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炎上妖精☆モエ

 天使かと思った。

 目の前に現れたのは、真っ赤な髪の毛に同じように赤いドレスに身を包んだ十五、六歳くらいの女の子。

 俺は驚きすぎて腰を抜かした。

 二十八歳で実家暮らし、おまけに部屋に女の子など来たこともないから、とうとう幻覚が見え始めたらしい。

 あと、オーディションに落選し過ぎて心が折れたのかもしれない。


 俺は目をごしごしとこすり、もう一度、目の前を見る。

 そこには誰もいなかった。

 ホッと息をつき、「疲れてるのかな」と呟いた瞬間。

「私、モエ! よろしくね!」

 鈴の転がるような声が、真後ろから聞こえてきた。

 勢いよく振り返れば、真っ赤な女の子はにこにこ笑いながら俺の後ろに立っていた。

「いつの間に……」

 俺の言葉に女の子は自慢げに言う。

「だって私、炎上の妖精だからね!」

「えん……じょう……?」

 俺が首をかしげると、女の子・モエはノートパソコンを指さして言う。

「それ買ったでしょ。私、そのパソコンにくっついてるのよ」


 このノートパソコンはついさっき中古のパソコンショップで購入したものだ。

『訳あり品』と殴り書きされたパソコンは、二度見三度見するほどに安かった。

 だってパソコンは最新のものだしハイスペックだし、どこが訳ありなんだよと思い即購入。

 ただ、俺が店内にいる間ずっと黙ったままの店主が、レジでポツリと呟いた。

『お客さん、本当にいいのかい?』と。

 本当にこのパソコンを買うのか、という意味だろう。

 その時の俺は、大して考えもせず『買います』と答えた。

 だって、もしこのパソコンが使えないようでも財布は大して痛くない。

 それほど安かったのだから。


 安い物にはそれなりの理由がある。

 ばあちゃんが病室に俺を呼び出してそんなことを言ったっけ。

 俺はふとそんなことを思い出した。

 ぎっくり腰で入院したばあちゃんは、今は元気だけれど。

 ともかく、俺の買った安い物には、変な女の子がついてきた。

 自称・妖精。

 かなりヤバい。

 すげえ美少女だけれど、そういうことは今は大した問題ではない。

 そもそも、いつ俺の部屋に入りこんだのかもわからないのだ。

 俺は一つの仮説を立てる。

「その、俺はあんまり信じてないけれど、幽霊、みたいな?」

「ぶっぶー! 幽霊じゃありませーーーん!」

 女の子はものすごく楽しそうに、そしてバカみたいな声で叫んだ。

 それから俺の背中をバシバシ叩きながら続ける。

「だからさっき自己紹介したじゃん! 炎上の妖精だってばー! もー聞いてたあ?」

 なんかめちゃくちゃ楽しそうだが、それが無性に怖い。

 俺からすれば、この美少女はただのフレンドリーな不審者でしかないのだ。

 さすがに俺が不審がる様子に気づいたのか、美少女は「百聞は一見にしかず、って言うからね」とパソコンを起動させた。

 それからキーボードを素早くたたき、三秒くらいしてからこちらを振り返る。

「ヅイッダーのアカウントつくっておいたよ」

「は?」

「大丈夫! 安城譲斗あんじょうじょうとでちゃんと作れたから!」

 美少女はそう言ってビッと親指を立てる。

「いやいやまてまて! それ俺の本名じゃねーか!」

「だから大丈夫だってばー! 誰も本名だって思わないからー!」

「そういう問題じゃねえんだよ! あと俺、本名教えてないよな?」

「心配しすぎだってー! ほらほら、早くアントが何か書き込んでよ」

「なぜ俺の中学生時代のあだ名を知ってるんだよ?」

「えへ☆適当に言ってみたら当たっちゃった☆」

「勘すげえな!」

「妖精ですからっ」

「妖精関係あるのか」

 俺はそうツッコミを入れつつ、言われるがままにSNSに初書き込み。

 

   はじめまして。こんにちは。


 無難な文章を入れると、自称・妖精は「……つまんな」と呟いた。

「おい聞こえたぞ」

「さーて。このクソ投稿を、モエたんが燃え燃えの魔法をかけて炎上させちゃいまーす☆」

「クソ投稿とかいうな」

「もえもえ、きゅんきゅん」

 自称・妖精が歌って踊りだす。

 踊り方がちょっとぎこちないが、それがまたいい。

 かわいいなー。

 幼稚園のお遊戯会を見ているようだ。

 俺が癒されていると、自称・妖精の動きが止まる。

 ちょうど両手でハートマークを作ったところだ。

 その両手がぐーになり、自称・妖精の目つきが変わる。

 声のトーンが低くなり、かわいらしい曲調が消えた。

「混沌と暗黒と惰性の神よ我に力を。欲望をこの者にぶつけよ。闇より暗き心を持つものよ集え!」

 妖精が中二病みたいなワードを早口で喋りはじめた。

 ええ、なにこれこわい。

「燃えろ、踊り狂え!」

 妖精が大きな声でそう言うと、ノートパソコンが一瞬、赤く光った。

「な、壊れた?!」

 俺が急いで近づくと、パソコンは特になんともない。

「大丈夫。ただの呪いだから!」

「呪いってなんだよ! なにしたんだよ!」

「あっ。ほらほら。見て」

 自称・妖精の言葉に、画面を見ると、俺の先ほどの書き込みには大量のコメントがついていた。

 しかし、どれも攻撃的なコメントばかり。

「なんだ、いったいどういうことだ?」

 そう思って自分の書き込みを見る。

 そこにはこう書かれてあった。



   人生の負け組が集う場所に来ちまったみたいだな。

   勝ち組の俺はこここで下々の観察でもするか。



「なっ、なんだこれは! 俺はこんなこと書いた覚えはないっ」

 俺がそう言って自分の書き込みを削除する。

 しかし、削除したはずの書き込みは数秒ですっと浮かび上がる。

 また削除すると、また同じ書き込みが浮かび、同じ書き込みが三つも並んだ。

「どういうことだ……」

「だからね、そういう呪いなのよ」

「どういう呪いだよ……。そういえば、炎上の妖精って言ってたな」

「そうでーす! 炎上が私のエネルギーなんでーす!」

 自称・妖精は右手を高くあげてにっこり笑う。

「かえれ! 妖精の谷に帰れ!」

「無理で―す! だってこのパソコン居心地いいだもん」

「わかった。じゃあこのパソコンは捨てるっ」

「このパソコン捨てたらモエ、死んじゃう……」

 妖精はそう言うと悲しそうに目を伏せた。 

 さすがにそう言われてしまったら、捨てることなどできない。

「勝手にしろ! 俺はこんなパソコンつかわねーからな」

 そう言ってベッドに横になった。

 すると、背後でぼそっと妖精が呟く。

「チョロい」

「聞こえたぞ!」

「えー。なんのことかなー。モエ、わっかんなーい」

 妖精はそう言って首を傾げた。

 さらさらの赤い髪の毛が肩にかかり、大きな瞳がこちらを見る。

 かわいいな、くそ、むかつく。かわいい。

 そんなことを考えていたら眠ってしまった。


 目を覚ますと閉め切ったままのカーテンの隙間から日差しがこぼれていた。

 スマホで時間を確認すれば午前九時三十分。

 今日はバイトが休みだから、もう少し寝ていよう。

 そう思って二度寝を決め込もうとした時だった。

「あはははははは。こいつらマジレスしてるしー。草生えるわー」

 耳に入ったのは女の子の声。

 そっと声のしたほうを見てみれば、テーブルの前に女の子が座っている。

 パソコンの画面に釘づけになっているのは、赤い彗星ではなく、妖精。

 昨日のことはどうやら夢ではなかったんだ。

 そう思って俺は、でっかいため息。

 それに気づいてモエは「おっはよー☆」と満面の笑みを見せてくる。

「……何やってやってんだよ」

「なにって炎上してんの見てるんだよー」

「俺、昨日、一回書き込みしただけだろ」

「ああ、それなら大丈夫。夜中、私がアントのアカウントでいっぱい書き込みしておいたよー」

 モエの言葉にパソコンを見れば、俺のアカウントの書き込みにはひどく偉そうで挑発的な書き込みばかり。

 よくもまあここまで人を見下した文章を思いつくよなあ。

「って感心してる場合じゃねえ!」

「えへへ。褒められちゃった」

「褒めてねえ。こんなの消し……」

 そこまで言ってふと思う。

 アカウントはさまざまな人間からの正論、アドバイスだけではなく、誹謗中傷で溢れていた。

 SNS開始早々、ここまで叩かれる奴は俺くらいだろう。

 だがしかし。

 別に俺は、このアカウントは昨日作ったばかりで(しかも作ったのモエだし)思い入れはなにもない。

 本名だということを除けば、放置しても問題はない。

 ってゆーか、別に友だちいないからこのアカウントが俺だと知って幻滅するような知り合いもいないんだけどな。

 じゃあ、もう完全に放置でいいじゃね?

 そう考えた時、モエがぽつりとつぶやいた。

「これがもし、有名人のアカウントだったら、もっともっと炎上しただろうなあ」

「いや、今でも一般人の割には炎上してると思うけどな」

「そりゃあ私の呪いがかかってるからね。人が集まる魔力がこめられてるのよ」

「ふーん。人が集まる、ねえ」

 そこで俺はふと思いだす。

 歌手になりたくて沢山オーディションを受けたが、すべて落ちた。

 誰も俺を見てくれないし、認めてはくれない。

 そうか、俺って才能ないんだな。

 そう思ってあきらめた歌手の道。

 しかし、今、俺はこうして注目されている。

 マイナスの感情だが、むしろ第一印象最悪でも関心を持たれていないよりもいい。

 これを利用すればもしかしてもしかすると……。

 俺は立ち上がって上着だけはおり、財布をズボンのポケットに入れる。

 モエは不思議そうに俺を見上げた。

「どこ行くの?」

「カラオケ。この炎上を利用してみようと思って」

「わー、カラオケ! 私、行ってみたい」

「いいけど、その真っ赤なドレスはちょっと目立つなあ」

「大丈夫。私の姿は持ち主であるアント以外には見えないから」

「そうか。つーか、アントって呼ぶんだな」

「え? アントってかわいくない?」

「そうか」

 褒められてちょっとうれしくなった俺に、モエが笑顔のままで呟いた。

「器が小さい男、って感じでかわいい」

「それかわいいか?」

 俺はため息をつきつつ、モエと共にカラオケへ向かった。


 カラオケで練習してから、動画サイトでカラオケ音源を提供してくれている人の演奏で歌う。

 それをスマホで録音。

 何度も何度も歌い直して「これでよし」と思えるまで三時間かかった。

 久々に全力で歌ったせいで喉がガラガラ。

 モエも俺が歌っている合間に曲を入れて楽しそうに歌っていた。

 しかし、演歌や昔の歌謡曲が多いのはなぜだ。

 何歳なんだよと思いつつ、俺はモエと共にそそくさと家へ戻った。


「すげえ。初めての動画で再生数がこんなに……」

 俺はパソコンの画面の前で驚きのため息をもらす。

 その背後で同じようにパソコンの画面を見ていたモエが、うれしそうに言う。

「コメント欄は全部、批判だね!」

「そりゃそうだろう。炎上を利用したんだから」

 俺はそう言って、大きくうなずく。

 SNSの俺のアカウントは、モエの魔法によりどんどん人が集まり、批判も集まっていった。

 だからそのSNSに自分の動画のアカウントへのリンクを張って誘導したのだ。

 そうしたら、これまたどんどん人が流れてくる。

 動画のアップロードから一時間で、再生回数はえげつないことになっていた。

 アマチュア、おまけに動画初日でこんな数字を出したのは俺だけだろう。

 コメントはすべて批判だが、それも承知の上。

 実力さえ認めてもらえば、そのうちファンになってくれる人もいるかもしれない。

 そう信じて、俺はまた歌い続けようと思えた。


「俺の考えは正しかった!」

 思わず腰に手を当ててしまうほどに、俺は興奮していた。

 あれから一週間。

 俺の動画の再生数はぐんぐんのびて、それなりに有名な芸人の動画の再生数を超えた。

 毎日、バイト帰りもカラオケに寄り、歌った動画をアップロードする日々。

 相変わらず俺の動画もSNSも炎上し続けているが(俺のコメントはモエが書き換えるため)それでもこの数字はすごい。

 しかも最近、『こいつ、性格は最悪だけど歌はうまいな』とか『え、歌はうまいじゃん。クズだけど』というコメントもチラホラ。

 なんだか色々と誤解されているが、まあいい。

 このまま有名になれば、芸能事務所の目に留まる可能性がある。

「よし、頑張るぞっ」

「よーし。私も炎上のネタつくるために頑張っちゃうぞー」

 俺とモエはお互いのために、拳を頭上高く突き上げた。


    家を突き止めた。

 

 一カ月後。

 すぐ燃える歌い手として俺は、あっという間に注目された。

 それはネットの中だけだが。

 それでも、打っても響かないオーディションよりずっとマシだった。

 しかし、炎上するということは、変な奴にも注目をされやすい、ということだ。

「え、なにこれ」

 モエがパソコンの画面を凝視する。

 ヅイッダーのダイレクトメールに、『家を突き止めた』というメッセージが来たのだ。

 こんなものは日常茶飯事だが。

 無視をすればいい。

 そう思っていたが、今回はちがった。


 次の日、まだダイレクトメールが届いたのだ。

 昨日、家を突き止めた、と送ってきたIDはブラックリストに突っ込んだ。

 今度はなんだ、と思ってダイレクトメールを開く。


   今からそっち行く。


「ねえ、これヤバいんじゃない?」

 モエが珍しく不安そうな顔をしている。

 最近、ニヤニヤした顔と画面の向こうの人間を煽る顔しか見ていなかったからある意味、新鮮。  

「なにがだよ」

「昨日さ、家を突き止めたってメッセージ来たじゃん。同じ犯人じゃない?」

「犯人って……」

「だって、これアント殺害目的だよ」

「なんでそうなるんだよ」

「なんかね、漫画で読んだの。インターネットで有名になった人間をどんどん惨殺していく、って話」

「そんな物騒な漫画読んでるのかよ」

「怖いけどおもしろいの。でもあれはフィクションだからいいのよ」

 モエはそう言うと、目を伏せる。

「怖いな……」

「大丈夫だって。本当に来るわけないって」

 やさしく言うと、モエが少し震えながら答える。

「アントの死体を前にした時、思わず動画を撮りそうな自分がすっごく怖いっ!」

 モエは興奮気味に言うと、拳をぐっと握った。

「え、そっち? 俺が殺されてもいいのかよ?」

「だって私、別にノーダメージだしー」

「はあ? 他人には見えないからって! パソコンだって壊されるかもしれないだろ」

 俺の言葉にモエはハッとしたような表情になる。

「はっ、それもそうか……。それは困る……」

「まあ、でもイタズラだ、イタズラ」

 そう言ったところで、ヅイッダーにまたダイレクトメールが届く。

 さっきの奴だ。


   美容院の向かいのセブンに着いた


 そのメッセージに、ぞわっと背筋が冷たくなる。

「美容院の向かいのセブンって……。俺がよく行く……」

「でも、美容院の向かいのセブンなんて、それこそ星の数ほどあるよね」

「なんかモエ、元気になったな」

「うん。だってもしここまで来たら、モエ、戦わなきゃいけないから、モチベ上げとかなきゃね」

「モチベ上げてなんとかなるもんなのか」

「魔力的なモチベね」

「じゃあ、炎上じゃなくてモチベで魔力なんとかしろよ」

「モチベでの魔力上げは、感情が昂らないと無理だから」

 モエはそう言うと、ため息をついた。

「なあ、モエって攻撃魔法とかあるの?」

「うーん。モエ、炎上特化なんだよね」

「なんだよ、炎上特化って。本当に炎出せるならともかく」

「出せるよ」

 そう言うとモエは、立ち上がり、かわいらしいダンスをする。

 今度は両手の親指と人差し指で「S」のマークをつくった。

 そこで俺はハッとする。

「モエ、ストップ、ストップ!」

 ぴたりと止まったモエは、「なに?」とかわいらしく首をかしげる。

「いや、ここでやるよりも、もしヤバい奴が家に来た時にやったほうがいいだろ」

「あー、それもそうかあ」

 すると、またダイレクトメールが届く。



    〇〇ハイツの前まできた。



 その文字に、俺は思わず叫び声を上げそうになる。

「お、おおおおおお俺の、俺のアパートじゃねーかあああ」

 うろたえる俺に、モエは「きゃああああ」と甲高い声で叫ぶ。

「どうしよう! 本当に来たのかなあ?」

「け、警察に電話」

「なんていうの? 殺されそうですって?」

「それもそうだな……。で、でも、これも全部イタズラの可能性もあるしな」

 俺がそう言ったところで、ピーンポーンとインターフォンの音が響いた。

 俺とモエは同時に飛びあがる。

「え、うそ。ダイレクトメールの犯人きちゃったの?」

 モエがガタガタと震えだした。

「いや、荷物かもしれん。最近、何も注文してないけど」

「モエも今日届く荷物はないなあ」

「今日じゃないなら届く荷物があるのか」

「アントママは?」

「お袋は荷物を届けた時には、先にスマホで連絡をくれるから」

「じゃあ」

 モエがごくりと唾を飲み込んで、ドアのほうを見る。

 またインターフォンが鳴る。

 もう居留守を決め込むしかないのか。

 でも、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 俺は、俺の歌を待っていてくれる人たちが……。 

 そこでふと気づく。

 俺の歌を待っている人って、誰だ?

 ちゃんと聞いてくれている人たちもいるのかもしれない。

 でも、インターネットの中の、しかも局地的な炎上だ。

 実はニ、三人しかいない炎上大好きな奴らが、あたかも大勢いるように見せかけているだけなのかもしれない。

 もしかしたら、俺が炎上をして楽しんでいるのは、一人なのかもしれない。

 それが、今家まで来たやつだったら?

 そう考えると、なんだかバカバカしくなってきた。

 誰がアントだよ。

 誰が炎上しやすい歌い手だよ。

 あと、『モエー・アントワネット』とか変なあだ名つけんじゃねーよ!

 俺は勢いよく立ち上がった。


 玄関のドアを開けると、デカい男が立っている。

 とにかくガタイが良い。

 目つき怖い。

 これ、今まで三十人くらい殺してんじゃねーか? って雰囲気。

 やばい、俺、死ぬかも。

 俺が何も言えないでいると、「どいて!」とモエが俺の前に立ちはだかる。

 そしてかわいらしい踊りのあと、両手の親指と人差し指で「s」を作ってぴたりと止まった。

 それからモエは、低い声でつぶやく。

「もえろもえろ、ほのおもえろ、もえろもえろ」

 雑な呪文……。

「いでよ、炎!」

 モエの叫びと共に、彼女の手のひらに炎がポッと浮かび上がる。

 わっ、炎だー。

 じゃねよ!

「モエ、しょぼい、なにこれ! これじゃあ煮込み料理も時間かかるレベルの火力だ!」

「えー、モエ、これでも大きいのつくれたほうなんだけどー」

「それでか……。これでどう攻撃すんだよ」

「顔に近づけると熱い。ちょっと嫌」

「ああ、うん……」  

 すると大男が口を開く。

「あんた、誰と話しているんだ?」

 その言葉に俺は思い出した。

 そうだ、モエの姿は俺にしか見えない。

 しかも、魔法も大男には見えていないようだ。

 意味なし!

 俺はそう思って、ガックリとうなだれた。

 もう土下座して帰ってもらおうか。

 そう考えた時だった。

「あんた、アントだろ?」

 大男はそう言うと、奴は隣の部屋を指さす。

「俺、隣の部屋のもんだけど」

「は? え、お隣さん?」

「いつも動画見てたんだ!」

 大男はそう言うと、うれしそうに続けた。

「で、頼みがあるんだけど……」

 

 がちゃり、と部屋のドアを開けて電気をつける。

「ただいまー」といつもの癖で言ってしまう。

 テーブルの上には、ここんとこまったく開いていない赤いパソコンがある。

 たまには開こう。

 そう思っても眠気には勝てない。

 俺は畳の上に寝ころんで、ぼんやりと考える。


 大男は、お隣さんで、おまけにバンドマンだった。

 それがダイレクトメールの犯人。

 彼は、俺に危害を加えようと思っていたわけでも、批判をしていたわけでもない。

 最近、彼のバンドのボーカルが抜けた。

 だからボーカルを探していたら、ちょうど俺の動画を見つけたらしい。

 しかも、俺がカラオケに行くのを見て、お隣さんだと判明。

 これも縁だとばかりに、バイト先から俺にダイレクトメールを送信した、というわけだった。

 なんともややこしい……。

 そういうわけで、俺はバイトとバンド、歌の練習で目の回るような忙しさだ。

 モエは、俺がパソコンを開かない日々が続き、姿を見せなくなってしまった。

 この前、久々にパソコンを開いたらすやすやと眠っていた。

 だから起こさずにそのままにしたのだけれど。

 今日こそモエと話そう、と思ってもすぐに睡魔に負けてしまう。

 あと、単純にモエがいると炎上するからやっかいだ。

 このバンドは炎上させてほしくないし。

 ちなみに、モエが眠り始めてから、俺はまったく炎上しなくなった。


 ☆


「アント、よかったよ」

 大男、もといドラムの隣田が肩を叩いてくれた。

「いやー、俺たち有名になったもんだなー。今度はドームツアーだってさー」

 ギターがそう言って笑う。

 俺は、楽屋でコーヒーを飲みながら息を吐く。

 誘われて入ったバンドは、そのあとすぐにメジャーデビューした。

 そして、デビューから三年。

 俺たちは若者から絶大な支持を得ている。

 今日も歌番組で生歌を披露してきたところだ。

「ああ、アントさん」

 マネージャーが何かを小脇に抱えて俺を呼んだ。

 赤いものが見えた気がした。


 そういえば、あのモエがいる赤いパソコンは全然つかわなくなり、いつのまにか消えた。

 盗まれたのかと思ったが、金目のものは一切とらずにパソコンだけの窃盗ってのも変だ。

 もかしたら、パソコンごと妖精の谷に帰ったのかもしれない。

 ちょっと寂しいなと思う。

 いや、結構、寂しい。

 俺が今こうしているのも、モエが炎上させてくれたおかげなんだし。


 そんなことを考えていると、マネージャーがテーブルの上に何かを置いた。

 自分の目を疑った。

 だって赤いパソコンだったから。

 いや、でも赤いパソコンなんて珍しくないよな。

「アントさん、パソコンなくしたって前に言ってませんでした? これ、中古の店で激安だったんですけどスペック超いいんで、あげますよ」

 マネージャーの言葉に、ベースが笑う。

「激安とか言うなよー。そこは黙っておけよー」

 俺は「まさかな」と呟きながら、パソコンを開く。

 すると、目の前には真っ赤なドレスの赤い髪の毛の美少女が立っていた。

「モエ、参上☆」

 モエがそう言って、にっこり笑ってピースした。

「アント、デビューおめでとう! モエがいーっぱい炎上させてあげるね!」

 ああ……前途多難だ……。

 そう思っているのに、なぜか頬が緩んでいくのを感じた。

  


 <了> 

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