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閂鬼  作者: 赤月カイコ
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4.天邪鬼、襲来

 坂の町・尾道。快晴の日曜日。観光客が街の散策を始める時間。一人の少女が降り立った。

 少女の姿をまじまじと見る者、目を背ける者、関心のない者、少女はその全てを嘲る。

身長は厚底ブーツをはいても小学生と見紛う。白髪の縦ロールを共布の大きなリボンでツインテールは小さな2本の角の存在感を上回る。いわゆる和ロリータの着物風黒ワンピース。裾を市松模様のフリルが飾り、帯も市松模様で揃え、金の帯止めをアクセントにしている。市松模様のがま口バッグとフリルをふんだんにあしらった黒い日傘を携えて彼女は尾道に降り立った。

「ちょいマジなんもないし~悪五郎はよくこんなとこに住んでんな~」

 彼女は周りに聞こえる声で尾道を酷評した。睨みつけてくる視線、関わりたくないと逸らされる視線、馬鹿にしている視線、全ての視線が彼女にとって心地よいものだった。

「さ~て、新しい閂鬼(かんぬき)と遊ぶぞ~!」


「ん?」

 門杜洸(かどとこう)を怒らせ、彼との追いかけっこに勤しんでいた黒い人魂のゴクがふと動きを止めた。すかさず洸はゴクを掴んだ。見た目は黒い炎とは言え、ゴクに触れても熱さを感じない。

「やっと捕まえた…いいか! 食べたいのはいいけど、食べる前に言え! もし父さんたちに見られたら大騒ぎだろ!」

「食べるのは良いんスね!? 懐が広い!」

 洸とゴクのじゃれあいを見守っていた毘沙門天の遣い・ムカデのカナトは首をもたげて洸を称えた。ゴクは変幻自在の体で容易く洸の手をすり抜ける。

「おい、天邪鬼が来たみたいだゾ」

「あまのじゃく…?」

 首をかしげる洸にカナトはすかさず説明する。

「神としての名は天魔雄神(あまのつくさめ)、人の心を乱す邪神です。おそらくどこかで閂鬼の代替わりを聞きつけてきたのでしょう。しかし関わってはいけません! 奴は神経逆撫でることしかしません!」

「神様でもそういう人はいるんだね…」

「だが奴は義平に…歴代の閂鬼にも付きまとった。縁を斬って絡めないとわかれば大人しくなる」

 先代の閂鬼の名を口にしたとき、ゴクの炎はわずかに揺らめいた。ゴクは意識して火力をあげた。

「つー訳で天邪鬼を探しに行くぞ。奴に見つからずに、先に縁を斬る!」

「どういう意味?」

 洸の疑問にゴクは素直に答える。

「閂鬼は個人個人の縁を文字通り斬ることができる。関係の線引きだ。縁を斬っちまえば二度と関わり合いになることはない!」

「す、すご! なんか一気にすごい力もらったなって思える。でもなんでわざわざ探すの?」

「縁ってのはたくさんある。近くまで行かないとどれが誰との縁かわからんだろ」

 ゴクがふうっと洸に息を吹きかけると、洸の縁が浮き上がってきた。赤、青、黄、白…一つとして同じ色はない。太さもすぐに切れてしまいそうなか細い糸から太い縄のような物まである。数えられない一生分の縁が洸の首、腕、胴、腰、足に巻き付いている。

「うわぁ…」

 洸は縁の多さに驚き、方々に部屋の外へ伸びる縁の先を見る。自分の左手小指にミシン糸のような太さの赤い糸を見つけ、洸の中に電流が走る。カナトも左小指の赤い糸に気付いた。

「おや、この赤い糸の細さ、まだ洸殿は運命のお相手とは出会われていないようですね」

「そ、そんなことまでわかるの?」

「ええ、糸の太さはより強いつながり。出会っていなければ細く、縁を育めば育むほど太く編み込まれていくのです」

 カナトの説明を聞き入る洸にゴクは咳払いをするかのように炎の体を大きく膨らませはじかせた。

「よし、行くぞ!」

「ま、待って、その前に戻して…」

「別に歩く邪魔にはならねえよ」

「歩く邪魔じゃなくても視界の邪魔になるんだよ!」

 仕方ねえなとゴクがもう一度洸に息を吹きかけると縁は見えなくなった。さらに外に行くならスウェットから着替えたいという洸と早くしろと急かすゴクのやり取りを、カナトは仲良しだと温かく見守った。


 箪笥から適当につかんだ灰色のパーカーと黒のカーゴパンツに着替えた洸はゴクを先導に市街地に出た。同行させてほしいと絶対に譲らなかったムカデのカナトは洸の激しい葛藤の末、洸のパーカーのフードに身を隠している。

「天邪鬼の匂いはわかりやすいぜ。何せ匂い消しの香水がきつすぎる」

 日曜日の尾道市街地は観光客に溢れている。洸は観光客の間を縫うように何の障害物もなく宙を飛ぶゴクの後を追う。

「いた!」

 ゴクが示したのは行列ができているクレープ屋だった。一つ一つ客のオーダーを聞き、トッピングをしてくれる映える店に若者たちは列をなす。

「あのもうじき先頭になる白髪の一番派手な格好のチビが天邪鬼だ」

 洸はいかにもスマホを確認している体を装い、道の端に立ち止まる。天邪鬼に姿を知られているゴクは洸の陰に隠れる。

「よし、縁を斬れ」

 ゴクの炎の体から境界を引く刀・断獄の柄が出てくる。断獄を引き抜けという意味だが、パーカーの中に身を隠すカナトが慌てて止めに入る。

「ダメです! ゴク、なんで君はそんなに迂闊なんスか! こんな道端で刀抜いたら大騒ぎでしょう」

「あ、普通にみんな見えるんだね」

 洸は妹が収集している漫画の一つを思い出した。特別な力を得た普通の高校生が活躍する作品だ。その作品では戦いのとき結界が張られ、一般人が人外の敵との戦いを知ることはなかった。

「そりゃ洸殿は閂鬼の役を負った人間です。生身の肉体があれば見えますよ。あの邪神もそれをわかっています。だからこんな人ごみに混ざっているんです。慎重に奴があの甘味の盛り付けに夢中になっている隙に人目のつかない物陰で縁を…」

「ふ~ん、あんた毘沙門天の遣い?」

 洸の真横にカラフルなグレープフルーツが瑞々しい、生クリームとレアチーズケーキアイスのクレープを持った和ロリータ姿の小柄な女が立っていた。

「な~⁉」

「ずっとだべっていて気づかれないとでも思った? バ~~~カ。つかさ、あんたらに来てもらうために並んでたんだ~まんまと来ちゃって、はっず!」

 天邪鬼は一口クレープをかじると、ゴクにむかって生クリームを噴出した。洸は呆気にとられながらもゴクを受け止めようとするが、天邪鬼はクレープを洸の顔に押し付け生クリームを塗りたくる。洸は何をされたか理解が追いつかず道にへたり込んだ。

「こんの邪神が~」

 辛うじて人前に姿を見せてはいけないと理性を保つカナトは洸のパーカーの中で顎をカチカチ鳴らした。天邪鬼はカナトの見せかけだけの威嚇を気にも留めず洸の頭にクレープをのせると、がま口バッグからスマートフォンを取り出すと生クレームまみれの洸の姿を連写する。

 あまりの光景に開いた口がふさがらず釘付けになる者、目を逸らす者、その場から慌てて逃げる者、出来上がったクレープを奪われた客と店員は互いの顔と洸の惨状を交互に見つめるばかり、洸を助けようとする人間はいなかった。

「どれアップしよっかな~…⁉」

 天邪鬼に写真選びに没頭する瞬間だった。背後から天邪鬼はスマートフォンを奪われた。

「何すんだよ!」

 天邪鬼はスマートフォンを取り戻そうと、頭二つ分ほど背が高い竹上高之(たかゆき)に跳びかかる。

 高之はそれを最小限の動きでかわすと洸の腕を掴み、その場から走り去る。洸の頭から滑り落ちたクレープをゴクは地面にぶつかる前に飲み込み、高之と洸の後を飛んでいく。

「アマノのスマホ返せ!」

 天邪鬼の絶叫がアーケード通りに響く。すぐに追いかけようとする天邪鬼の前に左頬にメ型の傷を持つ男郎が立ち塞がった。

「これのことか?」

 高之と入れ替わるように姿を現した神野(しんの)悪五郎の手には天邪鬼のスマートフォンがあった。天邪鬼は取り返そうと足に力を籠めるが、動きは悪五郎の体から発せられ操る瘴気に止められる。天邪鬼の足に鞭状になった瘴気が絡みつき、天邪鬼を地面に固定する。

「まぁ待て。物を返すときはきれいにして返すのが礼儀だからな」

「あ~~~!!!?」

 悪五郎は天邪鬼のスマートフォンを操作し、写真フォルダのデータをすべて消した。さらにはクラウドのバックアップもすべて空にし、きれいに初期化したスマートフォンを天邪鬼に投げ渡した。

「まじ最悪…悪五郎、あんたはいつから閂鬼の肩を持つようになったわけ?」

 悪五郎はうすら寒い笑みを絶やすことなく、何も答えず天邪鬼の拘束を解いた。天邪鬼の問いは止まらない。

「なんで誰よりも早く断獄を回収できたわけ? アンタは義平に縁を斬られなかったの? あんなすぐ固まっちゃう貧弱な人間を何で選んだの?」

「答える義理がない」

 悪五郎の顔から表情が消え去ると、そのまま近くの路地裏へ入り姿を消した。

「まじ意味不」

 天邪鬼は苦々しげに吐き捨てると気配をさぐる。ゴクの不安定な気配は尾道の坂道を迷いなく進んでいる。天邪鬼のスマートフォンを取り上げた半妖の男が先を走っている。その間に毘沙門天の遣いのムカデの小さな気配がある。悪五郎は完全に気配を断っているが、悪五郎は海岸通りの方へ姿を消した。おそらく手助けは今の一度だけと天邪鬼はふんだ。

 天邪鬼が知る神野悪五郎は常に目的のある行動をする男だ。ただ妖怪の中でも屈指の頭の良さゆえに、その行動から目的を推し量れないことはままある。

 天邪鬼は頭を切り替えて、単純な者たちに狙いを定める。10㎝の厚底ブーツをものともせず走り去る和ゴスロリの少女を居合わせた人々は呆然と見送った。


『喫茶・朝焼け』

 高之は洸を自分の住まいに招いた。扉を開くと優しいベルの音が高之の帰宅を告げる。

「おかえりなさい。あら? ちょっと待ってね」

 客のいない店内で食器を磨いていた高之の母親である明日奈は頭にホイップクリームを被っている洸に気付くと、事情も聞かずに風呂場を貸してくれた。

 服を着たまま器用に頭だけを洗いながら、洸はこれからのことを考える。閂鬼は死ぬまで閂鬼。ゴクの言葉を心の中で反芻する。このような嫌がらせを受けることになるとは思っていなかった。

(次第くんが来なかったら立ち上がれなかったな…)


 天邪鬼は電柱の上に立ち、尾道の町を見渡す。

「悪五郎、アマノのホルダ空にしたんだから、いっぱい映えショ撮らせてもらうよ」

 フリルの黒い日傘を振り上げ、天邪鬼は自らの視界に入っている山門や鳥居に狙いを定める。歴代閂鬼の手によって人間が人外の領域に迷い込まないように閉ざされている境目を天邪鬼は容易く解いた。


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