美しき黒鳥
私は屋敷のバルコニーでキラキラと光る夜空をぼうっと眺めていた。
ここ数日で色んな事があった。そして、やらなきゃいけないことが沢山見つかった。森林国境から帰ってきて、私の環境はとても大きく大きく変わった。
まずは王宮で、私の価値をしっかり証明する。勲章式の時のことはもう仕方がない。時は戻らない。私は私なりに沢山努力する。そして、自らの手で王妃を勝ち取って見せる。
私の1番の願いはやはり、カルミア様の頼れる背中になる事だから。隣にいるのは、私でありたいから。国王様の言っていた、私の本当の願い。それを叶えるためには、確かに険しい道になるわね…
そして、王妃になる為に始めた事だけど、それでも私は欲張りで、沢山沢山、新たな願いが生まれてしまった。
一つは、医療。もう、治療すれば治る人が死んでいくのは見たくない。私は出来る限りの知識を振り絞って、バンの研究に協力する。看護を広められれば、救える命も増えるだろう。
二つ目は、やはり、シュパールの民の件だ。まだまだ、この件に関してはどんな事をやるべきなのか、見通しも立っていない。でも、やりたいって思ったんだ。あの二人をみて、もう、よく分からない偏見や、無知で絆を切り裂きたくない。
「やる事いっぱい。」
シンと冷えるバルコニーでポツリと呟くと、なんだか感傷的な気持ちになってくる。王宮への引越しは明日だ。ここのバルコニーで過ごすのも、もう、最後かなぁ。ここでは色んなことがあった。記憶を取り戻してからもずっと、私はここで星を眺めながら様々な事を思ったものだ。
私がそんな事を考えていると、突然上から声が降ってきた。
「何がいっぱいだって?」
私は驚いて、声のする方へ顔を向けると、そこには夜の闇に紛れ、綺麗な目を優しく細め笑うカイトであった。
「カイト!!」
私がそう叫ぶと、カイトにしては珍しくわざわざ私と同じ位置まで降りてくる。私が星を眺めていたのと同じように、バルコニーに寄り掛かった。
「貴方、今までどこに行っていたの?あのまま、サヨナラなのかと思ったじゃない!」
カイトは森林国境から帰ってきたあと、ロイと口論になりすぐにどこかへ消えてしまった。それから数十日は経ってるが全く姿を現さず、私はとても嫌な別れ方をしてしまったことがとても気になっていた。
「ごめんごめん。ちょっと色々片付けなきゃいけないことが多々あってさ。」
「片付けないといけない事?」
私が聞き返すと、カイトは首元のやや空いていたボタンをキュッと上まで止めた。いつもゆるゆるなのに。ゆっくりバルコニーの柵から手を離し、私の方へ跪く。
「どっ…どうしたの?」
「色々と、ケジメをつけてきた。」
「ケジメ?」
彼は、とても穏やかに私を見て笑っていた。優しい表情。その顔に何故かとても胸が熱くなる
「カイト……貴方…何を…?」
「姫さん。俺を雇う気はないかい?」
「えっ?」
カイトを雇う…?
「姫さんの進む道のお手伝いがしたいんだ。きっと役に立つと思うよ。俺を姫さん専用の翼にしてよ。俺がどこへだって飛んであげるよ。」
翼?ちょっと、何を言っているの?貴方、国家の暗部はいいの?色々と不味くない?
「でも……暗部のお仕事とか…は?そういうのは…?」
「ケジメ。つけてきたって言ったでしょ?」
暗部を抜けてきたというの?
あそこは、抜けるのを許さない組織のはず。抜けるならば王族か暗部のトップの証明が必要。重大なこの国の秘密を所持する事は、各国から狙われる事にもなる。表で生きれば、命を狙われることも少なくないはず。
それも、全て承知の上でって事?私についてくる為に?そんな危険を犯したの?
「一つ……聞いてもいいですか?」
「うん。いいよ。なんでも聞いて。」
「どうして、私なのですか?」
私はどうしてもわからなかった。明らかに私の待遇は良くなかった。あの過酷な森林国境に付き合わせ、私は勝手な行動をとるし、さらには傷まで負ってきた事で沢山の叱責を受けさせた。
正直、あの時の私の行動全てが主人として相応しくない行為だった。
なのに、なのに何故私に?
カイトは私の言葉にスッと息を吸って不敵に口角を上げた。
「好きだから。」
「…何がですか?」
「姫さん。」
………えっ。えっ?えっ!?
私っ!?私がっ??えっ!ちょっと!えぇ!?
私は思わぬ回答に3歩ほど後ずさる。顔に全ての熱を持っていかれている事が嫌でもわかる。
「…えっ。あの……好き?好きって。え??」
私がショートしそうな頭を必死に回す光景を見て、カイトは目を細めて見つめてくる。
見ないで!本当に!ちょっと!
「人として、ね?好きなのよ?姫さん。」
「……あっ。はい。人として。人としてですね。」
あ、なんだ。人として好き?人としてか。あーびっくりした。本当にびっくりよ。もしかしてカイトは私に恋愛感情を抱いているのかと…。いつもは、そんな自意識過剰じゃないのよ?!ただ、一応攻略対象だったから、知らず知らずにそうなっていたのかと、思っただけだから!
なんなのよ。なんだったのよ。じゃあつまり、含みのある言い方をして、私をからかったわけ!?
「何故、そう誤解を招くような真似をするんです!?」
「…………その顔が一回だけ見たかったからだよ。」
「はい?なんて??」
「や、面白いかなぁ?って。」
コイツッ!
「あの……冗談ならば辞めてください。色々と。」
カイトが私と共に来てくれるなんて夢を見てしまったじゃない。私がそう言って部屋に戻ろうとすると、カイトは慌てて、私の手を掴んだ。
「ごめん。でも、揶揄ったのは今だけだから。姫さんに付いて行きたいっていうのは本当。本当だよ。」
カイトは、掴んだ手を優しく持ち替えて、再び私に跪く。
「こんな俺だけど、君に命を預けたい。君に仕えたいんだ。」
彼の瞳がひどく真剣に見えて、いつものカイトとはどこか違って。こんな真面目な表情のカイト。私、初めて見た。
まだ、私、貴方のこと全然知らない。どんなことで笑う人なのか、どんなことで泣く人なのか、どんなことで怒る人なのか。でも、一つだけ知っていることがある。それは、彼がとても優しいということ。
私は、迷う余地などなく、そのまますぐに答えた。
「もちろんです。そんな事を言っていただけるなんて、私は幸せ者ですね。こんな私で良ければよろしくお願い致します。」
私がそういうと、カイトはチュッと手背にキスをした。そして、カイトはそのままバタンと床に倒れる。私から顔が見えないように顔を手で隠した。
「うぁー。緊張したぁーーー。」
「緊張?そうは見えませんでしたけど。」
私の言葉にカイトは食ってかかる。
「はぁ?!したに決まってんじゃん!元暗部だよ!?絶対面倒くさいし、そんな事受け入れる主人なんてそうそういるわけないじゃん!」
そうかな。とても魅力的だと思うけど。でも、確かに、裏の人間から表へ行くのであれば、色々大変だしね。戸籍とか、身分とか、もろもろ作らないと。
「別に。そこまで面倒だとは……。」
戸籍ぐらい、情報を改竄すればいくらでも手に入れられるしなぁ。他の令嬢ならまだしも、腐ってもスカルスガルドだ。余裕よ。余裕。
「ふふ。戸籍…とかも必要ですよ〜?もう悪いことできませんねぇ〜。」
私が声をかけると心底嫌そうな顔をした。
「あーそうか。そういうのも必要だよね。表で生きるのめんどくさいなぁ。」
「今度からは扉を開けて入ってくださいね。捕まえちゃいますよ。」
「うげっ。」
私とカイトは二人で顔を見合わせて笑った。
暗部の人間には戸籍がない。正確には、一つに固定されていない。足跡がつかなくするためと、容易に他人に化けられるようにだ。カイトはおそらく複数の戸籍を使用し今まで任務に当たってきた筈だ。
だから、表で生きるのであれば、複数所有の戸籍を処理し、さらには新しい戸籍の作成が必要。
私がそんな事を悶々と考えていると、カイトはそっぽを向きながらポツリと言葉を溢す。
「一つ、わがままを言っていい?」
「はい。何ですか?」
私がカイトを見ると、少し頬を赤くしておずおずと私の顔を覗く。どんだけ照れんのよ。
「名前を…くれないか?」
「名前…ですか。」
予想と全く違う要求に私は少し、切なくなった。
カイトには、ファミリーネームがない。戸籍には登録する際通常は、ファミリーネームとファーストネームを記載する。別にファーストネームだけで登録できないわけじゃないんだけど。
「ファミリーネーム…。それ、私が決めていいんですか?」
「うん。姫さんに決めて欲しい。」
私はうーんと顎に手を当て、空を見上げた。カイトに、合うファミリーネームでしょ?あー、私、こういうセンスないんだよなぁ…。でもせっかくだし、ちゃんといい名前を考えてあげたい。うー、責任重大。
カイト。黒衣の鳥。夜。
「カイト・フォーゲル……っていうのは…どうかしら。」
フォーゲルは鳥のドイツ語。なんでこんなことを知ってるかって?誰にでもあったでしょ?そういうカッコいい言葉を探す時期。そういう時期に調べたことがあったのよ。
私は恐る恐るカイトの顔を見た。
「おれ…はじめて。」
「え!?カイト!?」
私はカイトがこんなにも喜んでくれるとは思わなかった。まさか、あのカイトがポロポロと涙を零すほど喜ぶとは、思わなかった。
「ありがとう。チョー大事にする。」
カイトは乱暴に涙を拭った。
彼は今までどのように生きてきたのだろう。戸籍もなく、日の当たる場所で歩けず、成果をあげても表沙汰にはならず日の目を見ない。暗い暗い世界で彼はずっと生きてきた。
もちろん、その世界を否定するわけじゃない。そこで働いている人が居てくれるからこそ平和で私たちは過ごせているのかもしれないのだから。
ただ、その人の人生は?カイトの人生は?
家族の繋がりや大事な人の温もりを感じられない事は一体どんな苦しみがあるのだろう。
カイトは、欲しかっただけなのかもしれない。名前を持つ事で、自分は存在しているという事の証明を。それが唯々、欲しかっただけなのかもしれない。
カイトはそのままバルコニーから身軽に闇へ消えていく。なんでも、こうやって自由にできるのは最後かもしれないかららしい。
でも、貴方はロイとは違う。きっとロイにはロイのカイトにはカイトの守り方がある。
だから私はこう言った。
「貴方は私に仕えていても自由なのよ。貴方のやり方で私を守って。」
私の言葉にカイトは静かに嬉しそうに呟いた。
「了解。姫さん。」
一応長々と続いた幕間は終わりです。
括りとしては次回から新章始まります。
王宮編かな。
王宮に暮らすとなると、自然とカルミアとの絡みも増やせるかもしれないなぁと思うと嬉しいです。
以前は中々会えない距離でセレナを生活させていて、ごめんねって思いながら書いていたので。
まだまだ、不穏な空気を作り出す人が数名居ますが、最後までお付き合いいただけると泣いて喜びます。
頑張るぞ!




