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ふたつぶの涙  作者: こまた
ハガユイ旅
9/27

 カガミを追って町を巡るうち、色々と困りごとを抱えた人に出会った。困っている僕達を、助けてくれる人もいた。

 次の町へと、旅芸人の一座が馬車に乗せてくれたことがあった。歌や踊りを得意とする人達だから、人形にはあまり詳しくない。ユッポのことは人間と思ったようだ。

話の流れで促され、ユッポは一座の伴奏に合わせて歌いだした。

「花は空に恋をした 透き通る青は光溢れて

 ずっと遠くで手を振っている そして時々 涙を流す

 涙は花を青に染めた 空を映す鏡のようだと 花は喜ぶ

 ある雨の日 花は泣いた 雲の色には染まれなくて

 遥か彼方 地平線を見つめる

 花は旅に出た 空に会うために 遥か 遥か彼方へ」

クレッタ・ブラウという花をモチーフにした、古い歌だった。穏やかなメロディーは、決して叶わぬ、花から空への片恋の歌。海が近い崖の周辺に咲く、青い花の習性をなぞっているんだ。地平線とは崖のことで、花は海に散るしかない。波に乗って進んでも、水平線はまだ遠い。そして、その先で空に会えるかは、わからないんだ。

「上手だね、お嬢ちゃん」

「えへ、ありがとう」

確かに上手いけど、どうして、こんな辛気臭い曲を選んだのかな。道中では、他のもっと楽しい感じの曲も歌っていた。意外な選曲の理由を聞いてみて、少し後悔した。師が一番好きな曲なのだそうだ。

 勝手に嫌な想像が働く。師は、弟子たちをクレッタ・ブラウになぞらえて、見下していたんじゃないかな。空である自分には、届かないだろうって。

 ひとり苦々しく思っていたら、別の曲が始まった。軽快なリズムは、芸を披露する時のものだろうか。歌を一座に任せて、ユッポは手拍子をとった。音楽に包まれて、仕事の外でもにこやかにしている旅芸人達を見ていたら、自分の重たい気分がどこかへ飛んでいく。いつの間にか、僕の手も音楽に合わせて弾んでいた。

「あ、セコ、笑った」

僕だけに聞こえるくらいの小さな声が、鈴のように転がった。

「へ? め、珍しいかい?」

「うん。初めて見たよ」

短い会話の中、ユッポの声色は嬉しそうだ。

 人の表情を、見ることは出来るんだよな。自身の感情を映すことのない、ガラスの瞳は、その差をどう思っているんだろう。考えると、顔が変に強張った。

長くひとりでいたから、笑ったのがいつ以来かなんてわからない。少なくとも、ユッポと出会ってから今までは、むすっとしていたんだろう。大人数で音楽の中にいる今を、自然と楽しく感じることに、笑顔を指摘されて気が付いた。この旅は僕に変化をもたらして、笑い方を思い出させてくれたようだ。

 どうせなら、ユッポ達を笑えるようにして欲しかったな。何枚か集まったカガミを見れば、ユッポも弟妹もやわらかく微笑んでいる。それがただの夢想だということが悲しかった。いくら善行を重ねても、ユッポはずっと木のままだ。


 だいぶ荷物が増えて、手元のカガミは五枚になっていた。こうも順調に集まると、道標みたいだ。どうしてもカガミを自分で運びたいユッポを説得して、僕が三枚を持っている。良い子、悪い子という概念があるおかげだ。二人連れの大人のほうが、荷物が少ないなんて格好悪い。幼稚な論で押し通せた。

 辿り着いたトグの町はひどく賑わっていて、踏み入るのに勇気がいった。ここは栄えている反面、貧しい者が同居する貧富の差が激しい町だ。周辺の国との貿易が軌道に乗り、急速に発展したせいらしい。世の中、富める者に更なる富が集まるようにできている。

 はぐれそうな雑踏の中では、背に負ったカガミが人にぶつかるし、値打ちがあると見て奪われては困る。前に抱えて人の隙間を縫うようにしていたら、ユッポも真似た。

 人が多い分、ざわめきに耳が疲れる。そこへ、カラカラと乾いた音が届いた。

「あっ」

ユッポの声と目線を追うと、木製の髪飾りが落ちていた。誰かの落し物は、量産の雑な製品。たいしたものじゃない。拾いに行きそうなユッポを、急いで止めた。

「待って。あのままにしておこう」

「どうして? 落とした人、困っちゃうよ……たぶん」

ユッポの目線は、髪飾りと僕の間を往復した。止められた理由を考えているらしい。

「この人ごみだよ。どうやって持ち主を見つけるんだ。あれと同じものは、すごく沢山ある。つまり買った人も沢山いるんだよ」

話しこんで、人の流れを妨げている僕達の間に、不機嫌な顔をした男が割って入ってきた。

「何、道の真ん中に突っ立っているんだ。邪魔だよ!」

 男は、髪飾りを蹴っていった。わざとなのか、たまたまなのか、それは裏路地の入り口へと石畳を滑っていく。

 すると、一瞬の出来事。陰から素早く伸びた手が、髪飾りを持ち去った。

「見たかい?」

「うん。放っておいていいの?」

追うものではないと、僕の態度から察したようだ。

「こういう、大きな町ではよくあることさ。人の落し物や残り物で、生きていく人もいる。彼らに常識は通じない」

「人のもの、とったらいけないのに?」

大きく首をかしげて、ユッポの声は不満げだ。だから、その常識が、彼らの常識とは違うんだと言っているんだよ。

「落とした人も、向こうに蹴った人も、ああして拾われるとわかっていたかもね。物取りだなんて思っちゃいないさ」

むむ、と考えつつ、ユッポは再び歩き始めた。というより、歩き出した僕についてきた。どうにか、今の出来事に納得しようとしているように見えた。

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