因縁【スヴェンside】
セレナの父 スヴェン視点です。
「久しいな。クリミア。」
そう声をかけると、数年ぶりに再開した彼は全く変わらない悔しい顔を僕に向けた。
「僕が折角教育してあげたのにも関わらず、今度は新たな地で何をしているんだい?どうせ失敗するのだから、辞めておきなよ。」
僕は、ラグーン国の王宮の応接間にて、大声で嫌味を言い放った。目の前でワナワナと震えているのが、まさしくクリミア・ダグレル。この一件を画策した黒幕というわけだ。
「今の私は、ラグーン国の宰相であるぞ!!不敬な発言には気をつけて頂きたい!!」
クリミア・ダグレル。こいつは、以前僕がセレナと話していた時に嘘として使ったブタなる人物である。セレナには嘘だとして処理させたが、実は存在していた。
まぁ、人を騙すときには嘘と真実を混ぜるとどれが本当か分からなくなると言うし、たまたまバカの顔があの時出てきたから使わせて貰ったが、まさか再開する時が来るとはな。
「何を言ってる。お前は今、僕に頭が上がらない立場のはずだが?侵略を失敗したクリミアくん。」
身体を震わせワナワナと僕を睨んでくる。それもそうだろう。一生懸命講じた策略が失敗に終わったのだから。それも再び僕の手で。
以前こいつは、セザール国の貴族として、政権を支えていた一人だ。頭はムカつくことに良い。(もちろん僕の方が何倍も頭がいいがな。)しかし、良いのにも関わらず使う方向が信じられなく馬鹿であって、自らの土地や金を増やす事にしか使わないから、僕が社会的に陥れて、この国で生活できない様にしてやった。セレナと会話した当時、つまり、5年前にはすでにセザール国でのこいつの地位はないも同然だった。
もう、顔も見たくないと思っていたが、まさか、亡命しラグーン国の宰相の地位に就くとは。これは、相当、セザール国の内部情報を売られていると考えるべきだろう。でなければ、他国の貴族などを宰相になど採用しない。命と身の自由は奪わないでやっていたのに。やはり目障りだ。牢獄にぶち込んでおくべきだったか。
「失敗したのは私ではない!あのバカな王子のせいで台無しになったのだ!!」
アーサー王子か。彼にはかなり助かった。リリスに偏った情報を流させた事で思い通りに行動してくれた。
「そうかなぁ。僕は君の方がバカで嫌な匂いがするけれど?」
クリミアは、先程も言った通り、ある意味バカではあるが頭だけは良い。ずる賢いとも言うだろうか。今回も、セザール国を攻めるにあたって勝算が無ければやっていないはず。
つまり実際に森林国境へ侵略していたと言うことは、少しでも勝算があったという事なのだ。
ここで、どんな方法でセザール国を滅ぼそうと考えていたのかと考えてみる。
もし僕がクリミアの立場だとすれば、セザール国に打ち勝つ方法として選ぶのはただ一つ。隣国との軍事同盟だ。隣接する国が多いラグーン国は、もちろん脅威にもなり得る欠点である。しかし、逆に捉えれば、隣国との軍事同盟を結び一斉にセザール国へ進軍すると言う連合軍を作ることも可能だ。今回の森林国境侵略はその第一歩であり、森林国境を侵略し、ラグーン国の力を見せ、隣国に協力を扇ぐという作戦であったのだろう。
しかし、アーサー王子はその思惑を知らない。
いや、僕が情報を流さなかった。
その為、アーサー王子の手元にある情報だけでみれば勝てるはずもない相手に挑む、無謀な特攻を行うクリミアの暴走に思えるだろう。クリミアに不信感を持っているのなら尚更だ。
つまり、我々セザール国は実はかなりの窮地にいたのだ。クリミアの思惑通り、あの森林国境が奪われていたのなら、セザール国は連合軍によって滅びていたであろう。
…………いや、例えそんな事になったとしても、国を滅ぼす事など、この僕がさせないがな。
「それに、戦は戦だ。勝ち戦だとしても人は死ぬぞ。アーサー王子は、民を思う優しい良い判断をしたではないか。」
結果的にラグーン国は土地を失ったが、人はそれ以上死んでいない。アーサー王子も僕に操られていたとはいえ、悪い判断じゃない。王子として民を守るのは当然のことだ。
コイツの作戦で連合軍を組めば、確実に、ラグーン国は膨大な死者を生んでいた。国を落として喜べる数ではないほどに、膨大な死者だ。
「お前……いつから気づいていた。」
いつから…ねぇ。正直、気づいたのはほんの数ヶ月前だし、あの時は流石に冷や汗をかいた。こんな計画、民をどうでもいいと思ってる人間にしか出来ない。いくら馬鹿とはいえラグーン国の王にも人の血は通っているのだろうと思っていたのだから。
しかし、クリミアは違う。こいつにとってラグーン国は異国の地であり、民などどうでもいい。こいつが宰相としてこの国にいると知った時全ての点が繋がったように感じた。
こいつの目的は僕と、セザール国への復讐。
実に下らない。
「別に、つい、最近だよ。」
僕の言葉に明らかにイラつく様に髪をボリボリ掻き毟る。
「最近ならば、カルミアにこんな細かな指示などできるわけがないだろう!!なぜ離れた土地でこんなにもお前の思い通りにことが進む!」
「カルミア王子がお前と違って優秀だからではないか?」
ボトボト汗を流し、怒りに顔を赤く染めている。この姿は何年経っても変わらない。そして、怒るとすぐに爪を噛む。
カルミア王子には、僕からは一切指示を出していなかった。セルテカの役人が変わっている事に気づく様、調べていた資料にわざとわかりやすく紛れ込ませたくらいの事しかしていない。
なぜなら、カルミア王子は僕の思い通りに動くという自信があるからだ。
そもそも、カルミア王子にこの国の歴史や、モノの考え方を教えたのは僕だ。シャルス…つまり、カルミアの父親が、妻を亡くし心を病んだ時から僕が面倒を見ていた。家庭教師を選んだのも僕だし、政治やものの見方は僕自身が教えた。
カルミア王子は優しすぎたから、全てが僕と同じ思考になることはなかったけど、育てたのは僕だから、それは、導く結論として、こうなる事は当然だ。思考の仕方が僕と同じなのだから。
実際、キシュワールによって届けられた文書には、僕の思惑通り、アーサーとカルミアの署名と森林国境を全てセザール国の物にと記されていた。
カルミア王子は僕が見出した。心の脆さと弱さを克服すれば、良き王になれる。
教育を買って出た時はそんな事思った事なかったが、僕がいなくなった世界でもセレナが幸せに生きていける様に、カルミア王子には良き王となってもらわねばならない。
僕はアーサーもいい王になれると思うのだがなぁ。少し磨けばアレも光る。
「アーサー王子を抱き込めばよかったのに。自分の意見を認めない者は全て排除しようとしすぎだ。それだから、足元を救われるのだ。」
きっとアーサーがそっちについていれば、本当にセザール国は危なかった。クリミアが遠ざけるという選択肢を取っていたからこそ、こちらに有利に誘導することができた。
まぁ、もしアーサーを説得しようとしていたとしても、いくら連合軍、勝ち目があるからと言って、ここまで民を蔑ろにした作戦を、あの正義のアーサー王子が了承するとも思えないがな。
「あんな、馬鹿な男信用などできない。」
「はっ。お前は昔から信用などしたことがないだろう。信じるのはいつだって自分だ。」
コイツは昔の僕と同じだ。自分のことしか信じない。他人は信用できないと思っている。
でも僕は変わった。
「まぁ、とりあえず、そういう事だから。今度攻めるのならば、ちゃんとあの険しい森林国境を一から攻略するんだな。」
僕は悔しそうなブタの襟を掴み、そう言った。森林国境を完全にセザール国の物としたことで、暫くはラグーン国も大人しくしているだろう。強固なこの国境はきっと役に立ってくれる。
「覚えていろよ……お前を絶対にそこから引きずり落とす。」
クリミアは胸ぐらを掴む僕の手を握り返す。
鋭い目が僕を見つめるが、何も怖くない。僕には敵わないよ。いくら足りない頭を積んだってね。
俺は、ハッと鼻で笑い飛ばしラグーン国を後にする。早く僕の可愛いお姫様に会いに行こう。
セレナに関しては本当に予想外だった。まさか、シュパールとの同盟の要になるとも思わなかったし、アーサーを魅了するとも思わなかった。
リリスの報告の書簡を見ながら思わず顔が綻ぶ。僕の周囲の行動は大体が予測できるのに、彼女の行動だけは予想がつかない。いつも想像を超え、僕を驚かせる。
セレナだけだ。こんなにも僕の心をときめかせるのは。
軽い足取りでラグーン国の王宮の門を抜ける。
じゃあなクリミア。
もう二度と顔を見なようにと心から願うよ。
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しかし、
今の僕はこの願いが叶わない事を知らない。
「スヴェンッ…………」
悔しさと憎しみに囚われたクリミア。スヴェンが去った後、嵐の様に部屋で暴れ回り、従者に掴みかかる。
「アイツの弱点を必ず持ってこい………」
遠く、遠くで、低い声で呟くクリミアの声を今の僕が知ることはなかった。
そして、いずれ、この瞬間を一生後悔する事も。




