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ふたつぶの涙  作者: こまた
ふたつぶの涙
23/27

 カガミを各地に置いていく旅人について、高名な職人の割に若く見えたと語る人がいた。ペターと名乗った例もあり、家具を修理してもらったという人もいる。それが皆を壊した人物と同じかどうかは、わからない。ムウタとコーダの話や、旅の中で聞いたことを合わせて考えると、侵入者に見当がついていく。

「しらないひと。パパを、しってるひと」

「すごく背が高かった。パパより、セコよりもでっかいかな。こんな頭してて」

ムウタは、自分の髪の毛を両手でなで付けて額を見せた。ああ、彼か。その男なら知っている。

「ハノン……だな。昔、ここで職人になる勉強をしていた」

僕の少し前から師の下にいた男だ。どうも好きになれなかった兄弟子。荷物と行動に気をとられて、人物の容姿まではよく聞かなかったことが悔やまれる。あいつは僕以上に背が高い。確かめていれば、大荷物の旅人は師ではないと早くにわかった。

 師からハノンに託され、カガミはあちこちの町に散ったんだ。そして、後に奴はここへ来た。ムウタやコーダの話によると、その目的はユッポらしかった。

 なんだか、ちぐはぐな話。確かに、師の書き置きに従っていれば、ユッポは工房にいただろう。でもカガミを持ち出したのは、師を探しに出た場合に、かく乱するためじゃないのか? 今さら接触を取ろうとするのは、師の心変わりによって? 真相に近付いたかと思えば、あっという間に疑問が目の前を塞いでしまう。

おかしなことは他にもある。師がユッポに会いたいと願ったなら、ハノンを寄越す必要はない。自分が帰ってくればいい。師からの伝言を預かった弟妹もいない。

「パパが、こんなひどいことを、その人におねがいしたの?」

ユッポの声も、皆の視線も悲しげだ。僕はハノンの行動を考えるのを少しやめて、返す言葉を探し出した。

「いいや……ハノンが、勝手にやったことだと思う」

これは皆が聞きたい答えであり、僕の願望でもあった。ちょっとした気休め。

 師とハノンは今どこにいるのか、僕達は頭を捻った。ユッポを探しているのなら、こうして戻ってきた場合のために、書き置きぐらい残して行くだろう。

「そういえば、地下には入っていなかったね」

一階、二階に全ての弟妹がいたから、皆は言いつけを守って地下には入らなかったんだ。ユッポだけが入れる場所なら、伝言を残すのに適している。

 明るくなり始めた工房の中を、皆で揃って一階に下りる。その先の地下へ踏み出したのは、僕の後に続いたユッポだけだ。あとの皆は一階で待つという。慎重に降りていくと、踊り場を狭くしていた姿見がない他にも、違和感を覚えた。壁に薄く日焼けの跡を残して、女性の肖像画が消えていた。

「ない……わたしがパパを探しに出るときは、あったのに」

旅に出るとき、肖像画をじっと見てから、皆に見送られてユッポは出発したというから、消えたのは間違いない。恐らく、ハノンが持ち去ったんだ。

 師は、時々ここでぼんやり立っていることがあった。肖像画と姿見が並んでいたら、どう見えるのか想像すると、寒気がした。額縁と鏡、それぞれ枠の中だが、ふたりで並んだようになる。あの絵に描かれた女性と、師の面影がユッポにはあった。この場所に立って、師は何を思っていたんだろう。

 降りた地下室は、天井付近の、横に長い窓から光が入る。頭をぶつけそうなこの空間は、僕の鼻の高さまで地上になるから、半地下というのが正しいかな。

乾燥の済んだ木材が、かつてと同じく種類で分けて並んでいる。この奥には鍵付きの書斎があり、僕も中を見たことがない。あの姿見はその手前にあった。鏡の破片はちりとりに片付けて壁際に置かれ、役目を失った枠だけが立っている。美しい彫刻の技は、鏡をなくして尚、僕の心を捉えるのだろう。地下特有のひんやりした空気の中で、師との再会とも言える作品を、正面から見る。

「これだね……」

「うん。家にあった、ひとつだけの、本当の鏡」

不思議と、以前ほど惹き付ける力を感じない。鏡の枠であってこそ美しかったのならば、これは本当に素晴らしい作品だ。

 姿見の前を通り過ぎ、僕は書斎の前に行く。すると、僕の目の高さにピンで紙切れが留めてあった。

やけに横線の長い癖字で「ドアの小屋」と書いてある。ハノンの字だ。こんなの、ユッポひとりで来たら目に付かない高さだぞ。だから嫌なんだよな、あいつ。

紙切れを取って、ユッポに見せる。

「ドアの、こや……パパは、そこにいるの?」

「そうだろうな」

うなずきながら、その場所を思い浮かべた。工房の裏手に広がる森にある、ドアの小屋。その名の通り、壁のほとんどはドアで出来ている。建具の制作と取り付けを実践しながら、弟子達が作った休憩場所だ。少し歩けば着く。ずいぶん近くにいたんだな……なぜ?

 嫌な予感がした。

「すぐ裏の森だから、これから行ってみようか」

行方を眩ます人間には、何を置いても得たいものがある。

「セコが、知ってる場所なんだ」

「ああ」

大切な人を悲しみから遠ざけようと、自分から距離を置く場合もある。

そして本当に死期が迫ったとき、淋しさから心変わりをすることも。

 師の居場所がわかったのに、ユッポはすぐに行くとは言わなかった。のろのろ歩いて、ちりとりの前でしゃがむ。鏡の破片を見下ろし、肩を落とした。

「わたし、わるい子だけど……パパのところに行って、いいのかなあ」

 探すなと伝言を受け取りながら、師を探しに出た後ろめたさが尾を引いている。寄らないはずの、眉間のしわを錯覚する。短い言葉の中に、こんな悪い子では人間になれないと、絶望が含まれている感じがした。割れた鏡たちに映るユッポは、どれでも全部人形だ。

だけど急がなくては、師はいなくなってしまうかもしれない。行くべき所ははっきりしているんだ、なぜユッポは立ち止まる? 隣にしゃがんで顔を覗くと、まっすぐ見つめる僕に対し、ユッポは弱々しい目で見返してきた。

「わたし、人形だよ。いまからパパのところに行っても、きっと」

「それでも、行こう。ユッポを……待っているはずだよ」

僕は先に立ち上がって、手を差し伸べる。

「ユッポが悪いことをしたっていうなら、僕も行って、一緒に怒られないとね」

師はユッポに会いたがっている。ユッポも、師に会いたくて旅をしてきた。話は単純だ。まずは再会という、小さな幸せを目指せばいい。人間だとか涙とかいうのは、その先のこと。進む気が少しでもあるなら、僕はカガミに続く道標になろう。

 しばらく、ユッポは鏡の破片に映る自分を見て、悩んでいた。やがて、不安を心に残しながらも、僕の手をとる。立ち上がると、ゆっくりうなずいた。

「パパのところに、行く。ありがとう、セコ」


 すっかり夜が明けたので、出発はすぐになる。行き先は近いけれど、弟妹は言いつけの通り工房に残るという。お化け屋敷と化したここに、彼らを残していくのは心配だ。ユッポはムウタにトロット、コーダを三人まとめて抱きしめた。

「ごめんね。わたしたち、出かけるけど……こわくない? だいじょうぶ?」

皆のお姉ちゃん、というよりは、小さな母親だな。トロットとコーダは、しばらくユッポにしがみついていた。せっかく再会できたのに、また離れるのは淋しいのだろう。

「だいじょうぶだよ!」

僕達を元気付けるように、胸を張って見せてくれたのはムウタだ。先にユッポから離れて、下の子の肩に手を置く。

「アンバーもビッテも、おれにトロットやコーダをまかせたんだ。きっとそうだよ」

残った中では、一番上のお兄ちゃんだ。ムウタはその自覚から、無鉄砲な性格を改めようとしている。少し怒った口調なのは、他の兄妹も守りたかったからだろう。

 いい子にしているから、今度はパパと一緒に帰ってきてねと口々に言い、皆の目は僕にも向いた。いつの間にか、僕もここへ帰ってくるひとりに数えられているのか。なんだか、こそばゆい気分だな。

 ユッポとふたりで、朝もやが残る中を歩く。森に届く朝日は少なく、まだ冷たい空気で目が冴える。焦りから、つい足を早める僕に、ユッポはときどき小走りになって付いて来た。

点々とある切り株は、それぞれ若芽が生えている。いずれまた森になるその場所に、ドアの小屋がある。

「すごい、ドアがいっぱいだ」

遠くで鳥がさえずるくらいの静けさに遠慮して、ユッポは声をひそめた。枯れ葉を踏む音の方が大きい。弟子達が去って使うことがなかったせいか、小屋は少し傷んだ風に見える。

 近付くとひとつのドアが開いて、背の高い男が現れた。

「ハノン……」

久しぶりだな、なんて、親しげな台詞は続けられない。相変わらずの嫌な笑みは、仮面を被っているみたいに見えた。きちんと櫛でなで付けた髪型が、その印象を強くしている。

「よく来たな、待っていたよ。……もっとも、お前が来るとは思ってなかったけどさ」

「馬鹿言え、わかっていただろう。あんな高さに書き置きを残して」

工房をめちゃくちゃにしたのが誰かは、ユッポに説明した。僕が名前を呼んだことで、目の前にいる男が皆を壊した人物だと気付いたはずだ。怒りに任せて突っかかることはないだろうが、僕はハノンとの間に立ちふさがるように、一歩前へ出た。不愉快なことに、虫かごを観察する目線でなぞられる。

「まさか、ずっとそれと旅を?」

あごで「それ」と指すユッポには視線を当てない。完全に物扱いか。

「立ち話をしに来たんじゃない。師は?」

「ああ、小屋の中にいる。病にさわるから、静かにな」

問いに答えがなかったことを気にせず、ハノンはにやりと笑った。目線が少し下がって、今度はユッポを観察する。小さな手は僕のコートの裾を握っていた。

不安からか、ドア一枚を開ければ師と会えるのに、ユッポはなかなか手を離さない。でも、せっかくここまで来たんだ。師とユッポをふたりにしてあげたい。僕はユッポの頭をなでた。

「ユッポ、行っておいで」

「……うんっ」

笑顔の向こうに恐れがあるまま、ユッポはドアの前へ駆けていった。ノブに手をかけて、ゆっくり瞬きをする。それから、思い切ってドアを開いて、そろりと部屋に入って行った。ドアが閉じられ、ユッポの姿が見えなくなるまで見守り、僕はハノンの方に向き直った。

「何が、目的なんだ?」

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