墜ちる【カルミアside】
セザール国第一王子カルミア視点です。
なぜ、こんなことになった。
俺は震える手を律しながら必死で森を進んでいた。遅い。自分の足も、何もかもが遅い。この先で、セレナがどんな目に合っているかと想像するだけで、生きている心地がしない。
くそ。くそ。くそ。くそ。
「カイト。」
俺が一言ボソリと呼ぶとカイトはどっからともなく俺の横に現れる。ジロリと顔を睨むと、すぐに目をそらしてあらぬ方を向く。
「お前、先に行け。」
「へ?」
間抜けな顔で俺を見る。
カイトに容赦はしない。ありとあらゆる罰を受けさせてやる。しかし、今はセレナの命が先決だ。こんな山奥で一人きりなど絶対に許されることではない。悔しいことにこいつの足が1番早いのだ。一刻も早く救い出さなければ。
セレナがいなくなれば…俺は…
「はやく…行け。セレナに何かあってみろ。俺はおまえを許さない。」
俺がそういうと、カイトは俺の顔を見てギョッとした後両手を上げ、「りょーかい」と森の影に消えた。
セレナ。何故だ。何故こんな所へ来た。
俺は、一体何をしているのだ。何のために来たというのだ。こんな所でセレナ一人救い出さず、何を。
グッと拳を握り、歩くスピードをさらに速める。頭が割れるように痛い。今どこを歩いているのかもよくわからない。周囲の音は遠くて聞こえないのに、自分の鼓動と息遣いだかが強く頭に響く。
セレナがいなくなったら俺は。俺は……。
こんなことなら……こんナことなラ
コンナコトナラバ、イッソカノジョヲ…
『殿下殿。』
ハッと振り返ると、バンが私を真っ直ぐ見ていた。いつものヘラヘラとした笑顔はなく、まっすぐ俺を見つめている。
「速すぎます。これでは皆ついて来れません。」
その言葉にカッと頭に血が上る。
「セレナがっ!セレナがこの先で大変な目に合っているかも知れないのだぞ!!」
思わず叫ぶ。もし、俺が彼女を失えば、これからどうやって生きていけばいい。もう決めてしまった。彼女への気持ちを受け入れてしまった。今更彼女がいない未来など仮定することは出来ない。自分の悪い妄想に囚われ頭の遠くの方で声がする。決して耳に入れてはならない、誘惑の声。
「貴方は何をしにきたのですか?」
バンの言葉は俺の思考を止めさせる。いつものふざけた雰囲気とは全く違う。鋭く刺す様な問いに俺は声がうまく出せなかった。
「あ……、セレナを、俺は……」
「違うでしょう。」
ピシャリと言葉を吐き出すバンの初めて見る鋭い目。静かな声。俺は身体が凍った様に動かない。
「貴方は、王子で、この国を救う為にここに来た。そうでしょう?」
ハッと止めどなく流れていた汗が止まった。世界中の時が止まった様に景色や音が止まって感じる。バンの瞳から目が離せない。ドクリと自分の心臓が脈打つ音だけ感じる。
「カイトくんの任務はセレナ殿の護衛ですが、貴方の任務はセレナ殿を守る事ではない。」
俺の役割。大切な物。人。
「セレナ殿もばかではないです。知ってるでしょう?無闇無謀に、命を放り出す人じゃない。安全であると確信したからこそ、カイトくんを離してまで、応援を呼んだのでしょう?」
身体中の血液が沸騰してしまいそうなほどに身体が熱い。俺が一番にすべき事。それは。それは…。
「シュパールとの同盟なんて、そんなもの、生半可な覚悟と執念でなければ手に入れられませんよ。それは貴方もわかってるでしょう?」
グッと唇を噛み締める。
無理なんだ。俺には。セレナという存在が大きくなりすぎて、どうしても無理なんだ。そうやって信じることができない。どうあっても安全で綺麗な所にいて欲しい。
少しでも俺の手から離れるかもしれないと思っただけで、心配で心配で心配で堪らないんだよ。
だが…今は…
「バン。すまなかった。」
俺がそういうと、バンはフワリと笑った。
「お安い御用ですよ。」
――――――――――――――――――――
カイトを追う様に、俺もそのまま森を進んだ。一度夜を明かし、森を抜けると、開けた土地が見えてきた。ここは、もしや、シュパールの土地か?村という事だろうか。
跡形もなく焼けている。敵に襲撃を受けたのか?
なるほど、同盟というのはそういう…
『おい!!!ふざけんなよ!!』
聞き慣れた声。しかしこの声の主は怒鳴る様な男ではない。アイツはいつも飄々と物事をこなし、サラリとこなす男。俺はすぐさま怒鳴り声がする方角へ走る。なにが合った。一体、何が…。
焼けた土地を進むとそこには、カイトと、シュパールの民らしき男が揉み合っていた。
シュパールの男は一切の抵抗をしておらず、両手を上げ、カイトを見下ろしている。
一方カイトはその男の胸ぐらを掴み上げ、見た事もない様な顔と声で怒鳴り散らしていた。
「何事だ!」
俺が声をかけると、カイトは真っ白な死んだ様な顔で俺の方を向き、言った。
「姫さんが……拐われた。」
「拐われ……た?」
俺は、それを聞いた瞬間に、世界の色が無くなったみたいに、見えた。急激に自分の中で初めての感情が生まれるのがわかる。いや、初めてでない。これは、あの日、植物園で見た夢と似たあの感情。頭の中で誰かの声がする。
先程バンに諌められたのにも関わらず、あっけなく俺の理性は塵へと化す。
自然と剣を抜き、カイトを突き飛ばし、その男の首元まで、刃を持っていく。
その動作に、俺はなんの抵抗も感じなかった。まるで誰かに操られているかの様に自然と体が動いたのだ。
「誰に…誰に…っ!」
俺がそう、絞り出し、呟くと、シュパールの男は一滴の汗を垂らしたあと、静かにその名を告げた。
「アーサー・ホセ・サンドベリ。ラグーン国の第一王子です。」
敵国の…王子。名を聞いた瞬間、もうダメだと、生きて会う事はないと、そう悟った。握りしめた剣からカタカタと鞘が音を立てて、シュパールの民の首元を傷つける。自分でもどんな声が出ているのか分かっていなかった。きっと獣の様なそんな声で叫んでいた。こんなにも感情が、怒りが湧くことはない。
なぜ、こうなった。俺は一体いつ、間違えた。
揺れる剣先をそのまま先を進める為、剣に力を込める。
しかし、俺は、またもやあの声に救われる。
『死んでない。』
ガチャンと剣を落として、後ろを振り返ると、バンが地面に転がるシュパールの民の治療をすでに始めていた。周りが全く見えていなかったが、シュパールの民の多くが負傷しており、ほぼ野晒しで転がっていた。皆俺を怯えた目で見つめている。自分の手に持つ剣に写る自分の顔が恐ろしく醜く、歪んでいたからだろう。
「死んでないですよ。セレナ殿は。」
ポツポツと言葉を紡ぎながらも、治療の手は止めない。
「なぜ…そんなことがわかる。」
「え。だって、殺されたんじゃなくて、拐われたんでしょ?ねぇ?」
バンの問いかけに、シュパールの男は少し驚き、「あ、ああ。」と返事を返す。
「囚われて殺されたかもしれない。」
俺が吐き捨てる様に言うと、ジロリと俺を一瞥し、バンもサラリと言い除ける。
「殺されてないかもしれないじゃないですかぁ。」
「俺は!お前と言葉遊びをしたいわけじゃ…」
「貴方は…一体、この国の、何ですか?今一度、思い出してください。」
バンは治療を継続しながらもなお、俺に語りかける。
「貴方の行動に国家の責任が付き纏っている事を自覚していますか?貴方のその一太刀で世界が変わりうる事をわかっていますか?」
ハッと剣を向けていた男を見ると、真っ直ぐ見つめてくる。そう言えばこの男、何故我々の言語を。シュパールの民の筈ではなかったのか。いや、もしシュパール人が我々との友好関係を築くために言語習得しているのだとすれば…
またもや自分が、ある一線を、超えてはならないその一線を超えそうだったことに気づく。
そう、気づいた瞬間にぶあっと汗が出る。
今、この男を叩き切れば、容易にシュパールの民の信用を削ぎ、同盟の話など全てが無に期していた。それどころか、今ここで我が軍とシュパールの無意味な争いが始まっていただろう。一体俺は、いつからこんな愚か者に成り下がったのだ。頭が割れるように…痛い。
「本当に、本当にすまなかった。」
俺はシュパールの民の手を引き、立たせるとその男は、寂しそうに笑った。
「いえ、カイトさんの約束を破ってしまったのは事実ですし。それに……私も同じなので。」
同じ?それは一体…
そして、その男は俺の目を強く見つめる。
「私も、丁度先程、一線を超えそうになった時、セレナさんに止められました。彼女のお陰で、今何をするべきなのか、はっきりわかったんです。」
その男は俺に手を出した。
「私はハク。シュパールの村長です。私のやるべき事は復讐でも報復でもない。今ある小さな命達を紡ぐ事、途絶えぬ様守ること。私は憎しみからこの民族を解放したい。もう、一人も外の世界に憧れるような哀れな子供を作りたくない。だから……」
『どうか、シュパールと同盟を。』
これがセレナの作った…道。
彼女が俺に指し示す道。
差し出されたその手を俺は強く握った。




