騎士の憂鬱【ロイside】
護衛騎士ロイ視点 ちょっと遡ります
ぐしゃっと事例の紙を握りしめる。これは、いわゆる左遷、なのか?
紙にはスカルスガルド家の令嬢、セレナ・ディ・スカルスガルドの護衛に命じる、と書いてある。
私はこの騎士団に入ってからずっとキングサリ王子の護衛を任されてきた。18歳では異例だと周りに言われもしたが、この国にこの身を捧げる為に幼少から武の道をひたすらに進みここまで上り詰めてきた。正直キングサリ王子は尊敬するとは言えない方で、第二王子、さらに正妃ではない側室の子ということもあり、カルミア王子を強く憎んでいた。その原因は割と側室の母親にあると思うのだが、まぁ、それは別の話。
こうして、ずっと王子に仕えてきたのにもかかわらず、ある日、モクレン・ホセ・サンドベリという他国の王女を一日だけ護衛した際に私の人生は変わる。明らかに彼女は私を見てキラキラとしていて、挨拶に手にキスをすると、ゆでだこのように色が変わった。これ、は、あまり良くないな。護衛としては少し距離をおきたい。しかも他国のましてや、セザール国と今若干仲の悪いラグーン国のお姫様なんて、扱いずらすぎるし、優しくして惚れられでもしたら面倒だ。あー、面倒だ。そのまま1メートルほど距離を取って、お姫様のお言葉を若干素っ気なく返す。当たり障りなく、当たり障りなく。
おそらく、これがいけなかった。
「おい。お前!モクレン様が大変悲しい思いをされたとラグーン国から苦情が入っているぞ!なにをしたんだ!」
団長のゴリラみたいな体と顔が真っ赤に膨れている。これ、私が悪いのか??私はこんなしょうもないようなことで騎士としての道を外すのか?
この国が好きでこの国のためなら命だってかけられると思った。剣をひたすらふるった。ふるってふるって、ここまでたどり着いた。最年少だなんだって騒がれもした。私には目指す道も才能もあるのにもかかわらずこんな出来事一つで人生が変わるのか。こんな、何も考えていないような、あのワガママな姫ごときに。私の人生は狂わされるのか。
王妃候補なんていくらでもいる。セレナ様だけじゃない、いろんなところに王妃候補はいて、私が仕えるのも多分箱に入ったワガママな令嬢。どうせ王子との婚約も結婚まではいかないし、私もここまでだ。
「お初にお目にかかります。姫様。私、ロイ・ウェンデルと申します。今日から私はあなたの騎士でございます。なんでもお申し付けくださいませ。」
キスをすると頬を赤らめている。どいつもこいつもおなじだな。どうせ左遷されている私にこれからの出世はないし、だったら媚を打って気に入られた方がいい。8歳なんて子供は褒めておけばすぐに気に入って、私もこれ以上失敗することはない。もう、なんでもいい。
「ロイ様。からかっているのならばやめてください。私はあなたとお友達なわけでもありません。そして、8歳とはいえ、お父様からあなたを預かった以上、あなたは私の部下で、あなたの主は私です。お分かりですか。」
彼女は私より小さな体ではっきりそういった。どこぞのワガママ令嬢なんて適当に褒めておけば気に入られて上に言いつけられることもない、そう、思っていたはずなのに。顔に熱が集まる。こんな小さな身体の8年しか生きていない娘にバカにされるとは………
私の以前の主人、つまりキングサリ王子とは会話というものをほとんどしなかった。護衛とは身の危険が迫るときに使うものであって、常に空気だ。正直に言って本当に怠け者で勉学などに励む様子もなく、母とべったりな様子で、指示も母の方から全て受けていた。同じ年齢でこうも違うものなのか。この方はキングサリ王子とも、モクレン様とも違うのかもしれない。
「ロイ、あなたは、私の護衛を任されたことを左遷された、と思っているんでしょうね。」
「でも、そんなことないですよ。私は王妃になりますから。」
この人は、一体どこまで見えている?8歳にして自分の力を自覚し、未来まで見据えている。この人の目には、どんな風に世界が見えているんだ。
彼女は私に、貴方に支えてもらいたいと思ってもらえるように努力すると、言う。そんな事をこの人生で言ってもらえる日が来るとは夢にも思っていなかった。こんなにも心の底からお支えしたいと思うことがあるとは思わなかった。
きっと私は失望していたのだ。この国に支えたいと決め努力してきたものが、キングサリ王子やモクレン様の護衛をして、心から守りたいと命をかけたいと思えないことに。この国にも、人にも、そしてそんな自分にも。どこかで出会いたいと望んでいた。私の、私だけの主人に。
風がたなびく。セレナ様の髪が風に揺られ、こんな小さな体なのにも関わらず、黄金のティアラをつけた王妃の姿と重なる。この人についていけばどんな景色が見えるのか、どこまで連れて行ってくれるのか。この人の作る国を、私もみたい。見つけた。やっと見つけた。本気で使えたいと思う主を。
捧げよう。この方に。