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新たな戦場

「セレナさん!お願いしますね!」


「はい!」


 私はバンと大量に資料に追われる毎日を送っていた。と、いうのも、私は王宮に引っ越してきてから約二週間が経ち、慣れる暇もなく忙殺されそうな勢いだった。


 引越し当初、私はスカルスガルド家で付いてきたただの令嬢で、役割もなくここの王宮になどいられないと、お父様に愚痴を溢した。するとお父様はチクリと嫌味を言った。


「もしかして、お前は僕が何かを指示しないと働けないのか?今まで一体何をしてきたんだ。」


 はぁん?????そんなこと言ってねーーわ。


 あの時は流石に殴り飛ばしてやろうかと思った。勝手に王宮に連れてきて、いきなり仕事を自分で探せないのかお前は?と言われる私の身にもなりやがれ。


 そのままキレて部屋を出る時、お父様は心底『なんで怒ったんだろう。』という顔をしていた。本当に、頭がいいのか悪いのか。いや、もう、悪いだろう!頭!


 そんなこんなでしっかりと自分で仕事を見つけ、私はバンと研究に明け暮れているわけだ。あの日名乗った研究者という肩書もあながち間違いではなかった。


「ここはどうしましょうか?適切な拭き方とか、検証して記載しておきますか?」


「そうですね。実際にやりながら出来るだけマニュアルに細かく記載しましょう。」


 私が行っているのはマニュアルという物の作成だ。もちろん未熟である私は、バンに助言をもらいつつ、看護として有効と思われる援助を誰にでも行えるよう、マニュアルに興しているのだ。


 でも、温度計などの便利な機械はない。誰にでも出来る様に少しでも私は家にあるものを活用する方法を考えた。


 看護学校時代にもこのような家にあるものの代用の授業は受けた。在宅看護。いわゆる、在宅での看取りや治療をしたいと希望するものへの看護であったが、ここの世界ではそのすべてが役に立つ。


 私はバンと共に執筆と研究を繰り返し、朝も夜も関係なく仕事をひたすらにした。いずれは、看護師という職を作るためにも。


 この国は女性の進出がとても少ない。まぁ、仕方がないのだ。例えば生理などでは休まねばならず、育児も預けたりせず女性が行うとなると必然的にそうなってしまう。


 男性が外で働き、女性は家を守る。日本の昔のような文化を感じさせる。別にそれがダメだというわけではない。それでこの国の社会は成り立っているのだから。


 しかし、アイシュなど、万が一旦那さんを失ったりすると、その場合は急激に圧倒的弱者となってしまう。このシステムでは、家族の一部が欠けると機能を容易に失いやすい。今の社会にはリスクが多すぎるのだ。とても脆い構造なのだ。


 看護はかなり家庭医療を受け継いでいる部分が多い。女性はそれに慣れていることも多い為、職業として成立させるにはもってこいではないだろうか。女性の進出や、アイシュのような女性を救う為にもいいのではと思うのだ。もちろん、男性にも出来る仕事であるし、新たな就職先として働き口が増えることは良いことだ。


 つまりこれは、医療の発展だけが目的ではない。医療の質向上と共に、女性の社会進出を私は促したい。


 全国的に看護師を普及させられることが出来ればきっと、この国は変わる。


 私はバンと資料をまとめたり、研究を進めるうちにその実感を感じていた。きっとそれはバンも同じ。


「バン様は、どうしてあの勲章式の時、私に協力してくださったのですか?」


 私は今まで疑問に感じていたことを素直に聞いてみた。彼は本当に優秀だ。周囲の評価からそれはもちろんわかっていたことだが、一緒に働くとより一層その優秀さが際立つ。


 あまり表には出ないのに、こんなにも有名なんだもの。それは、優秀に決まってるわよね。


「そうですねぇ。セレナ殿がとっても可愛らしいから協力したかったって理由じゃあ、納得されませんよねぇ?」


「な!しません!」


 私が叫ぶと、なはははと楽しそうに笑った。私は彼を見ているととても楽しい気持ちになる。屈託がなく底抜けに明るく優しく思いやりがあって、そしてどこか温かみのあるそんな人。私は彼をとても尊敬している。


「色々理由はあるのですがね?一つは、貴方に興味があるからですよぉ〜?」


「興味?でしょうか?私にそんな面白い所あるかなぁ?」


 そんなに面白いかな?私。特に何の変哲もないように思えるけど。私が心底不思議な顔をすると、バンはまた楽しそうに笑った。


「そうですねぇ。あとは……セレナ殿の前では笑ってられるからですかねぇ?」


「えぇ?いつも笑ってるじゃないですか。」


 私がそういうと、彼はどこか寂しげに笑った。やっぱり、どこかこの人には深く落とす影も感じる。底抜けに明るい光と共に、決して触れられない闇も一緒に。


「まぁ、まぁ。理由なんてなんでもいいんですよ。とりあえず、できる事は全てやりましょう。」


 バンの言葉に大きく頷く。確かにその通りだ。私は自分のまとめたレポートとマニュアルを見つめ、静かに誓う。


 これを上の人に認めて貰えば看護師と言う職が正式に決まる。反対も多いかもしれない。でも、頑張りたい。これがこの国を良くするって、そう思うから。


 いくつかの作業が終わった時、バンに声をかけられる。


「今日はここら辺にしておきますか。」


「あぁ…いえ。もう少し。」


 ウトウトする目を擦りながら私は資料に目を通す。せっかく王宮に住めるというのに、カルミア様と全然会えてないな…。あの勲章式から全然会えてない。あの時、カルミア様が少し悲しそうな表情をしていたのは何で何だろうな。


 私のせいじゃないと良いんだけどな。


 不意にかけられる上着を私は無意識に肩まで上げた。カルミア様、何処かで嫌な気持ちになったり、辛い目にあったりしていないかな。この王宮には色々な物が渦巻いている。


 アリシア様との時も感じたけど、こんな所でずっとカルミア様は暮らして来たんだな。やっぱり凄い人だな。かっこいいな。


 でも、私にも手伝わせて欲しいのにな…。


 私はそのまま、眠りに落ちた。硬い机に突っ伏したまま、ウトウトと研究室で夜を明かした。


 その傍ら私の覗く視線の先には全く気づかず。


「セレナ・ディ・スカルスガルド…。こんな不潔な女が……。なぜ…?」


 綺麗な手に自らの爪を食い込ませ悔しがる女性の正体を、私はまだ知らない。



更新時間を0時に変更させていただきます。毎日投稿がやはりどうしても難しくなってきたので、週1〜2.3回の投稿になります。ですので明日の更新はありません。


毎日投稿続けたかったのですが力が至らず申し訳ありません。今後も読んでいただけるととても嬉しいです。


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