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ふたつぶの涙  作者: こまた
こころあたり
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「名前は」

 僕の質問は短く、あまり語尾が上がらない。興味のない事を聞いたからだ。そのはずが、言葉を続けてしまった。

「僕はセコ。君の名前は」

 目の前に並ぶのは、出番を待つ木材たち。ここは小さなツリーハウスの中。家具職人である僕の、仕事場のひとつだ。工房だけに押し込めるのは限界だったから、小振りの材を置くために作った。町外れに並ぶ木の上は、他の誰かの秘密基地もあるから、さして目立たずに済んでいる。使う予定がなくても、保存状態の確認で定期的にここへ来る。

この地域は雪が深い。積雪より高い所に床を据えて、材を湿気から守っている。ものを持って上り下りできる程度だから、僕の胸のあたりに床がくる。街道を行く人からは、中の様子が見えない位置だ。梯子は雪に濡れて傷み始めたから、そろそろ作り直した方がいいな。

 一団の人が街道を通り過ぎた後、隣で小さく空気が動いた。さっき僕が話しかけた対象。

といっても、リスなんかが迷い込んでいるわけじゃない。動物に話しかけるほど、悟りを開いた覚えはない。

「わたしは、ユッポ。かくしてくれて、ありがとう!」

そう名乗る「もの」を、どう捉えたらいいだろう。僕は迷っていた。これは、ツリーハウスの下で、積もった雪から跳んで現れた。追われているらしいので、仕方なくここへ引っ張り上げた。

 礼を言う声色から連想する表情は、笑顔。しかし実際の表情は、口の端がわずかに上がった無表情だ。澄んだ瞳は、見る人が見ればわかる、精巧なガラス細工。

なぜかって、人形だから。作り手は家具職人ペター。僕の師であり、憧れであった人。家具職人として、美しい装飾彫刻の腕を称えられていた。

三年くらい前だろうか。彼は突然、人形ばかり作るようになった。町人や商人との関わりも少なくなって、どうかしたのだと噂が立った。

 世の中において人形は娯楽のひとつで、人形劇場なんていつも大盛況だし、珍品を奪い合う見世物小屋が騒がしい。人形師は腕を競い、操る者も作る者も、より人間に近い作品をと意気込んでいた。

家具職人として確固たる地位を築きながら、その仲間になろうというのか。弟子達が何を問いかけても、上の空。ひたむきに職へ捧げた魂と、繊細な業のもとに集まったのだから、師の豹変に耐えられるはずもない。この、ユッポとかいう人形がまだ頭だけの頃に、僕は師の下を去った。そして海を渡ったヘミオラという町に、工房を開いたんだ。

 目新しさで色々と仕事が舞い込んで、しばらくは忙しかった。最近になって、ようやく自分の作品を手がける時間ができたところだ。それが売れるようになれば、僕も一人前か。懐が温かいうちに、そうなればいいが……簡単ではないよな。ちらちら見ていく客があっても、値を聞かれたことはない。

「あのひとたち、どこに行くのかな? もどってこないかな」

 そうだ、今はツリーハウスにいたんだ。目の前の現実を受け入れるのは、まだ難しい。目を曇らせていた回想を頭の奥に押しやって、改めて人形を観察してみる。

去って行く見世物小屋の連中を見ながら、小さな声で話す。外見と合致する少女の声だ。人間の年齢にして、十歳くらいだろうか。窓から外をのぞいて背伸びをするが、つま先までは動く造りでないためか、伸び上がったのは少しだけだ。背の高い僕から見たら、かかとを床に着けている状態と変わらない。更に、操り糸が陽光に光ることはなかった。短いマントのような上着をきちんと羽織っているから、糸があれば妙なシルエットになるだろう。肩も丸いし裾も下がっている。人形を操る人間と一緒でないことからも、自立して動いているといえた。

「ありがとう、セコ。おれいに、おてつだい出来ること、ある?」

生真面目な人間のような物言いは、どこで教わったんだか。力持ちなんだよ、と主張されても、頼みたいことなどない。だいたい、形としてはかくまったけれど、僕はこの人形に興味があっただけだ。本業を離れたとはいえ、師の作品だから。

「手伝いはいらない……ああ、聞きたいことはいくつかある」

「なあに?」

どんなカラクリで、立って、歩いて、話しているのか。最初に浮かんだ疑問を投げかけるのはやめた。人形自体が知るはずもないことだ。

「どこから来たんだ」

「フィッテルから来たよ。はじめて船に乗ったの」

「ひとりで?」

人間として、船賃を払って来た? 良く出来ているにしたって、それは……

「うん」

うなずいてから、人形は首をかしげた。周りの木材を見て、家に似た場所があったと言う。

「もしかして、セコはかぐしょくにんなの?」

質問を続けようとしたが、僕が言葉を発する前に人形が詰め寄ってくる。

「ああ」

「パパがどこに行っちゃったのか、わかる?」

 一瞬、人形の瞳に熱が込もったように見えた。わずかに口角が上がった無表情とは似つかわしくない、切羽詰まった声色。

「パパ、って……誰のことを言っているんだ」

「かぐしょくにんのペター。きゅうに、いなくなっちゃったから探しているの。ヘミオラに、パパのでしがいるってきいたから。セコが、でしなのかなって」

師匠と弟子がどんなものか理解して言っているかは、一旦置いておこう。師から独立して、ヘミオラの町に来たのは僕だけだ。この人形は、縁のある人物をあたって師を探そうとしている。ずいぶん高度なことができるんだな。

「あまり、他人に知られたくはないが……その通り、僕はペターの弟子だったよ。ただ、フィッテルの工房を出てからは、一度も彼に会っていない」

人形に運が付いているとは知らなかった。見世物小屋の連中に追われて、偶然ここに来ていた僕と出くわすなんて。

「そうなんだ……」

 幸運を喜ぶより、手掛りのない落胆の方が大きいらしい。人形はうつむいて、しょんぼりした仕草も上手いものだ。動かない表情にこそ、違和感がある。師は「そこ」まで作り上げたというのか? わけの分からないことが重なって混乱する。

糸なしで動かせる、作り手の言うとおりに動く人形ならば例がある。空っぽの魂。せいぜい、歩いたり飛び跳ねたりする程度のもの。この人形は、もっと複雑な指示に基づいて動いているみたいだ。

「噂……なら、聞いた」

 また勝手に口が動く。僕まで操られている気分だ。落ち込んだ様子の人形に対して、黙っているのが気まずいなんて妙な話。噂の中身は、師が既に亡くなったとか、気が触れて作品を全て焼き払ったとか、伝え聞くうちに膨らんだようなことばかり。行き先を示すものではない。

とりあえず、この町よりは遠くにいるみたいだと取り繕った。

「とおく。また、海を越えた先なのかな。……ありがとう、セコ。もっと、色んなひとにも話を聞いてみる。がんばらなくちゃ!」

人の話をうのみにする、か。ここは陸地の端だから、次の海はずいぶん遠いぞ。物事を聞いたままに受け取るのは、やはり「もの」といったところだ。

 それにしても面白い。何がこの人形を動かしているんだろう。出来映えだって、素晴らしい。職人として人形を作る者が、目を見張るようなものだ。口元や輪郭が、心なしか師と似ているのが気になるけれど。作りかけの時に見ていなかったら、人間と勘違いしただろう。本当に……憎らしいほど器用な師だ。

 そうだ、師のことを考えていたら思い出した。他にも噂を聞いた。近所のパン屋で、何か家具を直してもらったらしい。僕は仕事で外出していて会わなかったが、家具職人ペターを名乗っていたそうだ。そう話すと、パン屋の名前や場所を聞かれて面倒になった。説明するより、連れて行った方が手っ取り早い。

「町へ戻るついでに、案内するよ」

言ってから、おかしいと思った。案内なんて、人間に対する言い方じゃないか。

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