勲章式
「うううゔ。お腹…痛いっ……。」
私は控え室??というには豪華すぎる部屋で、腹を抑え悶えていた。ロイが心配そうに私の腰をさする。
あれから、10日程経っただろうか。私はいま王宮にいる。私の行った事は勲章されるべきことらしく……その式にこれから出席するのだ。
こんな大きなパーティーは初めてだし、街の新聞屋まで来ている始末。これは…本当に大きいよね。大きすぎるよね。
勲章なんて良いのに……。そんなのいいのに。
あの森林国境の事件から、この国とラグーン国との関係は大きく変化した。力関係が、さらにセザール国へと傾く形で。
病の噂はデマであると、国王が自ら仰られ、噂の正当性を無くしたこと、そして何より、森林国境を全て手に入れた事も大きい。
もう国境ではなくなるあの土地は、シュパールの民の暮らす森として、そのまま、シュパール森林という名になる事になった。
シュパールとの同盟には、やはり古くからの貴族や、国民からも反発は少なからずあった。しかし、私が思っているよりも多くの賛同を得られ、びっくりしている。
この国はかなり閉鎖的なんだ。隣国が二つしか無いということもあり、他国の物や文化、人を受け入れる事にはかなり抵抗を感じやすい。なのに、この受け入れ……
なんというか、ハクのこの顔面???もあるのか。イケメンなんだよなぁ。
顔に皆釣られただけなのか、皆思うところがあるのか、とりあえずは同盟が進んでよかったとは思う。
まだまだ、差別はあるだろう。
しかし、彼ならば、きっと…そこを乗り越えてくれる。そして、私も一緒に頑張りたい。
「セレナ様。そろそろ。」
ロイに声をかけられ私はゆっくり立ち上がる。今日は戦争だ。この式典では、より多くの攻撃に遭うことは間違いない。私の所謂手柄?なる物を、本当に私自身で行ったものなのか疑う人もいる。何故なら私の父はスヴェン・ディ・スカルスガルド。父の大きな影ではそれは当然のこと。
妬み嫉み。あらゆる物が私には降り注いでいる。
そして、これにより、スカルスガル家の家紋も一つ位が上がり、もはやスカルスガル家以上の地位を持つ家紋もいなくなってしまった。
つまり、スカルスガルド家の事実上のトップ。これは、貴族界にとっては大きな出来事。
今まで同等の地位だった古参の貴族達が、こぞってスカルスガルド家の昇進に反対したが、それにしても、今回の功績は大きすぎたのだ。
敵の知らぬ間の侵攻を止める。そして、土地を奪い逆に侵攻するというまたと無いニュースはこの国を、そして周辺の諸国までも驚かせた。
私が思っていたより何倍もこの事件は大きいものだった。
気合を入れるのよ。セレナ。
この先私にあるのは茨の道。あの日、まだ8歳だった頃の誕生日パーティーで誓ったでしょ。
私は頬をパシンと叩き、控え室の扉を開けた。
するとそこには、優しく微笑むカルミア様と護衛のドミニクが立っている。
「かっかるみあ様!?」
いつも、いつも彼は突然現れる。
「エスコートしますよ。」
スッと差し出された手を呆然と見つめる。
い、いいの?ここは公式の場。正式な婚約者もしくは妻ではなければ二人では歩けない。今日はあの日の舞踏会ではない。それよりももっと重くて重要な勲章式。
国王陛下もいらっしゃるんだよ。国の新聞も、国の貴族も皆来てる。その中、私とカルミア様で、歩いてもいいの?
私が手から顔へ視線を移すと、不敵な笑みで微笑むカルミア様がいた?
「なんて顔をしているのだ。」
「で…でも。こんなっ…」
「いい。」
私の言葉を強く遮るカルミア様は、本当に意地悪そうで、悪役王子みたいだった。
……悪役なんだけど。
「驚かせてやろう。このくらいしたっていいだろう。何せ我々は英雄だ。」
「英…雄……?」
一体何の事?
「ほら、さぁ!早く。」
私は急かされ思わずカルミア様の手を取った。満足げにグッと手を引き距離を詰める。
あの日、あの舞踏会の日と同じ赤いカーペット。でもあの日とは全く違う気持ち。
諦めなければと自分を殺した日。今ではこんなにも嬉しくて、どうにかなりそうな気持ちで、カルミア様の隣を歩いてる。
こんな幸せがあるのなら、私は、どんな茨の道でも進んでいける。
「これで……変な虫もつかずに済むな。」
「…すみません。今なんて……?」
「いや、何でもない。」
カルミア様の横で、私は赤いカーペットを一歩一歩踏みしめながら、勲章式が幕を開けた。
――――――――――――――――――
ワァァァァーー。
歓声の音が耳を貫く。何……これ。
何千といる貴族達が一斉に私とカルミア様へ視線を集める。大きな拍手と、オーケストラによる演奏。大きなホールが一瞬で歓声に包まれる。
ぶるりと震える私の体をカルミア様がクッと支えてくれる。
「怖いか。」
小声で囁かれた言葉に、私は素直に頷いた。
「とても…怖いです。」
でも、これは、カルミア様が子供の時から浴びてきた重圧で重責。国の上が浴びる大きな大きなプレッシャー。
「でも、半分こですから。」
これからは、カルミア様だけには背負わせない。私も一緒に背負いたい。苦しみも悲しみも喜びも全て私と半分こ。
私の言葉に優しく微笑んで、カルミア様はそのまま私の髪に触れる。
…………!?!?!?!?
こっ。この!登場の真っ最中!?
こんな大勢の中で私、何されっ……
ちゅっと音を立てて髪がパラパラと私の目の前に落ちていく。大きな歓声に紛れる大きな動揺の声。
「かっ。かるみあさ……」
「今日のセレナも本当に綺麗だ。今皆に見せているのが本当に嫌なくらいに…。」
瞳の奥の影から目を逸らせない。囚われて動けない。ゾクゾクと心臓が震えているのがわかる。
事もなさげにさらりとエスコートを再開し、私は必死でカルミア様の横に付いていく。
やだ。今絶対に顔が赤くなってる。恥ずかしい。みんな見てるのにっ…。
私とカルミア様は、ゆっくりと赤いカーペットの先に居るお方へ跪いた。私は初めてお会いする事になる。その方は、この国の、セザール国の王。
シャルス・デ・フォシュベリ
「面を上げよ。」
私とカルミア様はゆっくりと顔を起こす。ゲームでも、国王の顔は出て来なかった。
この方の情報を私が持っているのだとすれば一つだけ。カルミア様に傷を負わせ、そして、悪役となってしまったのはこの人が大きく関係しているということ。
どんな怖い顔なのだろうと、そう思いながら見たお顔は、カルミア様とそっくりな綺麗な顔立ちだった。しかし、カルミア様のような優しさは感じられない。どこか瞳の奥が暗く閉ざされているような、そんな瞳。
「今回の森林国境、改めシュパール森林での活躍、ご苦労であった。」
深く大きい、どこか冷たさを孕んだ声。脳に直接響くようなそんな荘厳さを感じる。
「セザール国の危機に際し、尽力し、そして、この危機を乗り越えてくれた事に、大きく感謝している。」
ゆっくりと王座から立ち上がり、コツコツと階段を降りる。挙動一つ一つから目が離せない。
「その為、スヴェン・ディ・スカルスガルド、カルミア・デ・フォシュベリ、セレナ・ディ・スカルスガルドに、第一功を与える。」
…!?!?!?!?
私とカルミア様、お父様が同等の功績!?ちょ、ちょっとまってそんなに大きい功績なんてもらえない。
第一功の財は新たに家紋を作れてしまいそうな物だし、そんなもの貰ったとしても、おそらく私は周りからの貴族のバッシングで、殺される。暗殺されそう!
凄まじいフラッシュと、動揺の声と歓声。私はジワジワと自らの行った行為が本当に重い事だったのを知る。なるほどね。これで、英雄……。
「セレナ。スヴェンとカルミアの望みはもう聞いてある。なんでも叶えよう。望みを言いたまえ。」
私は一斉に集まる視線に、汗を垂らす。
私の望み。何でも叶えてくれるとはいえ、それは王が許す範囲内でという事。何を願えばいいのだろう。正直、思いつかない。ないよ!国王様に叶えて欲しいことなんて!
私が、言葉に詰まっていると、エスコートのカルミア様の手の力が強くなる。カルミア様を見上げると、私を優しく見つめていた。
私はこの旅で、多くの物を学んだ。自分の力の無さや、助けを求めている人がこの国には沢山いること。私の手の中で消えていった命も沢山ある。救えなかったものが、沢山、沢山あった。
そして何よりも、何よりも悔しかったのは、カルミア様の重責をなにも代わりに背負えなかったこと。彼の苦しみを、私の小さな力では、軽くする事が出来なかった。
このままじゃ…いや。自分の力で、カルミア様の隣に立つ資格が欲しい。自分にそれだけの価値が欲しい。そんな自分でありたい。カルミア様を支えられるような、背中を預けてもらえるような、大きい人になりたい。
「この度は、私の為にこの様な機会をいただき誠に嬉しく思います。失礼ながら、私の望みは……シュパール森林の医療制度の増強、及び、私の医療研究への介入のお許しでございます。」
一息で言い切ると、ブアッと汗が吹き出る。緊張したぁ。
私の言葉に周囲は響めきを返す。
‥…そんな変なこと言ってないと思うんだけど。
だ、大丈夫だよね?
私の言葉に、王は静かに黙る。と、思ったが違った。王は大声で笑ったのだ。
「…ふ。ははははははは。なるほど…。医療ね。理由を聞いても?」
私は震える声や指先を隠す。平常心。いつも通りよ。私。
「森林国境という隔離された環境下の伝染病の蔓延は、セルテカ周辺も含めた医療整備、医療制度の脆弱性にあると考えます。もちろん、それが全てとは言えませんが。」
しっかりとした医療環境があれば、死ななくていい命が沢山あった。救えた命だった。
「ならば、医療制度の増強を私への褒美である財で賄えるのであれば、そうしたいと……。」
「なるほど。あくまでも自らの財と…。」
「もう一点、私が医療の介入を申し出たのは、医療における発展に、私の学習している部分でお役に立てる部分があるのでは、と考えた為です。」
傲慢、でしゃばり、そう言われるかもしれない。だが、この国には発展してない看護という側面からのアプローチ。それを私が知識を少し出すだけで変わるのではないかと思うのだ。
「それに…根拠はあるのか?」
「私が根拠となりましょう!!!」
私が言葉を発する前に見慣れた安心する顔が目の前に現れる。真っ白なステキなお医者様。
彼の登場に、周囲は響めきを強める。
「お前が出張ってくるとは珍しいな。いつもは影に隠れているというのに。」
影に……かくれる?派手な彼が?
「それ程までに彼女の知識はこの国の医療の発展において有効で貴重であるという事ですよぉ。」
まさか、バンが出てきてくれるなんて。正直、根拠をシュパールの民の生存率からの分析からお伝えするのは難しいものがあった。私が行ったものが仮に、成功例なのだとすれば、失敗例つまり、比較対象が必要だ。それがない説得は意味ない。
やや、強引に押し切ろうとしていたが、助かった。
「お前が出てくるというのが、何よりの根拠になるな。いいだろう。」
ホッと胸を撫で下ろす。しかし、国王様は、私に言った。
「セレナ。君はたった今、楽な道を捨てた。この先は自分で掴み取らねばならない。君の本当の願いを叶えたいのなら。」
本当の…願い?
私は何を言われているのか分からず、押し黙る。私の思考を知ってか、知らずか、王はそのまま会を進める。
「勲章の授与は以上だ。あとは…自由に頼む。」
横にいたお父様は、フッと自嘲気味に笑い、周囲の響めきが歓声に変わる。王はそのまま会場を後にし、パーティーが始まった。
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「あの……。カルミア様?」
私はパーティーの間、カルミア様の横を離れることはなかった。少し困惑した表情をカルミア様が一瞬した事が気がかりで、パーティーの内容が頭に入ってこない。
「私……カルミア様に何かしてしまいましたか?」
「えっ?」
大層驚いた顔で私を見た後、その後は、「いや…なんでもない…」と一言残しそのまま再びいつもの優しい笑みに戻ってしまった。
私はカルミア様の横に居るのに遠く感じて、その理由がわからない。
長い長いパーティーの間私はカルミア様の事をずっと考えていた。




