番外編 「禁断の自宅デート(前編)」
書きたかったシーンを思い切って書いちゃいました。前・後編の予定です 2022.1.18
僕と遥が正式にお付き合いをすることになって早半年。遥とは完全に打ち解けあい、僕も遅ればせながら高校デビューを果たした。
具体的に言えば、髪の毛に気を遣うようになったとか、十年以上過ごしていたメガネ生活とのお別れ……つまり、コンタクトをつけるようになったとか。その辺の感じ。
世間様でいう高校デビューでは地味な方だが、僕にとっては大きすぎる一歩だ。なんせ眼科でコンタクトをつける練習で一時間も使ってしまったのだから。
……とまぁ、いかに僕が変わったかという説明は置いといて。今では彼女となった遥の話を一つ。
遥はいつも通り明るくて可愛い僕の恋人だ。今でも僕を振り回すことが多く、そのたびに笑って連れまわしてくれる最高の友人もとい彼女。
遥のおかげで僕の人生が変わったと言っても良いくらい、多大なる影響を受けた。そうじゃなければ高校デビューなんてしていない。髪をかっこよくするために美容院なんか行ってないし、メガネを取っ払ってやろうとも考えないのだから。
本当、遥には良くも悪くも参る。なんたって僕だけに見せる笑顔を見るだけで心臓が脈打ってはち切れそうになるし、僕に気を遣って他のクラスメイトとの交流を薦めようとなれば冷や汗と緊張でどうにかなってしまいそうだし。
まぁ、そのおかげで僕は健達のグループとカラオケに行けるくらいにはこじつけたし、成長したと誇ってもいいだろう。
「透くん、何ニヤニヤしてるの?」
「うわぁっ!?」
我に返ると、不意打ちで遥の顔が目の前にあった。ひゅっと心臓が動かなくなりそうだった。突然の愛らしい顔は困る。現に僕の顔が真っ赤になってしまったのだから。
「なぁに? いかがわしい妄想でもしてた?」
「……してない。断じてしてない。遥と付き合って半年も経ったんだなぁって回想してただけ」
「そっか、私達付き合って半年も経ったのか。早いねー」
秋も深まる十月の放課後。僕らは教室に残って少しばかりの会話をする。
「おーい透。今日カラオケ行かね?」
そんな時、廊下から健のグループの一人が僕に素敵なお誘いをかけてくれた。しかし、今日は肝心の健がいないので却下する。
「いや、今日はパス。遥と下校するから」
「おっけ。じゃあ今日はキャンセルってことで。じゃあなー」
「うん、またー」
お互い手を振ってグループは去っていく。こんな光景、過去の僕が見たら驚いて失神していることだろう。
「ねぇ、これからの予定なんだけど」
「うん。何?」
遥が予定を聞くのはこれから遊ぶ日が増える意味だ。一週間後にはテスト期間が始まるが、そのための息抜き、ということだろう。
「自宅デートしてみない?」
「えっ」
自宅デートということは僕か遥の家に行って遊ぶと? 今まで制服のまま外に出かけることが多かったけれど、自宅デートということは改めてお互いの私服が見れるということですがそれは。
「もちろん今日とは言わないけどさ。今週の土日の昼からとか、どう?」
今日はまだ火曜日だ。猶予は十分にある。けれどどっちかの家に上がるのだから、お互いの家の準備……部屋の片付けとか掃除とか必要なんじゃないでしょうか。
「ちょっ、ちょっと待って。自宅デートはまだ早すぎない? 僕の気持ちが落ち着かないっていうか」
「むしろ遅い方だよー! 透くん、何にもわかってないんだから」
「な、何にもって」
「浴衣で夏祭りやお花見は一緒にしたくせに? もうステップアップは順調に登ってるのにっ」
「わ、わかった。わかったから。自宅デートするから。でも、肝心な内容はどうするの? テストが控えてるから、ちょっとした勉強会もしたいんだけど」
「……透くん、本当にわかってないなー。自宅での勉強会ほど進まないものはないよ。透くんってば、そういう過去踏んだことないの?」
「あー……。あったかもしれない。申し訳ないです、はい」
そういえば、中学校時代に数回ほど数少ない友達と勉強をした覚えがある。
結果は惨敗。勉強という勉強はしていないし、結局お菓子の袋を開けてだべってしまうとか。しまいにはスマホをいじりながら好きなものについて語り合う始末。
そして、こういう時に限って時間が経つのが早く、一瞬にして青春を浪費する羽目になるのだ。
「まぁでも、透くんとなら無駄なことしないで勉強に捗りそうな気もするけどね。じゃあ、ひとまず勉強会は決まりってことで」
「う、うん。それでその次は何する? あ、ゲーム機でも持ってこようか」
「スイッチのこと? いいよ、家にあるからそれを使おう」
なんと、遥の口からスイッチという単語が出てくるとは。
「意外だ。遥の家にスイッチがあるなんて」
「そんなに?」
「あぁ、今日イチの驚きだよ」
今朝、『昨夜から腹痛で学校にいけない』という健からのラインが来るまでは更新されなかった驚きだ。
「じゃあゲームで遊ぶことも追加か。うーん、これは順番を考えないといけないなぁ」
「ゲームをご褒美にして、先に勉強を済ませるのはどう? ゲームって終わり時が難しいし、その方が効率的だと思う……多分」
「さっすが透くん。その辺の機転の回し方は一流だね」
「それはどうも。……で、せっかくだしお菓子も持ってこようか。遥は苦手なお菓子とか、ない?」
「抹茶系のお菓子以外なら特にないよー。そういう透くんは?」
「激辛系と外国のよくわからないお菓子以外なら大丈夫。昔、『こいつならいけるだろ』って実験体にされた思い出があるから」
「それはご愁傷様。じゃあ、ちょっとぐらい高級そうなコンビニスイーツでも買っちゃえば?」
「お言葉に甘えてそうするよ」
遥のこういう気の遣い方は僕も楽になれる。最近発売されたというマリトッツォと、適当にポテチやらお菓子でも買えばいいか。
「うん、内容はだいたい固まったんじゃないかな。テスト期間に控えての勉強会。その後にスイッチで遊んでから、お菓子パーティでも洒落こもうか」
「オッケー。じゃあ、日程は今週の土曜日で場所は私ん家ね。あ、日曜日の方が良かったかな?」
「ううん、土曜日で大丈夫だよ。日曜日が空いてるおかげで復習にも励めるし」
「真面目だなー。透くん、もうちょっと息抜きしたら? あ、日曜日はオンラインゲームでもする? これなら家を出なくても遊べるからね。スイッチならアカウント作らなきゃだけど、スマホゲームなら比較的簡単にオンラインで遊べるし」
「僕はスイッチのアカウント作ってるよ。そういう遥は?」
「もちろん、私も作ってあるよ! 暇なときはオンラインでバトってストレス解消するの。爽快感あっていいよー」
僕は遥の意外な一面を垣間見てしまったのかもしれない。というか、遥みたいなキャラの人でもオンラインでドン勝するんだ……。むしろ遥だからこそ見えない場所でストレスが溜まっているのかも。
……いや、考察するだけ無駄だ。そんなストレスなんて、土曜日になれば吹き飛ぶに決まってる。
「へ、へぇ。その口ぶりだと強そうな感じはするけど。実際は遥の実力、どのくらいあるの?」
「ふふん、聞いて驚かないでよ透くん。凄腕エリートお兄ちゃんを泣き伏せたことだってあるんだから!」
それはすごい。ていうか、天才なのはゲームでも発揮できるのか。勝てる要素が何一つとしてないよ、お兄さん。
「あぁ、あの大学首席で卒業した、イケメンで一族誇りのエリートお兄さん。もうその域だと正真正銘のチートなんだけど。実は手抜かせてくれたんじゃないの?」
「ううん、ガチ中のガチバトル。“その”兄をゲームで倒したのは私でーす」
「お、おお……。それは凄い。土曜日、遥のお兄さんに会えたらいいんだけど。お兄さんの都合的にはどうなの?」
「もう私じゃなくてお兄ちゃんと戦う気満々じゃん! まぁいいけどね。さすがに土曜日のお昼は仕事だけど、日曜日の夜なら何とか」
「わかった。じゃあ日曜日は遥とお兄さんとのオンラインバトルか。勝てる気がしなくなってきたよ」
「いいや、まだわかんないよ。透くん自身がダークホースの可能性があるから」
「買い被りすぎだって。ゲームなんて暇つぶし程度だし、人並みくらいのプレイ時間しかしてないよ」
「でもオンラインで垢登録してるほどにはやってるんだよね?」
「ぐうっ……!!」
痛いところを突かれてしまった。そう、わざわざオンラインでゲームをするというのはそういうことだ。人並みにゲームをする暇を作り、遊びつくす愛があり、多少のお金がある。そう、まさにゲーマーのそれと言ってもおかしくはない。
まぁ、どうあがいても僕らの場合はライト層程度なんだろうけど。
「ほら、もう矢印刺さってるよ。透くんにしてはちょーっと詰めが甘すぎたみたいだねぇ?」
「う、うざ……じゃなくて、うるさいよ。そりゃ僕としては詰めが甘かった。あとその顔、いくら遥だと言ってもうざいよ、色々と」
「ひっどーい! もうお兄ちゃんに言いつけて物理的にやっつけてもらうんだから!」
「お兄さんどこの道まで極めてるんだよ!? これは僕が悪かったですごめんなさい!!」
強すぎるだろ。文武両道の体現者じゃないですか。マジで凄くて強いお兄さんカッケーですよ、はい、ホントに。
「申し訳ございませんでした、遥さん」
「わかればいいの、わかれば。さて、そろそろ帰ろっか」
「うん、そうだね」
教室の時計を見ると、時刻は四時半を過ぎていたところだった。トークに花を咲かせれば、時間も早く過ぎていくみたいだ。
◇◇◇
夕焼けが指す帰り道。僕らは隣同士並んで歩いていると、遥が口を開いた。
「ねぇ、今回は自宅デートが透くんと私の『初体験』になるわけだけど、透くんはどんな定義を教えてくれるの?」
「その定義のお題を考えるが遥の役目じゃないか。遥がどんな話を聞きたいかで変わってくると思うんだけど」
「うーん、そうだなぁ。土曜日まで持ち越していい?」
「なんだよそれ。結局はお預けじゃないか。まぁ、今すぐ頭を使い潰すよりはマシだけどさ」
「にゃははっ、ごめんねー。そう思うと土曜日が楽しみだね!」
「いきなりハードル上げるのやめてもらっていい?」
そんな話をしつつ、僕たちの放課後は終わりを迎えた。今回はカフェやショッピングモールに通わず、そのまま家に帰ることとなった。
金曜日までは特に変わった場所へ行くことなく、遥と放課後まで適当に話をして帰ることとなる。なんせ僕らにも金欠という大きな問題を抱えているからだ。
それに、あまりに遊び呆けてばかりいれば教師に何を言われるかわからないし。
ひとまずの放課後は、互いに帰り道を歩くことで簡単に過ぎていった。
そんなこんなで、僕は無事土曜日の朝を迎えた。目覚ましのアラームを止め、リビングに向かう。
なんの気無しにスマホを開くと、遥のおはようラインが来ていた。
『透くんおはよう! 私は今日が楽しみすぎて早起きしちゃった。今日は思いっきり楽しもうね!』
というメッセージとともにシンプルな猫のおはようスタンプがチャットを彩る。時刻は午前の六時半ごろ。僕が起きたのは七時過ぎなので、僕より三十分も早い起床となる。
「遠足当日の小学生みたいだな……」
僕はチャットに『おはよう。遠足当日の小学生みたいだね』と打ち込み、彼女のラインに華を添えた。
するとすぐに既読がついて、『透くんがそう言うなら、ゲームで手加減なしにしてあげるから!』と怒りマークの顔文字がチャットの空気を変えた。
多分今日は僕の自尊心の命日となるだろう。さようなら、僕の大切なプライド。
今日の朝食は食パンの上にスクランブルエッグとマヨネーズを合わせた、卵サンドイッチもどきを作った。あとインスタントのオニオンスープも付け合せとしてお湯を注ぐ。これで僕の朝ごはんは完璧だ。
明日は時間があればフレンチトーストでも作ってやろうかな。そして遥に自慢するのだ。
「きっと、『いいな〜、私も食べたい! 今から家に向かっていい?』とか冗談でもないこと言うんだろうな」
今では習慣となった手作り朝ごはんの写真を撮り、遥のチャットに本当の彩りを加える。これなら遥のお腹を空かせること間違いなしだ。我ながらしょぼいイタズラじみた発想だな。
サンドイッチもどきを食べ終わってスープに手をつけようとした頃、遥からラインが来た。しかし、僕はご飯中にスマホをいじる人間でもないので、少しの間スルーという形でスープを飲み干した。
「ごちそうさまでした」
朝の習慣とともに遥からのラインを見る。すると、これまた猫のスタンプが送りつけられ、『美味しそう! 朝から透くんの料理が食べられたら最高だね!』というメッセージが届いた。
それは同棲を前提とした言葉でよろしいんでしょうか、遥さん。これならお兄さんのことをお義兄さんって呼んじゃうからな。
……まぁ、対して上手くもない冗談だけどさ。
『僕の作った料理で嬉しそうな顔をする遥を見てみたいよ。いつになるかわからないけど』
『そうだね、いつかはそうなるかもしれないね。楽しみだねっ』
『あっ! あとコンビニでシュークリームとポテチ買ってほしいな。これ絶対条件ね!』
『わかったよ。どっち道僕が買いに行くことになるんだし、適当に買ってくるね』
『おっけ! ありがとうね、透くん!』
着替えや洗顔など、一通りのルーティンを終わらせてテレビやスマホを見ながら休憩を済ませると、時間は十時を過ぎていた。
「そろそろ動くか……」
母親から事前に受け取ったお小遣いと言う名の現金を確認し、財布をリュックに入れ、スマホを手に持つ。
『今からコンビニと君の家に向かうから、待ってて』
僕はチャットに打ち込んだ言葉を有言実行するべく、玄関のドアを開けて歩んでいくことにした。