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ふたつぶの涙  作者: こまた
みんなのおかげでアッタかい
13/27

 民家もなくなり、町と町をつなぐ道に出た辺りで、ユッポに聞いてみた。

「何か、手がかりは見つかったかい?」

うつむき加減で首を横に振り、「なんにも」と答えが返ってきた。やはり、カガミを各地に置いて行った旅人の足跡は、途絶えてしまったようだ。

「僕も、後は何もわからなかった。こうしているうちに、フィッテルに戻っていればいいんだけど」

そんな、都合のいいことはないんだろうな。

 不意にユッポが隣からいなくなる。旅の方向を決めるために、あれこれ考えていて足が止まったようだ。

「もっと、北に行ったのかな。パパはどうしちゃったんだろう……今まで、だれかが覚えててくれたのに」

ずっと北に進路をとってきた道を信じて、進むか。ここまではカガミを追った旅だとして考え直し、進路を変えるか。僕とユッポで意見が分かれた。

「まだ探したいのもわかるが、一度、カガミを届けに戻らないか?」

先の見えない冬の旅を、カガミを持ったまま続けるのは難しい。荷物に付いた雪が溶けて、梱包が濡れたことが何度かあった。今のところ大事には至らないでいるが、カガミが壊れてしまってから後悔しても遅い。

僕の提案は、ユッポが気にしていた弟妹の様子を確かめに、フィッテルへ戻る意味もあった。工房には、他の手がかりもあるかもしれない。

「カガミも、パパも、いっしょに帰りたいよ……」

消え入りそうな言葉は、帰るのをためらっているように聞こえた。

弟妹を心配していたのは、本音だったと思う。どうしたのだろう。

「皆、ユッポに会いたいんじゃないかな。ユッポも、皆に会いたいだろう?」

「うん……でも……」

いつも、おかしいくらい簡潔に物事を判断してきたユッポは、このごろ少し迷う。しかし、弟妹に会いたいというのに迷うのは、変な気がした。

僕は重ねて問いかけることはせず、ユッポが口を開くのを待った。

やがて、風に紛れて震える声が聞こえた。

「こわいの」

この言葉をユッポから聞くのは、初めてだった。あるいは、意識して言わなかったのかもしれない。

「家に帰って、パパが戻ってきてたら、探しに出たこと、怒られるかな。みんな、町の人に見つかって、大さわぎになってないかな。大丈夫かな」

堰を切ったように、後ろ向きな言葉が溢れ出してきた。旅で色々なものを見て、広がった視野は、考えうる不吉も増やした。全部言ってしまえば少しは楽になれるだろうか。僕は、ただ聞いていた。

「みんな、まだ人形なのかな。わたしだけ、人形のままなのかな。……家に帰っても、カガミがあっても、前みたいには暮らせない気がするの。何かが、こわれちゃったかんじ。わたしの、せいなのかもしれない」

フィッテルで、何かあったのか? ユッポが抱える不安は、胸騒ぎというのが近いと思う。実際にどうなっているのか、確かめるのが怖いんだ。

 すっかり地面に足がくっついたユッポに、僕が示すべき道は何だろう。淋しがる弟妹や、自身のために旅をしてきたんだ。帰るときも、同じ理由が当てはまるはずだ。

第三者の僕から見て、考えてみた。

「それでも、帰ろう」

屈んで、ユッポの顔を覗き込む。固く閉じた口元は、口角が上がったままでも不安を映し出していた。

「カガミを皆の所に置いて、もう一度パパを探しに行くこともできるよ。先に戻って来ていたら、僕と一緒に怒られればいいさ。ひとりで説教されるよりはましだろう」

明るいようなことを言っても、ユッポは黙っている。……もしかして。

「帰りたくないのかい?」

「……帰れないよ!」

泣きそうな子どもがするようにユッポが絞り出した声は、はっきり大きかった。ぶんぶんと首を振る。

「やっぱり、わたしのためだったんだ。旅に出たのは」

ああ、ずっと考えていたのか。自分の行動は誰のためなのかを。

向き合う物事、ひとつひとつに対してだけじゃなく、旅に出た理由まで遡り、突き詰めて……辿り着いた答えだ。

「家にいると、いつ見ても、みんなは木でできてる。わたしはお姉ちゃんだから、みんなと一緒にいると、わたしは人形だって、たしかめてるみたいで……いやだった。鏡にうつるわたしは、人間みたいだけど、みんなは、そうじゃない」

 僕は、ユッポを誤解していた。妬み、恨みといった、いわゆる負の感情を、持ち合わせていないと思っていたんだ。無垢で汚れのない心を、羨んでさえいた。

「みんなと、はなれたいって思ってた。ちょっとでいいから、人形の自分をわすれたいって。だから、パパのいいつけやぶって、さがしに来たの」

悔しい気持ちが伝わってくる。思い描くいい子ではない自分を睨んで、それから手で顔を覆った。僕の目に映る自分の姿を、隠したのかな。

 ユッポは、弟妹への優しさや、師の心配以外にも、内に抱えていた気持ちを真正面から見直した。非を認めるなんて、大人になったって出来ない人はたくさんいる。無垢という幻想が壊れても、その健気な姿勢には感心した。

「わたしのためじゃ、だめだ……わたし、パパのために、人間になりたいはずだったのに」

絶望だけは、させたくない。今ここで諦めるなんて、あまりにも心が痛いから。

僕は、ユッポの頭をそっとなでた。

「自分のために何かするのも、悪いばかりじゃないよ。嬉しいこと、悲しいこと……自分の心でわかっていれば、人のために何をすればいいか、わかりやすくなる」

顔を覆っていた手を下ろして、ユッポは改めて僕の目を見た。

「ユッポが旅に出たのは、自分のため。でも、それだけだったかい?」

そうだと言われたら、この先に続ける言葉は用意できていない。ユッポが首を横に振って、ほっとする。

「ううん。みんながサミしくないようにっていうのは、ほんとう」

「だったら、大丈夫。自分の悪いところが見られるなら、いいところも見ないとね」

冷たい風が吹いたのにあわせて、僕はユッポの頭から手を離した。体の向きを半分変えて、歩き出す準備をする。もう一度風が吹くまで、ユッポは立ち止まったままでいた。

「まだ、これからでも、いい子になれるかな。ほんとうに、みんなのお姉ちゃんに、なれるかな」

決意の顔で足を踏み出し、隣に並んだユッポに、僕は深く頷いた。

「なれるさ」

そして旅の進路が決まった。ここからは、南下してフィッテルを目指す。カガミを届ければ、ユッポの弟妹達の淋しさも、半分は拭えるはずだ。

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