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閂鬼  作者: 赤月カイコ
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猿猴ノ薬屋

 竹上高之(たかゆき)とムカデのカナトが門杜洸(かどとこう)の気遣いに恐怖し逃げ出した天邪鬼(あまのじゃく)の後姿を見送る中、木ノ本いろはは天邪鬼に突き飛ばされ道端にうずくまる洸に駆け寄った。

「洸くん、どうしたの? あ…」

 右手首がこぶのように赤く腫れあがり、手首のラインが不自然な形に成っている様にいろはの顔から血の気が引いた。普段気だるげな顔をしている黒い人魂のゴクも目を見開いた。

「間接ずれた…?」

「これ、封できねーな」

「だ、大丈夫。ちょっとぶつけただけ…っつ!?」

 断獄の鞘を抜刀しようとした洸の右手首に電撃のような痛みが走る。見かねた高之が洸の腕を取った。

「益子先生の所行くぞ」

「でも早く瘴気を止めないと…」

「いろはが応急で塞いでいるから半日ぐらい平気だ。骨接ぎの薬なら一時間以内に治る。どの道その手じゃ封できんだろ」

 高之は洸を連れ、近くの小路に入ると石畳に入った亀裂をなでた。その場所に人一人が入れるような真っ黒な穴が開き、高之は洸をその穴に押し入れると自分もその後に続いた。ゴクも穴に飛び込むと、黒い穴は閉じ何事もなかったかのように変哲のない風景に戻った。

「高之、洸くんの手首、固定して…てもういない」

 ハンカチを片手に小路に顔を出したいろはは虚しくつぶやいた。


 黒い穴から落下していく洸と高之を黒い獅子に姿を変えたゴクが背中に乗せる。はるか下に大妖怪・神野悪五郎の街である日影(にちえい)の賑やかな街並みが広がっている。人魂が集まってできた龍を中心に色とりどりのぼんぼりが街を彩っている。

 ゴクは人気のないところに降り立ち、洸と高之が下りるのも待たず、元の黒い人魂の姿に戻った。

「あ、ありがとう」

 高之が後ろから支えてくれたため、洸は尻もちをつかずに済んだ。ゴクが炎の体を大きく広げ洸を包むと、洸の服装は着物へと変わる。赤色の着物に軽衫という袴に軍用ブーツ、昨晩いろはからもらった物だ。いつの間にか甚平と野袴へと服装を変えた高之ははやくいこうと驚く洸を急かした。

 日影の街は尾道市街地とは比べ物にならないほどにぎわっていた。人間から巨体の怪物、和装の者から洋装の者が道を埋め尽くしている。店はこれ以上詰め込められないほどに何㎞にもわたって並び立っている。2階以上の窓から時折艶やかな着物をまとった女が道を見下ろしては鼻の下を伸ばす男に手を振る。客引きに捕まらないように高之は洸の左腕を掴んで駆け抜ける。洸はあまりの色彩の多さに目が痛くなった。

「ゆ、遊郭?」

 洸は頭に浮かんだ単語をそのまま声に出した。辺りに漂う酒の強い匂いも頭をがんがんと刺激する。徐々に痛みが激しくなる手首のケガと合わさり、洸は目が回りそうになる。高之は迷いなく女に気を取られていては見過ごしそうな細い通りへ曲がった。

昼間のように明るく賑やかな花街とは打って変わり、明りの数はぐっと減り夕暮れ時のような雰囲気だった。高之は洸に足元に気を付けるように言った。狭い道には酒にのまれた者の吐しゃ物がところどころある。加えて魚のような生臭い匂いに洸は吐き気を覚えた。

「ここに病院あるの?」

「病院じゃなくて薬屋がある。生臭い店だけどよく効くんだ」

「ひどい言い草だな、高坊(たかぼう)

 細い通りの先には水路が広がり、その手前にこの通り唯一の建物が立っていた。石造りの建物には「薬」という旗が立っている。高之を高坊と呼んだ者は丁度玄関掃除をしていた。

 見た目は水に濡れたニホンザルのような小柄の男。しわだらけの手と真っ赤な顔が見えなければ10歳前後の子供に見える。そして体から魚の生臭い匂いを放っていた。

「…人間とゴクかい? ということは噂の新しい閂鬼(かんぬき)か」

「えっと、門杜洸です。よ、よろしくお願いします…」

「俺は益子だ。猿猴(えんこう)というまぁ河童の一種さ。見ての通り薬屋を営んでいる」

「河童…?」

 洸の持つ河童のイメージは緑色で体毛はない、頭に皿と背中に甲羅を持つ姿だ。あまりにもイメージとかけ離れた姿に洸はまじまじと益子を見つめた。洸の困惑に満ちた視線は益子にとって慣れたものだ。益子は気にせず診察を始める。

「で、どうしたんだい?」

「天邪鬼に突き飛ばされて、右手首を強打した。まだ一つ門を閉ざしてないから早く治してほしいんだ」

 高之は洸に代わって掻い摘んで事情を説明した。益子は洸の右手を手に取った。益子の手は粘液に覆われ、ひやりとした感覚に洸は一瞬体を震わせた。

「ちょいとひびが入っただけだな。薬を塗れば地上に出るまでに治るよ」

 益子は洸たちを座敷で待たした。壁が見えないほどの薬棚を迷いなく最短の動きで必要な薬種を集め、火鉢に火を起こすと調合を始める。薬種をすり潰していると、益子から分泌される粘液が手から擂粉木へと伝いすり鉢の中に入っていき、山芋でも擦っているかのような音へと変わる。すり潰したものを小鍋に移し、火鉢の上で混ぜる。

魚の強烈な生臭さが店中に広がる。あまりの匂いに洸は吐き気をおぼえ、口を押えた。高之も鼻をつまんで耐えている。洸は小声で高之に話しかけた。

「あの…思いっきり益子さんの分泌物が入っちゃったけど大丈夫? というか今更だけど妖怪の薬って人間に使っていいの?」

「あの粘液がいいんだよ。ちょっと生臭いけどよく効く。河童の妙薬って言ってな、日本各地で河童が人間に渡したり作り方教えたりしたんだ」

「だから河童を祀るところもあるんですよ。ご安心ください」

 洸が脱いでいたパーカーからムカデのカナトが顔を出してきた。黒い人魂のゴクは暇そうにあたりを漂っている。

「それにしても」

「はい!?」

 益子に話しかけられ、洸は姿勢を正した。

「天邪鬼は見た目こそチビだが、小鬼だ。妖怪と関わる以上、距離を詰めすぎないように気を付けろ。迂闊な行動は死へとつながる」

「ごめんなさい」

 幼い子供のように泣き喚く天邪鬼に同情し、手を指し伸ばした自分の行動を洸は反省した。事前に幼稚園児の体格の赤頭(あかあたま)が、彼より10倍大きい怪物を汗一つ流さず片足で抑え込む怪力を見ていたにもかかわらず、あまりにも考えなしの行動だった。

(そういえば…天邪鬼さんはどこ行ったんだろ?)

 泣きじゃくりながら逃げていった天邪鬼の後姿が洸の頭の中でよぎった。

「ゴクもその辺の指導はしっかりせい」

「はいはい」

 益子に睨みつけられ、ゴクは投げやりに返事をした。薬が軟膏状になり、鍋を火バチから鍋敷きの上に置き、益子は団扇で鍋を覚まし始める。熱が加わったことと鼻が慣れてきたこともあって、魚の生臭い匂いは少し薄れてきた。


「ほんと最悪! あの閂鬼まじ気持ち悪いし、せっかく来てやったのに可愛い店はないし!」

 大声でわめきながら、天邪鬼は来た道を戻っていた。周囲の人間たちは関わりたくないと目を逸らす。だが一人、天邪鬼に立ち塞がる男がいた。

「ご苦労さん」

「げ」

 男は小学生と見まがう天邪鬼を見下ろす。白いTシャツとパンツで安そうなサンダルを履き、着物風カーディガンを涼しげに羽織っている。首元の大きな数珠がシンプルな服装のアクセントとなっている。そして、服を着ていても筋骨隆々であることがわかる。太い眉毛と鋭い目つき、蓄えられた顎髭が周囲を威圧している。

「毘沙門天…なにぶらついてんの?」

「あそこ、一番目立つ寺、千光寺というんだが俺はあそこの一角で祀られているんだ。おかしいことは何もない。だいたい俺の部下とも会っているはずだが?」

「あぁ…あの口だけの奴」

 天邪鬼は洸にクレープを塗りたくった時に、威嚇することしかできなかったムカデのカナトの姿を思い出した。

「で? アマノになんの用?」

「新しい閂鬼に基本的な仕事を覚えさせる。その目的は達成した。いつまでもお前を野放しにはできん。だから、連れ戻しに来た」

 毘沙門天の宣告を聞いた瞬間、天邪鬼は一歩後ずさり身構えた。

「は? 嫌だし。つか、あんたの生まれの国での天邪鬼とアマノは別人ですけど? 名前が同じってだけで主面とかまじキモ」

「かつて高天原に喧嘩打った奴が何言ってんだ。お前を自由にはさせない。これが高天原の決定だ。そして今は俺が管理を任されている。お前を一時、現世に放ったのは閂鬼の指導のためだ。お疲れさん」

「放った…?」

 毘沙門天の言葉に天邪鬼の顔から表情が消えた。天邪鬼は長い間、毘沙門天の社の外に出られなかった。戦国の世に差し掛かるころまで、高天原に背き続け天邪鬼は現世を跋扈していた。神も人間の心をたぶらかし傷つけ、時には報復として殺されることもあったが、曲がりなりにも神であるため何度でも生き返る天邪鬼は気にしていなかった。

 何度死を味わっても天邪鬼の娯楽は変わらない。自分にそそのかされるままに高天原の遣いである雉を射殺した神。大切な娘に天邪鬼が成り代わっていたと知った老夫婦の表情。あの顔を一番近くで見る事が天邪鬼の快楽だ。

 その快楽は一時期奪われた。毘沙門天は天邪鬼の前に現れると、天邪鬼を自らの監視下に置いた。それは苦痛の日々だった。やりたいことはできず、ただ毘沙門天の傍にいる。退屈な日々だった。

 だがある日、毘沙門天が豪く酔って帰って来た日が来た。天邪鬼はわかりやすい隙をついて、毘沙門天のもとを去った。始めは罠を疑ったが、15年間何事もなく天邪鬼は好きなように生きた。新たに人間が作ったネットワークを使えば、昔よりもより多くの人々を傷つけられた。服の種類も増え、角が見えていても怪訝な顔をするが、人外の存在と疑う人間はいなくなった。

 現代は天邪鬼にとって一番過ごしやすい時代だ。

 今までの快適な暮らしが全て作られた物だった?

 天邪鬼の目は大きく見開き、体は硬直した。多くの者を自らの掌で転がしてきたが、自分が転がされていたのはとてつもない屈辱だった。

「ほんと…いつから仕込んでるのよ」


 洸たちが地上に戻った時には夕暮れになっていた。いろはの元に戻った洸はさっそく最後の境界を閉ざした。人間には見えない重厚な門が閉まり、閂が架けられる。

「お疲れさま、洸くん」

「あ、い、いえ…」

 離れた位置にいたいろはの眩い笑顔に洸は両手で顔を隠すと、益子によって包帯を巻かれた自分の右手から漂う異臭に気付いた。

「ゔ!?」

 慌てて包帯を解くと、腐った魚が詰まったごみバケツのような臭いが広がり、直接かいでしまった洸は吐き気にどうにか耐えた。

「言ったろ? 益子先生の薬はよく効くが生臭いって」

「完治すると一気に生臭くなるのよね」

 益子の薬がどういうものか知っていた高之といろはは、それぞれ鼻をつまむ、ハンカチで鼻を抑える、洸からなるべく離れるなど匂いに対処していた。ゴクも姿が見えず、マンションを出てからずっと洸のパーカーのフードにいたムカデのカナトですら、高之の肩に避難していた。

「え、みんなひどい…というかこんな異臭、家に帰れない…」

「柑橘系の石鹸とかで洗うといいよ」

「その石鹸はどこに…?」

 尾道商店街は異臭騒ぎに俄かにざわめき、街は夕暮れに沈んだ。


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