飛ぶ紅茶
「本日は誠にありがとうございます。」
ゆっくりと私が顔を上げると、冷ややかな表情が私に刺さる。あー、本当に私、嫌われてんだな。
私が席に腰を下ろすと、お茶会が始まった。基本的に終始和やかな雰囲気であるのにも関わらず、私を会話に入れさせないぞと言う気合がヒシヒシと伝わってくるので心が痛い。
あー。あからさまにハブられてるー。へ、凹むなぁ。
私に背を向ける形で盛り上がる可愛いご令嬢たちを私はぼんやり見つめる。うーん、どうにか頑張ろうとは思ったけれど、無理だなこりゃ。
完全に私の事をシャットダウンしているし、話しかけても皆ガン無視。こ、心折れそう〜。
私が寂しく紅茶を口に運びながら、周囲を観察すると、明らかに会話の中心になっている人物がいた。えっと、確か……ルルージュ・アデライン。私と同じカルミア様の婚約者。
うわー。凄い美人だな。ストレートの長い髪がとてもよく似合う。思わず私がチラチラと見ていると、バシッと目が合ってしまう。
やば。目が……合ってしまった。
「貴方、お姉様になんの用かしら。」
「そうよ。何を見ているのかしら?」
私が振り向くと、そこには、二人の可愛らしい女の子が立っていた。あれ、もしかして婚約者の二人?だよね。四人いた婚約者がこれでみんな揃ってる。
「すみません。とても綺麗で目を奪われてしまって…。」
私は素直に本心を告げた。だって本当の事だし。繕っても仕方がない。
しかし、それが彼女らの勘に触ったらしい。私はパシャリとルイボスティーをドレスにかけられる。ジワジワと染み込む紅茶を見つめて私は呆然とした。
う、うそでしょ。こんなこと……現実にあるんだ。ドラマや漫画の世界だけにしかないと思ってたけど、やっぱり社交界はシビアだなぁ。
でも、初めての経験に私は少しワクワクさえしていた。本当に不謹慎だが、こう言うことは少し、やり返し甲斐があると思ってしまう。私のダメな所だ。可愛げが無い。だが、私がやり返すよりも先に、一人の女性が私の元へ飛んでくる。
「ちょっと、貴方達。何をしているのっ!」
「お姉様。だって、この女が…」
「セレナ様とお呼びなさい。全くはしたない。セレナ様。大変失礼いたしました。」
スッと綺麗なハンカチを私へ差し出すのは、さっき見惚れてしまっていたルルージュその本人であった。素敵な人。それに、凄い、良い人。
「いいんですよ。逆に、素敵になったかもしれないですわ。」
私が振り向くとロイは静かに笑って、私の腰に大きめのスカーフを巻いた。まさかとは思ってたけど、準備はしておくものね。
私がそうして微笑むと、ルルージュはスッと表情を戻し、そのまま席へ戻ろうとした。ちょっと待って!
「ルルージュ様!」
私が呼び止めると、少し眉を潜めた後、「なんでしょう?」ととても優雅に聞き返した。彼女の所作には貴賓があり、本当に王子の婚約者として相応しいと心の底から感じる。
「ルルージュ様。そして、他の皆様方。お茶会へのご招待を頂いたのにも関わらず、返事をせずに誠に申し訳ありませんでした。言い訳にしかなりませんが、どうしても、手紙の届かない環境におりまして、皆様のご招待があった事にすら気づいていなかったのです。」
私はそのまま深く頭を下げ、誠心誠意謝罪をした。今しかきっと話を聞いてくれない。この二人が紅茶をかけてくれたことにより、注目を浴びた今しか。
皆と仲良くなれるとは思っていない。今更好かれようなどとも思わない。だが、謝っておくべきことだと思う。これは、私が他の婚約者達を知ろうとしなかった事で起きたことでもあるのだから。
すると、ルルージュは私を一瞥した後、何も言わずに、私の元を去っていった。
これは……ダメ…だったかな。まぁ、なんというか、許されると思って謝罪したわけじゃないし、どうしようもないことだから、いいんだけれども。やはり、へ、凹むなぁ〜。
私はその後も孤独なお茶会に身を投じた。
――――――――――――――――――――
お茶会が終わりに差し掛かり、私はそろそろお開きをと、声をかける。私の声に一度振り向くと、各々がパラパラと隣に挨拶をしてお茶会は終わりを告げた。
はぁ、なんてつまらないお茶会だったの。まぁ、謝罪の為に来ていただいた訳だし、そのノルマが達成できただけマシとするか。私に対する評価はきっとそうそう変わらない。それは人間関係においては常識で、仕方がない。信頼とはそういうものだ。失うと、取り戻すには時間がいる。
私も皆の退席を見計らって、席を立つ。これから、頑張ろう。信頼は積み重ね。この一度で解決するはずなどない。全く、本当にお父様は………。
私が心の中で3回ほどお父様を平手打ちしたころ、急に声をかけられた。振り向くと、そこには真っ直ぐに私を見つめるルルージュの姿であった。
「お姉様?どうされたのですか?」
「貴方達。帰ってなさい。」
ルルージュを慕っているらしい婚約者二人に声をかけ、ツカツカと私の元まで歩く。何故か後ろのロイが警戒しているのが伝わった。
「ルルージュ様……。」
ルルージュは私の元まで歩くと、静かに私に問う。
「貴方…昨日、バン様と研究室に居ましたね?」
「え、なんでそれを…。」
「何をされていたのですか?」
私は思わずロイを見た。ロイはとても警戒しており、明らかに様子がおかしい事はわかった。でも、ルルージュからは一変も不穏な空気を感じない。私を陥れよう、だとか、そういう思惑を感じない。ただ単に演技力が凄いだけなのかもしれないけど。
「医療技術の発展の為に研究をしていたのですよ。家庭医療を実践の場でも活用できないかと、考えているんです。」
私は、包み隠さない事を決めた。この人の瞳は嫌いじゃない。とても気が強そうだし、少し怖いけれど、凛とした何かしらの意思を感じる。
「女性の…貴方が…?」
怪訝に眉を潜め彼女は私を見つめる。
「そうです。別に可笑しいことではないと思いますが……。」
私がそういうと、ルルージュは目を剥いて私を見つめた。必死に私を、強く見つめた。
何、どうしてこんなにも必死に…。
「あの…」
私が考えていると、思考を止める様にルルージュは遮った。
「貴方の研究…少し見せてもらえないかしら。」
「えっ……」
なぜ、だろう。私の研究見たって、別に面白くないと、思うんだけれどな。私がロイを見ると、明らかに『ダ・メ!!』という顔をしたけれど、私は少し笑ってルルージュの申し出を受けた。
「ええ。是非。此方へどうぞ。」
私はそのままルルージュを研究室へ案内した。
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