混合状態
少しゾッとした。
思い返してみると、あの時確かに目が合っていたのに、この親しさで無視するのはおかしい。
考えてみても理由が思いつかない。喧嘩してるわけでもないみたいだし、なんなんだったんだろう。
どちらかが一方的に気づいていた場合、面白くて相手に声をかけないってこともあるかもしれないけど…
中身が違うってバレたのかなぁ。由依は勘が良さそうだからな。
そうは言っても、僕が本当の蒼井未佳じゃないことが絶対にバレてはいけない、という事では無いんだ。
重要なのはどこまでこの蒼井未佳としての生活を楽しめるかということ。
そこまで気にする必要はないか。
むしろバレてたとしても、そのまま友達のように接してくれるなら、それはそれで面白い展開だ。
まあ色々と、考えすぎだな。
「ん、みーちゃんどうしたの?」
「いや、昨日あんまり寝てなくてさ、ボーッとしちゃうんだよね」
「へぇ。おっ、ここだ、3組。さぁこれが我々の新しいクラスです。オープンガラガラ」
中に入ると、新クラスなのに、既にいくつかのグループが形成されつつあるようだった。
グループに入ろうと前のめりで会話に参加している人、元々中の良さそうな2人組、誰とも話さず早々に1人でスマホをいじっている人。
これだよこれ!この光景!
無理してまでそんなに入りたくもないグループに入るのが嫌で、自然体でいられるような友達を求め続け、その結果、今まで散々ぼっち生活を送ってきたんだよ。
色々思い出すなぁ…
いや、今はそんなことはどうでもいいんだ。今の僕には青島由依という仲のいい友達がいる。この時点でぼっちはない。心強いことだ。
「あ、かなっちと麻弥だ。おはよ!」
「おー、由依か。おはよう」
「おはよー」
教室の後ろに立っていた2人組が由依に話しかけてきた。
この明るい性格だ。さぞかし友達が多い事だろう。
「未佳ちゃんも、よろしくね」
「うん。よろしく」
未佳ちゃんと呼ぼれるくらいにはこの子にも交友関係があるのか…
それにしても中々…なんというか、クラスメイトから挨拶されるというのは、気分がいいな。本当に。いや、挨拶というよりは、クラスに会話相手がいるということが、純粋に嬉しい。少し高揚する。
「ほら、黒板に座席表はってあるから、見てきなよ」
「ゆっても出席番号順だけどねー」
黒板の座席表を見てみる。
蒼井…蒼井…これだ。
あぁなんということだ。1番左の1番前じゃないか。でも蒼井よりも五十音順で早い苗字なんて、聞いたことないかな。多分。
まぁでも、1番前なのは無茶苦茶嫌だけど、陰の者からすれば、自分の左と前に人が居ないというのはせめてもの救いだな。
「あ、やっぱり!」
「どしたの」
「私みーちゃんのうしろだよ。2人とも"あお"だし」
「あぁ…やっぱり」
あら〜そうなるか。
そう言われてみれば蒼と青。そりゃそうなるか。
「なーに?嬉しくないの?」
僕のほっぺを指でつんつんしてくる。
「いや、嬉しいです」
「よろしい!」
待てよ、座席表の名前…
さっき話しかけてきたのは、小さいメガネの子が桜井、大きめのストレートロングが五十嵐か。スマホにメモしておこう。
ようやく着席し、教室全体を眺めている途中、騒がしい教室に、50歳ぐらいのおばちゃんが勢いよく入ってきた。
「はいー着席。静かにして」
ふむ。一見して親しみやすそうなおばちゃんではあるが。厳しいのはごめんだぞ。
「良かったね。野口先生、結構大雑把っていうか、緩いらしいよ」
由依がコソコソと話しかけてきた。
「良かった〜。この先生なら楽そうだね」
あれ?なんだかもう自然と話せているような気がする。
後ろに由依が居て、教卓の方を見るためにやや斜めに座って、手を椅子の背もたれにのせている。
あぁなんかこう…青春してるって感じがする。普通の人からしたら本当に些細な事だろうけど、こんな部分にも青春を感じる。
それを実感した瞬間、胸が少し苦しくなって、涙がじわっと出てきた。
「えぇっ?どうしたの?」
「はぇ?」
「涙なんか出しちゃって。やっぱり調子悪いんじゃないの?」
「だ、大丈夫。ただの欠伸。眠いだけだから」
「本当に?」
どう考えても欠伸じゃない具合に泣いてしまった。かつてのぼっち学生じゃなかった頃を思い出して、感極まってしまった。
ああ、こんな瞬間を、当時は当たり前のように過ごしていたのか。
「はい。この3組の担任の、野口です。みんな1年間よろしく。ではまず座席表配ります」
淡々と準備していた先生が話し始めた。
「えーっと、そこ来てないのは、原田さんね。それ以外は来てるね。えーでは、軽く自己紹介していきましょう。出席番号1番から!」
アーッ!!マズイ!!何を言えばいいんだ!
言うことがねぇ!知ってることがねぇ!車もそれほど走ってねぇ!緊張する!
はい、すみません。
はぁ…しょうがない。
「蒼井未佳です。1年の時はえっと、2組で、あの、岡本から電車通学してます。えっと…その…よろしくお願いいたします」
今までに得たなけなしの情報をフル活用してなんとかマトモな文章を構成できた。はぁー緊張した。
「青島由依です。1年の時も3組で、部活はバスケ部、好きなことは美味しい物を食べることです!よろしくお願いします!」
ふむふむバスケ部で食べるのが好きと…
「五十嵐麻弥です。同じく3組のバスケ部で、趣味はゲームです。よろしくー」
「上島彩花です。部活は…」
次々に自己紹介されていくが、僕は久しぶりに感じた、緊張感から解放される感覚を堪能するのに必死であまり内容が入ってこなかった。
先に緊張感を終わらせたことによる他者への俯瞰的な視点。あぁ〜最高。
「はい。じゃあ9時15分になったら体育館へ各自で行ってください。25分から始業式だから、遅れないように」
そう言うと先生はさっさと教室から出ていった。
本当に緩いというか、無駄のないというか。引き伸ばす感じが全くないのがいい。
扉が閉まってから10秒もしないうちに、教室が再び騒がしくなった。
さてと、僕はどうしますかね。
普通なら机に突っ伏して周りの会話を盗み聞きするか、スマホをいじるかだけど…
「ねー。昨日のさテレビ見た?あの8時からのやつ」
「あのドッキリのやつ?見た見た!めっちゃ笑えたよね!」
「暗闇のとか最高だったわ」
由依と五十嵐さんと横の列の女子とで話が進んでいる。これは学生の典型的な話題といえるかな。最近はバラエティー番組とかあんまり見ないようになったなぁ。
「未佳ちゃんは昨日の見た?」
「あー、昨日は見てないや。最近あんまりテレビ見てなくて」
「そうなんだ。珍しいね。暇な時何してるの?」
「ゲームとか、かな」
「へぇ。どんなやつ?」
「知らないと思うけど。Opecsとか、BGとか」
「あれ?みーちゃん新しいゲーム始めたの?」
「うん、まあ」
なんか流れるままに会話してしまった。どうやら蒼井未佳はゲームをしていたらしい。しかもスマホじゃなくて何かのハードでしっかりとやっている感じだ。
この子は何かと僕に似ている気がする。