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閂鬼  作者: 赤月カイコ
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1.閂鬼継承

 桜は散り終わる季節。坂の町・尾道。車が通れない細い坂道を猫が歩く猫の町。時は夕暮れ街灯がつき始める中、カーゴパンツに水色のパーカーを着た少年の焦りは募る。

「グミ~出ておいで~」

 高校へ進学したばかりの少年、門杜洸(かどとこう)は建物の隙間を覗きながら、懸命に迷子になったトイプードルを探す。グミというレッドの、濃い茶色のトイプードルは洸と同じマンションに住む同級生かつ親友の金原純宅の飼い犬である。

 4時ごろに純の母親が散歩しているときに、買ったばかりのリードのサイズがあっておらず、外れてしまいそのまま走り去ってしまったのだ。手分けして探しているが、まだ発見の連絡はない。

 観光客が商店街近くの居酒屋に集まる時間、この日に限って人の気配が多い。ここにはいないかもしれないと思いつつ、洸はもう一度呼び掛ける。

「グミ~」

「探しているのはこいつか?」

 坂の上から声がした。洸が見上げると夕焼けの空を背にした長身の少年がレッドのトイプードルを抱えて立っていた。

「グミ! て、もしかして竹上、くん…?」

 洸は彼を知っていた。同じクラスになった竹上高之(たけがみたかゆき)。学年一の長身、金色に輝く瞳が特徴的であるため、話をしたことはないがよく印象に残っていた。

「? 誰だ?」

「同じクラスの門杜洸です…」

「悪い。まだクラス全員の顔と名前覚えていないんだ」

 高之は気まずそうな顔を見せながら、洸に歩み寄る。

「それが普通だと思うよ。僕は竹上くんみたいに目立たないし」

 洸の髪と瞳は色素が薄めで光加減によっては茶色に見えるが、洸は特に自分が目立つ容姿だとは思っていない。高之からトイプードルを受け取った洸は改めて確認する。胸の毛が一部白い特徴と洸の顔を見て甘える仕草は間違いなくグミだ。

「うん、グミだ! 見つけてくれてありがとう、竹上くん。でもよく捕まえられたね。結構人見知りの激しい子なのに」

「まぁ歩いていたらいたから」

 答えになっていないことを言いながら、高之は改めて洸の目を見る。

「今夜は騒がしいことになりそうだ。早く帰ったほうがいい」

「? うん、そうする。それじゃあまたね」

「またな」

 坂の上を登っていく高之を見送り、洸はパーカーのポケットからスマートフォンを取り出した。ロック画面を顔認証で外し、電話をかける。

「…あ、純? グミいたよ!…うん、すぐ帰るから。じゃ!」

 短い会話を終え、洸はポケットにスマートフォンを戻した。他にグミを探している純の母親と洸の妹には純が連絡すると言っていた。洸は腕の中で安心しきって身を委ねるグミに話しかけた。

「じゃあ帰ろっか」

 グミは返事の代わりに激しくしっぽを振る。風が強く吹く。洸は思わず目を閉じた。強風が止まり再び目を開くと、洸の前に不審としか言えない集団が立ち塞がる。

「えっと、通っていいですか?」

 人二人がやっと歩ける道をふさがれ、洸は恐る恐る一団に声をかけた。5人組の男たちは江戸時代からタイムスリップしたかのような服装だった。着物に袴。グミの小さな手が洸の腕を強く掴み、体は小刻みに震えている。

 尾道を着物姿で観光客が歩くのは珍しいことではない。商店街の呉服屋さんで着つけもしてくれる。尾道のレトロな街並みを背景にコスプレイヤーが来ることもある。

 時刻は夕暮れ、食事時に人通りが減ったのを見計らって撮影に来たコスプレイヤーだと洸は思った。男たちのうち一人が洸に近づき、グミを覗き込んだ。グミは一層洸の左腕を強くに抱きしめ、まったく威圧感のないうなり声をあげる。

「失礼。この子は先ほどまで誰が抱っこしていたかわかりますか?」

 眉間にしわを寄せた体格のいい男が、存外かわいい単語を口に似たことに洸は面食らいながら、しどろもどろと答えた。

「同級生が抱っこしましたけど…」

 洸の言葉に男たちは互いの顔を見合わせる。空気が変わったことを感じ、洸は一歩後ずさった。

「人間社会に入っている?」「それも相当なじんでいるな」「やはりもっと早く対処すべきだった」「迂闊に手を出すのは危険だからな」「民間人の前だ。控えろ」

 笑顔を取り繕い、男が一歩洸に近づく。

「その同級生の子の家とか、どこへ行ったか――」

「さ、さようなら!」

 洸は男たちにふさがれた下り道を諦め、反対方向を上った。入り組んだ坂道はあみだくじのようにつながっている。帰り道は一つではない。洸は走りながら高之が近くにいないか辺りを見回す。幸い、近くにそれらしい人影はない。

 洸は目についた横道に入る。男たちは追いかけてこない。そのまま進むと、別の坂道と合流する。合流すると、また不審な着物の一団がいる。何かを探すように辺りを見回している。今度は3人ほど女性が混ざっている。

(またいる―!? 何あの人たち!? また道ふさがれてるし!)

 洸がどうやってあの着物の集団と関わらずに帰宅するか考えあぐねていると、腕の中のグミが気配に気づき、上に向かって「ワン!」と一声吠えた。

「え?」

 洸の真上を影が横切った。塀から塀へと黒猫が跳び超えたのだ。グミのしっぽが元気よく振られている。

 黒い毛並みはつややかで、トイプードルのグミより大きな猫だ。大きいが細身であり、金色の目がらんらんと輝いている。

 黒猫は細い塀の上に器用に着地すると、その金色に輝く瞳で洸を見下ろす。グミの声に反応した着物の一団は黒猫の姿にどよめく。黒猫が不審な一団に背を向け駆けだすと、皆一斉に黒猫を追いかける。

「いたぞ!」「こちら6班、1匹発見! 追いかけます!」

 スマホで誰かに連絡を入れる女性の横で、剃髪の男が黒猫に向かって弓を構えた。弦は引き伸ばされ今にも矢が放たれようとしている。

 瞬間、洸はグミを地面に下ろした。黒猫に意識を集中していた剃髪の男は、横道から飛び出してきた洸に反応できなかった。洸は弓を持つ男の左腕掴み、力の限りそのまま倒れこんだ。

「なんだ!?」

「動物虐待です!」

 剃髪の男の仲間たちが一斉に振り向いた。その奥で逃げようとしていた黒猫の金色の瞳が大きく見開かれている。

「あれは猫じゃない! あれは――」

「お前いいな」

 洸の頭上から静かで鋭い男の声が聞こえた。洸の下敷きにされた剃髪の男の瞳が歪み、洸をどかせようとした腕が震え脂汗が噴き出す。その剃髪の男の変化を見る余裕は洸になかった。背後に突如現れた声と気配だけで、背中から血の気が引くような感覚を洸は味わった。振り返ってはいけないと、洸は本能で感じた。

「あの傷…」「で、た…」「あぁぁ」

 黒猫を追おうとした着物姿の集団はその存在の出現に凍り付く。連絡係の女のスマホはまだ繋がっており、どうしたとしきりに状況説明の催促が漏れ出ているが、誰の耳にも届かなかった。

「手前らは俺に用があって来たんだろ? 覚悟ぐらい決めて来いよ」

 洸の背後に立つ男はうろたえる着物の集団を一瞥し、不敵な笑みを浮かべる。左頬に「メ」型の大きな傷、策もなくあってはいけない存在に着物の集団、祓い屋たちは固唾をのむ。彼の下僕を一匹でもとらえ、彼を交渉の場に引きずり出す予定だった。だが、下僕を捕まえるより先に彼は姿を現した。

 「メ」型の傷を持つ男は祓い屋たちへの興味を失い、再び洸に視線を落とす。左手に持っていた刀を鞘に収めたまま左肩に担ぎ自らの肩を軽く叩いた。

「お前はいい、ガキ」

「お待ちください、悪五郎様!」

 洸にとって聞き覚えのある声が駆けつけてくる。竹上高之の声だ。だが、足音は聞こえない。悪五郎と呼ばれた「メ」型の傷を持つ男は面倒そうな目を声の主に向けた。

「そいつは何も視えない聞こえない感じない知らない凡人!」

「だからいいんだよ。何も知らない、これこそが公平な立場と言えないか? こいつはこれから学び、線引きを行う」

 悪五郎は担いでいた刀を鞘ごと洸の右手側の地面につき置いた。洸の目には黒い鞘と赤い紐で編みこまれた柄の日本刀が映った。

「この刀は『断獄(だんごく)』という。抜刀…鞘から刀を抜いてみろ」

 「死」を予感させる悪五郎の鋭く快楽的な声に促され、洸は断獄に手を伸ばす。高之と祓い屋は制止の声をあげるが、洸には遠くから叫んでいるようで何を言っているか聞こえなかった。

 洸は促されるままに左手で鞘を掴み、右手で柄を握ると断獄の鯉口を切った。途端に刀身から黒い炎が溢れ、洸を包み込んだ。


 あふれ出る黒い炎に目を瞑った洸は熱さを感じないことに気付き目を開いた。洸の目の前にソフトボールサイズの黒い炎が浮いていた。炎には意地悪そうな大きな釣り目が一対と、にやにや笑う口が見える。

「悪五郎に気圧されて、とんでもない世界に引きずり込まれたな」

 黒い炎の口から底意地の悪そうな男とも女とも取れる声が発せられた。

「炎がしゃべった…」

 物語かのような状況に洸はこの場から逃げようとするも、両腕両足とも銅像のように動かなかった。洸が下敷きにしていた剃髪の男は黒い炎に囲まれた空間にいないが、確かにそこにいる感触はあった。

「オレは『断獄』に宿る者、まぁゴクと呼べ。今から『閂鬼(かんぬき)』となるお前を教え助ける」

「かんぬき…?」

 ゴクは踊っているかのように洸の周りを飛び回る。その声は弾んでいた。

「世界にはたくさんの境界線がある。所有地、国境…人間が決めたもの以外に神の棲む神域、妖の潜む領域、あの世との境界! その境界線を守り管理するのが『閂鬼』だ」

「そ、そんなの僕みたいな普通の高校生じゃなくて、もっとすごい人に任せなよ!」

「『閂鬼』の能力は存在するすべての能力と質の違う唯一無二の力だ! もともと能力ある奴に持たせることはできない。酸性の洗剤にアルカリ性の洗剤混ぜるようなもの。周りのすべてが死ぬと思え!」

 ゴクは一度自らの炎を勢いよく大きくすると、高らかに笑った。

「残念ながら前・閂鬼は昨日死んだ! それから初めて断獄を抜いたお前が新たなる閂鬼となった!」

「条件軽すぎない!? そういうのってもっと複雑な契約とか手順があるもんじゃない!?」

「そんなもんがあったら、嫌がる人間続出だろうが。今のお前のようにな」

 ゴクは洸の鼻先まで迫ったが、洸は炎の熱さを感じなかった。洸はやりたくないという本心を指摘され、口をつぐんだ。

「さぁ、今からお前の最悪な人生の幕開けだ!」

 ゴクは自らの炎を大きく広げ、有無を言わさず洸を包み込んだ。


 洸を包み込んだ黒い炎は花開くように散っていく。黒の毛並みを持つ化け猫・竹上高之の金色の目に映ったのは浮かぶ黒い人魂と右手に抜き身の刀を、左手に鞘を持った洸の姿。

 精々首筋にかかるぐらいの長さだった髪は肩甲骨のあたりまで伸びている。振り向いた洸の目は優しげな茶色の瞳から、何事も見透かすかのような鮮やかな赤・緋色。

緋色の瞳は神野悪五郎(しんのあくごろう)を捉えたまま、洸はゆっくりと立ち上がる。下敷きにされた剃髪の男はその代わりように目を見開いたまま上半身を起こした。悪五郎の笑みは変わらない。

「まずは名を聞こうか」

「門杜洸」

 洸の声には何の怯えも哀しみもない。

「洸、歓迎するぜ」

 周囲に人はいるが喝采も拍手もなく、新たな閂鬼は尾道の細い坂道の内の一つで静かに誕生した。


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