接続
効果音が見えるかのような寒い風が僕の冷え切った体を撫でる。
普通ならこの状況は最悪で、体と連携し、心もある程度冷えていることだろう。
しかし今この瞬間においては、吹き付ける寒い風が少し心地いい。
何故ならさっきようやっと5時間にも及ぶバイトが終わったところだからだ。
家に帰ればコンビニで買ったラーメンとポテチ、そして録画しておいたアニメが待っている。
明日の朝は早いが、とりあえずのノルマ達成感、自由時間の到来から発生するなんとも言えない開放感が、人のいない夜の道の重力を軽くしているような気がする。
いや、肉体的には疲れてるんですがね。
そんなことを考えながら5分ほど歩くと住んでいるアパートに到着し、自室の扉を開け中へ入る。
「ただいま〜」
一応言う。
ま、誰も居ないんですけどね。
やはり外にいる間はある程度の緊張感が常駐しているのだろう。
ひとたび家の中へ入ると開放感のおかげで遠ざかっていた精神的な疲労が一気に自分の中へ戻ってくる。
疲れた。寒い。早く布団に埋もれたい…
時計を見ると11時37分を指している。
明日は1限からで7時起き、今から風呂に入ってアニメを3つ見るとして、1時半には寝れるか。
ということは。5時間半睡眠か。悪くはないな、うん耐えれる。
ほんとは7時間半は寝たいところだが、これくらいなら許容できる。
なんて計算を行うが、毎回睡眠時間がこれよりも短くなる理由について深く考えたことは無い。
それにしても毎度なんだろうか。疲れていて、一刻も早くに布団に飛んで行きたいのに、その気持ちに反するかのように、とりあえず風呂に入らなければならない。
このおあずけ感…きついぜ…
だが風呂に入らずに部屋でくつろぐのは生理的に出来ない。仕方ない…早くすまそう。
おっとその前に…
買ってきたラーメンをここで温めておかないとな。
よし!風呂に入ろうか。
浴室に入ってから、全身を洗って浴室を出て体を拭き終わる。それまでにかかった時間、12分。毎回きっちり12分だ。
よっしゃ心身ともにスッキリ。絶対不可侵領域、オフトゥンが私を待っていますわよ、オホホホーッと、布団にダイブ。
あら〜背筋が伸びるわ〜。
やっぱり風呂に入ることで外と内との接続が切れたような気持ちになって、よく気が休まるな。
それはそうと今日一日が無事に終了したことを記念して、布団の上、仰向けの状態で身体を左右に捻ったり、跳ね回る。
「ふー、つかれた」
ここで先程温めておいたラーメンの封を開け、深夜の全く興味のない番組を見ながら食べ始める。
かなりの猫舌で10分は経たないとまともに食べられないのと、伸びた麺も結構上手いんだよなぁこれが。
ラーメンを食べ終わり、水をコップ一杯飲み干す。
さてさてお待ちかねのアニメを見ようか。
夜中にアニメを見る習慣はかれこれ6年は続いているか、その中でも今期は割と豊作で、12本をマークしている。
特に本日…いや、もう昨日になるが、火曜日は3つも放送され、生きるモチベが他の曜日に比べて少し高い。
「布団ヨシ!イヤホンヨシ!」
音をしっかりと聞きたいのでイヤホンをつけてアニメを見始める。
1つ目、2つ目とアニメを見ていくうちに話の世界にのめり込んで、気分が高揚し、次第に掛け布団を下にずらしていく。
3つ目のアニメはゆるい日常系なので、少し経ったあたりから顔や首元に涼しさを感じ始める。
「ふぁぁあ〜っ」
盛大に欠伸をしたところ、3つ目のアニメがあと3分で終わってしまう。
なにこれ何処で切るの?どうやってあと3分で区切りをつけるの?
はい、3分経ちました。
マジでそこで区切んのか。ならさっきのゲームのシーンもうちょっと長めにとってもいいんじゃないか?
などと思う。
まあいいわ。寝よ。
電気を消し、仰向けでおふとんを被り、目を閉じる。
あぁ〜気持ちいい、日々寝不足なこともあってか意識が地に埋もれていくようだ。あぁ〜。いやあ本当に埋もれてしまいそう。いやマジで…ん?
なにか力が抜けるような感覚が…
しかも全身が痺れているような…あれ?
ブルブルブルブル ドドドドドドドド
うわっえっなにこれやばい。
突如身体が異常な速度で震え出す。心臓が毎秒5回程のペースで鼓動を打ち出す。
しかも意識ははっきりとしているのに、全く身動きが取れない。
えっどうなってんの?なに、僕死ぬの?
目も開けられないし震えも止まらん!
ちょままちょっと待って、こわすぎる!どうにかなりそうだ!
「ウォッフッ、ハッ、ヌォー、ウンッ!!」
必死で起き上がろうとするが、力が入らず体が全く動かない。
謎の現象に対する恐怖に晒されながら、体を動かそうとしばらく奮闘する。
すると突如震えが止まったかと思えば、身体が空中に浮くような無重力状態の感覚になるとともに、僕の精神は猛烈な恐怖を通りぬけ、暖かな気持ちになった。
そして、空中で一回転したと思えば、重力が戻ったかのようにそのまま地面に落下する。
うわっ!ん、あれ…?痛く…ない?
おそらく2mぐらいだろうか。それほどの高さから雑然とした部屋の床に落ちたはずなのに、まるで痛くない。なんの音もしない。
それどころかまともに落ちたはずなのに、落ちていないような…何だこの感覚は。
言葉では言い表せないような感覚が全身を襲う。
モヤモヤした曖昧な感覚だ。
その数秒後、肉体の感覚からどうやら自分が座っているであろうことが分かった。この時点で僕は平静を取り戻し、この行く末に興味を抱きはじめる。
「…カ…ミカ…」
お?なんだ何か聞こえてくるな。
「ミカ…ミカ?」
そして淡く白い光が目に写り出す。
「ミカ!何ぼーっとしてるの?早く食べなさい」
そこは暖かな陽の差す部屋の中だった。