転換点
マジかよ。バレてたんだ。
まぁやっぱり、そりゃそうだという感じがしないでもない。
普通に考えて、親しい友達の人格がいきなり変われば誰でも気づくわな。
「えっと、それってどういうこと?」
ここであっけなく認めてもあまり面白く無さそうなので、少し引き伸ばしてみよう。
「いやだって、何て言ったらいいのか、あなた、外見は全く同じだけど、中身が微妙に違うんだよ。もう違和感だらけ」
「それって、私が蒼井未佳じゃないってこと?」
「そういうことになるのかな」
「何言ってんの由依。変なネタだなぁ」
「最初も私はみーちゃんがふざけてるのかなぁと思ってた。でもいつまでたっても元に戻らないし、みーちゃんも全然ふざけてる雰囲気出さないし、流石にちょっと怖くなったの。だから今こうして聞いてる」
「あの、よかったらどの辺がおかしかったか聞いてもいい?」
「例えば朝に電車で目が合ったとき、いつもなら私のところまで来て横に座るのに、今朝は目を逸らしてそのままだったよね。しかも駅から出てようやく話しかけてきたと思えば、敬語で完全に他人行儀だったし。この時点でもうおかしいとは思ってたけど、一応今まで確認の意味も込みで付き合ってあげてたってわけ」
いやもう、そうだよね。由依は恐らく洞察力がかなり高いが、それ抜きにしてもそう思うのが自然だろう。
もう少し遊んでいてもいいけど、流石に2人に失礼か…
しかし中身が全く違う人格に入れ替わってると知ったら、特に親しい人ならかなりショックを受けるかもしれない……なら。
「やっぱり、他人になりきるなんて、無理があったのかな」
「それって本当に…」
「うん。僕は蒼井未佳じゃないよ」
「僕って…あなた一体」
「いや、本当は僕は蒼井未佳なのかもしれないんだけど、実のところ自分が誰かよく分からないんだ。記憶が無くて」
「記憶喪失?それって自分のことが何も分からないってこと?」
「うん。全然分からない」
ごめん、嘘です。本当は中身がぼっち男に入れ替わってるんです。許してくれ!
「それって大丈夫なの?しんどいところとか、ない?」
「うん。体調面は問題ない」
「それで、記憶無くなったのっていつ?といいより、いつから記憶があるの?」
「えっと、今朝の…7時半ぐらいかな」
「ついさっきじゃん!」
由依は全く怖がったり焦ったりすることなく、それどころか親身に話してくれ、少し考え込むような顔も見せた。
朝に目覚めた時点では、この世界のことを明晰夢かなんかだと軽く思っていたが、今となってはそんな考えはない。
周囲の景色にしても、人の動作にしても、完全に現実と同じレベルで、なんらおかしい所も無い。これを脳内だけで再現するというのは無理がある。完全に処理能力を超えているだろう。
となればここは別の世界と考えるべき。ならば夢のように自分勝手に行動するんじゃなくて、人間関係、自分が周囲に与える影響について慎重にならないといけない。
「ここじゃ寒いし、とりあえず駅の待合室行かない?」
「うん」
なーんか面倒な事になったなぁ。でも仕方ないか、いつかバレると思ってたし。友達が記憶失くしたなんて言ったら、色々質問したくなるのも当然だよね。外見は全く変わってないんだから。
「あ〜あったかい」
由依は穏やかな雰囲気でそう言ったが、記憶が無いという言い訳をしてしまった僕は、学校内でのような自然な喋り方を忘れ、何を言うべきなのか言葉に詰まっていた。
駅の待合室の中は暖房が効いていて、入ったばかりでは少し暑いぐらいに感じた。
「なにか好きな物とかある?趣味というか、これがしたいな〜、みたいな。直感で答えて欲しいんだけど」
質問攻めの時間だ。
こうなってしまっては、出来るだけ正直に答えよう。
「えっと、ゲームとか、かな」
「好きな色は?」
「んー、黒か青、いや紺色?」
「じゃあ、んーっとね、晴れ曇り雨のうち、どれが1番好き?」
「曇りかなぁ。1番楽そう」
「夏と冬どっちがいい?」
「春か秋じゃないかな」
えっなにこの質問、心理テストか何か?
「うん。やっぱり、みーちゃんだよ。今いくつか質問したけど、前聞いた時の答えと一緒だし、無意識の部分はやっぱり変わってないんじゃないかな」
「へ、へぇ。そうなんだ」
「一応聞くけど、ほんとうにふざけてないんだよね?」
「うん。流石にこんなにしつこくないでしょ」
「そうだよね…」
いや、多分偶然なんだけど、なんか1人で納得しちゃってるな。
「そういえば、記憶が無い状態でどうやって学校まで来たの?」
「気が付いた時には制服着てたから、自分が学生だってことは分かったんだ。で、部屋の中漁ったりして高校名が分かったから、スマホで調べて来た」
「ほんとに?記憶喪失なのに冷静すぎない?スマホのパスワードは?」
「それが適当に入れたら開いたんだ」
「そっか…やっぱりみーちゃんだよ。そういう体の動作の記憶は失われにくいって聞いたことがあるんだ。記憶喪失なのはそうなんだろうけど、あなたは別人なんかじゃなくて、蒼井未佳なのは間違いないと思う。今確信した」
「そっか、ありがとう。ちょっと安心したよ」
安心した。確かに安心した。
自分が蒼井未佳ではないと言ったら、この物語は終わってしまうんじゃないかと思っていたので、由依が優しく接してくれて安心した。
しかし、逆に、自分が蒼井未佳だと言われ、いやそうじゃないんだと思いつつもここが別世界なのはほぼ確実で、元の世界に帰れる保証もない。もしかしたら元の自分は死んでしまったのか。
そう考えると突然今の自分が何者なのかがよく分からなくなり、その感覚とともに涙が心の奥から込み上げてきた。
不思議と表情は変わらないままであった。