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番外編 「射止め! 意中のバレンタイン」

ハッピーバレンタイン! というわけで書いちゃいました

 きたる二月十四日。それは世間様で言うバレンタインデー。女子が男子にチョコを贈る、外国の風習だ。心なしかいつもより浮足立っている僕の心と体が分離しそうで、ふわふわするのは気のせいだろうか。


 そんな今日はバレンタインを明日に控えた二月十三日。今日が日曜日ということもあって、材料は昨日のうちに買い込んでいた。そうしてスマホで動画を見ながらイメージトレーニングをし、精神統一をしつつ完成系を頭に思い浮かべる。


「……よし、やるか」


 エプロンを身にまとい、気を引き締めたところで調理へと取り掛かる。逆バレンタインとなってしまうが、僕が遥に贈るスイーツはフォンダンショコラだ。はてさて、上手くいくものだろうか……。




◇◇◇


 翌日。バレンタインデー当日となった。きちんとラッピングされた袋の中を確認したところで、僕は確信した。


「これならはるかも僕のことを見直すだろうな」


 そう、袋の中にあるフォンダンショコラは完璧と言っていいほどの出来栄えとなった。外見はもちろん、中でとろけるであろうチョコも、まぶした粉砂糖もいいアクセントとなって、きっと女子顔負けの出来になった、はずだ。後の問題は味だけど、それは昨日解決した。だって僕が一つ味見をしたのだから。


「今日の遥はきっと腰を抜かすかもしれないぞ……」


 時刻は朝の七時四十五分。僕は浮つく笑みを隠さずに登校していった。




 八時を過ぎたところで学校に着いた。靴箱の中にチョコが山盛り入っているはずもなく、そのまま上靴を履いて一年二組へと向かう。

 その途中、


「おっすとおるー、今日は一段と頑張ろうな! 主にバレンタイン関係で!」


 なんて手を振りながらこっちにやって来て、僕の肩を叩く友人がいた。


 ――佐藤健さとうたける。この学校の情報屋を担っており、その情報網は僕らのクラスのあれこれや教師のあんな秘密まで掌握しているという、見かけによらずとんでもない男だ。そのくせ体格やスポーツ面でも恵まれているし、テストだって赤点こそは回避するという離れ技も持っているものだから、教師もうかつに触れられない生徒として位置づけられている。


「やぁたける、おはよう。朝からそんなことを口走るなんてよっぽどなんだね。昨日から僕が丹精込めて作ったフォンダンショコラ、あげないよ」


「えぇ!? 昨日ラインで送ってきたあのフォンダンショコラを!? そいつはやめてくれよ! 俺、女子からチョコもらえると期待して朝飯抜いてきたんだぞ!」


「それはご愁傷様。これで女子ですらない僕にまで見放されたんだから、もう健のバレンタインは終了したね。はい、今日はこれでおしまい」


「そんな読み聞かせ終わる母親みたいなこと言うなよ! いいよなぁ、彼女さん持ってるお前は。勝ち確じゃねえか」


「それは今まで恋愛の方を怠ってきた健が悪いよ。まぁ僕はたまたまというか、特例という名のレアだから何とも言えないけど」


「くっそー!」


 そうやって、数少ない友人と話に花を咲かせる。本当は後で健にフォンダンショコラをあげるつもりだけど、タイミングがタイミングなので様子見ということにした。


 健と教室に行き、隣立って話の続きをしていると、本命もとい僕の彼女がやって来た。


「皆、おっはよー! 今日は私はりきっちゃってクラスの皆全員にガトーショコラあげちゃうよー! さぁさぁ、並んだ並んだー!!」


 遥の声とともに黄色い歓声と野太い歓声が聞こえてきて、同時に燃えるような『オレンジ色』が僕の目に飛び込んできた。皆いくら何でも喜びすぎだろ。……いいや、彼氏である僕も嬉しいけれども。


「おはよう、遥。今日は一段とはりきって来たね。……本当に人数分切り分けてきたんだ」


「おはよう透くん! 悪いけど本命は放課後で! 今この状況だと雰囲気も何も無いからね」


「う、うん。わかった。じゃあ放課後、よろしくね」


「もちろん!」


 チャイムが鳴り、担任が来たところで遥のガトーショコラ配りはひとまず終わった。ホームルーム後の休憩時間で担任がちゃっかりガトーショコラを貰ったところで、授業終わりの休憩時間は遥のバレンタインキャンペーンが実施されているようだった。



 全ての授業が終わった放課後、遥は本当に僕以外のクラス全員分のガトーショコラを配り終え、まんざらでもない表情を浮かべていた。当の朝ご飯を抜いてきた健さんはと言うと、


「見てくれ透! 五人だぜ、五人! 陸上部のグループ女子とお前の中村さんから貰ったんだぜ! いいだろ!?」


 ふふん、と得意げな顔をする健。これ見よがしに両手いっぱいに貰っちゃって。


「五人だけに()()、なんてことはないよね? まぁ、遥だけは確定だから良しとして……本当にあの陸上部の四人から貰ったの?」


「あぁ、全員が義理だったけどな! 板チョコからシフォンケーキとラインナップは充実だ」


「それは良かった。じゃあそんな健に僕からも一つ。はい」


「おぉっ!? これって、朝に言ってた――」


「そう、僕特製のフォンダンショコラ。おめでとう、健。これで五人から六人になったね」


「お、おおう? とっ、とにかく、ありがとな透!」


「うん。僕からもありがとう、健」


 僕の友達になってくれてありがとう、という感謝をこめて僕と健はお別れした。

 そして、今日で何回目かもわからない遥と二人きりになったところで、僕達の放課後が始まった。


「二人っきりになるのは何回目だろうね? 透くん、数えてない?」


「残念ながら数えるほど現を抜かしてはいないよ。その代わり、君という彼女にはいつまでもぞっこんだけど」


「嬉しいこと言ってくれるね〜。透くんは私の肯定botになってほしいくらいだよ」


「う、うーん? それは却下かな。というか、そんなことより僕は君のガトーショコラが欲しいんだけど」


「今日の透くんは欲に直球だねー。……もしかして、ケダモノ?」


「ちっ、違うよ! そんなわけ無いだろ! ……全くもう、僕のフォンダンショコラあげないからな」


「口調荒くなる透くんもかわいーっ! 素が出たということでここでパシャリ」


 カシャ、と小刻みのいい音が聞こえた。遥がスマホで僕の写真を撮ったのだ。何ていう不覚、何という屈辱。


「ぐっ……。自撮りは時と場合を選んでよ、本当にあげなくなっちゃうからね」


「わーっ! ごめん、ごめんってぇ! 誠心誠意謝ります、ごめんなさい!」


「…………許す」


 こんなことを言っている僕だが、本当はここまで謝ってくれる人間なんて遥が初めてだった。今までいじめや良くない思い出を持つ僕としては、それを塗り替えるように明るくて楽しい遥がどんなに変えがたい存在だったかを思い知らされる。

 自撮りのことなんてどうでもいいのだ。時と場合を選べ、なんて偉そうなことを言っている僕だけど、それを上回るくらい思い出の証拠を増やしてくれる遥が好きだ。


 なんて、僕の惚気のろけは置いておいて。


「やった! ……じゃなくて、良かったー。このまま透くんが許してくれなかったら私、土下座するところだったよ」


「そ、そこまでしなくても。まぁ、怒りすぎた僕の度も悪かったよ。ごめんね」


「うん、こっちこそごめん。元は私のせいなんだから」


 和解しあって一瞬の間が出来る。僕はこの時間を気まずいとも思うことなく、平然としていた。


「ほら、そんなことより。遥に僕が丹精込めて作った手作りフォンダンショコラをあげよう。きっと絶品で美味しいはずだよ」


「言うね〜。じゃあ私のは透くんを想いに想った愛情たっぷりのガトーショコラ! しかも分厚めでしっかりケーキの形してるんだよ〜」


「あぁ、これは凄いね。――ありがとう、遥」


 この時、僕はこれ以上ないほどの笑顔をしていたんだと思う。可愛くラッピングされた袋を学生鞄に入れて、今度は自分がラッピングした袋を遥に渡した。


「はいこれ。これが僕の作ったフォンダンショコラ。味わって食べてほしいな」


「うん! 感想はラインか通話で言うね。あっ、明日の話題として置いといたほうがいい?」


「いや、ラインでもいいよ。感想は早めに越したことはないし」


「そっか。わかった。……あ! それに、こんなの『初めて』、なんじゃない? お互い愛する人のためにスイーツを作り合う……これにともなう定義ってあるのかなぁ」


「ぐっ……ここまで来て定義かぁ。糖分を補うために君が作ってくれたガトーショコラを犠牲にするわけにはいかないし……」


「最悪それでもいいよ! それか、あえて余分に作ったガトーショコラあげちゃおうか?」


「あぁ、それがいいね。ありがたく頂戴ちょうだいするとしようか」


 遥に手渡されたフォンダンショコラを受け取って、そのままにする。今はまだ食べる時間じゃないからだ。


「数分……五分待って。ていうか、肝心の定義のテーマを聞いてないんだけど?」


「ごめんごめん。じゃあ、透くんにとっての『愛』の定義って何?」


「これまた難しいのが来たな……。分かった、さっきも言ったけど五分待って。いつも通りスマホいじっててもいいから」


「オッケー」


 そう言うと、遥は言葉通りにスマホを触り始めた。

 肝心は僕の定義だ。何なんだ、僕にとっての『愛』って。下手に青臭いことは言えないし、難しすぎるだろ……。


「…………僕にとっての遥、じゃあダメなの……?」


 言った瞬間、僕の熱は耳まで浸透していった。絞り出すような、蚊の鳴くような声でそんなことを口走ってしまった。


「えっ……?」


 取り繕うとしても後の祭りで、二人して赤面する。そんなのが珍しくて、らしくなくて。初めて甘酸っぱい気持ちになったような気がする。


 僕にとっての愛イコールは遥。そんな定義、もとい公式が発見されてしまった。これは由々しき事態だ。チョコも顔負けの甘ったるくて溶けるような定義なんて、弟に鼻で笑われて終わりだぞ……。


「ぼ、僕にとって愛は遥! ……遥しかいないんだよ。こんな定義、ダメかなぁ」


「……ゆっ、許す! 許します! きょっ、許容範囲内だからっ」


 ほんの少し泣きそうになった僕をフォローしてくれた遥には感謝しかない。

 今回の定義は脳を酷使することも、糖分を著しく低下することもなく比較的穏便に済ませることが出来た。余分に貰ったガトーショコラは返すことにしよう。


「は、遥。これ、返すよ。今回は疲れることもなかったから、二個も貰うのも申し訳ないし」


「ううん、そのまま透くんにお渡しするよ。弟くんにプレゼントと言うことで、ここは一つお願い!」


「まさかの恵人けいとに……? あいつモテるからいっぱい貰ってると思うんだけど。まぁいいや、『いらない』って言われたら母さんにあげるし。改めてありがとう、遥」


「こちらこそ。透くんが作ったフォンダンショコラ、家に帰ったら味わって食べるからね」


「ありがとう。…………ねぇ、今日も二人で帰ろうか。それに、きょっ、今日くらいは手繋いであげても、いいから……」


 ……僕は一体何を口走っているのだろう。


「とっ、透くんがいつもと違う雰囲気になったー!? なんか逆にお色気のあるというか、なんかとても言葉にしにくい可愛さが……!!」


「やめろ……!! これ以上言うと僕のプライドが死んじゃうから……! あと、勝手にそういうことになるの辞めてもらえるかな!?」


「でも手繋ぐって言ったのはそっちだからねっ。ここは潔く、透くんから手を繋ぐんだよ。さぁ、さぁ……!」


「ええいっ、コノヤロー!」


 パシッ。


 少々荒っぽいけれど、僕は自分から遥に手を繋ぐことに成功した。それで恋人繋ぎなんかに回しちゃって、遥の柔らかくて温かい手に包まれることにする。

 ……相変わらず自分で思って気持ち悪いな。


「透くんが自分から手を繋ぐなんて、『初めて』なんじゃないの~?」


「なっ……! 二つも定義言わないといけないの?」


「うーん。じゃあ今回は特別に免除ってことで。せっかく彼氏からの手作りバレンタイン貰っちゃったんだから、相応の報酬ということでいいのかな? 助手の透くん」


「いつから僕はワトソン博士になったんだよ……。けど、まぁいいよ。定義の免除は本当にありがたいからね」


「じゃあ、おうち帰ろっか」


「うん、そうだね」


 茜差す夕焼け空の下、僕らは恋人繋ぎをしながらバレンタインの甘いひとときを過ごしていった。

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