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ふたつぶの涙  作者: こまた
ふたつぶの涙
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「くくく……」

 何が目的で師に加担し、ユッポ達を振り回したのか。ひとつ質問をしただけで、ハノンは腹を抱えて噛み殺すように笑う。

「目的ぃ。お前がそういう物言いをするのか……ははは、感情的な顔をして、俺に聞いたのか?」

こいつが愉快そうにしていると、反比例して不愉快になるな。あまり関わりたくない相手だが、今は真っ直ぐに目を見て話している。聞きたいことはいくつもあるんだ。

「答える気はないのか?」

まだ笑いが収まらない様子で、ハノンも僕の目を見返す。

「答え、ね。ふふ、簡単に言えば、俺の向上心を満足させること、かな」

「向上心だと?」

意外な言葉を、ついくり返してしまう。

「師に近付くためには、作品を隅々まで知りたい。作品に接触した者が、どんな影響を受けるのかも知りたい。知ることが、糧になる。俺達は、そうやって勉強してきたろう」

それって、好奇心じゃないか。

「ふざけるな」

 人生の終わりを悟った、師の想いに振り回されたのなら、まだいい。こうして、ハノンを喜ばせるために、ここまで歩いてきたんじゃないんだ。掌に自分の爪が食い込む。

「アハハ、怒るんだ、お前らしくもない。あれが師の作品だと知っていたから、観察しようとして旅に出たんだろ? 俺と何が違う?」

確かに、はじめはそうだった。見透かされると、余計に腹が立つ。歯噛みして、すぐには言葉を返せない。

家具職人を志して師に弟子入りした者同士、思考に似た所があったかもしれない。目線を少し下へ向け、怒りを押え込んだ。確かに最初は作品への興味で、ユッポに同行したが。

一度強く目を瞑ってから、再びハノンを睨む。

「僕の目的は変わった。あの子は師や弟妹のために、どんな苦労も厭わない。放っておけなかった……力になりたいと、思ったんだ」

「あの子ぉ?」

 ハノンは喜色を満面に浮かべる。裏返るほど高揚した声が耳につく。人間に対する言い方をするのが、おかしいんだろう。

「人形と仲良しなんて、無表情で無愛想なお前にはお似合いだね。弟弟子の顔も、ろくに覚えてないもんな」

もう、言いたいだけ言えばいい。苛立ちは溜息で逃した。

「ユッポの弟妹を壊したのは、お前だな?」

「うん、探し物を頼まれてね。邪魔なのはついでに壊したんだ。物は見つけたよ」

やはり、地下室への階段の踊り場にあった、肖像画を取りに行ったそうだ。

「わざわざ、二階へ行く必要があったか? 探し物の邪魔は、誰もしなかっただろ」

一瞬の間の後、ハノンは大仰な驚きで目を見開く。

「え、邪魔だよ? あんなのが師の作品だと知れたら、名声に傷が付くよね。人形で残すのは、あれだけでいい」

すねた口調が腹立たしい。

しかし、だんだんわかってきた。ハノンは師を敬っているわけじゃない。その手が生み出す作品や、業、名声が大事なんだ。ユッポ達を物として見るのと同じく、師のことを、自分と同じ人間として捉えられない。ああ、もう、そういうやつってことか。

「そうそう、少し昔話をしてやろう。お前があれを持ってきてくれたから、これももういらないし」

 何だ、いきなり。けげんな顔をすると、ハノンはポケットから小箱を出して僕に渡す。

「師に妻はなかったが、愛した人はいたんだよ。名前はローザ。幼い頃からフィッテルに住む者同士、幼馴染み……と言えばいいのかな。聞いた感じ、一方的に好意を持っていたようだけど」

 ぺらぺら話すハノンをよそに、受け取った箱に目を落とす。

片手に収まる小箱は、簡素な木製だ。じわり、手にかかる重みが、中に入っているものを想像させる。

何だか、嫌な感じだ。蓋を開けると、中には布で包んだ物が入っていた。めくろうとして、手が震える。包まれている物は丸い。ひとつ、ふたつ、みっつ……よっつ。

バラバラになったティピカの部品を、集まるだけ集めたとき、足りなかったもの。勇敢にもハノンに抵抗したビッテが、その顔から失っていたもの。二階にばらまかれた雑多な物の中にも、見つからなかった。

小箱に収まっていたのは、ガラス細工の瞳。これも探し物だったのか? ローザが例の絵のモデルだと話すのが聞こえて、顔を上げる。

「師が家具の工房を開いた頃、ローザは町中の知人や友人に贈り物を配って歩いた。隣町へ嫁ぐからって。ほら、商店街にご立派な石造りの仕立て屋があるだろ。他の町にも店を出してる。フィッテルで唯一、大きいと言える店が実家でね。駆け出しの職人では釣り合わない。諦めた師は、職に生きることにしたのさ。消えない想いを、誤魔化すために」

 ハノンの話は、ここで一区切りとなった。自分に蓋をするための仕事、強いる没頭……僕と同じだ。まさか、師がそんな気持ちで家具を作っていたなんて。作品の素晴らしさが、ローザへの想いの深さを物語る。そうやって家具職人として名声を得て、一時でも師の心は満たされたのかな。

 僕の感傷やローザ自身には興味がないのか、ハノンはつまらない顔で話を続ける。

「すごいよねぇ。想いあった相手でもないのに、愛をねじ伏せるのに人生かけるなんて。さて、心の奥に押し込めた想いは、ある時えぐり出された。何があったかわかるか?」

ユッポが言っていた。師は、あの絵の人に泣いてほしいのかもしれないと。それが不可能になったということか。

「ローザが、亡くなった?」

流行り病か何かだったんだろう。師と近い年齢なら、孫はまだいない位か。亡くなるには早過ぎる。きっと、彼女が嫁ぐとき、自分が止めていれば……自分と結ばれていたなら、長く幸せに生きられたはずだと、悔やんだ。

それが師にとって大きな転機。人形を作り始めたきっかけだった。妄想の中とはいえ、母親がいなくなったときから、ユッポは生まれていったんだな。

 僕の回答にうなずいて、ハノンは距離を詰めてくる。ティピカとビッテの瞳に、嫌な笑みが逆さに映った。

「お前も、なかなか想像力が豊かだね。悲しみに暮れ、ローザとの娘として作り上げた人形は動き出したわけだが。何がその心臓なんだと思う? あの胴体の中身は、ただのカラクリだよな」

 ティピカを壊したついでに、確認したような口ぶり。

それは、彼らに痛覚はないかもしれないけど、恐怖はわかっていたはずだ。どんな理屈を並べて来ても、こいつがしたことは許せない。

ローザが配った贈り物は、無難な形のグラスだったと語るハノンを睨む。悪いことをしたとは微塵も思っていない様子で、咎める言葉が見つけられなかった。グラスは、ユッポ達の瞳を作る材料の一部になったそうだ。

「贈り物。師とローザをつなぐ唯一の接点を、人形の瞳に変えた結果、命が吹き込まれた……なぁんて、思うか?」

気分が悪くて、問いには答えなかった。頭の中に組んだ仮説を、読み上げられたみたいだったんだ。普段の僕であれば、そんな不思議な事は考え付かない。だけど、ユッポ達は生きていると信じているから、不思議が現実でもいいと思った。

 有り得ないことだと、ハノンが口を開けて笑ったら、ふっと胸騒ぎがした。

「アハハ、違うよね。執念だよ! 師の想いが人形を動かしたんだ。ローザを想うほどに師は壊れ、壊れるほど、彼は彼になっていく」

 酔うのは勝手だ、好きにしろ。聞こえる雑音は耳から追い出して、瞳の意味を考える。

師は、その目を褒めた。ユッポは、泣けないことの他は、自分の目が好きだと言っていた。

「実に、美しい人生だ……消えない想いが作品に深みを与え、永き名声を生む!」

瞳が心臓だとしたら、最期に涙を求めるなら……ユッポに、ローザの面影を見ているなら。

ユッポが長女であり、最も精巧に作られた理由がわかる。

あの子が動き出したことで、師は娘との生活に癒されていた。家の中が賑やかになれば、悲しみも、届かぬ想いも埋めておけたんだ。

弟妹を作ったのは、ユッポが、あるいは自分が淋しくないように。時折、失った幸せを夢に見ることもあったのだろうが、朝になって目覚めれば、子ども達に囲まれた暮らしだ。どこか歪な生活を、言いつけで閉ざして守って、続けて来た。

「あれは、師の最高傑作だ! 全ての部品が、極限まで磨かれている。試作の部品を組んだだけの、後の人形とはわけが違うんだよ!」

手や足先が布張りされていないことも、つま先が曲がらないことも、ハノンは気が付いていないようだ。国境をいくつも越えるほど、師の名声が高くないことも。ましてや、僕がユッポを修理したことなど、知る由もない。

 歓喜する兄弟子を鼻で笑えるはずなのに、どんどん胸騒ぎは強くなり、顔が強張る。僕の意識は小屋のドアに向いた。

「たとえガラス玉でも、師の最期は幸福に満たされる。これでやっと、涙を胸に旅立てるだろう」

ハノンは、瞳をなくしても人形が動くのかどうか、興味津々だ。

道連れにしようっていうのか。そんな……そんなの、見過ごせない。

 つかつかと、枯れ葉を踏む。ハノンとすれ違って、小屋の前に行く。昔作ったドアのノブに手をかけた。

「お前が行って、どうするんだ? あれは師の言うことを聞く。何をしようと師の勝手だよ。所、有、物、なんだからさ」

ハノンの言葉が、僕の手を押さえつける。

わかってるさ、師が望めばなんだって、ユッポは投げ出してしまう。最期の願いなら、尚のことだ。

 僕は、止めるためにドアを開けるんじゃない。言える事だって、何もないのかもしれない。

ただ、ユッポは自覚するべきだと思う。誰に操られることもなく、考えて、想って、行動する心。人格があることを。

いい子とか、悪い子とか、一般に定義される姿を追いかけなくてもいいんだ。いつまで、師に振り回されている? 命が尽きるまでか?

「ハノン、僕には止める権利がないって言うんだろう」

肩越しに見ると、ハノンがうなずく。僕の手がドアノブを回すと同時に、少し眉を寄せた。

「師にだって、ユッポの命を奪う権利はない。道連れなんて……彼のわがままだ」

ユッポ。せめて、君が選ぶ道を見守らせてほしい。ドアを開く。

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