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心の底から【カルミアside】

セザール国第一王子カルミア視点です。

 いつからだろうか。恐らく、カイトが森から飛び出してきた時からだろうか。いや、もっと前…あの舞踏会の夜か。


 いや、あの日だ。


 植物園で、見た夢の日から。


 あれは、自分なのだけれど、自分ではない。

 俺の中にもう一人の自分がいる。


 自分でも何を言っているかわからないんだ。なぜこうなったのか、こんな事になったのかよくわからない。


 時たま聞こえる()は俺に囁く。


『いつか裏切られるくらいなら、誰にも見つからない様に閉まっておけよ。』


『どうせ自分を見ないなら、冷たく動かない様に壊してしまえよ。』


『イッソノコトコロシテシマエヨ』


 わかっていたんだ。簡単に蓋を開けては行けないと。自分はとても危険で、怖い存在で、一緒にいては傷つける。


 俺はとても執念深いんだ。

 愛に飢えているから、一度でも愛を覚えると、それがないと生きていけない。


 でも俺は一度セレナを受け入れた。負けたんだ。

 あの時は本当に単純で、優しく愛おしく触れるキングサリの手がなぜ俺じゃないんだ、とか、今後も他の男に触れられる可能性があるんだ、とか、少し思っただけで、彼女の真っ直ぐな愛を受け入れてしまった。

 思ったよりも、軽い覚悟だなと自嘲もしたけど、セレナを信じる事で俺も変われるって思ったんだ。


 それなのに…それなのに……



「あの……カルミア様?」


 俺は気づくと彼女をキツく抱きしめていた。こんなの、もはや暴力だ。

 慌てて、身体を離すと、心配そうに俺を覗く。


「あ…すまない。キツく、抱きしめすぎた。」


 明らかに俺を心配している。

 きっと気が動転して、恐ろしい事を言った。頭でこだまする()と同じ様な事をきっと…言ってしまった。抑えられない自責の念が俺を襲う。


「いえ!むしろ、ドンと来いって感じです。」


 無理に笑った笑顔。

 少し身体が震えている。

 それもそうだろう。こんな年上の男が情けなくしがみつき、わがままを言い、更には言ってはならない事を口にしたのだから。

 呪いのような言葉。彼女を縛り付ける、最悪で非道な、言葉。

 本来ならば謝って、贖罪を受けねばならないとわかっていたが、俺はそれができなかった。


 あの日、好きだと言ってくれた彼女が今の俺を見て幻滅していたら、どうすればいい。

 だって、そうだろう?こんな情けない男を誰がいいと思うのだ。


 何度も何度も、好きだと言ってくれたけど、それが真実だとどうやったらわかるのだろう。無理に作る笑顔も、震える体も全て俺のせいで、今逃げないでこの場所にいてくれる理由が、王族で逆らえないから、以外に思い当たらない。


 無理だ。怖くて触れられない。

 安易に開けられない。


「そういえば、セレナは….なぜここに。」


 俺は、話題を変えようと無理やり話を逸らした。


「あっ…えっと…なぜなのでしょう…?」


「は?」


 思わずそのまま心の声が漏れる。

 俺は実は、密かに、スヴェンの指示なのかと思っていた。シュパールの同盟などもその指示なのかと若干思っていたのだ。


「あっ、いえその。なんというか。カルミア様との婚約がダメにならない為には、ラグーン国とセザール国の友好関係を取り戻さないとって思って、がむしゃらにやっていたらいつの間にか…此処へ。」


 思わず目をひん剥いて見てしまう。

 その…ために…?


「あっ…あの。逆にカルミア様はなぜ此処に。」


「いや………俺も、セレナとの婚約を望むのなら、外交問題を解決せねばと思い、ひたすら調べて此処までたどり着いたのだ。」


 俺も、見つけるまでに数日かかった。しかし、先に来ていた事を考えると、セレナはもっと先に……。なんて、先見の目を持つのだ。


 そして、なによりも、単身でこの危険な土地へ来るなど、正気の沙汰ではない。


「えぇ!?うそ……」


 急にセレナが目をウルウルさせ、口元を抑える為、何事だと、焦る。


 すると、ニッコリと俺に笑いかけた。


「わ、私と同じ理由だったというのが嬉しくて…ごめんなさい。あの、本当に気にせず…」


 同じ理由………だと?

 ならばそれは、本当に俺との婚約の為に此処まで来たというのか。泥に塗れ、血を流し、遠点の地まで、俺の…為に…?


「うわぁー。ごめんなさいっ。私、すごい重いですよね。皆に止められて、そうは、ちょっと思ったんですけど、でも、じっとしていられなくて。」


 重い?君が?


「でも、違うんです。キッカケはもちろんカルミア様で、それは、変わらない事なんですけど。でも、私、やっぱりこの国が好きなんです!」


 だから、と続けて手を胸に合わせてニッコリ笑いかけられる。

 優しい笑み。


「『助けてくれるんだよね!』って、セルテカのあるお母様に言われた時、『絶対に皆助ける!』って言ってあげられないことが凄く凄く悔しかったんです。」


 セルテカの…ある…母親……?


「だから、この国の力になりたいって思っていた事も事実で……」


 俺……あの時…なんて言ったっけ?


 たしか、あの親子が……

「助けに来てくれたのかい?」

 そう言って……そのあと俺が


『ああ、そうだ。()()()()()()()。』


 俺。そう言ったんだ。


 絶対に皆助ける…?だって?

 俺はこの遠征で一度でもこの言葉を思い出したのか?

 いや、寧ろ何度国民を忘れた。セレナの事で頭が一杯になり、何度国民を危険に晒した。


 カイトの時も、バンに諌められた時も、ハクの時も、そしてアーサーとの会談前も。


『貴方は、()()で、この国を救う為にここに来た。そうでしょう?』


 そうか。バンは別にただついて来たかったんじゃない。俺が心配でついてきたんだ。

 セレナで頭が一杯になって、国民を不条理に殺してしまう俺を止める為に付いてきたんだ。


 俺は、王子で、この国を守る者として、してはならない選択をいくつもした。何度も何度も間違えた。



「カルミア様!?顔色が!?どうされたのですか!?」


「お……俺は…。」


 うまく息ができない。自分の犯した罪が許せなくて。王子としても、人としても、俺は最悪だ。


「俺も……その…親子に…会った。それで、俺は…『絶対に皆助ける』と…そう言ったんだ。言ったのにっ…!」


 自分の存在が汚くて汚くて仕方がなかった。全てが中途半端で、何も救えない。セレナの事を考えても、彼女を傷つけるような事を言うしかできない。この国の王子としても、してはならない過ちを何度も犯した。


 どうして俺はこんな愚か者に成り下がったんだ。愛しい人までも守りきれず傷を作らせて、一体何がしたい…。


しかしセレナはそんな俺を知ってか知らずが事もなさげにこう言った。



「では、ちゃんと成し遂げることが出来て良かったです。」



 セレナの思わぬ言葉にハッと顔を上げると、いつもと同じ優しい笑顔。成し遂げた…?俺が、いつ。なぜそんな嬉しそうに笑うんだ。


 セレナは俺の顔をぽかんと見ながら続ける。


「だって、カルミア様がいたことで、アーサー様との会談が成功したのでしょう?こうしてラグーン国は後退していきますよ。ほら!」


 指を刺す方角を見ると、大量の松明を持った軍団が後退していくのが見える。アーサーは…暗くてよく見えないが、護衛の者と合流したように見える。怪我をしていたようだったが、大丈夫なようだ。


 しかし、これは、俺の力ではない。


「いや、違うんだ。俺は何度も国の事を忘れ、理性もなくし自分の感情のまま動いたんだ。何度もそれをバンやハク殿に止められ……」


「ちょっと待ってください!」


 グイッといきなり顔を近づけられ思わず後ずさる。


「ハク様も、バン様も皆、カルミア様を止める為に自ら進んで動いたのだとすれば、それは、カルミア様の人徳が合ってこそ。実際作戦は大成功で何も失敗なんてしていないじゃないですか!自分の手柄をわざわざ人に差し上げるなんて優しすぎますよ!」


 それは、あまりにも、無茶苦茶な考え方ではないか?


「この国境!貴方が治めたんです!もっと、喜んで、俺すごいってなっていいんですよ!」


 無邪気に俺に笑う。今日のセレナはなんだか饒舌だった。


「カルミア様。砂遊びしたことないですね?」


「すっ。すなあそび?一体…何を…」


「砂のお山にトンネルを掘る時は、二人いないといけないんです。」


 ピンッと指をたたて得意げに話し出す。


「だって一人で穴を掘ったら大変ですからね!だから、反対側からも誰かが穴を掘って二人で協力してトンネルを作るんです。」


「二人以上いればもっと楽です。横から、この角度だ!とかもう少し先だ!とか指示を出してくれる人もいたらとっても掘りやすい。」


 つまり何が…言いたい。


「セレナ…何の話を」


「一人じゃ出来ないなんて当たり前です!」


 セレナはポンと胸を叩いて俺をまっすぐ見つめる。


「間違ったら誰かに指摘して貰えばいいんです!王子様だって人間なんですよ。正しい道を選択し続けるコトなんて出来ない。…これは受け売りですけど。えへへ。」


 優しく笑う瞳から目が離せない。いつものお化粧も、髪型も、ドレスも無いというのに、世界の誰よりも美しい。優しく俺を包む笑顔が俺の心を溶かしてく。


「だから、私の背中にお掴まりください。私が必ず貴方を間違った道に進ませません。」


 なぜ、君はいつも欲しい言葉をくれるのだろう。

 いつも君は、俺の心を軽くしてくれる。


 なぜ、こんなにも俺を優しさをくれるんだろう。

 いつも君は、俺を包み込んでくれる。


「なぜ…そんな風に言ってくれるのだ。」


 離れていた身体はセレナによって再び距離を詰められる。白く細い指先は今日は少し荒れていて、泥だらけで、でも、誰よりも綺麗に見えた。優しく俺の頬を撫で、セレナと目が合う。


「何回も言っています。私はあなたが好きなんです。ちょっぴりヤンデレな貴方もね。」


「や?やんで…なんだそれは。」


 ふふっと笑って、俺の首に手を回す。


「俺は結構面倒くさいぞ。」


 俺がそういうと、耳元で囁いた。


「上等ですわ。私も結構重い女ですので、お覚悟を。」


 王子だから、離れていかない。

 王子には逆らえないから、自分の意思で嫌だと言えず、離れていけない。


 心から俺が好きだと思っているかを証明することなど、絶対に出来ないと思っていた。


 人の気持ちはわからない。いくら俺を好きだと口が言っても、それが真実だとはわからない。


 でも、今は心から言える。


 俺を信じさせてくれてありがとう。

 こんなにも俺を好きだと言ってくれてありがとう。


 もう俺は、離さない。

 この手は絶対に。


……ふぅ、一応ひと段落ですね!

もう少し森林国境のお話にお付き合いください。


誤字報告ありがとうございます。

いつも助かっております!


ブックマークや評価もとても嬉しいです!

ありがとうございます!

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