立った。
背中から両翼を生やすと外へ飛び降りる。夕日のような輝きが一層煌めいて燃え盛る一匹のドラゴンがワイバーン退治に飛び立った。
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