無知
「ちょっと、キングサリ様。注目を集めないでください。貴方がくると…目立つ。」
「なにいってるんだ。もうすでに目立ってたぞ。君一人でね。そもそも、何か騒がしいなぁと思って来たのは俺達だからな。」
キングサリは意気揚々と、私にいつも通りの口調で続けた。相変わらずの減らず口に思わず笑みが溢れる。
「本当…相変わらずですねぇ…。貴方は。」
「ありがとう。そろそろ、俺に乗り換える気にはなったか?」
「は?なんのお話をされているのです?」
私がフイッと顔を逸らすと、キングサリは、そのまま私の顔の方へついてくる。
「はぁ……これだから鈍感は。」
はぁ??私の一体何処を見て鈍感なんて言ってんのよコイツ…。
私がさらにキングサリから顔を背けようとすると、思わぬ人物が目に入る。さっきまでキングサリの後ろにいて気付かなかった。うそ!なんでここに!
「ハク様!!!!!」
私は思わず、キングサリを押し除けて、ハクの元へ飛び出した。
「お久しぶりですっ!どうしてこちらへ!?森には帰ってなかったのですね!?」
ハクも私と同じように、嬉しそうに笑ってくれる。
ハクとは森林国境からの帰路、王都に向かうカルミア様一行と別れたきり、それ以来お会いしていなかった。しっかり綺麗な服も着て〜。とっても似合っている。
「セレナさん!お久しぶりです!見ないうちに、更に綺麗になられましたね。とても素敵です!」
なっ…………。
「あ……ありが…とう、ございます…。」
くぅ。ダメだ。ハクの天然なタラシっぷりのこの発言は私の心には爆弾すぎるっ!そんな優しい笑顔で、私を見ないでくれ!火傷しそう!
私が反射的に顔を真っ赤にしていると、横からニュッと顔が出る。
「なぜ、今ので赤くなる。そして、なぜ俺には赤くならない。」
「ちょっと…さっきから何をおっしゃっているんですか?」
キングサリは明らかに不服そうに口を膨らませ、顔をギリギリまで近づける。ちょっと、近い。
「なんです?」
「なんっで、赤くならないんだよっ…。」
本当に何がしたいのよ。コイツ。
「まぁ、まぁ。落ち着いてください…」
「落ち着いていられるかっ!」
私はハクがキングサリを宥めているのを観て、不思議に思う。あれ?この二人…。接点ないよね?
「あの……すみません。お二人はお知り合いなんですか?一体どういう繋がりで…?」
私が尋ねると、キングサリは掴みかかっていたハクを離し、ニヤリと笑った。
「仕事だ。仕事。ハク殿は、言葉こそ喋れるが、この国の常識を知らない。共に暮らすのであれば、お金や物の価値から何まで全て必要な知識を知っておく必要があるだろう?商店街にきたのは、それが一番手っ取り早く出来ると思ったからだ。」
そっか……。森林では、すべてが隔離される。お金での取引を初め、我々の思う常識が彼らには備わっていない。もしもこの国を基準とした暮らしをしていく事になるならば、いくら森林に住むとはいえ、必要な知識があると……。
それにしても、本当に成長したわね。キングサリ。私がやった事を、今度は貴方がやるなんて。教え子が巣立っていくような、心がポカポカと暖かい気持ちになる。
それに、私と同じ方法で教えようとするなんてっ。なんて可愛いの!そういうところが憎めないのよ!
「すごいですわ!キングサリ様!」
今度は私がグイッと距離を詰めると、キングサリは何やら眉間にシワを寄せて、そっぽを向く。
「お前………バカにしているだろ。」
「んな!そんな!そこまでばかになんて…!」
「おい。少しはバカにしたのか……」
ん?というか、どうしてキングサリがこの仕事をやっているのかしら。
だって国の知識を教えるなんて、誰にも出来るはずよね。それを何故わざわざキングサリが?腐っても第二王子だよ?
「あの……なぜ…。………あっ。」
私は、この質問をする前に瞬時に、ある事に気づく。私なぜ今まで気がつかなかったの。
それは、黄色の歓声に混じる、困惑の声。
耳を澄ますと聞こえる、偏見や恐怖の声。
『本当に……シュパール人がいるわ。』
『大丈夫なのかしら。キングサリ様。そんな近くで……。』
『食べられてしまうかもしれないよ!?』
それは、私が、最初に思った感情と同じだった。
シュパールはずっと遮断されてきた世界にいた。私たちにとっては彼らは未知で、わからない存在。そして、分からないということは私達にとってなによりも恐怖になり得る事だった。
もちろん、受け入れようという心はあるのだろう。世論も反対票は思ったほど多くはなかった。しかし、わからない恐怖というのは誰にしもある感情。
キングサリは、なぜこの仕事をあえて行っているのか。
今、彼はこの商店街の人気者だ。いや、商店街どころではないな。国の人気者だ。目を引く綺麗な容姿に、気軽な性格。今最も国民との距離の近い王族だといえよう。
その王族が、商店街でハクと仲良くしていたらどう思うだろうか。国民は皆はどう思うだろうか。
きっとそんな事に気を回すなんて、今までのキングサリじゃできなかった。歴史をしり、そして、状況から自分が何をすべきかを探す事。それは、とてもとても難しい事だ。
私は以前キングサリに言った言葉を思い出す。
『貴方のそのお立場ならいくらでも変えられるのでは?』
王子として今、自分に出来ること。キングサリは本当に成長した。
「キングサリ様………本当に…すごいですわ。」
私がそういうと……キングサリは何を思ったのか、少し耳を赤く染めてフイッとそっぽを向いた。
「そんな事、言われなくても知っている。」
ふふ。何々?ツンデレ?可愛いんですけどー!
私も一応、この商店街には、お友達が沢山いる。自惚れでなければ、皆、私に対してよく思ってくれていると思う。
よし!
「キングサリ様!私もご一緒します!」
私はキングサリとハクの手を強く引いた。




