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命の天秤【バンside】

カルミア付きの医者 バン視点です。

「久しぶりですねぇ。」


 私は森林国境での任務を終えて、王宮へと戻ってきていた。正確に言えばまだ終わってはいないのだが、こちらの仕事もあった為、私のできる限りの処置をしてこちらまで戻ってきた。


 やるべき仕事というのは、元々の物もあるが、今回の森林国境の医療者的観点からの報告。


「あー。ですね。まさか、バンさん帰ってきてるとは。」


 窓からのこっそり侵入を邪魔され、あははと、気まずそうにカイトは視線を泳がす。王宮の私の部屋なら、まだ帰ってきてないと想定して、忍び込んだのだろう。まぁ、いつもこんな感じで侵入しているんだろうなぁと思う。全く。王宮の警備が不安になるではないか。君が優秀なだけなのだろうけども。


「大丈夫。怒ったりなんかしませんよ。ちょうどよかったです。お話ししたい事もありましたし。」


 明らかに、内容が予想つかないそうで、首を傾げる。


「バンさんが?俺に?珍しいっすね。」


「セレナ殿の事ですよ。」


 スッと顔色が変わる。全く本当にわかりやすい。君が彼女に特別な感情を抱いているなんて事があるとはね。思わなかったよ。


「姫さんが、何か。」


 真面目な顔で私を見つめる。


「いやぁ。ね。彼女、本当に、14歳かな?って。」


 私の言葉をぶっと吹き出す。思い当たる節があるのだろう。彼女の言動や行動には子供らしさと言うものがあまり感じられない。どこかで理性を優先するようなそんな思考と行動。


「まぁ…確かに、大人びてはいるよなぁ。でも、結構無邪気な所もあるぜ。年齢詐称はしてないと思うけど?」


 何を思い出したのか、優しそうに顔を緩める。数年前の彼からは考えられない柔らかい表情で。全く、丸くなっちゃって。セレナ殿の周りはどんどん変化していく。もちろん、良い意味で。


「まぁ…流石に年齢詐称はしてないでしょうね…?でも、私が言いたいことはそうではなく…」


 セレナ殿には、本当に驚かされる。


「シュパールの民の治療を私は引き継ぎましたが、明らかに我々の国では知り得ないような特殊な方法が多い。」


 彼女は無意識なのだろうが、包帯の巻き方一つをとっても、明らかにそれは、異質であった。


 どちらかというと技術はちゃんと拙く、彼女なりに一生懸命やったのがうかがえる。はじめての現場だ。上手く出来る方がおかしい。


 が、彼女のやり方は、文献では知り得ることの出来ない、実戦、訓練を沢山行って編み出されたような方法。悪い巻き方とかではなく、初めてみる巻き方や清潔に管理された環境。


 確実に誰かに習っただけでは獲得できない知識だ。この国にはそこまでの医療の発展がない。国を出たこともない一令嬢が、どうしてそこまでの知識を有していたのか。


「姫さんの年齢では考えられない知識と経験って事か?」


「年齢というだけではなく、この国で生活しただけでは獲得出来ないのではないか?と思うほどに技術が革新的なのですよ。」


 彼女への違和感は以前からあった。それは、言葉を交わす中での彼女の思考の成熟にあった。「良いことを教えてあげる」と言っても、「見返りを渡せないから、大丈夫。」と断るようなお方だ。


 可笑しいとは前々から思っていたが、今回、この一件で彼女の頭脳は底が知れない。我々の知らない何かを知っているのではないかと、勘繰ってしまうほどに。


「でもなぁ。考えすぎじゃないかぁ?」


 カイトの言葉を、フーッと息を吐く。


 確かに…まだ14歳。あのお優しい笑顔や行動が嘘だとも思えない。考えすぎか。いやでも、私は殿下殿をお守りする立場からして、彼女がどんな人物なのかを……


「というかさぁ、その技術や知識が間違ってた訳?なにか、害を及ぼした訳?」


 カイトの言葉に慌てて否定をする。


「いえいえ、そうじゃあないですよ。寧ろ、シュパールの民の多くが彼女の治療で助かった。私が来るまでしっかり命を繋ぎとめてくれていた。」


 彼女がいなければ、倍、いやもっと、被害は大きかっただろう。シュパールの民を救ったのは私ではない。紛れもなく彼女の力。


「じゃあ、いいんじゃね?よくわかんないけど、その力を使って何か悪いことをしようとしてるわけじゃないんでしょ?姫さんが隠してることが合ったとしても、人を助けるためにその力を隠すのを忘れて使っちゃうほどにまでお人好しってことじゃん。」


「…ふっ。確かに……。たしかにそうですね。」


 私は思いがけない方向からの考えに少し驚いた。そうですね。彼女の言葉や行動には、悪意を感じない。それとは逆の無類の優しさ。彼の言うことは最もだ。


 人には誰しも二面性というものが存在する。私にも言えない、暗い過去があるように、きっと彼女にも何かがあるのだろう。


 でもそれは、悪意などではないと確信できる。何故だろうな。彼女の人徳かな。


「それにしても、カイトくん。可愛くなったものですねぇ。どっちかと言うと、いつも逆じゃあ無いですか。君が疑い、私が信じる。ねぇ?心境の変化ってヤツですかぁ?」


 私の言葉にウッと息を詰まらせ、若干顔を赤く染める。あら可愛い。君がそんな顔をするようになるなんて、ね。


「別に、そんなんじゃないよ。」


 フイッと顔を背ける彼に、私は、言っておかなければと、思った。


「貴方、忠誠をお返しする気なんてあるんですか?」


 私の言葉に、カイトはビクリと肩を震わした後、乾いた笑いを返す。


「なんで、バレてる。」


「バレバレですよ。本当に、暗部の精鋭か?って程に…。」


 彼が王宮へ帰ってきたのは、多分殿下殿に会いに行くため。セレナの監視?及び護衛の任務をしっかりと遂行できなかったことへの罰を受けにきたのだろう。


 そして、おそらくだが、セレナへ付いて行くと意思を告げるのではとも思っている。


「やー、スヴェンさんにさ、『忠誠を返してもらう必要はあるか?』って聞かれてさ、あー、まぁ、別に、いいかなって。結局、俺は姫さんを守り切れてなかったし、これからもっと危険な目にあったりするのかと思うと、なんか。不安って言うか。」


 しどろもどろでカイトは私に弁明する。別に浮気をしているわけじゃないんだ。そんなに焦ることもないのに。私が殿下側だからと気を使っているのかな?


「いいんじゃないですか?殿下殿がなんて答えるかはわからないですが。」


 正直、カイトが前を向く決断をしてくれてよかった。愛する相手の身が心配とかそんな理由だとしても、彼を明るい道へ連れていってくれたのだから。


 以前の様な…死の匂いが立ち込めた君を見るのは…もう、嫌だ。暗い暗い闇の底で、立ち上がれない君を見るのは…もう。


「そっか……。なんか、バンさんにそう言われると勇気出るよ。ありがと。」


 カイトはそう言って、窓から去ろうとした。だから、私は慌てて引き止める。違うんだ。言っておきたかったことは、まだ。


「カイトくん。セレナ殿は()()()()です。お守りする立場につくのであれば、それをしっかり肝に命じて下さいね。」


 カイトは怪訝な顔で私を見つめる。


「危うい?それ、どう言う意味。」


 セレナ殿は、本当に危うい。儚げで、浮世離れした、そんなお方だ。


「私は殿下殿の説得の際、嘘をつきました。セレナ殿は()()()()()()()じゃない、安全が確認できたからカイトを外に出したんだと、嘘を。」


 私はあの森林国境での時、セレナ殿ならば、()()()()()でカイトを送り出す決断をしている可能性を大いに考えながらも、殿下殿の心の支えの為に、嘘をついた。セレナがすでに命を投げ出している可能性をわざと見ないふりをした。実に危うい嘘であり、殿下殿に嘘だとしれれば、かなり私の身も危なかっただろう。


「彼女は自分の命への執着が低すぎます。思考もなぜか何処か俯瞰している。どこか他人事だ。物事から自分を外して考えがちの思考は時に自分の身を滅ぼします。」


 カイトは眉を潜めながら私の言った事と自分の記憶をすり合わせている様子であった。


「あの年齢ではまだ思春期で、自分の欲求に忠実であったり、自分を確立するのに悩む時期です。しかし彼女はそれが全く感じられない。」


 どこか生きている世界が違う。達観している。なぜそうなったのかはわからない。()()()()のせいなのか、彼女の()()なのか。はたまたその両方なのか。


「命に執着がない上に、人一倍お人好しというのは、安易に自分の命の優先度を低くします。彼女は、平気で他者の為に自らの命を放り出す。」


「たしかに、姫さんは他人の危機にはうるさいくせに、すぐ身を危険に晒すな。」


「カイトくん。有名な問題でトロッコ問題というものがあります。ご存知ですか?」


 暴走したトロッコの先に分岐があり、自分は分岐器を弄れる位置にいる。そのままいじらなければ5人が犠牲になり、逆に弄れば、反対に居た1人が犠牲になると言う所謂答えの出ない問い。


「まぁ、なんとなく。有名なやつでしょ?それが?」


「普通ならどちらかを選ぶ、もしくは時間が来て決断できずにそのままになってしまうでしょうね。セレナ殿ならどうすると思いますか?」


 カイトはうーんと考えた後、首を傾げて降参のポーズを取る。


「いや、わからないな。姫さんがその残酷な決断を出来るかどうかわからない。」


 命を天秤にかける難しい問題。決して正解はないし、それに善も否もない。

 でも……


「セレナ殿なら、どっちも救いたい。そう言いそうでは?」


「…たしかに。姫さん欲張りだからなぁ。だれも傷ついて欲しくないって言いそうだな。」


 そう。きっと、セレナ殿ならとっさに…



「自らトロッコの前に飛び出して、分岐の前で身体投げて、無理やりトロッコを止める…………とか?」



 私の言葉に、カイトはサッと顔色が悪くなる。


 彼女はそう言う人間だ。極端に自分の命の順位が低く、周りを生かそうとする自己犠牲的な精神。それは、とても危うい。


 普通なら自分の身が可愛くなってしまうものだ。それなのにも関わらず、人の為に自らを犠牲にしてまでも、護りたい助けたいと行動することは、とても尊いことなのかもしれない。でも………それでも。


「これは、仮定です。私の予想ですし、本当にセレナ殿がこのような行動をとるかはわかりません。ただ、あの方は危うすぎる。自分の優先順位が極端に低すぎる。きっといつか、自分の命を投げ出してしまう時がきます。」


 彼女の生き方は、彼女を大切だと思っている人を蔑ろにしかねない。いくら人を助けたヒーローだとしても、そんなもの救わずに、セレナ殿自身に生きていて欲しかったと願う人がいる事を彼女は知らない。


 あの人を守ると言うことは、そう言うことだ。いつでもすぐに危険に飛び込む背中を見ていられなくなったのだろうが、近くにいればこそ、それはもっと怖く感じるだろう。


 なんなら、カイトに矢が降り注げば、彼女が庇って傷を負うかもしれない。従者を庇うなど本来ならありえないが、彼女なら容易に、というより当たり前に庇うだろう。


 険しい道になるだろう。彼女についていくと言うことは、彼女の投げ出す命を拾わないといけないのだから。


「…それ、どうにもなんないんすかね。姫さんが命を投げ出さないようになるのってどうにか…なんないんですかね。」


 拳を握り締めながらカイトは言った。


 本当は彼には話したくはなかった。理由が彼には少しきついから。


「ありますよ。彼女が強く死にたくないと思えばいいのですから。」


「それって……!」


「カルミア王子。殿下殿への気持ちですね。」


 彼女にはほとんどといって良いほどの欲を感じられない。権力というものにも溺れない。


 でもそんな彼女が唯一自らの欲を出し、手に入れたいとするのが、殿下殿なのだ。


 それがなぜなのかはわからない。しかし、彼女の殿下殿への愛は本物だと感じる。

 自分が殿下殿の隣にいたい。そう願う気持ちは彼女をこの世に引き留める唯一の方法かもしれない。


 今の殿下殿には絶対にセレナ殿は必要だ。それが精神的支柱であるし、絶対に必要。しかし、また、彼女にとっても、殿下殿が必要なのだ。この世に引き止める、繋ぎ止める架け橋として。


 カイトくんには…酷かもしれない。


「そっか!」


 カイトは、私の言葉に満面の笑みで返す。

 思わぬ反応に、少し戸惑う。辛く…ないのか?


「カイトくん。君……」


「俺、特に、自分の思いを遂げようとか思ってないから。」


 寂しく笑う。寂しいと、そう見えるのに、決意めいた何かしらの思いを感じる。


 そうか…君はもう、カルミア殿下と、セレナ王妃に、2人に仕える覚悟を決めているのですね。君は二人を分けてなど考えていない。


 セレナ殿を思う気持ちと同じくらい殿下殿に仕える気持ちもあるんですね。


 なんて残酷で、そして、なんて美しいんだろうか。


「カイトくん。私は君のことを侮っていましたねぇ。私としたことが。」


「本当だよ。俺が姫さんに護衛として付くのも、行動が危なっかしすぎて、ロイくん一人じゃ足りないからだから。そばにいたいとかじゃないよ。坊ちゃんには、ドミニクがいるしね。」


 カイトは自分の手を見つめ、私に問う。


「俺…汚いんだ。沢山沢山殺した。俺の手はもう汚い。」


 光る瞳は彼の真っ直ぐで純粋すぎる心。


「でも、姫さん見てたら、こんな俺でも…いや…俺だから守れる人がいるんじゃないかって思ったんだ。俺も、姫さんみたいに、人を……救いたい。守りたい。足掻いてみたい。」


 君は、小さな頃からそうでしたね。闇に生きている中、誰しもが光を見失う中、貴方だけは心の光を絶やさなかった。自分の汚さや闇に呑まれてドロドロになっても、心は決して失わなかった。


「俺にも、できるかな?姫さんみたいに。膨大じゃなくても、守りたい二人を守れるかな?」


「できますよ。君は、もう、大切にすると言うことを知っていますから。」


 ようやく見つけたのですね。

 自分の、自分だけの光。


「…へへ。ありがと。俺、もう行くね。バンさんの言ったこと、忘れない。ちゃんと姫さんは俺が守るよ。」


 風のように窓から飛び出すカイト。


 闇の中抜け出せず、彷徨い続けていた彼がようやく宿木を見つけましたか。


 あとは…貴方だけですよ。殿下殿。


 彼の闇も根深い。王子として、人として、迷い続ける貴方は、傷つく事で前に進むしかない。


 そろそろ、気づいたでしょう。


 貴方は一人じゃない。一人では進めない。


 あの人の痛みや闇も癒してくださいますか?


 セレナ殿。


バンさん、なんでもわかってそう笑

重めの内容でしたが読んでいただきありがとうございました。どうだろう。賛否あるかなぁ。命の話を書くときはかなり緊張するものですね。


個人的には、セレナの成長を書いていきたいと思っているので、今後どのように変わっていくのか、見ていただけると嬉しいです。親子で成長!!笑



そして、一つ謝罪が。本当にごめんなさい。ストックが…。無くなりそう。本当に底をつきそう。1話1話貯金を切り崩して更新していたのですが、本当に底が見えているので、急に更新できなかったらごめんなさい。出来る限り毎日投稿目指します。必ず最終話まで書き上げますので、気長にお待ちいただけると、泣いて喜びます。


感想や、ブックマーク評価が日々の励みになっております。読んでいただいてありがとうございます。

感謝を忘れずに頑張ります!!!!

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