表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

1話 「知り合う前から知っていて」

 ――世界が灰色に見えたのは、いつからだろう。

 高校に入る前の春休み。ベッドから起き上がった僕――前田(まえだ)(とおる)は、部屋でため息を吐いた。


「……またこれか」 


 僕の視界は相変わらず黒くにごっていた。

 見ている景色がモノクロだなんてどうかしている。そんなのは僕が一番わかっているけれど、認めたくない事実でもあった。


 私服に着替えてリビングに行くと、食卓には誰もいなかった。当然だ、寝坊したのだから。

 確か今日は小学生の弟の卒業式だったはず。通りで皆いないわけだ。


「……本当、心配性だな」


 寝坊したというのに、机の上には書き置きが添えられていた。母親には感謝しかない。


「いただきます」


 用意された朝ご飯を頬張って、味を噛みしめる。今日の朝は食パンとコーンスープ。真っ当な造り物だけど。うん、今日も変わらず美味しい。


 明日から『ちゃんと』しないとな。と、寝ぼけた頭で考える。でもそれを実行できる気力は、夜になったら消えるだろう。


 僕みたいな人間は、無気力でどうしようもないのだから。


「いってきます」


 ドアに鍵をかけたのを確認して家を出る。

 最近、僕の中で散歩がブームになりつつあった。……気まぐれなのが惜しいけど。


 雲からのぞく夕焼けが、僕を叱っているような気がした。



 ◇◇◇


 生まれつき僕は目を患っていて、何かと苦労して生きてきた。『変色症』と呼ばれるそれは、見るもの全てに色がつく珍しい症状――。


 今も視界に映る景色が灰色に見えるのはこのせいだ。

 言葉の響きはカッコいいけど、神経の病気だから性質(たち)が悪い。


 症状の例としては文字に色が浮き出る、愛情や青春などと言った単語の味が『わかって』しまうなど。症状は様々だ。

僕の変色症は前者に近く、なおかつ極めて強い。幼い頃は自分自身が『普通ではない』と思い込んだほどだ。


 その時からだろう、僕が地味な人間へと変わってしまったのは。


 映画や音楽鑑賞も嫌いではないが、ジャンルによっては強い『色』が出てしまうので、今は読書という趣味に落ちついている。


 他人の声を聞くより、自らの想像で動き出す物語が好きだ。

 初日の出や桜並木を眺めるより、一人で部屋にいるのが好きだ。


 その心地よさにおぼれた僕は、この数年間ですっかりダメ人間となり果ててしまった。


 都心部に行くのなら相応のセンスは必須なのだけど、適当に選んだ服では笑いの的だ。

 事実、僕を見たカップルや女子たちは、声を殺しながら笑っていた。


「ここは……」


 周囲の声を無視して立ち止まる。左にはつぼみを付き始めた桜の木が。右には、洒落たカフェや服屋がずらりと並んでいた。

 カフェならたまに読書で世話になっているのだが、服や化粧となれば話は別だ。


 試しに僕は、全身コーデが展示されているガラスケースに近づいた。

 黒メガネに紺色のコート。黒いパンツ(今で言うズボンのこと)にグレーのスニーカー。乱れた黒い髪はだらしなく、特に長い前髪のせいで視界がチラつくこともある。


「自分の顔を見るのは、久しぶりだな……」


 白い息を吐きながら呟く。

 それに、春が近づいたといってもまだ寒さは残っている。……僕は寒いのが嫌いだ。取り残されそうな気がして、苦手だ。


 後ろからは早く帰ろうとせわしなく動く靴の音が聞こえた。


「――あ、雪だ」


 呟いた一言。ある少女の声によって、思わず足を止めた。

 空を見上げると、灰色の雲から雪が降り出す。僕はその冷たさを肌で感じながら、帰り道を歩いていく。


 彼女もまた家族が待つ家へと帰っていく。その途中で、僕と少女を照らすかのように街灯の明かりがつき始めた。


 今日は早くお風呂に入って寝よう。そうすればきっと、もうこの『灰色』な世界を見ないで済む。


 そんなことを考えて、僕は家へと帰っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ