正しい道
森林国境はリーブルス教によって完全に包囲されていた。中を覗くこともできないし、今、国境警備隊の人々がどうなってるかも知る事はできない。
「これからどうするんです?」
私はアーサーに尋ねる。
正直、仕方なかったとは言え、シュパールから離れたのは痛かった。私の位置を教える術もないし、もしカイトが上層部を連れてきたとしてもその人と会う方法がないからだ。
というか…私がアーサーに拐われたこの状況ってかなりまずいのではないか?側から見れば誘拐なわけで、危害を加えられたと思っても過言ではない。カイトがハクにキレていないといいけど…。
無理矢理カイトを伝令に使っちゃった感じだしな。それでこんな事になってる私が本当に情けない。大丈夫だから、って言ったのに。
「とりあえず、お前らが連れてくる人がどんな奴かは知らぬが、十中八九森林国境を見にくるだろう。私はそこで会う。」
たしかに、どんな上層部の人でも、森林国境が落ちたってわかったら見に行くよね。じゃあ、とりあえずここで待ってればいいのかな。
「あの…いくら王子とはいえ、こんな大切な国と国との約束事を勝手に決めてしまっていいのですか?」
どうせ待つ時間が沢山あるのだ。思い切って聞いてみた。不思議に思ったというのもあるが、下心としては国の王族の関係性を少し知りたい。この質問でかなり見えてきそうだ。
アーサーは私をジロリと一瞬見たものの、質問にはしっかり答えてくれた。下心は見透かされてそうで少しキリッと心臓が痛む。これだから頭の切れる人との会話はドキドキするんだよなぁ。
「前にもなんとなく言ったが、私以外の王宮の人間は大体腐っている。だからこそこんな愚行を犯せるのだ。私は、王族としてこの蛮行を止める必要がある。いくら国に帰って侮蔑されようが、私は正しいと思ったことをしたまでだ。」
やっぱり、アーサーはちょっぴり怖い。自分が正しいと思った事を信じ突き進む正義の心。王族としてとても素質がある人なんだと思う。
でも、どうして…どうしてそんなに。
「ア…アーサー様は自分の道が、間違ってるかもしれない…とか不安を抱いた事はないのですか?」
私がこの人を見て怖いと思うと同時に、凄い人だなと憧れる心があるのは事実…。
アーサーは私の質問に目を丸くした。
「……逆にお前はあるのか?」
「あり…ます。ずっと、ずっと考えています。この立場でなすべき事が本当にこれで正しかったのか…いつもいつも考えます。」
常に私の心にあるこの疑問。
アイリーンの時…痛いほど考えたこと。私に出来ることをやる!とポジティブに捉えて生活してはいるけど、本当はもっと良い方法があったのではないかと、ふと頭によぎるのだ。
洗濯や、裁縫などで傷だらけになったアイリーンの手を見るたびに、自分の選択が正しかったのかを問いただしてしまう。平民が不幸せとかそんな事を言ってるんじゃない。ただ、親と離れ離れにし、ずっとやってきた令嬢のマナーを活かす機会も無くなり、由緒正しい姓も取られ、それなのにアイリーンと友達になりたいと望んでしまった自分の残酷さ。アイリーンは幸せだと笑うけど、それでよかったのかと常に私の心を締め付ける。
道を進むためには常に選択が付き纏う。どんな結果になるのか知らぬまま突き進むのは怖い。正しい道なんて物があるのかすらもわからない。これはゲームじゃない。リセットもセーブもない。やり直しの効かない世界。そんな事はわかっているつもりでいたけど、やっぱり、私の選択で決まる未来が、それが最善だったのかと考えてしまう。
グッと裾を掴んで、黙り込んでしまう。きっと、アーサーは急に何言ってるんだって思ってるんだろうな。
するとアーサーは、そんな私を鼻で笑い飛ばした。
「えっ……」
コテリと首を傾げて意地悪そうに私を覗く。
「お前の私に対する評価がそんなに高いとはな…」
評価…?
「一体何をおっしゃって…」
「私が、迷わないとでも思っているのか。神の様に、正しい道を選択し続ける事が私にできるとでも言うのか?」
「だって…貴方は」
「人は間違える。」
アーサーの言葉にハッと顔をあげる。
「神ではないのだ。人は必ず間違える。だからこそ争いは起き、それは変えられない。実際、私はこの争いを止められていない。何人も人が死んだ。」
ニヤリと口角を上げる。意地悪そうな面白そうなその顔に何故か不快感を感じない。
「だからこそ、今のお前の様な心が必要なのだ。」
「心…?」
私が胸に手を当てるとアーサーは自らの手を私の手に重ねる。
「自分が間違っているかもしれない、もっと良い方法があったのかもしれないと常に思う心。」
グッとアーサーの手に力が入る。
「心…」
「あとはそうだな。一人で何とかしようとしすぎなのではないか?一人では間違える。当たり前だろう。自分が間違えば信用の出来る誰かが指摘してくれる。そのような人間関係を築けば良いだろう。」
私はアーサーの言葉でストンと心が軽くなった気がした。何だろう。こんなにも人の言葉で心が軽くなった事は初めてだ。
そっか。私、少し焦ってたのかな。ちょっと自分一人で何とかしようとしすぎてたのかな。
やっぱり未来の事は周囲には言えない。その発言でどんな影響が起こるか分からないから、怖いから。でも、全てを一人で抱え込む事もないのか…。そうだよね。私は今まで一人で生きてきた訳じゃないんだ。
ロイやアイリーン、キングサリやカイトそして、カルミア様だっている。みんな信用できるし、私が頼ればきっと力を貸してくれる。
あっ…そっか。ロイが言いたかったのはこういう事なのかな。以前、いつだったか、馬車の中で、寂しそうに私の手を必死に掴んでいた時があった。「どうされたのですか?」と聞かれたのに、私は何でもないって答えたあの時。
ロイは頼って欲しかったのだろうか。私は自分で何もかもやろうとする事で周囲は信頼されてないと思ってしまっていたのかもしれない。
信頼する相手を頼って、一緒に頑張るという事が何よりも良い方法なのかもしれない。正しい道を選ぶには。
私はゆっくり息を吐く。アーサーはそんな私を優しく見つめていた。この人は不思議。態度がデカくて、いかにも自分の道を突き進む王族って感じなのに、どこか人に安心感を与えるようなそんな人。いや、本来、王族とはそうあるべきなのかもしれない。
王族らしい振る舞いと安心感を与える器の大きさ。
この人はやっぱり凄い。
「やはりお前は、素晴らしい。その小さな手で自らの行いを自問自答する姿は実に…美しい。私は、お前をラグーン国の王妃にしたい。」
その瞬間、日が落ちかけていた太陽の光が真っ赤に刺し、アーサーの赤い髪を照らす。夕日の背にするアーサーは本当に素敵で、王子様で、私はこんな人本当にいるんだ…と考えていた。
ん?王妃?ラグーン国の?
ハッと言葉の意味に気づく。
あっ、なに!?ちょっと!また!?
「だから、私はセザール国の王妃になりますから!大丈夫です!」
掴む手にさらに力が入る。
「セザール国の王妃になるよりも、ラグーン国の王妃になる方が簡単だぞ。なぜなら今私が認めたからだ。今帰ればすぐに判を押せる。」
何でこんなにもこの人は私への評価が高いのよ!私、なんかしただろうか?この人には情けない姿しか見せていないような気がするのだが。
「あの!私は王妃になりたいんじゃなくて、カルミア様のお嫁さんになりたいから王妃になるんです!」
サァと風が吹き、夕日が綺麗に光る。
私はアーサーの王妃勧誘を断る事に必死であまり周りが見えてなかった。こんなこと大声でいうべきでないなんていつもならわかってるはずなのに。
森林国境周囲のリーブルス教の監視員の悲鳴が奥から聞こえてる事に気づいていなかった。その悲鳴が誰によるものなのか私は知らなかった。
そして、まさかこんな泥だらけの所に夢にまでみた人がいるなんて、思ってもみなかった。
ザワザワと騒がしくなる人の声を怪訝に思う。ここは…アーサーと二人しかいなかったよね。
まさかっ。リーブルス教に見つかった!?
ハッと後ろを振り返る。
「どう…して。なぜ?」
そこには、綺麗な軍服が泥に塗れ、目をまん丸くしたカルミア様本人が私を凝視し立ち尽くしていた。




