森林国境の砦
「そういえば……何故私をここに連れてきたのですか?」
重い……。ズシンと右肩にアーサーの体重がかかる。アーサーは左の太腿に矢を受けていた。足からの出血はそこまで多くないことから、主要な血管は傷つけていないとは思う
が、全体的に傷が多い。結果的に血が足りてなさそうだ。顔色が悪い。
ヨロヨロとよろけながらも私は必死でアーサーを支える。アーサーは私の質問に答える様子はない。答えられないのだろうか。
「お身体に触る様でしたら後ででも…」
「いや…いい。」
私の言葉を遮りポツポツと話し出す。
「聞きたかったのだ。今…セザール国にこの事はどのくらい伝わっている。軍は来ているのか…?」
私は連れてこられた理由を聞き納得した。なるほど。
アーサーはここにセザール国から軍が派遣されているのだと仮定して、上層部との交渉材料が欲しいのだ。つまり、今のラグーン国に対するセザール国の情報量がどんなものなのか把握したかった、ということ。そりゃそうよね。争いを止めに来たのなら上との交渉が必要。交渉には相手の情報は必須だもの。それに私が都合が良いと。
となれば、私は、ラグーン国に大きな利益を産むことは答えられない。ここで私が下手に情報を与えて、セザール国が不利益になるような事があってはならない。伝える情報は取捨選択する。ちょっとアーサーには申し訳ないけど。
「一応上の者、まぁ軍と呼べるものが来るかはわかりませんが、伝令を出したので誰かしらは、来ます。必ず。あと、そうですね。セザール国は、今、ラグーン国が病をばら撒いたと噂が立ち、国民はかなり貴方方に不満を抱いています。」
「病……?そんなもの…流行っているのか?」
私は垂れる汗を拭う。全く、何故こんなことに。
「流行っていません。でも何故かこの噂が流れているのです。森林国境の手前のセルテカという村が噂の発生源だと思われますが、ここから全国にまで広がるのも難しい話。これは、私の予想ですが、ラグーン国の誰かがこの国のあちこちに侵入し、セルテカで発生した噂を過剰に流しているのでは?」
少なくとも私はそう思っている。
「何故そう思う。」
アーサー様の問いに違和感を覚える。貴方なら考えついているでしょう?それとも私を試しているのか…まぁ、いいけど。
「セザール国がラグーン国へ憎しみを覚えれば、少しのきっかけで挙兵する可能性が大きくなるからでは?あなた方は、我が国との戦争がお望みなのでしょう?」
そして、その思惑が本当なのだとすれば、しっかりと成功している。既に国民は病の噂によってラグーン国へ憎悪を募らせているし、もし、森林国境が勝手に宣戦布告なしに卑怯な形で奪われたと今伝えられればラグーン国民は怒り狂い剣をとるだろう。
今は、まだ、国民に森林国境が侵されたことは伝えられていないから、一応大丈夫だが、それも時間の問題だ。いや、セルテカにはもう伝わってるか。とりあえず、セザール国が怒り攻めてくれば、ラグーン国はやりたかった戦争ができるわけで万々歳ってわけだ。
セザール国は戦争をなるべく避けて通ってきた国であるし、今も不可侵条約を各国と結ぶ事で平和を保っている。だからこその、この計画。怒りで誘い、戦を起こしたい彼らの企み。心の底から腹が立つ。
私が怒りに震えていると、アーサーは私の肩からずるりと落ちた。
「ア…アーサー様?!」
息は荒く、顔色も悪い。やっぱり進むべきじゃないんじゃ…。
しかし、彼は逆に支える私の手を力強く掴む。ギラリと光る目が私を離さない。
「お前の…言う通りだ。つまり、私のやるべき事は、今、ラグーン国が森林国境を侵してしまった事実がセザール国全土に伝わる前に、上と交渉し、この件を秘匿としてもらう。そうだろう?」
私は、アーサー様のおっしゃられた事を聞き…心臓が震えた。そう。そうなの。それしかないの。
森林国境が侵略された事実そのものを無かったことにする。そして、セザール国民はラグーン国にこれ以上憎悪を抱かないようにする。
それができれば、シュパールもラグーン国の民もセザール国の民も誰も傷つかない。
流れてしまった血は取り戻せないが、今から流れる血など、一滴たりともあってはならない。
だから、この人は今みんなの希望なの。
「その通りです。」
私はアーサー様を支える方にグッと力を入れる。
「おお?」
「こんなところでへばってる暇ありませんよ。やる事いっぱいなんですから。はい。歩く歩く。」
私がグイグイ押すと、アーサーは面白そうに笑った。
「私をこんなふうに扱えるやつなどお前くらいだぞ。」
「どうでもいいですよ。そんな事。国の一大事です。」
私がニッコリそういうと、アーサーは何故か優しい笑顔を私に見せた。イケメンの笑顔は破壊度が高い。
「お前には褒美を取らせねばな。我が国の王妃になるのはどうだ?」
「結構です。」
即座に却下すると、また可笑しそうに笑った。ホントは元気なんじゃないのか?
話しながら歩くうちに、洞穴に光が差し込んでくる。すぐに外の光だとわかり、目を細める。出口だ。
わたしとアーサーは周囲に目を配りながら恐る恐る外に出る。すると、目の前にはレンガの積み上がった大きな大きな砦が立ちはだかっていた。
「これが……森林国境の砦……」
私がそう呟くと、横に青いローブの影を見つける。
「おい。引け!」
アーサーの息を殺した声にスッと洞穴に隠れる。まずい見つかったか……?
ゆっくりと青い影は私の方を向く。ここで、リーブルス教の奴らに見つかるわけにはいかない。
グッと矢を引いて、青のローブを睨む。風がたなびき、ふわっとフードが揺らいだ瞬間、一瞬だけ顔が見えた。
「女…の人…?」
目は確実にあったのに、そのまま違う方へ消えていく。見逃して…くれたの?
知り合いなのだろうか……。でも今見た顔を私の記憶と照らし合わせても誰も思い当たらない。私が忘れているだけ?
「もう…砦とは呼べなさそうだな。」
私はハッとあの女性に気を取られていたことに気づき、アーサーの指差す方を見る。すると、高い高いレンガの壁にあるセザール国の紋様があった。しかし、もう以前の姿でないとすぐにわかる。青色のペンキで上から大きく塗り直される我が国の紋様。上に書いてあるのはおそらく、リーブルス教の紋様。
私は怒りで、思わず拳を握り締めた。
人を汚し、国土を汚し、象徴を汚し、コイツらは一体何がしたい。
悔しさで、唇をかみしめる。
「これは……交渉が難しくなりそうだ…」
そう呟くアーサーを見つめると、眉間に大きな溝を作り、誰かを憎む様に宙を睨んでいた。そして、ふとこちらを向くと私の顔に手を出した。
「噛むな。傷つく。」
そっと唇に触れられそうになって、私は慌てて顔を逸らす。
憎んでしまいそう。ハクの気持ちが今なら、少しだけわかる。悔しさと情けなさと憎しみで周りが見えなくなってしまう気持ちが、ほんの少しだけ。
「神とは…こんなことをする為の道具ではないと思うのだがな……」
ポツリと呟くアーサーに私は聞く。
「貴方は、リーブルス教を、信仰していないのですか?ラグーン国では国の九割近くが信仰としていると聞きましたが…。」
すると、アーサーは寂しそうに笑った。
「私が欲しいのは神の力ではなく、人の力だ。信仰することを非とも思わないが、人を導くものとして、私は信仰しないことを選んでいる。我が父を見れば、きっとお前もそうなる。」
神の力ではなく、人の力…。
この人はきっと何者にも騙されず真っ直ぐ正しい道を進む人。力強くそう告げるアーサーはとても良い王になるのではないかと、漠然と感じる。アーサーの作る国はどんな国だろうか。きっと素晴らしい国になるのではないだろうか。
「とりあえず身を隠し、セザール国の騎士団を待つ。話の通じそうな地位のある奴は連れてきてくれるのだろうな?」
「うーん。まぁ、それはカイト次第ですけど。一応、ある程度話がわかる人と、権限がある人とは指示を出しました。」
「本当に、抜け目ないな。お前は。」
私の言葉にアーサーは面白そうに笑った。もっと堅物で怖いイメージだったが、話してみると全然違うものだなと思う。全く、本当に、良く笑う男だ。
私はアーサーと同様に、森林国境手前の洞窟の中でひっそりと身を隠した。




