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運命

 私はハクとキングサリと共に商店街を歩いていた。街の人々の野次馬は中々引かない。それほどまでにあの新聞の影響は強かったのか。はたまた、この国の王族とシュパールが一緒にいると言う構図がとても珍しいのか。


「それにしてもどうしてアイシュの所に?」


 アイシュに会えることの嬉しさで、忘れていたが、ハクへ教えると言う名目であれば別に必要ないのでは?


 食べ物の買い方などは出店で学習ができる。キングサリがわざわざアイシュのところに連れて行こうとした意図がわからなかった。


「あー………。それは…だな。」


 ボソボソとキングサリは言葉を濁した。


「どうしてなんですか??」


 私がグイッと距離を詰めると、降参のポーズで渋々話してくれる。


「ハク殿と、思ったよりも仲良くなって…その。アイシュは俺にとっても大切な人というか、大事な人だと思っているから、紹介したいと思ったんだ。」


「ほーう。ほうほう。そんな経緯が……。」


「な……なんだ。」


 思わずニヨニヨと顔が緩む。本当にこの男は可愛らしい。アイシュは紛れもなく、キングサリに大きい影響を与えた人だ。というのも、出産を見させていただいたことだけではない。


 キングサリはあの日からよくアイシュの家へ通っている。きっと、初めはいろんな感情があったのだろう。旦那さんを失った彼女に気遣っていたのかもしれない。


 彼女は紛れもなく王子であるキングサリ自身が初めて助けたいと思った人で、さらに、彼女から沢山のものをもらっている。


 それは、愛だ。


 きっと……。これは、推測に過ぎないが、アイシュには母親のようなそんな感情を抱いているのではないだろうか。アイシュと話すキングサリを見ていると、一生懸命身を粉にして働く自分の母親を心配する息子を見ているようだ。


 キングサリも今は母親との関係は良くないようであるし、彼女に対してそう感じていてもおかしくない。私はそんな素敵な関係が築けたことにとても嬉しく思っていた。


「アイシュ!いるかー?」


 コンコンと、キングサリが、扉をノックすると、トタタタタと音が聞こえる。あーーーーー。この音だけでもうすでに可愛いっ!


「あぁ!!!きんぐさりさまだ!きんぐさりさま!ままぁ!きんぐさりさま来たよぉー!」


 大きい声が私達を笑顔にする。ゆっくり扉を開けると、2歳になったアイシュの子供シュサくんがいた。もうっ。なんというか。ほんっっとうに可愛い。可愛すぎる!


「お久しぶり。シュサくん!元気にしてたかな?」


 私が声をかけると、シュサは、にゃはははと笑いながらドタドタと何処かへ消えていく。


「ごめんねぇ!本当に、わざわざこんなところまで!キングサリ殿下も!久しぶりだねぇ!とりあえず、上がってよ!」


 ハハハハ!と力強くアイシュが笑った。何も変わっていない、見ているだけで元気が出てくる素敵な笑顔。


 私達はお言葉に甘えて上がらせて貰う。ハクは興味深そうに周囲をキョロキョロとしていた。


 さっき、ハクには、必要ないかもって思ったけど、それは間違いだった。彼にとって街での暮らしは全てが未知。私たちがどのようにして家の中で暮らしているのか?という事もきっと知りたかった筈だ。結果的にここに来てよかった。


「アイシュ。こちらはハク殿だ。以前話したシュパールの方だ。」


 ハクは少し緊張を見せながらも丁寧に挨拶をした。緊張もするだろう。何せ、彼女は初めて話す一般のセザール国民。いくら気丈に振る舞っていたとしても。偏見や差別された恐怖は心の奥底に眠っているはず。


 私も少しだけ不安があった。私も初めは彼らを恐れた。知らない事で彼らに対して恐怖を抱いた。それが彼女に大きく現れないか心配だったのだ。


「あんたが!そっかそっか!よろしくね!」


 しかし、アイシュは私の心配を他所に、大きく笑いながらハクと握手をした。ハクも拍子抜けした様子で、ほっと肩を下ろしていた。


 キングサリが我が物顔で、キッチンや様々なものをグイグイ説明しようとハクを連れて行く。あんたね、人の家なんだから少し自重しなさいよ。


 アイシュと不意に二人きりになる。私はそっと質問をした。


「怖く…ないんですか?」


 とてもとてもハクには失礼な質問だとも思ったが、私は聞かずにはいられなかった。どうしてこんなにも彼女は未知にも明るく出来る。


「怖くないって言ったら嘘になるけどね。でもね、旦那の興味があった事だしねぇ。」


 アイシュがそっと目を向ける先には、大量の本が並んでいた。背表紙には、シュパールの歴史…など、シュパールの民について記してある物ばかりだった。


「どうしてそんなに興味があったのか…私にも分からないんだけどね?でも、旦那がなんか必死に、必死に勉強しているからさ。」


 アイシュの旦那さん。今はもういない。森林国境警備隊にいたという事は、シュパールに興味があったせいもあるのだろうか。


「おかしいだろ?本当に。変わってるんだ。あの人は。」


 アイシュの優しく語る目が、旦那さんへの愛情を見ているようでギュッと胸が熱くなる。


「とても……素敵な方ですね。」


「ああ、自慢の旦那だよ。」


 あれ。なんだろう。この胸の引っ掛かり。アイシュの旦那さん。森林国境で働いていて、シュパールに対する知識があった……?病気で亡くなって…。


 私が考えながら、ふとハクとキングサリを見ると、ハクはある場所から動かなくなっていた。キングサリが意気揚々と説明している言葉が全く聞こえてないように見えた。


「ハク…様?どうかされましたか?」


 彼が見つめていたのは、今さっき話していた旦那さんの写真。綺麗に飾られた旦那さんとアイシュのツーショットをハクは、食い入るように見つめていた。


「ハク…様?」


 私が再び声をかけると、ハクはポロポロと大粒の涙を溢す。


「え!?なんで!?」


 私が思わず声をかけると、ハクはゆっくりと震える手で写真に触れ、アイシュを見つめる。


「アイ…シュさん。この方…。ここにいる方の…お名前は……なんですか?」


「えっと…サンド…だけど。」


 その言葉を聞くや否や、ハクはその写真を抱きしめ、大声で泣いた。


 サンド……。それは以前聞いた、ハクの言葉の先生の名前。胸の奥でつっかえていた、あのざわつき。森林国境で言葉を教わっていたのって…アイシュの旦那さんだったのね。


「サンド…やっと、やっと会えた。」


 私はそっとハクの背中を摩る。アイシュやキングサリは何が起きているのかわからない顔をしていた。


 ハクは夢だと言っていた。サンドの奥さんや子供に会うことを。夢だと。


 こんな偶然あるのだろうか。運命だとしか思えない。


 私が、しばらく背中をさすっていると、ハクは落ち着き、ゆっくりとポツポツ話し始めた。


 サンドとの出会い。サンドが自分にくれた物。絶望しても、彼がいたからここまで生きてこれた事。


 話を聞いている間、アイシュはひたすら泣いていた。彼の残した物。それは、とても尊い絆だ。


 心配そうに見つめるシュサをアイシュは抱きしめながらひたすらひたすら泣いていた。


 ハクは夢が叶ったと泣いていた。こんなことがあるのかと、沢山沢山泣いた。


 私はそんな二人を見て、思った。


 サンドが繋いだ絆はきっと切れない。二人を巡る、二人の間の絆は絶対に切らせない。


 人は、人を憂いて喜んで悲しんで、同じ涙を流せるのだから。


 人種や生活、言語、文化、様々な壁を超えて、彼らは今ここに居る。同じ気持ちで涙を流せる人間たちが、醜く争うのは、本当になんでなんだろうと心の底から感じてしまう。


 もう、シュパールを蔑むような醜い争いは絶対にしたくない。こんなにも人は一緒に泣くことができる。生まれや育ちは違くても、人の心は皆、等しい。優しさを育めば、しっかりと優しさは育つ。憂う心を子供と育めば、子供も憂う心を見つけることができる。


 私のやりたい事、また一つ増えた。


 私は、シュパールとの関係を絶対に守る。どんなことがあっても、決してこの絆を切ったりはしない。


 泣き笑う二人を見ながら、私は強く強く誓った。


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