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閂鬼  作者: 赤月カイコ
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5.閂鬼ノ仕事

 天邪鬼(あまのじゃく)は電柱の上に立ち、尾道の町を見渡す。

「悪五郎、アマノのホルダ空にしたんだから、いっぱい映えショ撮らせてもらうよ」

 フリルをたっぷりとあしらった黒い日傘を振り上げた天邪鬼は視界に入る山門と鳥居のすべてに狙いを付けた。

「あべこべ遊び。閉じているものは開きましょ~」

 日傘を振り下ろすとねらいを定めた16の山門と鳥居が鈍い光を発する。山門と鳥居は人の世と人外の世の境界線。人間が人外の世界に迷い込まないように封鎖されていた境目が天邪鬼によって開かれた。直後、堰を切った水のように人間の世界に行くことも神野(しんの)悪五郎の街・日影(にちえい)に入ることも拒まれ、世界の狭間を彷徨う妖怪たちが山門や鳥居から顔を出す。


 呼吸すらままならぬ環境から脱出したその開放感から、祠の鳥居から顔を出した歯をむき出した猪のような怪物が大きく息を吸った。怪物の目に小さな影が飛び込んでくる。

「フン!」

 怪物の前歯は小さな拳で割られた。怪物は何が起こったのか理解する間もなく、殴り飛ばされた勢いのまま再び狭間の空間に押し込まれた。

「う~久々のお祭りなのに弱いな~」

 Tシャツに短パン、素足スニーカー姿の妖怪・赤頭(あかあたま)は自分の赤い髪を掻いた。再び何もない空間がブクブクと泡立ち、別の妖怪が顔を出そうとすると赤頭はその頭に片足をのせた。人間の世界に現れようとした妖怪は前に進もうと力を籠め、体が小刻みに震える。だが、前にはもう微塵も進めない。

「早く洸来てくれないかな~退屈…」

 妖怪の大きな頭に軽く片足をのせたまま、赤頭は洸が来るのを待つ。


喫茶・朝焼け

 竹上高之の母親である明日奈が営む店であり、店の奥と二階部分は2人の居住区となっている。高之は天邪鬼に生クリームを塗りたくられた門杜(かどと)洸にシャワーを貸した。

「ありがとう、竹上くん」

 どうにか生クリームを落とした洸に高之は何も言わずバスタオルを渡した。天邪鬼から引き離した時からずっと項垂れている洸に高之の罪悪感が募る。

「その…ごめん。あん時、俺が余計なことをした」

 妖怪を捕まえようとする祓い屋が集まっていることを知りながら、迷い犬を見つけて洸と接触し、妖怪の気配がすると洸は祓い屋たちに絡まれた。その祓い屋たちの注意を引こうと黒猫姿で彼らの前に現れ、その騒ぎの中、神野悪五郎は洸を閂鬼(かんぬき)にと見出した。洸が閂鬼の道に引きずり込まれたのは自分のせいだと高之は思い詰めていた。

「あの時?」

 やっと顔をあげた洸はきょとんと首をかしげた。洸はまだ高之と黒猫が同一の存在と結びついていなかった。

「あ、グミの…全然余計なことじゃないよ! 竹上くんが見つけてくれてホント良かった。あの子は純の…同じクラスの金原純の家の子で、お礼したいって言ってたよ」

 あの時を高之がトイプードルのグミを連れてきてくれた時と解釈した洸は懸命に感謝を伝えた。高之は話がかみ合っていないことに気付き、一から説明しようとした瞬間だった。

「仕事だ! 行くぞ!」

 洗面所に飛び込んできた黒い人魂のゴクに急かされ、洗濯籠に置いていた自分のパーカーを掴んだ洸と高之は外に飛び出た。背後から明日奈の呑気な「いってらっしゃい」の声と喫茶店の扉につけられたベルがチリチリと鳴る。

 外に出た洸と高之は市街地から16ヶ所黒い靄が発生しているのを見た。徐々に黒い靄は商店街を中心に広がり始める。

「天邪鬼が境界線の封を開いた。あいつはあらゆるものを反転することができる」

「なんか毒みたいなものが広がってる!? ちょ…」

 家族を心配し、飛び出そうとする洸のまだ湿っているTシャツを高之が掴み引き留めた。ゴクは洸の顔に近づき説明を続ける。

「あれは瘴気だ。霊感のない凡人には見えない。ただ人間が吸えば不安に襲われたり、どうしようもねえ衝動を抱いたりする。ここのはまだ薄いが濃度の高い瘴気は命にかかわる」

 生唾を飲み込む洸の姿に、ゴクはますます口角を吊り上げる。

「今から天邪鬼が開いた封を閉ざしに行く。急がねえと暴れる人間が出てくるかもな」

「わ、わかった」

 商店街を歩いていた観光客や散歩をしていた地元の人々は、寒気という形で異変を感じ取る。

「なんか寒くない?」「汗が冷えちゃったかな?」「そこの店でコーヒー飲も!」

 ひとまず店に入る者、カーディガンを羽織る者、商店街を歩く者は少し減った。商店街のあちこちで巣を作り、せわしなく飛び回っていた燕たちも大人しく身を寄せる。

「なんかさっきより人が少ない?」

 洸は先ほど天邪鬼探しに来たときと比べての率直な感想を口にした。観光客を避けながらゴクを追っていた時と比べ、今はまっすぐ進むことができた。

「瘴気は視えなくても、本能で感じることはできるらしい」

 全く呼吸を荒げず涼しい顔で洸の横を走る高之が洸の疑問に答えた。

「あ、洸! こっちこっち~」

 どこからか聞こえた子供の声を探し、洸たちは大通りからそれた小路に入った。

「確か赤頭くんだっけ…どわ!?」

 道を曲がった瞬間飛び込んできた光景に洸は驚きの声をあげる。4,5歳ほどの少年が鳥居から出ようとする彼を一飲みで飲み込めそうな大きさの怪物の頭を片足で押さえつけている。怪物は小刻みに震えているが、赤頭が汗一つかかず、洸たちに笑顔で手を振っている。

「赤頭くん…?」

 正体が妖怪とはわかっていても、見た目は幼稚園児の赤頭の力に洸の足はすくんだ。

「はやくはやく! 断獄(だんごく)抜いて!」

「あ、はい」

 赤頭に促されるまま、洸はゴクの炎の体から断獄を取り出した。手に持っていたパーカーを高之に預け、断獄を鞘から抜いた。

 途端に洸の中から不安や恐怖といった感情が消えていく。髪は肩甲骨のあたりまで伸び、瞬きすると瞳は茶色から赤色に変わる。洸は戸惑いなく、赤頭を間に挟む形で祠の鳥居の前に立った。

 赤頭は片足で怪物の頭を狭間へ押し込めると小走りで、洸に前を譲った。赤頭が高之の足元に並んで仁王立ちで腕を組むときには、鞘を地面に平行になるように構えていた。その鞘に刀をまっすぐ収め始めると、鳥居の両脇から重厚な木の戸が出現し、洸の動きに合わせて動く。洸が刀を鞘に収めると鳥居に出現した二枚の戸も合わさり、閂が架けられる。洸の髪と瞳も元に戻り洸が一息つくと、戸も閂も見えなくなっていた。

「ん? これでいいの?」

「誰にでもできる簡単な仕事だ」

 困惑する洸の表情に、ゴクのニタニタした笑いは止まらない。

「ていうか、なんで僕どうすればいいかわかったの!? 怖い、自分が!」

「お前のそういう無駄な感情を断獄が吸い取って、やるべきことを本能として与えてやった結果だ」

「感情を吸われてるの!?」

「刀収めたからもう返しているだろ! まだ15ヶ所あるんだ、次いくぞ!」

 洸は納得がいかないまま、ゴクに急かされ次の目的地へ駆け出した。その後姿を見送り、赤頭は頭をかきながら洸とゴクのやり取りを笑った。

「ほんと断獄って神連中が作った割には、神刀っていうより妖刀って感じだよな」

「赤頭、ありがとな」

 高之に頭をなでられ、赤頭は満面の笑みを浮かべた。

「悪五郎様のご指示だからな! いいってことよ!」

「まっすぐ帰れよ」

「えぇ―――!? おもちゃ屋寄らせろよ! ムゲンライダーの変身ベルト買う!」

 むくれる赤頭の頭を軽く叩くと、高之は洸たちの後を追った。


 神野悪五郎の配下の妖怪たちによって、尾道の街を妖怪が跋扈することもなく、洸が早いうちに町を駆け回り封をし直していき瘴気による人間への悪影響も目立たない。

 その様子を屋根の上で見物していた天邪鬼は大きく舌打ちした。背後からカチャリと瓦を踏む音が聞こえ、天邪鬼は苛立たしげに振り返ると、悪五郎が涼しい顔で立っていた。

「おかげで門杜洸に閂鬼の役割を実践付きで教えられた。ご苦労さん」

「…アマノに新しい閂鬼の情報流したのも、あんたの差し金ってわけ? なめてんの?」

「何を言ってんだ。全てが俺の思いのままに動く、当たり前のことだ」

「マジむかつく」

 天邪鬼は持っていた日傘を悪五郎に向かって投げつけた。悪五郎は涼しい顔でそれをかわすと、一瞬のうちに天邪鬼との距離を詰める。

「もうお前の役目はない」


「洸くん! ここが最後だよ~」

 新緑のもみじの葉っぱを操り山門を塞いでいた木ノ本いろはは息も絶え絶えになっている洸に声援を送った。

新緑色の瞳に合わせた右側が白色、左側が若緑色のシャツワンピースと白のギャザーストリングフラットシューズで爽やかなコーディネートだが、相変わらず古びた紅葉したもみじの髪飾りだけが浮いて見える。

「やっと…最後…」

「最後まで気を抜くな~」

 洸の後ろを飛びながら檄を飛ばすゴクに、洸の隣を苦もなく駆ける高之は自転車に乗りながら選手を急かせるコーチを思い浮かべた。

「家に帰るまでが…!?」

 上から洸たちの目の前に落ちてきた影にゴクの激は止まった。洸はクレープを顔に擦り付けられた記憶がフラッシュバックし、顔が強張る。傷だらけの天邪鬼は洸を睨みつける。

「…マジイラつくから、もうあんたの顔だけでいいよ」

 高之はとっさに洸の前に出て右手を振り下げ、天邪鬼が取り出そうとしたスマートフォンを叩き落した。

「半妖が…」

 苛立たしげに吐き捨てる天邪鬼の首に新緑のもみじの葉っぱがまとわりつく。山門から離れず、いろはは天邪鬼に向けて手を伸ばしていた。いろはの表情は冷ややかな者に変わっている。

「後ろを取られる位置に入るなんて、よっぽど頭に血が上っているようね」

「…どいつもこいつも嘗めやがって!」

 天邪鬼の叫びに気押されると同時に、洸、高之、いろは、洸のパーカーの中に潜むムカデのカナトは体を潰そうとする見えない力で押し付けられる。呼吸すらままならない状態に陥る。

「ふふ、あべこべにするのがアマノの能力なの! 弱い力も強い力に変えられる。気圧に潰されなよ!」

「上、とった」

 高之は天邪鬼の頭を掴むと、そのまま地面にたたきつけた。天邪鬼は気圧の反転を解除し、重力を軽くすることで顔に傷をつけることを防いだ。体をひねり体制を整えると、重力も元に戻し着地した。半妖と侮っていた相手の反撃に、天邪鬼の眉間にますます皺が寄る。

 気圧が元に戻ったことで道の真ん中で膝をついた洸は大きく息を吐いた。ゴクが洸の耳元で囁く。

「今のうちに断獄抜け。断獄の力が体に廻れば、ちょっとは丈夫にならぁ」

 洸はゴクと天邪鬼へ交互に目を配らせた。

「うぅ~ほんっと最悪! みんなしてアマノをいじめる!」

「街中に瘴気たれ流そうとした奴が何言ってんだ」」

「悪五郎様のお膝元で勝手をすればこうなるのは当たり前でしょ」

 いろはの操るもみじの葉っぱで拘束された天邪鬼は幼い子供のように駄々をこね、石畳をごろごろと転がる。周囲が呆れかえる中、天邪鬼に差し伸べられる手が一つあった。

「あの…怪我、大丈夫ですか?」

 洸の言葉に天邪鬼の全身に鳥肌が立った。他者の心を見通し、軽蔑され続けてきた天邪鬼にとって、洸の心からの気遣いは許容できるものではなかった。天邪鬼はとっさにいろはのもみじの葉を枯らし、洸は突き飛ばした。見た目は小学生ほどの少女だが、人間を超えている腕力に押し飛ばされ洸は右手首を電柱に強打した。今まで感じたことのない痛みに洸はそのまま声にならないうめき声を発し蹲った。

「そ、そうやってあんたもアマノをバカにするんでしょ! 誰がその手に乗るかっての!」

 捨てセリフを吐き捨て、天邪鬼は尾道駅のある方に駆けていった。

「圧倒的な人の良さで追い払った…」

「ひねくれ者に洸殿は眩しすぎたんですね」

 高之とカナトが天邪鬼の後姿を見送る中、いろはは道端にうずくまる洸に駆け寄った。

「洸くん、どうしたの? あ…」

 右手首がこぶのように赤く腫れあがり、手首のラインが不自然な形に成っている様にいろはの顔から血の気が引いた。普段気だるげな顔をしているゴクも目を見開いた。

「間接ずれた…?」

「これ、封できねーな」


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