認識
周囲に何もないと言ったらなんか語弊があるが、辺り一面に民家、田畑、山。見渡す限りにコンビニすら無いようだった。
駅のホームはとても短く、線路は1つしか無い。
もちろん無人駅。
簡単に抜けられそうなちっぽけな自動改札機。と言っても無賃乗車した奴があえてこの駅で降りるとは思えないな。
おっと、そんなことを考えているうちにポニテ少女を見失ってしまった。
改札機を小走りで通り過ぎ、左、右と。こっちだ。よかった。すぐそこにいた。
まてよ?この方向だと高校から離れていかないか?
あ、そうか。駅の出入口がこっち側にしかないから、わざわざ遠回りして線路を越えるんだな〜。
取り敢えず小走りで、ポニテ少女の少し後ろを歩く。
ここで、何を思ったか、僕は突如その子に話しかける。
「おはようございますー。これって時間大丈夫ですかね?」
ニコニコと愛想良く話しかけてみる。
「ギリギリだけど大丈夫。てか何で敬語?頭でも打ったか?」
ニヤニヤしながらこちらを見てくる。
もしかして知り合い?敬語は止めておこう。
「いやなんとなく、ね。良かった。間に合ったんだ〜。いや電車がギリギリでうにゅ!?」
「ほらほらどうした。いまさら電車の時間なんて分かってるでしょ〜。ウリャウリャ」
僕のほっぺを摘んでグリグリしてくる。
「ひょっと、やめふぇよー」
「こらこら可愛いやつめ〜」
あっ。初っ端からこれは、最the高。
女の子同士のくんずほぐれつを実体験できるなんて…あぁ~~~~。
いかんいかん。いくら美少女の姿とはいえ、僕にかかれば気色の悪いニヤケ顔を生み出すやもしれん。
「みーちゃんこの時間なんて珍しいね。どうかしたの?ほんとに頭打ったか?」
「いや〜春休みでボケちゃったのかな」
「何言ってんのさ、早くいこ」
ど、どうしよう。あと3分ほどの道のりかというのに、親しそうな友達と2人きりとなるとボロが出てしまいそうだ。
出来るだけ普遍的な受け答えをしよう。
「いや〜クラス発表楽しみだね」
「うん。一緒のクラスだと嬉しいな」
「クーッ!良いこと言ってくれるじゃん。さ、手繋いでいこ」
「うん」
「えっ?!」
「うん?」
しまった。冗談のつもりだったのか。女の子同士で手を繋いでるのはたまに見るからなんの疑問も持たずに手を繋いでしまった。。
「どうしたの?ほんとに手繋いでくれるなんて」
「いやっ、あのこれは」
パッ
「だ〜め。話さないよーだ」
「ちょ、ちょっと!」
腕ごと掴まれて離してくれない。
僕としては嬉しいんだけど、エヘヘ、この子に不審がられるのも嫌だし、ウヒョー、抵抗しないとな。
やばい顔が嬉しがってるんだ。
「なーんだ、みーちゃんも嬉しそうじゃん!じゃあ問題ないでしょ。このままいこ」
何ともすこやかな笑顔だ。
ムー。仕方ない。僕としては本意でない、こともないんだが。でもこの子の名前も分からないなんて、なんか申し訳ないな。
しかし手を繋いでいると何故か不思議と安心感と幸福感に満ちている。人と手を繋ぐなんて、小学生以来だろうか。他人の体温を感じることが新鮮でぎこちないが、包容力がそれを上回る。
「そういえばさ、昨日何してたの?」
これはまずい。何か当たり障りの無いことでも言うかな。
「昨日はね、いや特に何も無かったよ。フツーにテレビ見たりゲームしたり」
あっ。ゲームはまずいか?
「ふーん。そうなんだ」
「うん…」
そうこうしているうちに校門に着いた。
なにやら校舎の入口に生徒が集まっている。
「おはよう」
「うぉっはやおうございますぅ」
「早くしなさい、ギリギリだぞ〜」
「はい、すみません」
死角からいきなり挨拶されてビックリした。
そうか。朝は校門に先生が立っているのか。そうだった。なんかノリが若い先生だったな。
「クラス発表見にいこ」
「うん。楽しみだね」
入口のガラスの扉に紙が貼られていて、ズラーッと名前が並んでいる。
うぉぉ。当たり前だけど知らない名前しかない。だがこれはポニテ少女の名前を知る絶好の機会だ。
ちなみに、今の僕の苗字は家を出る時に表札を見て「蒼井」であることが分かっている。
蒼井ミカだ。下の漢字はまだ知らない。
どれどれ…
田園風景に囲まれた高校だが、1学年に3クラスあるようだ。電車でのアクセスが良いからだろうか。
「ねぇ、クラスどこだった?」
相手に聞かれる前にすばやくこっちから聞く。何気にいい判断だったと思う。
「んーっとね。やった!今年は同じクラスだよ!3組!」
「えーっと、どれどれ?」
「ほらここ、名前あるじゃん。みーちゃんのもここに」
イヒヒ。上手く誘導に乗って名前を指差してくれた。 センター試験か!僕は。……はい次行こう。
この子の名前は「青島由依」だ。
そして僕の名前は「蒼井未佳」と分かった。
うーん。なんて呼べばいいんだろう。
みーちゃんに対するならゆーちゃん、はなんかピンとこない。
ここは無難に、ゆい、と名前呼び捨てがいいだろう。先程からの青島由依との会話でそんな感じがする。
「ゆ、ゆい」
「ほー?」
「良かったね。同じクラスで」
「うん。教室いこっか」
良かった。これでいいみたいだ。
でもなーんか不安なんだよなぁ。高校時代完全無欠ぼっちだったこの僕が、本当にいまちゃんと友達として話せてるのかなぁ?もっと自信もっていいのかな。
「えーっと、新しい靴箱は、ここか」
ん?靴箱?あっ、上靴いる学校なんだ。
どうしよ。リュックの中は…もちろん持ってきてないよな。うーん。
「ん?みーちゃんどうした?上靴持ってきてないの?」
ほんの数秒固まっていただけで由依が話しかけてくれた。なんて察しのいい子なんだ。助かった〜。
「うん。どうしよ。。」
「ほら、早く職員室行って借りてきなよ。待ってたげるからさ」
「ありがとう」
小走りで廊下をすすむ。
って職員室ってどこだよ、あ見えた。分かりやすく「職員室」って書いてあるわ。ありがたい。
トントンガラガラ
「すみませーん。上靴忘れたので貸して頂きたいんですが」
……
人影がない。誰も居ないのかな。
数秒の沈黙ののち、奥の方から若い女の先生がひょろっと姿を現した。
「あーら私だけか。そこの横にあるから、適当に持ってって」
「ありがとうございます」
上靴というより、来客用のスリッパみたいだった。
急いで靴箱の方へ戻る。
「お待たせ」
「じゃ、いこっか」
彼女の横を、ほんの僅かに遅れて歩く。
廊下を進み、一旦校舎から出て別の校舎へと入る。教室はこちらのようだ。反響したにぎやかな会話がだんだん強くなる。大学では感じられない、クラス特有の音だ。
2人で階段を上っていたところ、よくわからない違和感が脳裏をよぎった。
あれ?なんか合点がいかないような。
どこだったかな…うーん。
そうだ。
電車内で目が合った少女は由依だったはずなのに、なんであのとき話しかけてこなかったんだろう。