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6話 「初めての 2」

 気が付くと、僕はいつの間にかショッピングモールのゲームセンターに連れ込まれていた。当然犯人は遥で、嬉しそうに笑みを綻ばせている。

 

 嫌な予感しかしない。それに、ゲームセンター特有のいくつにも重なったあの音は苦手だ。頭がくらくらするし、目や耳に飛び込んでくる『色』は刺激が強すぎて吐きそうになる。


 正直、子連れの親と同じように近くのベンチで休みたいところだが、そうはいかない。あの時気づかなかった自分を少し恨んだ。


「さぁ、最初はゲーセンだよ! ちなみに透くんに拒否権はないからね。私が行きたいと思ったところに絶対行くこと! わかった?」


「わかってるよ。君の性格上、そう言うと思ってたし」


「よーし! じゃあまずはプリクラね!」


 僕はできるだけ平然を装うと、遥は何の気なしに僕の手を握って歩き始めた。


「え、え?」


 僕には女子と手を繋いだ経験なんてこれっぽっちもない。ましてやプリクラなんてものは初めてだ。

 

 手を握られて自分の顔が熱くなる。彼女の手のぬくもりが、こっちにまで伝わってくる。『色』で見ても、遥に恥ずかしい気持ちはない。


 むしろ、これが当たり前だと言わんばかりだ。どうして。と口を開こうとしたが、やめた。なぜかはわからないが、無意識に僕はそう判断した。


「女の子に手を握ってもらったのは、初めて?」


 遥にしてはやけに落ち着いたトーンで言うから、危うく僕は聞きそびれそうになる。


「……え? 初めてだけど」


 それを聞いた遥は立ち止まり、僕の方へと振り返る。いつものように遥が騒ぎ立てると思ったが、今回はそうではなかった。


「そっか。じゃあ、一緒だね」


 遥の笑顔がやけに泣きそうに見えたのは、気のせいだろうか。そんなことを考えているうちに、小走りで彼女は「早くー」と言いながらプリクラの機械にお金を入れていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。撮影が始まったらどうするのさ」


「どうするもこうするも、私は百円を入れただけだからすぐには始まらないよ。透くんは二百円入れてね」


 僕が彼女より百円多くお金を出さないのは不服だが、仕方がない。このプリクラの機械は三百円必要なのだ。

 

 将来は細かい小銭が出せればいいのに、と願いながら僕は二百円を機械に入れた。


 女性モデルが大きくプリントされたカーテンをくぐると、正面には液晶画面とカメラ。左右には照明と荷物を置くスペースなど。僕にとっては、小さな撮影スタジオに見えて身がこわばってしまう。

 

 昔から絶望的に写真写りが悪い僕は、髪型や性格が相まってお化けや幽霊などと言われていた。今ではこういうものだと割り切れるが、全くもって酷い話である。


「ねぇ、透くん。こっち向いて」


「何?」


 遥の方を見ると、彼女は僕の前髪にヘアピンをつけてくれた。邪魔な前髪がなくなったおかげで、久しぶりに視界が開けた気がする。


「綺麗……」


「へ?」


「透くんの目、とっても綺麗! 透き通ってる感じがする!」


 僕が戸惑っていると、遥はカバンから鏡を取り出し僕の顔を見せる。淡いピンク色をした梅のヘアピンが僕の前髪を支え、瞳の色はあいかわらず黒色だ。けれど遥に言われると、そこまで悪い気はしなかった。むしろ清々しい。


「あ、ありがとう。でも、僕にこのヘアピンはいささか可愛すぎるような」


「それ、透くんにあげる。最初は罰ゲームのつもりだったけど、お守りっていうことで」


 一瞬聞き捨てならないような言葉が聞こえたが、聞かなかったことにした。


「お守り? そういうことなら大事に持っておくけど、どうして?」


 遥は言葉に迷ったのか、一度口を閉じる。何のことかわからない僕はその理由が思いつかず、流れている洋楽を右から左へと受け流す。


「それはね……秘密!」


 あぁ、なんだ。たったそれだけの理由なのか。彼女のやけに眩しい笑顔を見て、酷く安心する。


「秘密か……。まぁ、人間誰しも言いたくないことの一つや二つ……」


「撮影タイムスタート!」


 すると、あろうことか遥が液晶画面のボタンを押し、強制的に撮影を始めたのだ。なんということだ。こっちは心の準備すらできていないというのに。

 

 何かまずいことでもしてしまったのだろうか。そんなことを考えつつ、慣れないポーズに苦戦する。ピースや頬に手を当てるのはわかるが、一番よく理解できなかったのは全身モードとかいうやつだ。


「透くん、しゃがんで!」


「は!?」


 遥が急に叫びだし、何事かと反射的にしゃがみこむ。本来なら全身が映し出され、足が細長くなれる機能なのだが、遥のおかげで僕たちのあごはすっかり伸びきっていた。

 

 思いのほか面白く撮れており、撮影が終わっても遥の「もう一回やろう」で三回もプリクラに入り浸ることになってしまった。


 その最中、彼女の笑う顔を見て僕の心が弾んでいたのは、いったいなぜだろう。 僕にヘアピンをくれた理由もそうだが、この症状もよくわからないままだった。


「いやー、楽しかったね! 次はいつ行く? 来週とか予定空いてるかな?」


 いちごやバナナ、ホイップクリームをぶんだんに盛り付けたクレープを食べながら、遥は僕に声をかける。


「丁重にお断りするよ。せめて月一くらいがいい」


「えー! 前に約束した時、君の行きたいところ思う存分付き合ってあげるって、爽やかボイスで言ってたじゃん!」


「それはさすがに盛り過ぎ。あと、思う存分っていう言葉にも時と場合があるんだよ。同じ場所を何回も行ったら飽きるし、人の多さとメンタル的に僕が死ぬ」


 それに周囲の視線が痛い。男子高校生が梅のヘアピンをつけ、クレープを食べているのがそんなにおかしいのだろうか。いや、かなりおかしい。遥が罰ゲームでやろうとしていたのもうなずける。


「ちぇっ、透くんのケチ。もっとメンタルを鍛えなさい」


「ごもっともな意見どうも」


 正論を言われて本気で帰りたいと思った矢先、いつの間にか僕たちは自動ドアの前にいた。空模様は悪く、他の客は小走りで走ったり、傘を買いに店へと引き返す人もいた。


「雨だ」

「雨だね」


 僕も遥も思ったことを口にした。先ほどとは中身のない、呟いた一言。


「これからどうしようか」


「どうするも何も、ほら」


 僕はリュックから折り畳み傘を取り出し、傘を差す。無意識に出た言葉で、特に意識や恥ずかしさなんてものはなかった。


「入って。雨で風邪ひいたら大変でしょ。あ、遥は風邪をひかないタイプかな」


「なんで?」


「バカは風邪をひかないってこと。迷信だと思うけど」


 沈黙が流れる。僕はまた、彼女に空気の読めないことを言ってしまったのだろうか。遥はうつむき、小声で何か言っているようだけど、雨の音でかき消されてしまった。『色』で見ようにも、なんだか申し訳ない気がしてやめた。


「よ、よろしくお願いしますっ」


「うん、どうぞ」


 遥を隣に招き入れ、傘に入れる。今までにない至近距離だが、プリクラのこともあったので慣れた。慣れてしまったのだ。遥とはいうと、うつむいたままで一向に喋る気配はない。


 改めて彼女を見ると、ショートボブの黒髪は丸くて愛らしく、健康的な肌としなやかな体は美しい。おまけに僕のような人間と一緒にいてくれる。なんて優しい子なんだと、今更ながらに思う。


「……透くんはさ、優しいよね」


 遥は思ってもみないことを言いだした。僕自身でも、自分はそうと感じたことがない。確かに、女子に傘を差したのは優しいかもしれないが、僕にとっては当たり前のことだ。


「そんなことはないよ。僕が優しい人間だったら、こうはならない」


「じゃあ透くんが優しい人だったら、どうしてた?」


遥の問いに、僕は考えるよりも先に言葉を滑らせていた。


「傘を渡して、それっきり家まで走ってたかな」


「……ぷっ。あははははっ! それは風邪ひいちゃうよ。やっぱり、そのままの透くんが一番だな」


「やっぱりって、どういう意味?」


「そっ、それはこっちの話! 気にしないでっ」


 つい口に出してしまった言葉は、僕の単純な疑問だった。それを聞くや否や、遥は急にそっぽを向いて声を裏返らせる。その時、彼女の耳が赤く染まっているのを、僕は見逃さなかった。


 なんだか今日の遥は少し変だ。騒がしいと思えば大人しくなる。今回一緒にいただけでもかなり変わった。それが遥の素顔なんだろうが、僕には不思議でたまらない。


「別に構わないけど、今日は僕の『初めて』を遥はたくさん奪ってくれた。散々な一日だったよ」


「本当にそう思ってる?」


 遥は含みのある、いたずらっぽい笑みを僕に向ける。ちょっと色っぽいな、なんてことを思い目を逸らした。


「いいや。結構楽しかったよ」


「そっか。それなら良かった」


 再び沈黙が流れる。だけど、このささやかな時間はとても心地いいものだった。空から落ちてくる雫の傘にぶつかる音が、僕達二人だけの時間に彩りを与えてくれている。


 このまま遥と一緒にいられたら、どれほど幸せなことだろう。そんな気持ちが、僕の心を前進させた。わざとだと思われないように、遥の小指にそっと触れる。あぁ、そういえば、告白に一番条件が合うのは雨が降る日だと聞いたことがある。雨音が声を響かせてくれるとか。        


 今なら本当に告白できるかもしれない。ゆっくり、確実に遥の手を触れようとしたその時、空は徐々に明るみを帯びて雲の割れ目から光のカーテンが出来上がった。


「あ、晴れた! やったぁ! ねぇねぇ透くん、晴れたよ!」


 遥がはしゃぎ回る。微笑ましい光景だが、千載一遇のチャンスを逃してしまった。僕は悲しさを表に出さないように、なるべく明るい笑顔を見せる。


「……うん、そうだね」


「えー、何その反応! あ、そうだ。透くーん、君にとっての定義教えてよ!」


「例えば?」


 僕の問いに、遥は頭を煮詰めさせた。しばらくすると遥が大股で歩いてきて、なんてことない笑顔で答える。


「幸せ、かな」


「幸せかぁ……」


 これはまた難しい問題だ。幸せなんて人それぞれで、感じ方も全く違う。そう答えれば楽なのだが、遥は薄っぺらい回答なんて望んではいない。 


「うん、出来た」


 遥があくびをし始めたところで、ようやく定義が完成した。完成するまで時間がかかって、今すぐにでも言わないと忘れそうだ。


「お、出来た!? 教えて!」


 僕は前置きを言わず、ストレートにそれだけを言う。


「大切な人と一緒にいること、かな」


 その時、遥の瞳が揺らいだ。風鈴が夏の知らせを告げるみたいな、そんな音が聞こえてきそうだった。


「ふとした時に、泣きたくなるくらい嬉しくて、『あ、今幸せだな』って感じる時があるんだ。自覚するのが遅くて、最近やっと気づいた。

 楽しいんだ。嬉しいんだ。こんなことは初めてで、僕には君が眩しくてしかたない。君のような人間が心底羨ましい。人生を泥水に捨てずに輝いている君が――!」


「遥が、羨ましい」


 あぁ、恥ずかしい。みっともない。女子を目の前にして泣くだなんて。腹立たしくて、切ない思いが胸を貫かせる。


 本当に、遥は眩しい存在だ。客観的に見ても、色で見ても。


「どうして……。どうして遥は、僕と一緒にいてくれるの?」


 長く喉につかえていた言葉が出た。それは実に単純で、何度も頭の中で暴れていた一つの疑問。


「私もおんなじ気持ち」


 ふと、僕の頬に柔らかい何かが触れた。


「どういう意味か分かる? 透くん」


 遥のいたずらっぽい微笑みが瞳に映る。瞬間、僕の視界に花火のようなまばゆい『色』が見えた。


「……分かるよ。僕、遥のことが好きだ。恋をすれば世界が変わるっていうのは、本当みたいだ」


 モノクロの視界が割れる。もうこの目には遥しか見えない。煩わしい世界が見えなくて、眩しくも温かい光しか見えなくなって。


 あぁ、やっぱり君しか見えないや。


「僕に光を与えてくれて、ありがとう」


 これで僕らの定義は証明された。

 なんて青臭くて、痛くて、無垢で、きれいな――。


 なんて、きれいな光なのだろう。

『無色透明』、これにて完結です! 読者の皆様、読んでくださってありがとうございました。

改めて彼らの青春や色恋沙汰を書き切ることができて楽しかったです!


本編は終わりですが、後日何かが追加される“かも”しれません。 2022.1.11

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