純粋に
「じゃあ、そろそろ行こっか」
9時15分を過ぎたあたりで由依がそう言った。
ここまでの数分間の会話は当たり障りなく受け答えし、同調に徹した。それでも、かなりぎこちなかったと思う。
教室から出るとちらほらと他の生徒も移動し始めている。その後を追う。
由依と廊下を歩いている時に、ふと思った。いきなり全くの他人の身体になって、思い通りに動けるというのもなんか変かな、と。
触れちゃいけないかもしれないが、下の方の感覚にもあまり違和感を感じない。
そういえばこの世界に来てから身体の感覚について、違和感を覚えたことがない。
まあいいか。
夢から醒めて終わり。転生なら、なんか上手いことなってんだろ。
そんなことを考えた途端、トイレに行きたくなった。そういえば、こちらに来てから1回もトイレに行っていない。
「ごめん。ちょっとトイレいってくる」
「しょうがない。待ってあげる」
罪悪感もあるが、いつかしなければならないので、仕方ない。
「すみません。失礼します」
なんとなく小声で唱えた。
個室に入ると、なんとなくスカートを捲りあげて、前に寄せて手に持ってたんだけど、やり方はこれで合ってるのかな。
いや知らんけど。できるならいいだろう。
ふぅ〜スッキリ。
「おまたせ。ありがとう」
「よしいこう」
なんか。なんだろう。
この空間、この時間、色々と馴染んできた。何故か知らないけど、新鮮味が薄い。
なんてこった。せっかくの美少女JKへの転生なのに、新鮮味を感じないなんて…
いや、時間が経つにつれて慣れてくるのは当たり前か。
まあ、そこらへんについては深く考えずに、この学生生活を純粋に楽しむとするか。
「未佳先輩おはようございます!じゃあ!」
「あ、おはよう」
校舎と体育館との通路に第2のポニテ少女が颯爽と現れ、去った。
しかし先輩呼ばわりするとは、この子は1年生。今日が春の始業式であることから、面識があるなら中学が同じだったとか?
体育館に続々と生徒が入っていく。上履きのまま入っていいようで、貸出のスリッパがよく目立つ。
人数でいうと30人が3クラス、それが3学年とすると、全校生徒は270人。規模の感覚としては中学に近い。
体育館内では1年生が既に整列済みのようだった。後から2.3年生がダラダラと集まってくる感じ。だから急いでたのか。
あれ、背の順とか分からないし、どこに座ればいいんだろう。
「ねぇ、由依はどのへんに座るの?」
「さぁ私は背高い方だし、後ろから3番目とか?」
「じゃあ私は前から3番目ぐらいかな」
周りを見てみると、どうやら男女別の2列で、大体の背の順で座るようだ。そういえば、そんなことをした記憶があるようなないような。
2年3組では、桜井さんだっけ?この子が1番前に座っているので、とりあえずその後ろに座ることにした。
4月でも体育館の床は冷たい。特につま先が冷える。外は寒く、体感でたぶん10℃もない。教室には暖房がついていたが、体育館にそんなものはない。時間とともに暖まるのを待つしかない。
それ故この状況下で浴びる太陽の光は、なんというか、寒さの上に暖かさを乗せられて、非常に心地いい。寒いという辛い状況だからこそ、少しの幸せが増幅して大きく感じるのかもしれない。
頭がポカポカする。あ〜寝てしまいそう…
影に座っている生徒たち、可哀想に。寒かろう。
この極楽を味わえないなんて、すみませんね、いい思いしちゃって。
「ねぇ未佳ちゃんって…え?」
「どうしたの?」
「ダメだよ、スカートの中丸見え!ちゃんと隠さないと」
「あっ!」
急いでスカートを太ももに手で押さえる。
なんかスースーすると思ったら、そりゃそうだ…
膝上のスカートのまま体育座り。中身が見えるに決まってるよ。
だんだん恥ずかしくなってきた。
「未佳ちゃん、スカートの中は下着だけじゃダメだよ?せめてスパッツか、体操着でもはかないと」
「はい、ごめんなさい…」
「明日からは何かはいてくるんだよ?」
「うん、気をつける」
ナァーハハハハ!!!やばいニヤケ顔を隠さないと!フハハッ!
いやーテンションだだ上がりです。
同学年なのに年下のお姉ちゃんみたいな感じで、めちゃめちゃキュンときた。
桜井さん、クッソ可愛いじゃん!
クーッ!やはり年下の姉は存在していた。
次からはお姉ちゃんと呼んでみたいものだ。
「あの、ちなみに今は何はいてるの?」
「私?今は体操着の下はいてるよ」
「なら私もそれにしようかな」
「未佳ちゃんのスカートは膝より少し上だし、体操着だとすぐ見えちゃうかもだから、スパッツの方が良いかもね」
「ありがとう!」
いや〜優しい子。好き。恋愛感情じゃなくて、友達としてって感じだけど。
そうこうするうちに、周囲の整列は終わり、始業式が始まった。
初めにお決まりの校長の挨拶。春休み期間の生活や、年度始めの意識などについて。
次に新任の先生の紹介。
その後、教頭や学年主任が具体的な事を話していた。
あ〜っ、暖まってきたはいいけど、体育座りを維持するのはきついな。かれこれ40分は話を聞いている。ちょっと手を敷いておしりの痛さを紛らわそう。
「はい、ではこれで始業式を終わります。皆さんくれぐれも気持ち切り替えて、新学期に臨んで下さい。以上で終わります」
よっしゃ〜やっと終わる。
よくもまあこんなに長時間話を続けられるなあ。
うーっ、体が伸びるーっ!
「ねぇ未佳ちゃん」
「はい」
「新しくきた生物の先生、綺麗だったね〜」
「確かに。しかも新卒の22歳だから、生徒のき気持ちとか分かってくれそう」
「だねー」
うーん。桜井さんと話すと純粋に楽しい。素の自分で話せるというか、桜井さん自体が話しやすい性格をしているんだけど、それにしても自然体でいられると感じる。
僕が求めていたのはこういう友達だったのか
もしれない。
現実世界にも桜井さんがいれば、友達になりたいなと、強く思った。