先輩後輩
「はぁーついたぁ。思ったよりかかったね」
「腕組んで歩いてたからじゃない?」
「あぁ、そうかもね」
店名は……古着屋…リテイト、か。
こういう店に入るのはじめてかも。
───カランカラン
「いらっしゃいませ」
中に入ると奥から小さな声が聞こえてきた。
一見すると店内はしっかり整理されているが、面積に対して服の数が多すぎるので、ぱっと見は散らかっているように見える。
「あれ?冬華ちゃんじゃない。いらっしゃい」
「リナさんこんちはー」
ん?ここの店員さんは冬華の知り合いか?そんなとこに僕がついていて大丈夫かな。
「今日も適当に見させてもらっていいですか?」
「もちろん。ゆっくり見ていってね。あれ、そちらは妹さん?」
「あー……はい、そうです」
えぇ…‥冗談の方を言っちゃうの?
仕方ない、合わせてやるかぁ。ま、正直楽しそうだし。
「あ、初めまして。蒼井未佳です」
「初めまして。吉沢里奈です。よろしくね」
「よろしくお願いします」
見たところ、ほがらかでゆっくりとしていて、みるからに優しそうな人だ。メガネがよく似合っていて図書委員みたいな、文学少女といった感じがする。
「えっと、2人はどういう関係で?」
「私の部活の後輩、紗夜って子のお姉さん。で、たまたま家が古着屋やってるって聞いてここに来たのがきっかけかな」
「会うのはこれで5度目くらいだったかな?」
「多分そんぐらいですね」
へぇ、後輩のお姉さんね。あんまり聞いたことのない属性だ。しかも結構歳は離れているな。25歳ぐらいかな?僕からしてもお姉さんだ。
「ねぇ、ちょっと」
僕は小声で冬華に話しかけた。
「どうしたの」
「なんで妹って言っちゃったの?」
「いやぁ。バレないかなと思ってさ」
「もう。じゃあバラすよ」
「いやぁ〜もうちょっと待ってくれぇ〜」
「え〜知らないよ?」
いい笑顔しちゃってまあ。
それにしてもこの姉をもつ妹かぁ。どんな子なんだろう。歳の離れた姉妹っていう属性を考えるとその2人は互いに分けられない存在だから、妹の方も拝見しておきたいものだよ。
「今日は未佳ちゃんの服を?」
「そうなんです。といっても今日はもう駅のとこで2つ買ってるんですけどね」
「まあ自分で言うのもなんだけど、うちは古着屋の中でもかなり安い方だからね」
「そうなんですよ。だから気軽に買えますし」
冬華はすごいなぁ。僕は歳の離れた人とあんなに気さくに話せないや。
ま、そろそろ服の方見させてもらいましょうかね。
あっ、あのスカート可愛いな───
それからしばらく、高密度な森とでも言えるような大量の服を漁っていた。スカートからワンピースからTシャツ、ジャージまで少しでも気になるものは手当たり次第見ていった。
店員が妹と知り合いで、わざわざゆっくり見ていってと言われたので、これはもうお言葉に甘えるしかない。
僕はまるで初めてアニメグッズの中古ショップに訪れた時のような熱意で、ただひたすらに目の向くところを探検してやろうと夢中だった。
そう。ここは僕にとっては未開拓の大地のようなもの。しっかりと耕していきたいものだ。
あれ?冬華どこいった?
夢中になっていたためか、すぐそばに冬華がいないということにすら気づかなかった。それほど沼は深いのだ。
「と、お姉ちゃんどこいったの……あ、いた」
なにやら冬華も夢中で服を見ているようだった。そうだな、さっきから僕ばっかりが夢中になってたからな。あんまり過干渉なのも悪いのかもしれない。
一応記憶喪失という設定であるとはいえ、姉という立場なんだし、少しは分かってあげないと。それがいいとかは、まあ置いといて。
───カランカラン
「いらっしゃ、あーおかえり」
「ただいま」
「あれ、この声って」
ん?この会話はもしや、もしや?
ムムっ。少し覗かせてもらおう。
ひょいっと。
「お、さやっち久しぶりじゃん」
「あ!冬華先輩じゃないですか!」
「なんだ。卒業してお別れ感満載だったのにすぐ会えたね」
「そうですよね。1ヶ月ぐらいで再開できるなんて、思ってもいませんでしたよ」
おや、この会話内容から察するに、ここの店員さんの妹かな。なんというアニメ的タイミングだよ。
学校のジャージ……部活帰りだろうか。
見た感じの雰囲気はお姉さんの方とはちょっと対照的で、ショートヘアのパワフルな、どちらかというと冬華に似ているような子だ。
そうだな、両方お姉さんみたいだとお互いに奥手すぎるかもしれないから、姉妹が対照的のはいいかもな。そして2人きりになるとそれまでの流れがすっかり変わってお姉ちゃんに甘え出したり……うんうん。ウヒヒ、あら〜。
はい。分かってますよ、実際にはそんなことないって。それに目の前にいる人で妄想をするのは少し罪悪感が滲んでくるな。
「ちょっと、未佳ちゃ〜んこっちきてよ」
あれ、もしかして見られてた!?
やばいな、強烈なニヤけ顔発動してたらどうしよ。人が話してるところを見てニヤニヤするって、やべーやつって思われないかな……
「なんでしょうかー」
「さっき言ってた後輩の紗夜ちゃん。里奈さんの妹ね。で、この子が私の妹の未佳ちゃん」
「へぇー先輩妹さんいたんだ。初めまして」
「あ、どうもよろしくお願いします」
おいおい、流石に後輩ちゃんに妹設定適用するのは即バレるんじゃないか?結構親しそうだし。
「えっと、妹ってことは中学生ですか?」
ええー。こっちの中学事情なんて知るわけないし、話を合わせられる訳がない。特に中学だと即バレするなこれは。
「そう。今中2なの」
おおーい!妹の後輩のさらに年下設定かい!いやこれは仕方ないとして。
「へぇーそうなんだ。部活何やってるの?」
ちょっ、普通はこんな急に距離詰めてくるもんなのか?
「いや、特に何もやってなくて」
「私はね、バスケ部で今その帰りなの。今日は2人で買い物?」
「はい。まあ買い物というか、パンケーキ食べに行って、帰りに買い物って感じです」
「もしかしてあのめっちゃ大きいパンケーキのとこ?」
「そうなんですよ。結構大きくて食べきれなかったんで、と、お姉ちゃんに食べてもらったんですよ」
それから僕と紗夜ちゃんは数分間当たり障りのないことを話していた。妹設定も意外とバレないんもんだなと思っていたら、突如これで終了となりそうな話題が降ってきた。
「そういえばさ、2年の何組なの?」
「えーっと……1組です」
そっか、冬華の後輩なら僕にとっても一応後輩、同じ学校ってことになるのか。
流石に学校内の話になっちゃったら、そもそも中学生って設定もアウトだよね。
「1組?だったら担任けんちゃんだよね。どんな感じなの?」
「けんちゃ、ええーーっと……」
チラッ。
冬華はというと、視界にはいない。布の揺れる音からして、また服を見ているのだろう。
く〜っ!遊びすぎだろ。分かるけど。
「ちょっとごめんね。そこで待ってて」
「え?うん」
コソコソっと冬華の方に近づき、小声で話す。
「ねぇちょっと!何ほっぽりだして1人で服見てんの!話合わなくなりそうだから、妹って設定も終わりにしてよ」
なーんて、ぶっちゃけ僕も楽しいんだけどね。
年上の妹とともに、年下の姉という属性はオタクに刺さるものがあるあら、自分がその身になってみるというのはかなりワクワク感に溢れていた。
「ごめんごめん。面白くてついね。おーいさやっち〜」
「なんですか?」
最近、♪───O(≧∇≦)O────♪
の───部分をダッシュという読み方で登録した。
毎回キターはやばい。