終息の兆し
カルミア様との再会をしたあとすぐに護衛の方と合流して、シュパールの村へと向かっていた。軍は、森林国境の砦は無事制圧し、これからラグーン国側の砦にも向かうらしい。とりあえず、これからラグーン国の人間がセザール国へ攻め入るということはなさそうだ。
なんて、冷静に考えているが、頭はカルミア様のことで一杯で、少しでも頭を働かせて居ないとさっきのカルミア様の声や熱を反芻してしまう。
優しく私に触れる手、愛しい物を見るように私を見つめる瞳。全て私に向けられた物だと思うと、本当にどうにかなってしまいそう。
ずっとずっと彼を思ってきたけれど、思いを返してもらえるということがこんなにも幸せであるとは思わなかった。
まだ、彼にも色々と深い闇があるとは思う。あの震える身体を私は忘れてはならないと思う。支えたい。私が。この手で。でも、今は…今はとりあえず。
………無理。そんな真面目なことを考えようとしても、むりむりむりむり。
思い出しちゃうよ。カッコ良すぎる。
ううう。と、頭を抱えていると、聴き慣れた声が私の耳を掠めた。
「姫さん!!!」
思わず振り向くと、あちこちボロボロのカイトが飛び出してきた。なんて…なんて顔をしているのだ。
「カイト!」
私も思わず駆け寄る。
カイトは私にヨロヨロ駆け寄ってきて、眉をハの字にして、ホッと息をついた。私の肩に両手を乗せ、グッと顔を近づける。が、
「その傷………」
カイトはクッと顔を歪ませ、私の傷を睨んだ。これは、護衛として、私に怪我を負わせた事に責任を感じているのだろう。
「カイト…これは、私のわがままで起きた事で何も悪く無いんですよ。だから、そんな顔…しないでください。」
私の言葉に、カイトは顔を上げない。
私は、もっと自分の立場に責任を持たねばならなかった。護衛としてこんなにも私を守ろうとしてくれる人がいるのに、自分を疎かにするのは良くない行動だった。私は軽率だったんだ。
ふとカイトを見ると、目にクマが見える。
「カイト…もしかして寝てないんじゃ…。そうよ。こんなに早くカルミア様を呼んでくるなんて、もしかして、不眠不休でっ」
おもわずカイトの顔を私の方へ無理やり向かせる。顔色も悪い、あちこち細かい傷もある。クマがくっきりあるし……ん?顔が赤い!!
「カイト……もしかして、頑張りすぎて熱が!?」
頬を挟む手が燃える様に熱い。どうしよう!私が無茶させたせいだ。カッと目に熱が集まる。私のせいだ。
「ごめん…ごめんなさいっ。すぐにお医者様を!」
「姫さん!だい、じょうぶだから、離して…。」
「でも…!」
私が叫ぶと、手が燃えるように熱くなる。そして、一度私の後ろを見て、肩をぶるりと震わせる。見る見る汗が吹き出している。え?どうして。
「カイト……本当に具合が…」
『いつから、呼び捨てで呼ぶほど仲良くなったんだ?』
急に後ろから声をかけられ、びくりと肩が震える。声の方を向くとそこにはニコニコと笑ったカルミア様が立っていた。
「カルミア様。カイトは私の護衛で今回ついてきてくださった……」
私がカイトを紹介しようと話し出すと急にカイトは私の言葉を遮る。
「えっとー、あ!姫さん!無事で良かった!本当に。俺、先にシュパールの村んとこ戻ってるから!じゃ!!」
カイトはそのまますぐさま森の闇に消えていった。急にどうしたんだ。
消えていくカイトの背中を呆然と見つめる。
「我々もシュパールの村へ戻ろう。」
「そう、ですね。」
私はカルミア様と共に、シュパールの村へ戻るべく、足を進めた。
ったく。カイトはいきなりどうしたのよ。
――――――――――――――――――
「ハク様!!」
私はシュパールの村が見えてきた瞬間にハクや、ケガ人の並ぶ場所に駆け寄った。
治療の途中でアーサー様に連れて行かれたから、ずっと心配していたのだ。
「セレナさん!ご無事でよかった…。」
ハクは優しく私に笑いかけ、手を取ってお互いに無事を喜んだ。ハクも、その笑顔から察するに、リーブルス教のさらなる襲撃はなかった様に見えて安心する。
「ハク様もご無事でなによりです……。」
よかったと思わず涙が出そうになるが、ハクは私の後ろを見るとすぐに私の手を離して、少し焦った様子で3歩ほど後ろに下がった。後ろに何か……。カルミア様しかいないけど?
「ハク…様?」
「あっ。いえ……その。怪我人の方がかなり回復してきたので、どうぞこちらへ!」
あっ。怪我人の所へ急いで欲しかったのね!
私もすぐさまその場所へ向かう。
「まだたくさんの怪我人が居たのに、離れてしまってすみません……。」
私はシュパールの民を少しでも助けると言っておきながら、仕方がなかったとはいえ、その場を離れたのだ。責任を感じていた。
カイトには、連れてくる人として、話が分かる信用できる上層部、そして、医療者と伝えておいた。しかし、後者はこの様な辺境の地ではかなり貴重であり、出来ればで良いと伝えたのだ。
カイトは何も言ってなかったから無理だったのだろうと、思っていた。
いたのだが。
「バン様!?!?」
私は思わず声をあげる。
ちょ、ちょっと!医者なんてものじゃないじゃない!もはや、国のトップオブトップのお医者様じゃない!!
「なぜここに!!??」
バンは、私の声にケタケタと笑いニッコリ笑みを浮かべる。
「実はねぇ、スヴェンさんに、殿下殿が動く様だったらついて行ってくれって頼まれていたのですよぉ〜。」
私は思わず頭を抱える。
ちょっと待って。もしかして、お父様は全てこれをわかってやっていたという事?
「ごめんなさい。それは、いつの話ですか?」
「えーと。セレナ殿の足を治療しに、屋敷を訪ねていた時ですね!丁度カイトと会った時の後!」
つまり……お父様は森林国境で何が起きているのか全て知っていたと言うことか。
そして、カルミア様の行動も先読みし、バンについて来てもらうよう指示する事で森林国境での死者を減らせると。
更には、護衛をカイトに変えさせたのも、もしかしてわざだとすれば…。カイトとカルミア様に繋がりがあるのかはわからないが、バンとは少なくともあった。それは、人を連れてくるのであれば有効な力。
それはつまり、全て、あの人の掌の上………。
最悪。怖すぎる。
「ところでセレナ殿。この方達の治療は全て貴方が?」
バンは私の巻いた包帯を指さした。
所々ほつれた即興の包帯で顔に熱が集まる。
恥ずかしい。もっと学習しておきべきだったんだ。私が学んでいたのは所詮、設備の整った上での知識でしかなく、こんなにも物品が揃っていない場所での治療は不完全なものでしか無かった。ここでもまた、私の力不足が目に見えてわかる。とても、とても悔しい。
「は……はい。」
消え入りそうな声でポツリと返事をするとバンは、「これを…セレナ殿が…」と呟いてそのまま治療に入ってしまった。
私の未熟な技術では賄えない部分は彼に任せればきっと大丈夫だろう。私が助けられなかった命もバンならば助けてくれる。
「バン様はこれからどうされるのですか?」
私が尋ねると、後ろのカルミア様に声をかけられる。
「とりあえず、バンと一部の兵士は置いて、治療をさせる。ここでは環境も整っていない。森林国境砦に皆を移動させ一時的な治療所とするつもりだ。」
森林国境の砦であれば、ある程度の清潔な環境は保てるだろうし、私もそれがいいと思った。この量は今日一日で終わる者ではない。バンを置いて治療の指揮を取らせるのが妥当であろう。
「ハク殿は、一度この国の王に挨拶をしてもらう為、来てもらう必要がある。それでも大丈夫だろうか?」
カルミア様の言葉に強くハクが肯く。
そうか、本当にシュパールと同盟を結ぶんだ。
「では、私も此処に残り、怪我人の治療を…」
まだ、大勢の怪我人が残っている。できることは少ないかもしれないが、力になれることもあるだろう。
「だめだ。」
私の言葉をカルミア様はキッパリと断った。私は抗議しようと口を開いたが、バンやハクもコクコクと頷いていた為口をキュッと噤む。
「セレナ。君の役目は十分すぎるほど果たした。シュパールとの友好の道を切り開き、治療をし、ラグーン国の王子との友好関係を繋いだんだ。もう、休め。後は我々の仕事だ。」
優しく頭を撫でられ、私も思わず顔を伏せる。
「しかし、助けられなかった人が沢山いました。」
そう。森林国境で働いていた砦の国境警備隊は悲惨な状態だし、シュパールの民もたくさん死んだ。セルテカの民の恐怖も相当な物だっただろう。
「ああ。でもそれは、セレナの責任ではなく、我々の責任だ。」
責任…か。私はまだ、責任を背負う立場にも立てていない。それほどまでに私の存在は、この国にとって小さい。私もいつかその責任を背負わせてもらえる日が来るだろうか。少しでもカルミア様の肩を軽くできる日が来るだろうか。
「解決すべき問題がいくつも見つかりましたね。」
私がそういうと、バンとカルミア様が深く頷いた。
まずは、ずさんな医療体制。森林国境の辺境の場所に行き届かない医療制度が病が流行った事での脆さを見せた。実際に、ラグーン国が砦で病を流行らせたのかは調査が必要だが、安易に広まる環境にあったという事は事実だ。
そして、簡単にされてしまう情報操作。カルミア様から先ほど聞いたが、セルテカから王宮に繋がる街への過程で通す役人が全て入れ替わっていたという。それは、情報操作をされたという事。森林国境の状況も伝わらなかった事を考えれば、伝聞する役人が買収か、入れ替えられていた。
全てがこの事件を起こす原因になり得た。悔しいが、ラグーン国につけ込まれても仕方がない状況になっていた。
「このままにしておくつもりは無い。」
カルミア様の強い瞳が光る。
「王宮に帰るぞ。」
カイトが何処からともなく現れる。前を歩くカルミア様の背を追いかけ、ハクとカイトと旅路を後にした。




