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射る

「しっかり掴まってくれ!落ちる!」


「んな!貴方が勝手に連れてきたのにっ!」


 私は不安定な馬の上に横向きに乗せられていた為急いで体勢を整えた。

 くそー。何なのよ一体。この男のせいでカイトとの待ち合わせ場所から遠ざかってしまったし、ハクとも離れてしまった。さっきのハクの状態。復讐に満ちた目。すごくすごく心配だが、とりあえずは今の状況を打開しなければ。


「きゃっ!」


 思わず声を上げる。アーサーに引き寄せられたのだ。


「しっかり掴まれ!でないと本当に落ちるぞ!」


 掴まるったってあんた、こんなのギューしてるのと同じじゃない!

 私は思わず体を引こうとするが馬の揺れでやはり無理だと諦め、しがみつく。こんな所普通馬なんかで走らない。というか、走れない。道は整備されていなくてボコボコ。無理矢理馬を飛ばしてきたのだろうか。とりあえず、喋ると舌を噛みそうなほどの縦揺れ横揺れ。

 もう、最悪。何でこんなことに。

 すると、捕まった手にぬるりとした感触を感じる。この感触。アーサーに触れた手を恐る恐る覗く。

 うそ…!血…………


「けが!?いつよ!!」


 私が叫ぶと、顔色を悪くしたアーサーが私をチラリと見た後すぐに前を向いて馬に鞭打つ。


「なに、大丈夫だ。こんな傷なんて事はない。」


 明らかに青い顔と、荒い呼吸。よく見ると足に矢が刺さっていた。こんな足でよく馬に乗れるものだ。足の踏ん張りが無いと難しいと言うのに。

 恐らくはシュパールの村から離れるときに沢山受けた矢が当たってしまったのだ。


「こんな傷!すぐに止まって治療を…」


 痛っ……………


 私は鈍い痛みを感じる。思わず右肩を抑える。

 な、なに…?

 見ると、長い袖はパックリと割れ、そこからドクドクと出血していた。見る見る赤く服が染まる。

 これは、血。怪我をした?!


 私は周囲を見渡すと、青の影がチラチラと顔を出す。サイッアク。こんな所まで追いかけてくるなんて。


 私は大きく息を吐いた。傷がズキズキと痛む。熱を持っているのがわかる。

 でも、私はやけに自分の心臓の音が聞こえる事を俯瞰していた。私、怖いんだ。こんなにも身近に死があると言う事に怖がっている。痛いし、怖い。なぜこんな目に合わないといけないのって、思ってる。なのに、何故だろう、こんなにも心臓の音は煩いのに、心の中はとても…静か。


 私は、こんな所で何も為さずに死にに来たんじゃない。


 強く体に力を入れてガシッと馬の上に座った。


「おい!お前落ちる…」


「前だけ見て!全力で駆け抜けて!」


 持ってきてよかった。やっといてよかった。

 私はギリリと弓を構える。


「背中は任せて。」


 ヒョン!と音を立てて、矢が空を切る。青ローブの横を通り過ぎるのが見える。


「お前、矢が!?」


「当たり前です!淑女の嗜みですよ!?」


 私は内心ガクブルしていた。こんなのはったりだ。私がやってきた矢の稽古は止まった場所で止まった的に当てる練習。こんなもの当たるはずがない。それに相手は人。私には人を殺す度胸も、覚悟も持ち合わせていない。


 だから、笑え!


 出来るだけ強者と思われるように。

 強く矢を引け!相手を怯ませるように!


 私の邪魔をするな!!


 ギリリと、弓のしなる音がする。私は思いっきり矢を飛ばす。揺れる足場、相手は人。当然当たらない。でも、一瞬の隙は作った!


「アーサー様!早く!」


 私がそう叫ぶと、「あぁ!わかっているよ!」と大声で叫び森を抜ける。

 やった!森を抜ければ!抜ければ!

 …抜ければ?私達、逃げ場なんてあるの!?そんなのアーサーは知っているの!?


 私は急に目の前を不安で覆われた。しかし、それはある意味嫌な意味で裏切られる。


 えええええ!!!!


 がっ、崖!!??


 うそでしょ!


「信用した私がばかだったぁぁぁぁ!!!」


 私の声は虚しく森に響き、ヒューッと崖の下へアーサーと二人で消えていく。空が遠く遠くなっていくのがわかる。うそでしょ。最後の景色、あの綺麗な白い馬が私を哀れそうに眺める姿なの?アーサーに抱えられながら浮遊感と恐怖に包まれる。無理!いや!


 終わった。今度こそ死んだ。

 私はゆっくり目を閉じる。カルミア様とまだ一緒になれてないのに。私……。私…っ!


 …………()()()()………()



 ザパァーン!!!



 大きな水の音とともに鼻の奥を刺す痛みが広がる。


 あれ。思ってたよりも落下時間が短かった。本当に一瞬で終わった。もしかして私死んだの?

 というかっ。息が……苦し…


 いきなり目の前がブクブクと水で広がる。

 苦しい。一体何がっ。


「ゲホッゲホッ。」


「泳げないのか?」


 私を軽々ザパーンと川から持ち上げ、岸まで運ばれる。

 んな!生きてる。思わず上を見上げると、崖と思った場所は思ったよりずっと低くい。

 というか、崖じゃ…なかった。


 どうやら私達の走っていた場所はやや高い土地であった様で、低い位置にあった川にアーサーは飛び降りた様だった。もう。今本当に死ぬかと思ったじゃない!景色的にも崖かとおもったわよ!説明してよ!


 私は文句を言おうとアーサーを睨むが、すぐに口を押さえられて謎の洞穴に連れ込まれる。


「抑えろ。バレる。」


 外から青ローブらしき人の声が聞こえる。

 あぶ…なかった。確かにここならば、地形による洞穴が多く存在しており、見つけるのは容易ではないだろう。それに、彼らも流石に飛び込んできてはいない。回り込んでくるのだとすれば、少し時間も稼げるだろう。


 私は思わず腰が砕けて、ヘナヘナと座り込む。

 グニュっと目の前が涙で滲む。すごくすごく怖かった。まさか、殺されそうになるなんて……体の震えがまだ止まらない。手が身体が冷たい。


 生きてる。私、生きてる。


「なんだ、こういう所は普通の御令嬢って感じだな。」


 私は思わずキッと睨む。


「こういう所って!どこもかしこも普通の御令嬢ですよっ……あっ、いや、普通の村娘?あはは!」


 やっばーーー。何でバレてるのよ。

 ハクとか、セルテカの親子にバレたとしても、ラグーン国の王子にセザール国の有力貴族の令嬢と知られるのは少し良くない。一応敵対する国ではあるのだし、迂闊すぎた。

 こんな泥だらけの格好してるじゃない。何でバレた!?


 しかし、アーサーは私の焦る顔を尻目に、フンと鼻を鳴らし平然と会話を続ける。赤い髪を掻き上げて、服の水を絞る彼は、光に反射してキラキラと本当に王子様の様だった。いや、王子様なんだけど。


「隠さなくても良い。そもそも、こんな気合の入った賢く美しい村娘が居たら、私はすぐに()()している。」


「は?」


 何言ってんだこの人は。私は思わぬ発言に素で返してしまった。アーサーは眉一つ動かさない。


「何を仰って…」


「セザール国はこんな優秀で美しい娘がいるのだな。素晴らしい国だ。」


 私は思わず呆然とした。何、この状況。お互いビシャビシャの血だらけ泥んこ。よくわからない洞穴で、身を隠しているこの状況の中。

 く、くどかれ…てるのか?いや、バカにされてる?


「あの、こんな非常時に何を…。」


「確かにそうだな。とりあえず、奥まで行こう。このまま行けば、森林国境裏側まで抜けられる。」


 私はアーサーというキャラクター性に凄まじい不安を覚えながらも後ろをついて行くしかなかった。なんなの?この人。本当に大丈夫?

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