混沌のエルフ
アカリの家に向かう道中に若いエルフがひそひそと話をしていた。若いとは言え、アカリと同じ十代の女性に見える。
三人のエルフ達が草陰からチラチラと覗いてフリードも視線が合った。無視していると微かに声が聞こえる。
「アカリが男の人と歩いてる」
「ああいう男が趣味だったんだ。だから里の人に興味なさそうだったの?」
「ふぅーん、人間かぁ。冒険者かな……でも、剣とか持ってないね」
男事情に興味津々なエルフ達をアカリがキッと睨むと、フリードの想像通り威圧感のある表情にエルフ達はサッと身を隠す。
「ごめんなさい」
「謝る事はない。噂話が好きなのは人間もエルフも変わらないみたいだ。冒険者の中でもそういう話が好きな奴はいるさ」
「そうなんですね、もう少しで到着します」
見えてきたのは一人で住む一軒家に広い農園が視界いっぱいに広がった。道中の誰よりも広い農園にアカリは笑いながら紹介する。
「ふふっ、ここが私の家です。お野菜とか果物も沢山あるのでお分け致します。中で寛いで居てください」
フリードは案内されて甘い果実の匂いが心地よい部屋に案内された。フリードが住んでいた家と大きな大差は無く、ソファーにベッドにテーブルと普通の家具が並んでいる。エルフと人間の生活スタイルは大差ない様子だ。
アカリがハーブティーを用意し、これから収穫すると言ったのでフリードも手伝おうとしたがゆっくり休んでいてくださいと断られた。椅子に座ってハーブティーの香りを楽しみながら一息つく。
周りを見渡すと農家だけあって作物関係の本が複数乱立していた。農業に関して知識もなければ興味も薄いフリードを惹いたのは『混沌のエルフ』と題のある本だった。金盞花という名前の人が書いた本でフリードはパラパラとページを捲る。
収穫を待つ間にフリードは本に目を通す。あまり本を読む経験が少なかったフリードは新鮮な感覚を楽しんだ。
その本の内容を見ると、どうやら原因不明の特殊な個体が産まれると記載されている。魔力量が並のエルフを遥かに凌駕して世界を混沌に導く悪魔となっていた。漆黒の瞳が特徴的な個体を混沌のエルフと呼び恐怖の象徴で、そのエルフを倒す冒険者の物語が綴られている。
「フリードさんは読者がお好きですか?」
果物を抱えたアカリがひょこっと顔を出してフリードの持つ本を見ていた。
「いや。そういう訳では無く、手持ち無沙汰でな……軽く流して目を通しただけだ」
「ふふ、そうなんですね。その本は悪いエルフが冒険者さんに倒されて世界が平和になる物語です。昔からの言い伝えで魔族の力を持ったエルフが産まれると世界が大混乱になっちゃう話があるんです。だから……里でも混沌のエルフが産まれたら重罪です」
フリードは恐らくそういう噂話を元に作者も話を書いたんだろうと想像した。悪党を倒す冒険者は格好良く描かれている。
「それにしても、産まれるだけで罪を背負うなんて不思議な話だ。赤子が悪いことをした訳でもないだろう」
フリードは本を閉じ置いてあった場所に戻しながら呟いた。
「伝わる話なので、実際はどうなのか分かりません。けれど、この里にもそういうルールがあるので過去に混沌のエルフは悪さをしちゃったのかも知れません。誰も知る由は無いんですけどね。あ! フリードさん。すぐお口に入れられる物で美味しいのがこれしかないです」
アカリが拳程の大きさをした紫色の果実を手渡した。ツヤのある皮は手触りもよく大切に育てられた様子が伺えた。
「ルミカって果物です。そのまま食べても甘くて美味しいんです! 潰してジュースにしても美味しいんですよ」
そう言いながらナイフで切り分けてアカリは提供した。
「ありがとう。頂くとしよう」
フリードが一口含むと果汁が溢れ出し癖のない甘さが広がった。鼻を通る匂いはアカリの家に入った時に感じた匂いと酷似している。
「お肉は少ししか無いんですけど……お野菜が沢山あります。ゲルマンにお届けする時に使う荷台を用意いたしました」
「助かる」
フリード達のやりとりを窓の隅から覗く野次馬エルフ三人組はひそひそと話をする。
「アカリのルミカを美味しそうに食べてるわね」
「この里で一番美味しいルミカを作るんですもの。私もこっそり盗んで食べた事あるわ」
「えー、あたしも食べたことある」
「盗まないでアカリに言えば貰えるわよ?」
「そうなの? 今のアカリは優しそうだけど普段は怖いんですもの」
「そうね、きっとあの人間に心を許してるんだわ」
「そろそろ長老のところに行こっか。まったく、長老が自分で様子を見ればいいのに」
「そうよねー。長老にはアカリが人間といちゃいちゃしてたって報告しましょ」
「それいい!」
エルフの里に人知れず噂話が広まっていく。無事に食料を確保する事に成功したフリードは暫くのんびりと過ごした。一方、レオンは大慌てで戦いに心を燃やしていた。
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